010_1600 それが彼らの宿命Ⅷ~《騎士》の出陣~


 時間は少し前後する。

 十路とおじは、修交館学院施設内に設置されている、ごく一般的な加圧式粉末消火器を持ってきて、分解して改造していた。


 広げたアルミホイルに電動ヤスリをかけ、微細な粉末を作る。更に別の粉末と、小さなボルトやナットを混ぜて、ホースを切り取った噴射孔に詰め、そして顔をそむけながら柄の長いライターの火を近づける。

 黒い煙と共に、一瞬小さな火柱が上がった。


【身の回りの物で溶接する方法なんて、よく知ってますね?】

「あのな……出来損ないとはいえ、俺も《魔法使い》だぞ?」


 内心ではガス容器が破裂しないか心配しながら、感心したようなイクセスに十路は返す。


「《魔法使い》に科学知識は必須。テルミット反応なんて、知ってて当然だろ?」


 アルミニウムはジュースの缶や一円玉にも使われる、身近で安全とされる金属だが、微粒子になると水をかけただけで発火する危険物と化す。

 他の酸化金属と混ぜて火をつけると急激な反応を起こし、三〇〇〇度という鉄も溶かす高温を発する。これをテルミット反応といい、鉄道レールの敷設、焼夷弾やロケットの推進剤にも使われている。


 十路はそれを利用して、小さな金属片を溶着して、消火器の噴射孔を完全にふさいだ。


【穴を塞ぎたいなら、鉛でも溶かして詰め込んだほうが早いのでは?】

「イクセスの言う通りなんだが……鉛って意外と身近にないんだよ」

【車のバッテリーがあるじゃないですか】

「さすがにその辺の車からかっぱらったら問題になる。他にアテなかったし」


 頃合を見て、金属バケツの水に浸し、熱くなった金属を入れて急冷させる。こんな事をするともろくなるが、一度使えれば十分なので気にしない。


「ナージャ、できたか?」

「できましたけど……」


 テーブルの上にナージャがハサミで切ったアルミホイルが山になっている。

 それを十路は、本体容器の粉末消火剤と一緒に入れる。その金属製の容器の底は、電動工具グラインダーで一度切断し、接着剤で密閉している。


「よし。これで終わりだ」


 ホースを切断したレバー部分をはめ込み、再び厳重に封印し、十路は作業を終わらせた。


 そんな風に加工した消火器が、他にも十数本立っている。ただし同一の改造を施したわけではない。一番多いのは、消火剤を抜いた換わりに水を入れ、組み立てる際にわざと緩く固定し、コーキング剤で密閉したものだ。


