040_0100 堤十路の受難な一日Ⅰ~いも侍 抜打ち御免~


 この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。


 しかし秘術ではない。

 誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。

 そしていにしえよりのものではない。

 たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。

 なによりもオカルトではない。

 その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。


 《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。

 《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。

 《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。

 《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。


 それがこの世界に存在するもの。知識と経験から作られる異能力。

 その在り方は一般的でありながら、普通の人々が考える存在とは異なる。


 政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。

 企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。

 軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。


 国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。

 ゆえに二一世紀の《魔法使い》とされる彼らは、『邪術師ソーサラー』と呼ばれる。


 しかし、そんな国の管理を離れたワケありの人材が、神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活し、とある部活動に参加している。

 魔法使いソーサラー》の社会的影響実証実験チーム。学校内でのなんでも屋を行うことで、一般社会の中に特殊な人材である彼らを溶け込ませ、その影響を調査する。

 そして有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し事態の解決を図る、国家に管理されていない準軍事組織。

 《魔法使いソーサラー》は特殊な生まれゆえに、普通の生活など送ることは叶わない。そんな彼らが、普通の生活を送るための交換条件として用意された場。

 それがこの、総合生活支援部の正体だった。



 △▼△▼△▼△▼



「ナージャ姉! もう一本!」

「おっしゃー。やっちゃいますよー!」


 そんな気の抜けた声を聞きながらたたずむ姿は、つつみ十路とおじの普段からは意外なものだった。

 目鼻立ちの並びは悪くないのに、いつも気が抜けている顔の今は、余計なりきみはないがゆるみもない無表情だった。『悪い目つき』が怜悧れいりな光をびた『鋭い目つき』に変わり、昼寝している野良犬のような彼が、命令を待つ軍用犬の気配を放っている。

 彼の前歴を知る者が見れば、むしろ納得するだろう。十路はかつて陸上自衛隊に所属していた生体万能戦略兵器 《魔法使いソーサラー》――その中でも最強とうたわれる《騎士ナイト》と渾名あだなされた、現代に生きる戦士だったのだから。


 靴下をはいたままの右足が一歩、磨かれた床板にすり足で踏み出される。同時にスラックスの左腰から抜き放たられた刃は、八月のセミの声を切り裂いた。

 引き抜かれた刃は、緩やかに湾曲している。表面に浮かぶ波のような文様は、他国の刃物ではまず見られない。

 それは日本刀。ただし、練習用の模造刀だった。

 ベルトに通したさやに当てていた左手を、添えるように柄を握り、正眼で両手持ちにすると、再び夏の熱気が分断される。唐竹、胴、袈裟けさ、逆袈裟、連続して『米』の字を描き、とどめの突きを放って残身ざんしん――しばし動きを止めて、深呼吸と共にゆっくりと姿勢を元に戻し、血振りをした刀を鞘へと収め。


「あ~……ダメだな。やっぱ普段使わない得物はこんなもんか」


 いつもの怠惰たいだな雰囲気に戻った。


「それでダメなんですか? とても素人とは思えませんけど……」


 高等部指定のプリーツスカートを整えて、板間にちょこんと正座して見ていた木次きすき樹里じゅりが、ミディアムボブの黒髪を揺らして小首をかしげる。いい意味でも悪い意味でも特徴的ではなく、どこかにいそうな普通の女子高生といった風情の彼女だが、そんな仕草をすると特徴的な子犬めいた愛らしさが発揮される。

 控え目で大人しく、当人も気にするほど地味だ。けれども、ふと気づけばいつも近くにいるような、静かな存在感がある小動物系少女。

 見た目はそうでも、それが本質ではない。彼女もまた《魔法使いソーサラー》であり、特殊な経歴を持つが故に戦う宿命を抱く猟犬だ。


「俺のメインは短剣道と銃剣道だから、普通の剣道は大してやってないんだ」


 壁の刀掛けに模造刀を戻しながら、十路は同じ部活動の後輩に説明する。

 傍目はためには鋭く見えたかもしれないが、当人の認識では、武器と体の使い方を、多少知っているだけのこと。素人以上に扱う自信はあるが、長年その道で鍛えた剣道家に勝てるとは思えない。

