020_2700 そしてラプンツェルの願いは


 ただしそれで真っ直ぐ家には帰ったわけではない。


「かんぱーい!」

「あっはっはっは! もう何度目の乾杯か覚えてないですけどねー!」


 大通りから一本奥に入った場所にある、レストラン・バー『アレゴリー』――樹里の実家に、支援部員プラスアルファの姿があった。

 店の営業時間は過ぎているが、つばめが事前に連絡をしていたらしく、祝勝会の用意がしてあった。


 事後処理のためか、つばめ当人はこの場にいない。

 料理の用意だけがされていて、この店の従業員たちもいない。

 学生たちだけの、気楽な騒ぎを行っている。


「ナージャぁぁ……! 俺のことそんなに嫌いですかぁ……!?」

「和真くんとお付き合いするとなると、なんか違うなーと思うのですよ」

「俺そんなにダメですかぁぁ……?」

「顔は悪くないというより、ハンサムだと思いますよ? 話してて楽しいとは思います。背はまぁ、高くはないですけど、日本の方ならそんなものかなーと思いますし」

「だったら何故ダメなんですかぁぁ……?」

「和真くんって、なんだか重そうなんですよねー? 態度は軽いのに、愛情は重くて暑苦しそうな気が」

「うぉぉぉぉっ! それは初めて言われたぁぁぁぁっ!」

「あと、足あまり洗ってなくて臭そうな印象も」

「それはわれなき中傷だぁぁぁぁっ!?」


 いつも通りナージャに言い寄った末に、和真は泣き崩れる。これならばいつも通りに地獄突きで迎撃されたほうがマシかもしれない。

 ちなみに未成年者にアルコールは出されていない。和真は器用に雰囲気で酔って泣き上戸になっていた。


「疲れたから、さっさと帰って寝たいのに……」


 混沌としたテーブル席からカウンター席へ逃げてきた十路は、だらけて伸びていた。席は離れたが即刻帰らない辺り、彼なりに空気を読んで付き合ってる結果なのかもしれない。


「あはは……」


 樹里はカウンターの中で、愛想笑いを浮かべる。

 従業員がいないため、飲み物は彼女が作っている。白いシャツに黒のフォーマルベストとタイトスカートという、彼女がこの店を手伝う時のバーテンダースタイルに着替えて。

 大人びた格好をしてもアルバイト店員にしか見えないが、それでも普段とは違う彼女の要素を覗かせていた。


「どうぞ」


 樹里はマドラーでかき混ぜて、薄切りのライムを添えて、銅製のカップを十路の前に置く。中身は酒ではなく、ノンアルコールのカクテルだ。


「さんきゅ……」


 戦闘中の機敏な態度とは打って変わり、ノロノロと身を起こし、十路はそれを一口飲んだ。


「……あぁ。そういえば、まだ木次きすきに礼を言ってなかったな」

「はい?」


 なんのことか理解ができず、樹里はキョトン顔を向ける。


「木次の援護がなければ、間違いなく死んでたからな……助かった。ありがとな」

「そんなの、お互い様じゃないですか」


 樹里は子犬のようにはにかむ。


 そして彼女は少し迷ってから、十路に問いかける。

 それは騒ぎを起こす直前に、連絡橋上で口に出しかけた質問だった。


「……先輩。もしも部長みたいに、私が《魔法使い》の事情で困っていたら、先輩は助けてくれますか?」

「そうだなぁ……」


 もう一口カップを傾け、ライムの酸味と炭酸を舌の上で転がして、十路は答えた。とても彼らしく。


「状況による」

「……そーゆーところは先輩ですね」

「なに期待してたか知らんけど、当たり前だろ? 今回はかなり賭けだったけど、ギリギリ勝算があると思ったから実行した。でもどう頑張っても無理だと思ったら、俺はあきらめて逃げるからな?」

