020_0700 貴腐人王女と丁寧ヤンキー王女Ⅰ~S.M.A.R.T.>>errata -Gundog Puppy-~


 日は沈み、完全に夜になった。

 部外者は帰り、関係者もそれぞれの用事でいなくなり、部室に残っているのは樹里ひとりだった。


「はぁ……」


 帰り支度をし、ガレージの床を掃いていたほうきを止めて、重いため息をついた。


(あぅ~……私が余計なことしたから、部長と堤先輩のケンカがひどくなったぁ……)


 だますような真似をして、十路とコゼットを二人きりにさせたことを後悔していた。


(放っておくしかないのかなぁ……だけどこのままじゃ居心地悪すぎ――っ!)


 樹里には異能がある。《魔法使いの杖アビスツール》を持たなくても《魔法》を使える。

 その一部である《マナ》の空間情報収集を応用した脳内センサーとでも呼ぶべきものが、背後から時速四〇キロほどで接近する物体を検知した。


 樹里は振り返りながら箒を振るい、飛んできたボールを弾き返す。

 不意打ちしてきた相手は驚いた風もなく、打ち返されたボールをスティッククロスのネットに収めた。


「相変わらず人間離れしてるな」

「ひど……」


 彼女の異能を知らない者が見れば、そう評されても仕方ない反応だが、面と向かってハッキリ言われると樹里も傷つく。

 なのに悪びもせずに精悍せいかんな笑顔を浮かべるのは、長身の女子高生だった。学生服のスカートの下に履いた膝丈のレギンスと、手にしたラクロスのラケットクロス、部活終わりに汗を流したらしい湿り気を帯びたポニーテールが、スポーツ少女らしさをかもし出している。


 名前は月居つきおりあきらという。高等部一年B組――つまり樹里のクラスメイトで、所属は見たままラクロス部だ。


「いきなりボールぶつけるなんて、ご挨拶だなぁ……」

「気が抜けてるみたいだったからな」

「私が反応できなかったらどうするの?」

「樹里なら反応すると信じてた」

「そんな信頼いらないよ……」


 以前ラクロス部の部活中に暴投が起こった際、たまたまフィールドの近く歩いていた樹里が、先ほどと同じように反応して以来、妙な好奇心と対抗心を持たれて、一方的な好敵手のような関係を築いている。


「それで、樹里はどうしたんだ? なに落ち込んでいる?」

「う~……晶のせいだよぉ」

「わたし?」


 唇を尖らせて、恨めしげな顔を向ける樹里に、晶はキョトンとして自分の顔を指さす。


「今朝相談したでしょう? ケンカしちゃってる人たちがいるって……」

「あぁ。それが気になったから、樹里がまだいるかと思って、様子を見に来たんだが」

「晶のアドバイス通りにやってみたら……」


 深いため息で、続きの言葉を省略する。


 今朝コゼットと十路のことで頭を抱えていた樹里を、晶が不審に思って話しかけられ、『ケンカして雰囲気を悪くしている』と簡単な事情のみを話した。

 そこで晶が提唱したのが、無理矢理ふたりきりにしてしまうことだった。もちろん前もって仲直りの意思を確認した上でだが。

 それを受けて樹里は、アドバイス通りに実行し……結果はこのとおり。


「無責任なことを言って、すまない事をしたようだな……」


 樹里の責任転嫁と言えなくもないが、それでも晶は気まずげな顔をし、改めて相談に乗ろうとする。


「詳しいことは聞かなかったが、ケンカしてるのはどういう経緯だ?」

「えぇと……」


 もっともな疑問だが、樹里は口ごもる。

 校内で有名のため、王女サマとしてのコゼットは晶も知っていて、地の性格は知らない。

 それだけでも充分話せないのに、『部長が部室でハダカで寝てたから男の先輩タコ殴りにした』などという真実はもっと話せない。


 どう答えようか迷い、樹里は半分無意識に、部室のコンセントを見た。

 その前にはいつもオートバイが駐車されているが、今はない。


(部長と堤先輩、また一緒に出かけて、大丈夫なのかなぁ……?)


