030_2100 彼らが邪術士と呼ばれる理由Ⅳ~【鉢肴】特撰・子犬の冷製激怒~


「これ、兄貴がやったの……?」


 南十星はつぶやいた自覚がないかもしれない。街中で戦闘を行ったため、その巻き添えで破壊された散々たる有様を見下ろし、『信じられない』と唇を震わせる。

 それに樹里はなにも答えず、頭の中で《重力制御》を操作して、赤い警告灯が照らす路上に降り立つ。

 怪我は《魔法》で応急処置を終えて、ボロボロのジャンパースカートは、借りていた迷彩戦闘外皮ジャケットを着せて隠し、南十星を長杖に同乗させて、騒動の中心である三宮駅前に飛んで来た。


 人垣をすり抜けて封鎖線に近づくと、制服姿の警官に止められたが、樹里は生徒手帳と一緒にしてある、総合生活支援部員を示す身分証明書を鼻先に突き出す。そこに描かれた防衛省の桐紋と、旭日章きょくじつしょうが入った警察庁のエンブレム、そして樹里の威圧感に、警官はるように通行を許可した。


 その先は、別の意味での戦場だった。

 平和なはずだった夜に起きた大惨事の情報を、競って広めようとする報道関係者たち。

 事態を把握していないであろうが、それでも必死に収集に努めようとしている警察官たち。

 二台のオートバイが十数秒通過しただけで、数十人も出た被害者の対応に当たる救急隊員たち。

 そんな人々が怒鳴るように声を出し、必死に動き回っていた。


災害派遣医療チームDMAT……?」


 周囲の様子を見渡し、思わず

といった風に樹里がこぼした。

 災害派遣医療チームとはその名の通り、その地域の医療体制だけでは対応できない規模の災害・事故現場に派遣される、緊急対応特別対応班のこと。だが災害医療センターがある神戸赤十字病院から、一キロも離れていない場所に派遣されるのは、《治癒術士ヒーラー》であり医療事情に詳しい樹里だけでなく、誰が考えても奇妙に思える。現場で行えるのは応急処置までなのだから、患者の搬送を急ぎ、設備の整った病院内での処置体勢を万全にする方がいいに決まっている。


「……ねぇ? あたしたち、誰かに見られてる? それもキナ臭い目をした複数人に」


 南十星の言葉に、樹里の眉が驚いたように小さく動いた。誰かに見られていることではなく、それを南十星が気づいたことに。

 だが彼女は反応しない。無反応で南十星に肯定し、傍目はためには気づかないふりをして歩みを止めず、視線も動かさない。

 わかりきってた事だ。南十星に関わる本来の作戦からは離れた、十路と市ヶ谷の戦闘行動で、防衛省関係者も泡を食って、このような進展になっているのだろう。

 コゼットが先行して動いているはずから、『その心配』は不要だろうが、早いに越したことはない。それに《魔法使いソーサラー》の事情に、まったく無関係の誰かを巻き込んでしまったのは、樹里としても望むべくものではない。



 △▼△▼△▼△▼



「重傷者、いますか」


 怪我人が集められた一画に足早に近づき、樹里は抑揚のとぼしい声をかけると、責任者であろう人々と話し合っていたコゼットが振り返る。南十星の姿を己の目で確かめ、彼女は安堵した風な表情をわずかに浮かべた。


「即、命に関わるほどではないですけど……」

「了解」


 短く答えて、樹里は《魔法》による治療を始める。

 その様子も、普段の彼女からすると異様だった。応急処置を行う救急隊員と一言二言だけ話して、押しのけるように治療を開始する。その際、怪我人に対して『どこが痛みますか?』などとも問わない。『大丈夫ですよ』などと安心させるための言葉もかけない。ただ淡々と黙々と《治癒術士ヒーラー》としての能力を発揮する。

 圧迫感を放つ樹里を、恐々と眺める南十星に、話し合いを終わらせたコゼットが話しかける。


木次きすきさん、どうしたんですわよ……? 雰囲気が怖いですわよ……?」

「さっき兄貴に『すっこんでろ』って言われたからじゃないかな……」

「あの人はまた空気読まずになに言ってんですわよ……」

「いや多分、兄貴のことだから、せーいっぱい読もうとしたアゲクに『すっこんでろ』だと思う……」

「致命的ですわね……」

「うん……」


 十路の空気の読解力について、南十星とコゼットが小声で話していたところに、異常な電磁波ノイズが駆け抜けた。町の明かりが明滅するほどの、その場の一般人が不安そうに見回すほどの高出力だった。装飾杖とトンファーに接続したままの《魔法使いソーサラー》二人も、不安を浮かべた顔を見合わせる。