「はぁ……」


 部活仲間でしかない十路に『なにがなんでも助ける』などいう、乙女チックな言葉を期待したわけではない。

 しかし初っ端からトラブル回避の意思を見せられると、樹里も落胆のため息をつきたくなる。


「ただまぁ――」

「?」


 十路の言葉は続きがあった。


「部長と同じくらいは、木次にも手を貸す気はある」

「同じって……?」

「今回の俺たちは、部長に今の生活を続けさせようってつもりで、クロエ王女のケンカを買って、多国籍軍とも戦闘した」


 物量的にはさほどでもないが、内容的には関係する欧州の国々と戦争したのと変わりない。

 その結果、部員たちの被害は実質ゼロ。しかも作戦に参加した常人の兵士たちが全員無事帰還したのは、ただ殺されなかっただけ。


 それぞれの国の軍は、完膚なきまでの敗北と判断する。

 そして総合生活支援部は、トップクラスの脅威と認識されたに違いない。


 一般人の知らない水面下では、そんな危険な情勢になったというのに、彼は口元をゆるめて微笑して、あっさり言ってのける。


「だから、普通の生活を送るのに、どこかの国と戦争ケンカするくらいなら、手伝おう」

「…………」


 そんな言葉を、真顔で受けて。


「――ぷっ」


 遅れて樹里は噴き出した。


「これ以上なにかやれってのか? 勘弁してくれよ……? それが俺の限界だからな……?」

「ややややや。そうじゃなくて、やっぱり先輩らしい返事だなぁと」


 いまだ性格の把握ができない十路が、意外にも熱い心を持ち、仲間想いの人間だと、樹里は知った。


 普通の生活を送るためには死ぬ気で戦わないとならない、彼らワケありの《魔法使いソーサラー》たちの境遇で、《騎士ナイト》と呼ばれた彼がそんな言葉を吐くならば、『なにがなんでも助ける』と言ったのとほぼ同義だった。


 彼は国家にも組織にも仕えていない。そして彼の守るべき信念は世間の常識から外れ、ただ自分の中に存在する。

 その在り方は、妄想と呼ぶべき願いを叶えようと旅に出た、偉大でおろかな物語の騎士に似ている。


(先輩のこと……信じていいのかな?)


 彼を信じていないわけではない。しかし樹里は改めて疑問を持った。信じたいがために。

 彼女が命がけで戦うことになる敵は、『世界』なのかもしれないのだから。


「なぁーにふたりの空気作ってますのよぉー?」

「お?」


 テーブル席で飲んでいたはずのコゼットが、十路の首に腕を絡めて、話を割って入ってきた。

 樹里にはその際、コゼットの唇が、十路の頬に触れたように見えた。


「飲み過ぎじゃないですか……」


 しかし十路は気にした様子はない。体の柔らさを押しつけられ、果実と女性の匂いで甘ったるい息を吹きかけられたが、顔をしかめながら隣の席にコゼットを座らせただけ。キスされたのは見間違いではないかと樹里が思うほどに、普通の態度だった。


「いーじゃないですのぉ~? ひとまず長年の懸念が片付いたことですしぃ~」


 普段十路にこんな事をするのはナージャだが、今日は酔眼のコゼットがグラスを片手に絡んでいる。


「木次、この人どんだけ飲んでる?」

「ビールはジョッキで二杯、ワインはボトル空けてますね」

「飲みすぎだろ……?」

「や。ウチの部屋でつばめ先生と飲む時、部長っていつもそれくらい飲んでますよ?」

「どうやって連れて帰るんだ……?」

「やー……まぁ。上が実家ですから、いざとなれば運べばいいだけですけど」


 どう処置したものかと、ふたりしてゆらゆら揺れる酔っ払いコゼットを眺めていると、ふいに彼女は上体を固定した。

 逆に不安になる挙動の変化を見守っていると、酔眼が焦点を結び、だらしない表情が引き締まり、明瞭めいりょうに言葉を紡いだ。


 それは物語で王女が語る台詞のようであり。

 肩を並べる《魔法使いソーサラー》としての言葉にも似て。

 そして、どこか気弱な女性の願いでもあった。


「Serez-vous mon 《chevalier》 dans votre avenir?」

「……は?」


 十路も樹里も、理解できない言語だったが。


「――な~んちゃって」


 しかも挙動が酔っ払いのものに復帰したので、十路は不気味そうに顔をしかめる。


「部長、今なに言ったんですか?」

「大したことじゃないですわよ~? 貴方は『うん』と言えばいいんですわよぉ~?」

「内容がわからないのにうなずくわけないでしょう……」

「なんでこんな時にまで用心深いんですのよぉ……」

「無茶を押し付けられたくないからですよ」

「……貴方のそーゆーところ――」

「嫌い、ですか?」

「……いえ、こういう人だと諦めますわ」


 二一世紀の塔の娘ラプンツェルの前に、白馬の王子は現れなかった。

 自力で塔を脱出し、しかし魔女の呪いで再び閉じ込められるその運命を、彼女は受け入れようとした。

 そんな彼女を助けたのは、境遇を共にし、それを理解を示す仲間たち。

 その中心は、やる気なさげで空気が読めなくてぶっきらぼうで、だけど彼女を受け止める強さと優しさを持つ、彼だった。

 だから彼女は問うた。



――これからも、私の《騎士》でいてくれますか?

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