 晶の質問とは外れた心配を考え、思い出す。



 △▼△▼△▼△▼



 十路とコゼットで野依崎ヒキコモリを部室に連れてきた、あの後で。


【そういえば、ツバメが部室に来ているのは、どうしてですか?】


 思い出したようなイクセスの言葉で、十路とコゼットの舌戦は一時中断した。関心のない野依崎を除く他の面々も『そういえば』と改めて注目した。


「え? わたし、顧問だよ? 用事がなければ来ちゃダメなの?」

「今やってたのは?」

「女子中学生とチャット?」

「ンなことしてねーで仕事をなさい。つーか、やれ」

「顧問に対する敬意がない!?」


 冷淡な部長コゼット顧問つばめ愕然がくぜんとしたが、こんなやりとりはこの部室ではいつものこと。つばめはすぐに気を取り直した。


「みんなの様子見に来たのと、あとコゼットちゃんの関係者から連絡が入ったから、一応伝えたほうがいいかと思って」

「ハ? わたくしの?」


 他の者には理解できない疑問と警戒で、コゼットが顔をしかめた。


「……なんの用事でしたの?」

「うんにゃ。よくわかんない。久しぶりに世間話しただけだし」


 つばめが答えたと同時に、コゼットのスマートフォンから音楽が鳴り響いた。ジーンズのポケットからそれを取り出し画面を見て、眉間のしわが深まった。

 話したくない相手なのか、しばし固まったが、それでも彼女は画面を押した。


「Allo...? (もしもし……)」


 スマートフォンを耳につけ、部室の外へと出るコゼットの背中を見送り、部室内の面々はなんとなく顔を見合わせた。


「お姫様の関係者って……」

「部長さんって王族ですから、王様からとか?」


 和真とナージャの部外者コンビの会話を受けてから、十路は誰とはなしに訊いてきた。


「そういや、部長の母国くにって、どこだ?」


 支援部にはあまり詮索しない暗黙の了解があるが、さすがに大まかな出身地まで秘密にするほどでもない。

 だがコゼットは、生国の話をほとんどしない。

 樹里も部外者たちも『言われてみれば?』と首を捻ったが、さすがに顧問つばめは知っていた。


「ワールブルグ公国。西ヨーロッパにある立憲君主制国家。人口は約五〇万人。国土面積は東京よりちょっと大きいくらい。主要産業は重工業と金融業。中世のお城とか砦が残ってるから、最近は観光業にも力を入れてるかな?」

「あぁ……あそこか」


 十路はあっさり納得したが、樹里にはピンと来ない。


「内陸国だし、陸軍しかなかったと思うけど……確か北大西洋条約機構NATOに参加してて、欧州陸軍連合戦闘団の司令部があったような」

「…………」


 元自衛官らしいかもしれないが、樹里にはそういう理解はできないし、したいとも思わない。


 世界史の教科書に必ず乗るような、歴史の表舞台に立った国でもない。ニュースで聞かないということは、国土面積や経済規模はさほどでもなく、移民問題や内紛などと無縁で安定した国なのだろう。


「名産品はワインとチョコレート! 日本じゃなかなか手に入らないし、コゼットちゃんが里帰りするなら、是非とも土産に買って帰ってもらわないと!」

「ウチの国でも地元の物より、輸入品のほうが手に入りやすいですけど? そん時はシュールストレミングでも買ってきましょうか?」

「やめてー! 毒ガステロ起こす気!?」


 ワクテカなつばめに、電話を終わらせたコゼットが犯行声明を出した。


 ちなみにシュールストレミングとは、スウェーデン産塩漬けニシンの缶詰だ。加熱処理をしないため缶の中でも発酵が進み、開ければ世界最悪とも言われる臭気をまき散らす、化学兵器と称すべき食品だ。

