《魔法使い》と軍事学事情/ナージャ編

040_0000 シンデレラ


 シンデレラにとっての幸せって、お姫様になることだったんでしょうか?


 どんなお話かなんて、説明する必要ないですよね?

 世界一有名な童話ですし。似た話はいくつもあるそうですし。


 女の子のあこがれみたいに言われますね?

 ある偶然がきっかけで大成功したりすると、シンデレラ・ストーリーとか言っちゃって。


 ですけどね、わたしは疑問に思うのです。

 王子様に見初みそめられたシンデレラって、本当に幸せだったのかって。


 シンデレラが不幸だったのは、継母ままははとイジワルなお姉さんが原因なんです。

 召使いみたいに働かされて、義理のお姉さんたちが舞踏会に行くのを、うらやましがることしかできなくて。

 『灰かぶりシンデレラ』と呼ばれたそのは祈って、午前零時までの魔法を切っ掛けに、王子様に見初められました。


 そんなシンデレラさんに、わたしは質問したいです。

 お姫様になって、幸せでしたか?

 国の象徴、悪く言えば見世物になる気分はどうでした?

 礼儀作法は大丈夫でしたか?

 政治のことを学んでいましたか?

 他国の偉い人と粗相なく接することができましたか?

 貴族の奥様方とうまく話せましたか?

 一夫多妻でしたか?

 第二・第三婦人さんと折り合いつけられましたか?

 世継ぎのお子さんを残せましたか?

 正妻でお子さんいないと肩身狭いですよ?

 外出もままなりませんよね?

 どこに行くにも誰かがついていますよね?

 一人になりたくてもなれませんよね?

 他国と戦争になって負ければ、あなたは責任を取らされる立場でしたね?

 そうでなくても王家なんて、誰かの謀略に巻き込まれる立場ですよね?

 誰かに泣いてもらえる最期を迎えることができましたか?

 首をさらされたりしませんでしたか?

 暗殺されたりしませんでしたか?


 王子様が苦境から救ってくれれば、物語はハッピーエンドです。

 でも現実には続きがあって、死ぬまでエンディングは迎えられないのですよ。

 そしてどんな立場になっても、相応に不幸と苦難ってあると思うのです。


 それらを踏まえた上でもう一度。

 シンデレラさん。あなたは幸せでしたか?


 わたしはあなたと似たような立場です。

 お姫様に相応しい美しさとは違いますが、今の立場に相応しい素質を持っているそうです。

 確かに苦しい場所から救われました。

 でも、今の自分が幸せだとは、一度も思ったことがありません。


 ……いえ。ちょっとだけ、幸せでしょうか?

 だけどそれは、人をだましてひたっているまがい物で。

 いずれはもっと大きな不幸になるとわかってる、そんなものです。


 だから、わたしは願うのです。

 この小さな幸せが、いつまでも続きますように、と。



 △▼△▼△▼△▼



 もちろん昼間とは比較にならない。しかし日本列島を東西に貫く国道となれば、深夜でも交通量はある。

 独特の駆動音が響く中、トラックも停車できるほど広い路側帯に、大型オートバイは停車した。要所は銀色に塗られ、後部両横には追加収納パニアケースを乗せている。エンデュランスやデュアルパーパスと呼ばれる、市街地も未装地も走れる車両だった。


『あれだな?』

敵味方識別装置IFF、照合確認。間違いありません】


 車体にまたがる黒いライダースーツの男が、変換器を通した奇妙な声で問うと、冷静で規律正しい人物と思える若い男の声が応じた。


【しかし、『あれ』はどうなってるのでしょうか?】

『やっぱりお前とは違うのか?』

【形状だけの問題ではなく、反応が奇妙です】

『噂はどう思う? 本当にそんなことできると思うか?』

【眉唾だとは思いますが……この正体不明さでは、なんとも言えません】


 主語を抜いても通じ合っている彼らの視線、路側帯には先客がいた。

 シンプルなデザインながら無骨な印象の、日本国内では見慣れないシルエットを持つ自動車が停車していた。SUVのような形状だが、黒塗りで窓ガラスも全て濃いスモークがかかっており、スポーティな印象はない。

 それはUAZハンター――ロシアの車両メーカー・ウリヤノフスク自動車工場で作られた、極限環境にも耐えられるため軍用にも使われるオフロードカーだった。

 だが、普通ならばフロント中央部にあるだろう、会社のエンブレムはない。代わりに日本人なら有名怪獣映画に出てきたものを連想する、三本の首とコウモリの翼を持つ竜が、小さく意匠化されて描かれている。


【アドバイザーって、お兄さんのこと?】


 その車から誰も外には出ないまま、スピーカーを通した無邪気なボーイソプラノが発せられる。


【こういう時、日本じゃ合言葉を言うんだよね? 『ニンジャ』って言ったら『ゲイシャ』って返さないと、ヤツザキにされちゃうんだよね?】

『いらねーよ、そんなもん……あと、そんな合言葉聞いたことないぞ』

【あ、そっちのバイクって――】


 きっとヘルメットの中で青年が苦笑しているだろう声を返したら、子供の声の興味は、印象に変わらない移り気を発揮した。


【この前、壊されたちゃった《使い魔ファミリア》だよね? あははっ、情けないね】

マスター。この立派な図体ずうたいをお持ちのお子様に、礼儀を叩き込んでよろしいでしょうか?】


 子供ならではの遠慮ない物言いに、不機嫌さを少しだけ声に出したオートバイが、乗り手の返事を待つ前に搭載された武装を展開させる。

 左の追加収納パニアケースからは、遠隔操作式無人銃架RWSに支持された、ドラムマガジンを装着した汎用機関銃MINIMIミニミが顔を覗かせた。

 右の追加収納パニアケースから展開されたものも遠隔操作式無人銃架RWSではあるが、そこに固定されているものは異なっている。発射筒の先端にむき出しのロケットブースター付き弾頭を装着した一一〇ミリ携帯対戦車弾・パンツァーファウストだった。