 普通の学校ならば、剣道など部活動以外ならば、せいぜい体育の授業でやっている程度だろう。十路が修交館学院に転入する前の学校――陸上自衛隊特殊作戦要員育成機関・富士育成校でも、メインとなるのはナイフによる戦闘術で、剣道は心技体を鍛える名目で行う以外では訓練しないのが実情だった。彼個人としても、コンバットナイフを拡大したような銃剣バヨネットを扱うために、それ単体の戦闘法と、小銃の先端に取り付けた訓練をしていた。

 刀剣類はゲームなどでは一番スタンダードな武器として扱われるが、二一世紀の現代で刃渡り一メートル程度の刃物など、美術品以外ではなたか特殊な包丁くらいしか存在しない。そんなものを使用する想定はしにくく、実戦的な特殊隊員ともなれば、どうしてもその訓練は重要視されにくい。


「で、まだモメてるのか?」

「や~……そうみたいですね」


 樹里以外の者にも演舞を見られていたことに気づき、十路は首筋をなでて感情を誤魔化し、彼女と共に改めて周囲を見渡す。

 ここは修交館学院の二〇号館――正式には第三体育館という名前だが、学生や職員は武道館と呼んでいる。その名の通り、道場らしい和風の建物で、主には中学生体育の剣道や柔道で使われてる。

 そして課外では武術系の部活動が使用し、夏休み期間の今は剣道部と薙刀なぎなた部が使っている。年齢も様々な胴着袴どうぎはかまの人々が集まっているため、一見すればどちらの部活動に所属している者たちかわからないが、わかりやすい。今年度は偶然こうなのか、剣道部は男子部員のみ、薙刀部は女子部員のみとかたよっている。

 そして今、人だかりができている中央では、二人の男女が激しく言い争っていた。


「だから! あの子たち呼んだのは薙刀部ウチだから!」


 黒髪をポニーテルにまとめた、凛々しい雰囲気の女性が、強い口調で言う。


「それは剣道部おれたちも同じだ!」


 いかにも体育会系な、筋肉質で短く髭を生やしたいかつい男が、唾と飛ばして言う。

 二人とも、それぞれ薙刀部と剣道部の主将を任せられている大学生たちだった。


「あんたたち男ばっかりだから譲ってくれてもいいでしょー!」

「そう言って控え部屋とかかなりの割合でぶん取ってるだろ!」

「だからって助っ人頼むのは卑怯じゃない!?」

「お前たちも同じことしといて何言ってる!?」


 学内の何でも屋・総合生活支援部に、薙刀部と剣道部の依頼がほぼ同時に届く、ブッキングが起こったからだった。

 意気込みを見せて、どちらが十路たちを引き受けるか揉めているため、その話し合いが終わるまで放置状態であろうから、十路は暇つぶしに模造刀をいじり、樹里はそれを眺め。


「兄貴ー。いつまでタイキしてりゃいいワケ?」


 栗色サイドテールの少女は、組み手を終了させて、中性的な整った顔に浮かんだ汗をタオルでぬぐっていた。

 十路を『兄貴』と呼ぶのだから、妹なのは当然。しかも義理だったする萌え設定仕様。思春期にありがちな兄妹仲の疎遠など無縁、平然と甘えてくるどころか、むしろ『女の自覚を持て』と説教するほどあけっぴろげ。更には小学生と間違われるミニサイズ、家事全般を難なくこなす、ブラコン気味世話焼き系パーフェクト・シスターである。しかし抱きつかれた際にはバックドロップを警戒してしまう、二次元世界の義妹基準からかけ離れた殺人的特殊設定も併せ持つ。つい先ほどまで『暇つぶし』と称して行っていた組み手も、格闘技の試合でもまずありえない、アクション映画じみた高速展開だった。

 学年は十路の四つ下、中学二年生。名はつつみ南十星なとせという。彼女もまた《魔法使いソーサラー》であり、総合生活支援部の部員でもある。


「ま、時間かかりそうだな」

「あはは……」


 部員たちの側に腰を下しながら十路がこぼすと、樹里が愛想笑いをこぼす。その横に、深いスリットの入った武道着のような改造ジャンパースカートから、レギンスに包まれた足を出して、南十星も座る。