 ゆえにほとんどの航空会社では機内持ち込み禁止にしているが、コゼットは果たしてどうやって土産にするつもりなのか。


「部長、どうしたんですか?」


 テロ実行可否はさておいて、電話が原因に違いあるまい。コゼットは盛大に顔をしかめている。他に誰もそのことを追及しそうにないから、樹里が水を向ける


「ツラも見たくない女と、今から会わなきゃならなくなりましたのよ……」

「さっきの電話が、つばめ先生とも話したっていう、部長の国の関係者さんなんですよね?」

「えぇ……いつ神戸に来たんだか」


 コゼットは本気で嫌そうに、ノロノロながら帰り支度を始めた。


「挨拶だけして、とっとと帰りたいですけど……できるかしら……?」


 そんな愚痴を聞いて、つばめがニンマリと悪魔の笑みを浮かべた。


「だったらさー、トージくんに付いてってもらえば?」

「「は?」」


 コゼットだけではなく、他人事の顔をしていた十路も眉根を寄せた。改めて樹里は思ったが、ふたりして人相が悪い。


「無関係な人間がいたら、さっさと帰る理由になるでしょ? なにより足があるし」

「俺がバイクで部長を送って、しかも誰とも知らない相手の会話に乱入しろと?」

「大丈夫だいじょうぶ。気にするコじゃないから」

「イヤですわ!」


 怒鳴るコゼットがつばめの提案を拒絶した。ただし一緒なのが十路だからではない。


「『あの女』の前に堤さんを連れてってごらんなさい! なに言われるかわかったもんじゃねーですわよ!」

「あれー? トージくんを連れてったら、『あのコ』への弱みになっちゃうのー? へー? ごめーん? それは気がつかなかったなー?」


 つばめの言葉は嘘と挑発なのは、傍目はための樹里でもわかった。


 しかも意図があるのか、態度どころか空気の解読能力まで十路と同じであるかのように、背を向けたままの野依崎も余計な言葉を重ねた。


部長ボスでも苦手なものがあったでありますか」

「……べっつにぃ?」


 なぜかコゼットの返事は気だるげなギャル口調になった。


「要は『あの女』とツラ会わせるだけでしょ~? 誰が一緒だろうと関係ねーですわねぇ? バイクがあるなら交通費浮きますし時間気にしなくていいですし結構じゃないですのぉ?」


 どうやらコゼットは『あの女』に対して、相当な対抗心を燃やしているらしい。


「ほら、堤さん。とっとと行きますわよ」

「ちょっと待て……! 勝手に話を進めるな――」


 強引なコゼットに、十路は怒鳴ろうとしたが、振り返った彼女の顔を見て言葉を失った。ついでに部室にいる誰もが声を出せなくなった。


「来い」


 地のコゼットは感情を素直に出すので、不機嫌顔も見慣れている。でも本気で怒ると逆におもてに出さないタイプだったとは、初めて知った。


「……了解」


 顔から一切の表情が消えた、しかし透明な炎がさかる瞳で命じられると、さすがの十路も反論なく従った。


 そしてオートバイに乗るのは慣れたものなので、身支度して外に引っ張り出し、十路の準備はすぐに整った。

 だがコゼットが手間取った。デニムパンツなのでまたがるのに問題はないが、ヘルメットの時点で。


「……はぁ」


 面倒さというより普段と同じ怠惰なため息をついて、十路は体重を預けていたオートバイから離れた。


「なにやってんですか……」

「アゴヒモゆるいんですわよ……」


 機嫌よりバツが悪いのだろう。コゼットは顔をしかめていた。


「ヒモの締め方も知らないですか?」

「うっさい。ンなもん被る機会ねーですわよ」

「そーゆーところは王女サマだとでも?」

一般人パンピーだろうと一生メット被らない人間は巨万ごまんといるでしょうが」

「理工学科で実習の時どうするんですか。ヘルメット被る機会あるでしょう」

現場用あれ乗車用これは違うっつーの」


 音量は普通だが、お互いの言葉にはとげがある。それでもコゼットを上向かせ、十路が顎紐を調整した。


「はい。これでいいでしょ」

「普通こういう時、『これで大丈夫か?』とか訊きません?」

「俺になに期待してるんですか?」

「あーそうですわね。貴方に人並みの気遣いを求めるわたくしがバカでしたわ」


 微量の毒を吐きかけ合って、十路はコゼットから離れ。


「で。なに全員でガン見してんだよ?