「あの、十路くん……? これなんですか……?」


 プリンを作る予定はそっちのけで、十路の作業を最初から見ていたが、ナージャには見当もついていない。

 唯一わかったのは。


「良い子は絶対マネしてはいけないオモチャだ」


 まともな物ではないということ。そもそも安全上の観点から、消火器を分解するのはご法度なのだから。


 更に彼は他にもなにか準備したらしい。電気工事の時に複数のケーブルをひとつにする結束バンドを、ダンボールの中から探し出していた。

 そして最近では使われなくなった黒いゴミ袋に、大きななにかを入れて置かれている。


「――っと」


 不意に十路のポケットで携帯電話が鳴り響く。液晶画面には『木次きすき』と表示されていた。

 耳に当てて通話ボタンを押すと、苦しげな息がスピーカーを通して聞こえた。


『先輩……!』

「まさか船が制圧されたのか?」

『え? あ、はい、あの――』

「《杖》は持ってないんだな?」

『はい……』

「相手の人数は?」

『えぇと……私が見たのは四人しかいないですけど……もっとたくさん――』

「わかった。今すぐそっちに行く。できる限り大人しくしてろ」

『ふぇ? あ、や、その――』


 戸惑う樹里には構わない。必要最低限の情報をやり取りすると、十路は舌打ちして容赦なく電話を切った。あまり長々と話していると、彼女が危険な状況だと判断した。

 続けて矢継やつばやにオートバイへ指示を出す。


「イクセス。木次の携帯電話のGPSをチェック」

【もうデータを入手してます。北緯三四度四〇分、東経一三五度一一分。少し南南西にズレていますが、神戸港中突堤なかとってい旅客ターミナルとほぼ同位置です】

「……? 出航して間もないって事か?」

【船が湾内にいるならば、比較的楽に乗り込むことができます。残り時間は五分もないと思いますが】

「フルスピードでギリか。間に合わなかったら臨機応変に対応する」


 普段の怠惰な態度が嘘のように、緊張感を持ってキビキビと話す十路に、ナージャは唖然としている。


「あの、何事ですか……?」

「木次と部長がシージャックに巻き込まれた」

「え!?」


 もちろん確証はなかった。最悪の想定が、ここに来て大当たりした。先ほどの樹里との電話は、予想の確認だけすれば十分だった。


 世界展開し、政府機関業務も行う会社の代表が、部の人間と関係を結ぼうとした。しかも偶然ではあるが、彼の息子とも知り合いになる。

 そして彼の周囲には、護衛のように振舞う軍人と、長いケース――《魔法使いの杖アビスツール》を持った《魔法使いソーサラー》がいた。


 そんな連中が食事会として部員を誘い出し、海の上に出ることになれば、強引な手段を使うかもしれないという考えが、彼の予想にあった。

 《魔法使いソーサラー》とは貴重な人的財産で、国家が管理し育成している。しかし総合生活支援部の部員たちは、その管理から外れたワケありたち。だから強引に手に入れようとする勢力があっても不思議はない。


 そして今、樹里とコゼットのふたりは、《杖》を奪われた上に乗客を人質にされ、反抗できなくなってる。このまま公海まで出て船かなにかに乗せ換えて、自国へと強制的に送るのが目的だろう。

 わからなかったのは、LLP社やヴィゴ・ラクルスが、今回の事態にどれほど深く関わっているか。そして具体的にどこの国のどんな組織が首謀なのかだが、今はどうでもいい。


 それを長々とナージャに説明している時間はないため、十路は端的に答えてどこかに駆け出そうとしたが。


「トージくん、これ!」

「おっと?」


 胸元に飛んできた物体を受け止めて、たたら踏む。それが目的で十路は理事長室に行こうとしたが、つばめが投げ持ってきたので、取りに行く必要がなくなった。

 それは積載量の少ないオートバイの後部側面に装着する追加収納パニアケース――つばめに預けていた、十路の空間制御コンテナアイテムボックスだ。樹里やコゼットが持っている物は、金属色そのままであるのに対し、表面素材が違うために真っ黒だった。しかも激しい使い方をされたのか、傷だらけになっている。


「理事長? どうしてこれがるって……?」


 十路の行動を予想していたように、必要な物をジャストのタイミングで渡されたので、つばめに対し怪訝に思う。


「てかトージくんこそ、なにがあったか知ってるの? 用心で準備してたのはともかく」

「いま木次から連絡があったんです」

「わたしのほうはコゼットちゃんが電話をかけて、会話内容を筒抜けにさせてたんだよ」


 彼女は十路が知らない事実を伝えてきた。


「トージくん。ローデリック・セリグマンって名前、知ってる?」

「前の学校の資料で見たような記憶が……?」

「わたしの部屋来てたケース持ってた男の名前。ちょっと調べてもらったんだけど、そいつのこと」

「あー……資料じゃ写真なかったから、顔見てもわかんなかったですよ」


 空間制御コンテナアイテムボックスの中に、何かが入った黒いゴミ袋、針金でひとまとめにしたとがった鉄棒、そして改造した消火器を次々を詰め込んでいく。ふたつに割れた金属のケース内から出る、機械のアームに物を持たせると、本体よりも大きな物が吸い込まれるように次々と内部に格納されていく。

