030_2020 彼らが邪術士と呼ばれる理由Ⅲ~【造里】氷器盛 三つ巴~
「ここだ!」
一番人通りが多い駅前を通過したところで、十路は
『うぉ!?』
応じて《バーゲスト》も挙動を変える。車上で槍を構える市ヶ谷に、
そして進行方向に対して真横になってスライドする。靴底の鉄板を火花を散らして削りながら下がる十路を、横向きで滑りながら受け止めて。
阪急春日野道駅前、国道二号線に併走する阪急神戸線とJR東海道本線を越える歩道橋に飛び込んで、そのまま南――海へと向かう。
「衝撃グレネード!」
【EC-program 《Thermodynamics Grenade-discharger》 decompress.(
その際に起動用の《
時限信管により二秒後、急速気化による衝撃波が、道路を風洞のように通過する。数台自動車も巻き添えを食らって吹き飛んだが、やはりコゼットの《魔法》による
『し、死ぬんじゃ、ねーですわよ……!』
狂気的な連続作業を
戦闘そのものはまだ終わりではない。広がった爆発粉塵の幕を突き破って、二〇〇メートルほど東に離れた隣の道路に、《真神》に
しかしコゼットには後始末という、別の大事な仕事があるため、ここで離脱する。
『あと、正体不明で意味不明の『幽霊』もついてってますわよ……! 気をつけなさい……!』
【……コゼット? アタマ大丈夫ですか?】
『うっさい黙れAI! センサーの無反応空間を探知しろっつーの!』
イクセスの返事は本気の心配を含んでいたのだが、余計な心配で勘違いだとコゼットは怒声を返し、無線を終えた上にリンクを解除した。
同時に、減速して歩道橋の階段を下らず、そのままのスピードで宙に飛び出す。《バーゲスト》はサスペンションを
更に同時に、影が後部に飛び乗った。
『戦闘をやめてください……!』
人の口から出たとは思えない重低音が、さらに押し殺したような調子で投げかけられた。誰かは背後を取っても、ナイフや銃を突きつけるような真似をせずに、命令ではなく希望を語りかける。
【どういうことですか……?】
「確かに正体不明で意味不明だな……」
ヘルメットの無線を通じた会話で、コゼットの言葉の意味が、一人と一台にもわかった。彼女もそうであったように、初めての体験に彼らは
十路が振り返り、ヘルメットで
黒衣の人物は夜闇の中でも見える。いくら鎧を黒く塗ろうと、至近距離で明るい神戸の夜空を背後にすれば、その輪郭もはっきりわかる。しかし光の反射で曲面や段差で厚みがわかるはずなのに、その人物には当てはまらない。完全な漆黒で、まるで影が立体の世界に飛び出したようだった。
そしてなによりも、温度・原子量・空間電位・粒子線量までも測定する《マナ》を使った脳内センターでは、その人物を示す反応がまるでない。
鎧らしきものがステルス性能を持っているとは思えない。航空機のステルス性能は、形状と塗装によってレーダーに映りにくくしているだけで、微弱でも反応そのものは存在する。電波反射以外でも探知する《
なのに、なにもない。見えているのに、そこに存在しない。脳内センサーの反応では、そこに『誰もいない』のではなく、人ひとりの体積分『なにもない』空間が存在している。
【コゼットが言う通り、『幽霊』ですね……】
《
その時、海に飛び出した。
【EC-program《cryogenics road》 decompress.(術式 《低温物理学ライト》解凍)】
しかし宙を飛んだ車体は、海水へ落下しない。やや下に向けたヘッドライトの輪の中に、複雑な形状の、まるで船の操舵輪か歯車のような《
レーザーとはエネルギー放射――つまり物質に照射すれば熱するのが普通だ。しかし低温物理学の世界では、最適周波数のレーザー光線で挟み込むように原子に照射することで、原子またはイオンの運動量を低く抑えることにより、絶対零度近くまで冷却する方法が存在する。
《バーゲスト》がライトで照射する海面で、その『ドップラー冷却』が行われ、極低温に触れた海面は瞬時に凍りつき、氷の道が作られる。原理そのものは物理学の世界で行われることであっても、普通の科学ではとても真似できない。低温の環境で行うことを常温で、真空に近い環境ではなく通常空間で原子を判別し、しかも時速一〇〇キロ以上で移動しながらなど、不可能と言い切っていい。原子単位の操作を可能とする
「……お前がどこの
イクセスと会話していたため、保留になっていた願いへの解答を、右手一本で握った小銃を、肩越しで背後に突きつけることで示した。
顔と思われる部分に
「あっちはやる気だぞ」
十路が指摘を続けると、『幽霊』は銃口と銃剣を突きつけられているにも構わず、振り返った。
同様に海を凍らせながら、《真神》に
しかも、それだけではない。
【水中から高速推進体が複数接近!】
イクセスが声で警告するだけでなく、十路の頭に詳細なデータを送る。