 そして部室へ振り向き、十路たちの出発を見守っていた部員+顧問+部外者たちに問いかけた。万事関心薄そうな野依崎ですら注目していた。


「や、その……なんと言いますか……」

「あらら~……これは気づいてなかったのですかね~?」


 樹里とナージャが半笑いを返す。


「『やるか!? ムチュっとやるか!?』って、温かく見守っていたのに」

「なんだ、結局やらないのか」


 つばめと和真は、ガッカリ感をにじませていた。


「なんの話だよ?」

「や、その、さっきの部長と堤先輩……今からキスでもしようかって体勢でしたけど……」


 指摘すると十路とコゼットは顔を見合わせた。『やっぱり気付いていないかったのか』と樹里はちょっと呆れた。


 ヘルメットを直していた時、もちろん物理的な距離は近かった。少しだけ背丈が上回る十路に向けて、コゼットが吐息がかかる距離に顔を寄せている体勢だった。


「「……だから?」」


 しかしふたりはこの反応。物理的な距離は詰めたとしても、精神的な距離は遠いまま。


「思春期の中坊じゃあるまいし……」


 十路はいつもの怠惰な態度で呆れるだけだったが。


「あーまぁーえーそりゃぁー日本人からしてみりゃキスどころか顔を寄せるだけで特別っぽいかもしれねーですけど地元じゃこれくらいなんてことねーですわよえぇ」


 コゼットは目を泳がせて、早口で言い返した。


 このようにふたりとも否定したとはいえ、立ち位置とベクトルが全く違い、精神的な距離はかなり遠かった。


「部長……なにウブい反応してるんですか」

「うっさい黙れ!」

「ヨーロッパじゃキスなんて挨拶でしょう?」

「そりゃチークキスっつって音出してるだけですわよ! 夫婦恋人でもねーのに本当にキスすりゃ逮捕されるわ!?」


 そんなやり取りに、ナージャ・和真・つばめがひたいを寄せた。


「……部長さんって、ツンデレ要素ありますよね」

「ツン九:デレ一くらいの割合だけどな」

「いつデレるか、わかんないけどね」

「……!」


 コゼットが十路を睨みつける。『からかわれてるのは貴方のせいですわよ!』とでも言いたげに。


「俺に言うなよ……」


 非難の視線を無視して、十路はオートバイにまたがった。

 感情の読めない灰色の瞳は、そんな彼をじっと見ていた。


「お前もからかいたいのか?」

ノゥ


 野依崎ははただでさえ半開きな目を更に細める。地下室から無理矢理連れ出された際、のん気に自己紹介などしてはいないだろうから、今日初対面の十路を警戒するように問うた。


「それ以前に、お前は何者でありますか? それにその《使い魔ファミリア》は?」

「今さらそれ訊くか……?」



 △▼△▼△▼△▼



 帰り支度を一時中断し、物珍しそうに備品の多い支援部の部室を見渡す晶に麦茶を出しながら、そういった出来事を伝えた。


「誰なのか知らないが、そのケンカしているふたり。普段はどうなんだ?」

「や、そりゃいつも顔を合わせればケンカしてるってわけでもないけど……」

「仲がいいわけでもない?」

「うーん……」


 見物に飽きたか、ソファに座りながらの晶の問いに、どう答えたものかと樹里は考える。


(先輩も部長も、遠慮ないタイプだからなぁ……)


 十路は他人の心情など斟酌しんしゃくしないし、プリンセス・モードOFF時のコゼットもズケズケ言う。

 それでも他と、ふたりでは違いがある。

 ふたりが樹里にかける言葉は、注意であったり忠告であったり、やはり先輩が後輩に対するものが多い。多少なれど手加減というか配慮がある。


 それがふたりで会話する時はなくなる。キレた昨日はさておいて、十路は別段悪感情を持っている様子はないが、コゼットは『貴方嫌い』などと歯にきぬ着せず言ってしまう。


(それにやっぱり、初対面の印象が最悪なのかな……?)


 樹里も詳しくは知らないが、まだ部員ではなかった十路は、コゼットとお互いを敵と定めて戦ったと聞く。勘違いによるもので誤解はすぐに解けたらしいが、引きずっていても不思議ないとも思う。

 だから、つばめのように『とことんケンカすればいい』なんて楽観視できない。


(それ言えば、堤先輩の私に対する第一印象って、最悪なはずだけど……全然覚えてないけど殺しかけたっぽいし)


 考えが変な場所に飛んだ。樹里は言葉がまとまらないまま、晶の問いに答える。


「言葉にするの、難しいなぁ……」


 社会的身分だけを見れば、先輩・後輩、部活仲間でしかないが、それだけ終わるのもなにか違う。

 交際しているわけではないから恋人は確実に違う。プライベートを共にすることはない様子だから友達とも呼べない。

 年齢だけでも半分大人なのに、王女と元非公式自衛官という二枚看板で半分社会人でもあるため、ふたりとも内面は年齢以上に大人びている。意見を戦わせるにしても目的が明確で、言いたいことをハッキリ言っても後を引かない、自立した者同士のドライな関係だ。そのはずだった。


(それが今は……)