「今の……」

「高出力の《魔法》……堤さんが勝負に出たんでしょうね」


 コゼットが説明している最中、不意に風が吹いた。それは七月の暑気を含んだものではない、薄着の人々が身震いするほどの冷気を含んでいた。


「ちょっと……これ、どんな規模の《魔法》を使ったんですわよ……?」


 見る間に気温が急低下していることに、コゼットは戦慄を込めた声で呟く。大阪湾で《魔法》による大規模冷却が行われることは、当初の予定通りだが、ここまでの規模になるのは予定外だ。


「《ピラミッドからのぞく目/The Eye in the Pyramid》」


 一般人の目があるのを気にすることなく、ある三部作小説の名前がつけられた広域観測用術式プログラムを実行し、上空に《魔法回路EC-Circuit》で構成された簡易的な観測装置を浮かべ、《魔法使いソーサラー》標準装備の脳内レーダーとは比較にならない広範囲探知する。

 

「大阪湾が凍結……? その原因は直径約一.三キロの……固体窒素の塊!?」


 その解析結果を頭の中で分析して、自然にはありえない現象の発生が、気温低下の原因だとわかり、コゼットはまた新たな戦慄に襲われる。


「堤さん、相当苦戦してるようですわね……」

「ちょ、兄貴、ヤバそうなの? じゃぁ援護した方が」

「アホ抜かすんじゃねーですわよ。ナトセさんはボロボロじゃありませんの」

「そうだけど……!」


 口論の様相を呈してきたコゼットと南十星の会話は、ズドンと重い響きと振動で停止した。

 驚いた二人が振り返ると、樹里が仁王立ちで背中を向けていた。彼女は長杖の石突で、コンクリートを砕く勢いで路面を突いていた。


「応急処置、終わりました」


 振り返って報告する声と顔には、なにも感情がなかった。しかし見ている人間には、彼女には珍しい、押し殺した怒りがこもっているとしか思えない。救急隊員たちが負傷者を担架に乗せ、そそくさと緊急搬送の準備を進める様に、彼女に対する感情が表れている。


「なっちゃん、これ」

「あ、うん……」


 医療免許を持たない彼女が、どうやって治療の最中に用意してもらったのか不明だが、彼女の気迫に医者もノーと言えなかったのかもしれない。

 樹里は南十星に近づいて輸血パックを手渡す。確かに大量の出血をした後で、血液型も問題ないが、輸血の仕方も知らないのに血液製剤四〇〇ミリリットルだけを手渡されて『どうしろと?』と南十星は言いたげだった。しかし訊ける雰囲気ではない。


「部長。堤先輩、危なそうなんですか?」

「えぇ、その……」


 樹里の無表情での問いかけに、コゼットは少し言葉を詰まらせながらも答える。


多分|魔法使い《ソーサラー》だと思いますけど、謎の人物の介入がありましたし、とても楽勝だとは思えませんわ……」

「そうですか」


 『幽霊』について深く説明を求めることなく、樹里は長杖に横座りし、《重力制御》で宙に浮く。

 《魔法使いソーサラー》が広く知られた存在であっても、実際に《魔法》を使っているところを一般市民が目にすることは、まずない。事件現場を取り囲む野次馬たちが、女子高生が支えなく宙に浮かぶのを目の当たりにしてざわめく中。そしてコゼットと南十星が声をかけられずにいる中。


「《疾雷しつらい》実行」


 周囲の建物よりも高く浮かんだ樹里は、新たな術式プログラムを展開させ、磁界発生する《魔法回路EC-Circuit》が砲身のように多重発生する中に飛び込む。

 電磁加速する長杖に掴まる樹里は、一直線に大阪湾へと砲弾と化した。


 一瞬で飛び去る少女を見送り、南十星とコゼットは顔を見合わせる。


「……もしかしてじゅりちゃん、焦ってパニくってる?」

「そんな風には見えませんでしたけど……かもしれませんわね」



 △▼△▼△▼△▼



 人間には厳しい氷点下の世界でも、固体化した空気成分にとっては灼熱になる。

 気化して白い蒸気を上げる氷の戦場の内部は、生身の人間が生きられる環境ではない。《使い魔ファミリア》たちは標準装備されている、乗員防御用生命維持術式プログラムを起動した。だから市ヶ谷と十路は《魔法回路EC-Circit》をまとい、ライダースーツやコートの隙間から青白い光を漏らしていた。