 剣道部と薙刀部の主将たちは、共通した目的のために、総合生活支援部員を当てにしていたらしい。


「そこまで熱くなる事かぁ……?」


 『理解できない』と十路がため息をこぼすと、近づいてきた袴の下半身が、隣に腰を下した。


「そりゃぁ、いち大事だ。剣道部と薙刀部の決闘には、大事なものがかかっている。なにせ――」


 当事者であるはずの剣道部員の一人が言う。やって来たのは、十路のクラスメイトである高遠和真たかとおかずまだった。トレードマークのウルフヘアは、面を被るための手ぬぐいと汗で少し乱れている。

 ハイテンションな言動がなければ、さぞモテるだろう。整った女顔を引き締めて、彼は静かに言い、拳を握り締めて語る。


「これに負けると、合宿は地獄だからだ……」

「なんで揉めるのわかってるのに、二つの部合同で合宿しようとするんだ……」

「部費と施設の問題だ!」

「なんで合宿する場所に、全員分の寝場所がないんだ……」

「部費と施設の問題だ!」

「なんで幽霊部員の和真が、そんなに熱く語るんだ……」

「俺も強制参加だからだ! そしてどうせ参加させられるなら、ちゃんとした場所で寝たい!」

「和真の場合は幽霊してる罰だろうけど、高校三年生まで合宿参加なのか……」

「剣道部は小学生から大学生まで一緒なんだ! 受験生でも引退って概念がないんだよ!」


 そんな理由で二つの部は揉めていた。

 男女一緒で相部屋というのも問題がある。しかし寄宿させてもらう合宿場所には、そこまで宿泊施設が整っていないらしい。だからどちらの部が、練習場所でもある道場に寝ないとならないのだとか。

 合宿ともなれば、普段の練習よりも厳しい。そこで固い板間の寝床を選ぶよりは、ちゃんとした部屋で体を休めたいのが人情だろう。


「夏場なら野宿したって死にはしないだろ……」


 しかしもっと過酷なサバイバル経験がある十路は、その程度にしか考えていないので、冷淡だった。


「あと、ここで寝床を譲れば、女子受けがよくなるだろ」


 ついでに日頃餓えた言動している和真に、そう提案してみる。


「マジか!」

「間違いではないですけど、女性の言う『優しい人』は『どうでもいい人』とも言いますけどね」

「意味ねぇ!?」 


 十路の背後上方から発せられたソプラノボイスが、和真の意気込みを消してくれる。そして背中から後頭部にかけて、柔らかく温かいものが衝突してきた。

 視界の隅に入る長い白金髪プラチナブロンド、鼻に届くバニラの香り、前に回された腕は夏場なのにピンクのカーディガンに覆われ、そして密着されれば嫌でも意識する豊かな体つき。顔を見なくても、誰かわかる。十路にこんなことをする人間は一人しかいない。だから抱きつかれ、押し付けられた豊かな女性の感触になんの感慨なく、ただ面倒そうに文句を言う。


「ナージャ、暑いし重いしくっつくな……」

「ひどいこと言う人はこうです」

「んごっ!?」


 離れる前に後ろから回った手が、十路の口に飴玉を放り込んだ。全く警戒していなかったので喉に詰まらせかけた。


 相手はナージャ・クニッペル。やはり十路のクラスメイトであり、ロシアからやって来た留学生だった。

 日本人顔負けなほど日本語が流暢りゅうちょうだが、やはり日本人とは感覚が違うのか。そしてなにが気に入られたのか不明だが、彼女はよくこうして十路と平気で肉体的接触をしてくる。ただし、そこに恋愛感情的なものは感じられず、からかってるとしか思えないので、十路はいつも鬱陶うっとうしくいなしてる。