それを詳しく閲覧するよりも早く、うち四本の反応が遠くの海面に飛び出した。水中カプセルを割って分裂し、IDAS対空ミサイル計一六本が姿を見せる。残りの四つの反応は、水中を広範囲に広がってからひとつの目標――《バーゲスト》に向けて収束する軌跡で接近する。時間差を置いた連続全弾発射、その発射元は高い確立で潜水艦というイクセスの推測つきの報告だった。
潜水艦の戦術は特に、相手の動きの先読みが重要になる。きっと市ヶ谷の指示で放たれたものだと十路は予想し、早口に問う。
「イクセス、潜水艦の位置わかるか?」
【走りながらでは、さすがにそこまでは……】
「あぁ……! 面倒くさい!」
十路は
「邪魔をするな!」
背後の『幽霊』に、一言だけ言い放って。
「こうなりゃ当初の予定を少し変更! 全部
十路はブレーキをかける。完全自律行動を許可しているので、人の手によるマニュアル操作は意味がないのだが、意を汲んだイクセスが長い制動距離を使って、氷上で停止した。
【本気ですか!? どれだけの負荷になると思ってるんですか!?】
小銃のセレクターを切り替える。本来の八九式小銃には存在しない、四番目の選択位置――『
「文句つけるヒマがあるなら電力と演算能力を貸せ! 俺のだけじゃとても足りない!」
《バーゲスト》のフロント裏側から、手探りでケーブルを引き出す。小銃の
「DTC
十路は前を向き、小銃を構える。ただし銃としてではなく銃剣術の構えでもない。右片手で
【あぁもう……! EC-Prpgram《Sinful Prowess》synchronized ready!(術式 《罪深き武勇》同期実行準備完了)】
小銃の先端に《魔法》の淡い輝きが
「実行!」
小銃の先端で海面を叩き、振るい、《
すると海が凍りつく。《
広い範囲に円周を描いてから、十路は小銃を横殴りに降る。離れた場所で連続して遠隔操作を行う
抱えられるほどの大きさであった球状の《
小型ミサイルはそうやってすべて迎撃しても、十路の動きは止まらない。轟音と白銀を
『すごい……』
背後の『幽霊』が、音を立てて成長する氷を見上げ、感嘆の声を上げる。
かつて『騎士』と呼ばれた者たちは、剣を振るうだけの者ではない。遠くの敵には弓を引き、硬い鎧を
そして《
十路が持つそれは、重力制御による簡易的擬似的な給水タンクを形作り、ドップラー効果による冷却システムを
しかし殺意を持って自動車のアクセルを踏めば、立派に武器として通用するように、その破壊力は比類ない。
いかなる英雄も凍てつかせ、死を氷中に閉じ込め
いかなる防御も押し潰し、守り手たちの尊厳と誇りを丸ごと打ち砕く。虫を叩き潰すような感覚で、戦艦を、潜水艦を、海沿いの軍事施設を、原始的なたった一撃で。
行われた破壊を功績と呼ぶとしても、氷山を落とすような非常識さと無慈悲さに、味方までも恐れを抱いた、武器現地調達型攻撃システム
「はぁ……! はぁ……!」
【トージ……】
この
大規模な戦闘フィールドを作り上げた
それに十路は応えない。唾液で血の味を流し込み、口元を
戦闘はまだ終わっていない。
『誰……っていうか、なんだ? そいつは?』
十路の意図がわかったのだろう。そして彼にとっても望むところなのだろう。戦闘フィールドの形成を邪魔することなく待機していた市ヶ谷が、『幽霊』の姿に目を留める。
「
『はぁ? 知らないぞ?』
演技という可能性もあるが、それにしては市ヶ谷の言葉は普通すぎることに、十路は改めて疑問を覚えた。
(第三勢力……? この場面で?)
理由は不明だが、『幽霊』は十路と市ヶ谷が戦っては困るらしい。
『戦闘をやめてください……』
《バーゲスト》の後部から降りながら、『幽霊』は市ヶ谷にも同じ言葉を投げかける。
『それはできないな』
対する市ヶ谷は、『幽霊』に槍の穂先を突きつける。
『堤十路がやったことを、理解しているだろう? 俺の立場からすると、そいつにケジメつけなければならなくなった』
存在は広く知られていようと、《
市ヶ谷が国家所属の《
『幽霊』は仕方なさそうに小さく首を振り、十路と市ヶ谷を等分にする位置まで凍った海面を歩く。
足を止めても『幽霊』は身構えることない。何気なく両手を体の横に下げているが、戦う気がないとは思わない。無行の構えというものもあるし、考えるだけで殺傷能力を発生させる《
十路と《バーゲスト》、市ヶ谷と《真神》、そして『幽霊』の、三つ
【トージ、状況はよくないですよ……】
ひとまず氷で
【こんな状況で、私とあなただけで戦って、しかも勝たないとならなくなりました】
「仮に勝ったとしても、その足で
頭痛に耐えながら十路はレバーを引いて、初弾を薬室に送り込む。
そして、イクセスでもセンサー感度を最大限に上げないと聞こえない音を吐き出した。
「俺、死ぬかもな……」
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