 再び樹里の口から気の抜けたため息が出てきた。

 それをどう捉えたか。晶は麦茶で口を湿らせから、質問を撤回して別の質問に換えた。


「放置して、仲直りしなかったら、どんなことになりそうだと思う?」

「んー……?」


 言われて小首を傾げる。眉根も寄ってしまう。唇も尖らせてしまう。

 脳ミソをこねくり回すように、首の角度を何度も変えてみたが、結論は変わらない。


「……なんか、これ以上悪くなる想像ができない?」


 殺害事件に発展する可能性は、やろうと思えば簡単にできる《魔法使いソーサラー》だからこそ、ない気がしてならない。衝動的な傷害・暴行事件が既に発生したから、これ以上はなさそうという考えもある。

 ならば疎遠になるかというと、ワケあり《魔法使いソーサラー》が同じ部活に所属している現状が許さないし、ふたりで意地を張り合ってるような現状から考えにくい。


 支援部ではコゼットが当然リーダーだ。仮に最年長者でなくても、知識や社交性や統率力において、彼女が適任だと誰もが断じるに違いない。

 十路は副部長的なポジションに収まっている。部員としては樹里が一ヶ月ほど先輩だが、判断に困った時に部長が不在なら彼に訊く。

 非常時の司令官役はコゼット、現場指揮官役は十路が担うが、人数と経験から十路の指示にコゼットが従う逆転を当たり前に行う。


 見返りを求めるような打算はないが、補い合うような打算はある。上下があるようでその実フラット。

 十路とコゼットの関係を、一言にまとめるとすれば――


「パートナー……って感じ? 仕事の」


 向き合ってお互いの目を見て真摯しんしに話し合うようでは役に立たない。

 ラリーレースのドライバーとナビゲーターのように、互いを見ずに前を向いて怒鳴り合うことで機能する。


「本音、ぶつけ合ったほうがいいんじゃないのか?」

「私もそう思えてきた……」


 こうなると『ケンカすればいい』というつばめの主張は、本質を突いてる気がしてくる。同居人として普段のダメ大人ぶりを見ていると、確信にまでは至らないが。


「実際に手が出たのはやり過ぎだと思うし、拳で語り合って仲良くなるのは、男の人同士でないと無理だと思うけど……」

「そういえば、性別も聞いてなかったな?」

「男の人と女の人。ちなみに殴ったのは女の人」


 支援部に男性部員はひとりしかおらず、晶が一緒の時にも校舎内で十路と顔を合わせるから、隠してもあまり意味はないのだが、それでも名前は出さない。


「それは、その……」


 晶も一応は十路を見知っているからか、なんとも言えない顔で言葉に搾り出す。


りの合わない男女が一緒に過ごしているうちにお互い意識し始めて……みたいな?」

「晶が読んでる少女マンガを基準にしないで」


 違った。なんか妄想を膨らませ始めただけだった。


 彼女は男言葉に近い口調とサッパリした性格で、女子にモテそうなタイプだが、恋に恋するお年頃。恋愛小説と少女漫画を愛読し、男子テニス部顧問で社会科担当御園みその雅浩まさひろ教諭二五歳妻子なしが気になる今日この頃。


「いやでも、そういうことは実際、珍しくないらしいぞ?」


 二次元と三次元の区別はついているというか、そこらは空想も現実も変わらないのではないかと、晶は言いつくろう言葉ながら憮然と反論してくる。


「だって仕事上の関係だけでなく、夫婦や恋人も『パートナー』だろう?」

「や、確かにそうだけど……」


 すこやかなる時もめる時も。喜びの時も悲しみの時も。富める時も貧しい時も。

 共に同じ時を過ごし、互いを頼り気遣う。

 ビジネスパートナーと人生のパートナーは、考えれば考えるほど違いがない。性別や婚姻届や性行為の有無を基準にしようにも、同性パートナーや男女平等が浸透しつつある昨今、ほぼ無意味だ。


 『星の王子様』で有名なフランスの作家、サン・テクジュペリも言っている。愛とは互いを見詰め合うことではなく、ふたりが同じ方向を見つめること、と。


(やー……堤先輩と部長が付き合うって、ちょっと想像できない――)


 心の中で樹里は否定しようとしたが、不意に思い出す。

 十路とキスするような体勢だったことを指摘され、挙動不審になったコゼットの態度と顔色を。


(…………まさか、ね?)

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