 ちなみに彼女は剣道部員も薙刀部員でもなければ、総合生活支援部員でもない。


「ナージャがどうしてここにいるんだ?」

「面白そうなので、わたしも薙刀部サイドで参戦しようかと。通信空手初段の腕前がうなっちゃいますよー」

「言ってることが変だって自覚あるか?」


 料理研究部員なのだが、日頃から部室にも入り浸ってる彼女は、よくこうして総合生活支援部の活動に首を突っ込んでくる。

 そして当人は『通信空手初段』と称する、並外れた格闘技術も持っている。つい先ほどまで南十星の組み手を相手していたのも彼女だ。


「ところで……」


 一応は剣道部員である和真と、友人が多いため事情通でもあるナージャならば、知ってるかと思い、十路は反対側の壁際を顎で示して訊く。


「あれ、誰だ?」


 世間には主婦業と平行したり、定年退職後に大学で学ぶ勉強熱心な人たちもいるが、普通に考えれば学生ではない者がいた。

 短く刈り揃えられた髪も、顔の下半分をおおひげも、見事なロマンスグレーに染まってることから、かなりの年齢だろうと予想できる。しかし誰もが認める長身と、その体を構成する分厚い筋肉は、年齢を感じる弱々しさなど欠片も感じない。

 いわおのような老年の域に達した男が、静かに腕を組んで立っていた。

 動物に例えるならば、熊だ。巨躯きょく剛力ごうりきと爪牙を持ち、誰もが危険だと承知している。なのにユーモラスに描かれたり、森の知恵者としても描かれ、様々な顔を持つ。

 年齢が生み出した風格かもしれない。その人物はそんな一筋縄でいかない、複雑な面を持っていると十路は見た。

 その人物のことは、和真がウンザリ顔で教える。


「剣道部の外部コーチだ……こんな寝る場所の取り合いで決闘なんて、馬鹿げたことにも理解はしてくれるけど、練習に対しては厳しいし、メチャクチャ強いし、面打ち食らったら頭痛が三日ぐらい治まらないし」

「ふぅん……」


 十路は首筋をなでながら、『一辺倒に嫌われる人物ではないとのか』と納得しつつも、興味なさげに鼻を鳴らす。


「どうかしたのか?」

「いや、別に」


 和真への答えとは裏腹に、かなり気にしていた。

 演舞を見られていた。観察していた人物は一人ではなかったが、見る目が好奇や関心ではなかった。


(どうも気に入らない目なんだよな……)


 あれは、戦を知る者が、戦局を観察する目だった。一般人の観察眼とは明らかに違う。

 ただ、指導者ならば有段者――相応の剣者でなければならないだろうから、そういう意味では納得できなくもない。

 十路が視界の隅で観察していると、その男は腕組みを解き、代表者二人に近づく。


「こうなれば、男女で別れて始めるしかなかろう」


 見た目に似つかわしいバリトンボイスを出して、振り返る。


「先ほどの演舞を見る限り、娘二人分の働きはできるであろう?」


 釣られてその場の全員が首を巡らしたため、厄介な予感を覚えつつも、見られた十路は返す。


「買いかぶりです。俺たち三人で一番強いのは木次こっちなとせコイツも弱くはないですからね」


 横に座る二人を指すと、樹里が『私が一番じゃないですよ!?』と首と手をブンブン振るが、気にはしない。少なくとも間違いを言ってるとは思っていない。


「俺たちが揉め事のタネになってるなら、このまま帰った方がいいんじゃないかって思うんですけど」

「それでは面白くなかろう?」


 男が顔に刻まれたしわを深くして笑う。迫力あるが、意外にも愛嬌があり、悪ガキがそのまま老人になったような印象だった。


「噂の学生たちがどんなものか、我も見てみたいからな」

「はぁ……期待されても、特に面白くないと思いますけどね」


 面倒な好奇心に怠惰たいだな息を吐き、十路は首筋をなでながら、準備のために立ち上がる。


「手を抜く気はないですけど、結果は責任持てませんよ」


 応じて口を挟まずに聞いていた、樹里と南十星も立ち上がる。


「とは言っても私たち、ちゃんとした剣道とか薙刀のルールは知りませんけど……」

長物ながもの得意じゃないんだけど、しゃーないか」

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