 どちらも一メートル以上の長さを持つのだから、普通ならばケースに入らない。しかし《魔法》によって空間圧縮が成され、外見よりも遥かに巨大な積載量を持つ空間・重力制御コンテナ――通称アイテムボックスから火器を取り出し、機械の眼で車を狙いをつける。


【こら、ルスラン。やめなさい】


 車からの声が変化した。まだ幼さを残しているが、少年よりは年上に思える、利発な印象の少女のものだった。


【すみませんね、この子が失礼なことを言って】


 またも変わる。今度は優しげな雰囲気を持つ、中年の域に達したと思われる女性の声が、オートバイに謝る。


【えー? だってさぁ、本当のことでしょ?】

【そうだけど――】

【ほらー! アナお姉ちゃんだってそう思ってる!】

【いや、だけど!】

【ルスランもアナスタシアも、いい加減にしなさい】


 少年の声と少女の声による喧嘩を、少し強い調子を乗せた女性の声が止める。声を出す当人たちの姿はないが、まるきり子供同士の喧嘩を止める母親の図だ。

 誰もいないままに繰り広げられるそんな奇妙な光景を、どう思っているかはヘルメットで隠して、青年はまたがる愛車を軽く小突く。


『カーム。気持ちはわかるが、今は引っ込めろ』

あるじはあちらの戦力が気にならないのですか?】

『今は一応、任務優先だ。バトってる場合じゃない』

【仕方ありませんね。メイド・イン・ロシアの実力、お手並み拝見といきたかったのですが】


 敵意を漏らしながらも、オートバイは指示に素直にしたがって、武装をケースに格納した。

 それを確認した青年は、車に語りかける。


『そっちには俺がアドバイザーって伝わってるのかもしれないが、こっちはアドバイスなんてするつもりはない。日本政府の見解を伝えに来ただけだ』

【あら、そうなの?】

『そもそもお宅らにとっても、余計なお世話だろう?』

【わたしはそんなこと思わないけど……そう思う人もいるかもしれないわね】


 代表して女性の声と受け答えし、男はオートバイから降りないままに、ここに来た用件を果たす。


『要するに、勝手にしろだとよ。ただし、限度はある。あまりにも度が過ぎれば、俺たちも動かざるをえないし、場合によっては敵になる。そこのところは注意しろ』

【それで充分って、『あの人』は答えると思うわ】


 女性は微笑でもしていそうな声で、『あの人』への信頼をうかがわせる。

 これで青年の仕事は終わった。


『これは個人的な興味なんだが、二つほど訊いていいか?』


 だから以降は雑談として質問する。


【なにかしら?】

『その『あの人』なんだが、なぜ今回、日本に来たんだ?』

【頼まれたから、でしょうね】


 嘘をくつもりはなくても、雑談だから本当のことを詳しく説明する要もない。そんな気配をただよわせる声で女性が答えた。


【だってお父さん、スゴいんだから。引退しても、まだ軍の人から頼りにされてるんだよ】

【わたしたちを見れば、今のお父さんがどういう立場か、わかるでしょ?】


 誇らしげな少年と少女の声が、答えを補強する。もっとも、その程度ならば回答が増えたところで、推測以上できないが。

 それに機密機関に属するから、真実が聞けるとは青年も思っていない。しかも探るのが義務ではない。

 だから軽く流して、もうひとつの質問を聞こうとしたのだが。


【あと……こっちに派遣されてる『あの子』が、気になってるのかもしれないわね】


 女性の声が思い出したように、話を付け加えた。


【お母さん。『あの子』って、ビスパリレズニィのお姉さん?】

【確かにね……お父さん、結構心配してるみたいだし】


 少年と少女の声も応じたため、少し驚いて青年は問う。


『もうひとつの質問ってのが、ズバリそれなんだが……『ビスパリレズニィ』を知ってるのか?』


 『ビスパリレズニィ』とは、軍事関係者の間でささやかれる《魔法使いソーサラー》だった。最凶とまで呼ばれる異能力者として、ある組織に所属されていると具体的な話まであるにも関わらず、眉唾ものの話として広がっている。

 《魔法使いソーサラー》の情報はその危険性から、どこの国も神経をとがらせて注視している。詳しいことはわからずとも、どこの国にどういう人材がいるのか、社会の暗部では広まっているのが普通だ。

 にも関わらず、『ビスパリレズニィ』と呼ばれる《魔法使いソーサラー》の情報は、実在すらあやふやだった。

 なのに女性と少年と少女は、そんな存在を知ってて当然と会話している。


【『ビスパリレズニィ』は、『あの人』の教え子なの】

『…………本気で?』

【えぇ。手塩にかけて育てた弟子なの】


 変換されても猜疑さいぎあふれた声で、青年が念のため問い返しても、女性の声の調子は変わらず微笑している。


『正直、信じられねぇ。『ビスパリレズニィ』が実在してたってのも驚きなのに……』

【うふふ。関係を知ったら、皆さんそうおっしゃるのよ】

『だとしたら、『あの人』を気にして神戸に来たってのはウソじゃないか?』

【いいえ。ほら、日本じゃこう言うのでしょう?】


 女性の声は、母親のような口調で言った。


【出来の悪い子ほど可愛いって】

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