 『幽霊』に変化はない。相変わらず立体化した影のような、のっぺりとした漆黒のままたたずんでいる。


『さぁ……決着をつけようか』


 市ヶ谷が言う。


「そうだな……」


 十路が返す。


『…………』


 『幽霊』は無言だが、動く気配を見せる。

 まだ不完全な氷のドームが成長し、完全に閉じた時、三人と二台が激突する。

 そんな瞬間に、わずかな氷の隙間をすり抜けて、高速飛行体が飛び込んだ。先じて分厚い氷壁に激突したことで、誰もが轟音に振り返る。


 普通の人間なら死んでいる。衝突直前に電磁力を発生する《魔法回路EC-Circuit》を作成し、加速時とは逆に急ブレーキをかけたようだが、人は時速六〇キロで走る車にはねられれば死ぬのだから。殺しきれなかったスピードでも、固い氷を砕く勢いで衝突すれば、確実に死ぬ。

 しかし彼女は違う。細かな氷片が粉塵のように舞う中、《魔法》の淡い輝きをともして、破壊された体を即座に治療できる。


木次きすき……?」

「そーですけど?」


 三人と二台が注目する中、閉じてしまった天井部分から落下する。

 凍った海面に着地した学生服姿の少女は、今回の騒動における役目を既に終えた。そもそも移動している最中にも、南十星の面倒を頼んだ時にも、極力戦闘には関わるなと言ったつもりだった。

 なのに彼女は再度現れて、唖然とする十路に冷たい声を投げかけた。


「『すっこんでろ』って言われたの無視して押しかけましたけど、それがなにか?」


 キレてはいない。樹里が感情をたかぶらせ、敵味方関係なく危険を振りまくような狂乱状態になったことは幾度かある。その時、彼女の瞳は狂犬じみた琥珀こはく色になるが、今はごく普通のアジア人らしい黒瞳に落ち着いている。


「俺、思いっきり地雷踏んだ……?」


 しかし怒っている。温厚な樹里が確実に気分を害している。ジト目を向けられれば、いくら他人の気持ちに頓着とんちゃくしない十路でも理解する。今すぐ烈火のごとく言葉をぶつけられるのではなく、落ち着いた頃にチクチクと痛いことを言われるたぐいの嫌な怒り方に危機感を覚える。


【トージ……】

「う……」


 顔があれば、やはりジト目を向けているだろう。『なにアホやらかしてるんですか』とでも言いたげなイクセスにも、言葉を詰まらせるだけで応えない。改めて言われずとも、彼女がそんな態度を見せる原因は自分だと自覚があり、ヘソを曲げた樹里が難敵でありそうなことは予想がつく。


「堤先輩って、いつもそうですよね……一番キツイところは一人で捨て身で戦って、死にそうになってボロボロになって血まみれになって……私が後で文句言いながら治療しなくちゃいけなくなるんですよね……」


 そして不気味なオーラをかもし出し、抑揚の乏しい声でブツブツとこぼす樹里に、余計な言葉をかければ爆発するのも予想がつく。

 たとえば『なにしに来た』とか『今すぐ帰れ』などという言葉は。どう考えても、彼女は戦うために来たのだから。


『…………』

『…………』


 市ヶ谷と『幽霊』も同様に感じているのかひるんだ気配があり、新たな戦力の登場になんのリアクションも見せない。

 彼らと樹里を戦わせるのは、十路の本意ではない。相手は軍事関係者プロの《魔法使いソーサラー》に《使い魔ファミリア》、そして正体も能力も謎の人物なのだから。

 間違いなく死戦になる。

 それでもこの状況に、十路はヘルメットの中で小さくため息をつく。『仕方ない』という消極的な感情と、『助かった』という安堵の両方を込めて、助けを求める。


「……木次。色々と予定が変わって、俺だけじゃ手に余る。力を貸してくれ」

「了解っ」


 樹里が頬を膨らませて返事する。その子供っぽい怒りの表し方に、むしろ幾分か機嫌が回復したようにも思える。


「先輩、指示を」


 彼女は『幽霊』を視界に定めて、長杖を構える。一瞬だけ眉がひそめられたので、彼女も脳内レーダー反応の異常さに気づいたのかもしれない。


「そのワケわからん奴を抑えてくれ!」


 十路は《バーゲスト》の左ハンドルに手を沿え、右手一本で小銃を構える。

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