 その作業をしながら、つばめに問う。


「理事長、『依頼』は?」


 それは総合生活支援部の方針。それが部員たちの行動の原理。

 物語の中でもそうだろう。『魔法使い』が『魔法』を使うには、誰かが願わないと使えない。


「警察や海上保安庁からはまだ。だけど出された時には遅いし、出るのは確実だから、わたしが代わりに出しておく」


 普段のふざけたような態度はかき消え、真面目一辺倒でつばめは言う。


「第一に木次樹里、コゼット・ドゥ=シャロンジェ両名の奪還。第二に敵性勢力の鎮圧と事態の収拾。そのふたつをお願いする」


 『お願い』という名の作戦命令が発令された。


「了解」


 それは短い言葉で受諾される。

 本来、そんな簡潔なやり取りで済ませられるはずはない。犯人は《魔法使い》を含む武装組織なのだ。船一隻の乗客を人質に取られた状況でなくても、通常の治安維持組織が手出しできる相手ではないだろう。

 しかも。


「お願いしてなんだけど、大丈夫?」

「準備はしましたし、なんとかできる範囲です」

「なにに使うのか知らないけど、学校の消火器、大量に持ち出してくれたみたいだね……」

「事後承諾しょうだくですけど、必要なんで勘弁してください」


 そもそも彼らは学生だ。普通そんな荒事をどうこうできる立場にないし、治めろと言う側もおかしい。


 しかしつばめは命令し、十路は受諾した。


「トラブルご免のトージくんでも、さすがに今回は渋らないか」

「俺たちは、普通に生きたいだけなんですけどね……」


 なんでもない事だが、《魔法使いソーサラー》には大きすぎる願い。異質すぎる彼らは、『普通』なんてものは望めない。


「でも、これが転入の条件ですからね。いざって時には《魔法使い》として戦う、この部活への入部が」


 普通の学生生活のために、特異な能力を発揮する必要がある。すると『普通』からはどんどん遠のく。しかし望みを叶えるためには、この普通以上特殊未満の部活動を続けるしかない。

 そんなジレンマがあるのはわかりきっていたが、十路はその条件に納得して、この修交館学院に転入し、総合生活支援部に入部した。


「それに、この騒がしい生活も、それなりに気に入り始めてるところですし、見捨てるわけにもいかないでしょ」


 『見込みどおりりの回答』と、策略家つばめの笑顔を見るのは業腹ではあるが、断るわけにはいかない。


「頼んだよ――」


 そんな十路に悪魔つばめは無邪気な笑いを向けて、ごく微量の毒を吐く。


「騎士サマ」

「その呼び方、嫌いなんですけど……」


 必要な物は全て、空間制御コンテナアイテムボックスに入れた。十路はそれを《バーゲスト》のリアシートの左横、二人乗りする時の足置きにも見えるアタッチメントに載せると、黒いケースは音を立てて固定される。


「ま、死なない程度にやってきます」


 十路は気負った様子もなく、ジャケットを羽織ってヘルメットを被り、ポケットから腕章を取り出し左腕につける。そこに描かれているのは校章と、ぐるりと一周するように書かれた、Social influence of Sorcerer field demonstration Team――《魔法使い》の社会的影響実証実験チームの文字。

 そして部室の外にオートバイを押して出し、それにまたがり走り出すその前に。


「よくわかってないですけど、大変みたいですから……気をつけてくださいね?」


 いつもほがらかなナージャが、珍しく不安げな色を紫の瞳に浮かべ、指で弾いてなにかを飛ばしてきた。

 片手で受け止めて見ると、飴玉だった。餞別せんべつのつもりならば縁起でもないから、お守り代わりか気休めか。


「さんきゅ」


 飴玉をポケットに放り込んで、十路はアクセルを全開した。



 △▼△▼△▼△▼



 猛スピードで出て行く十路を見送り、同様に見送ったつばめへと、ナージャは振り向いた。


「なんだか話を聞いてると、シージャックしてる方々のところへ、十路くんに突撃しろと言ってたような気が……?」

「うん、そうだよ」

「マヂですか……?」

「まぢ」

「ジャパニーズ・カミカゼアタック的に?」

「特攻しなくても、トージくんなら大丈夫だと思うよ」


 顔を引きつらせるナージャに、つばめは笑みを見せる。十路の無事と遂行を確信しているかのように、一片の曇りも心配も見られない。


「ナージャちゃんならトージくんと話すこと多いし、あのコが言う『前の学校』のこと、なんとなく想像ついてるんじゃないの?」

「そう言われましても、わたし、普通の人間なので、《魔法使いソーサラー》さんの事情に詳しくないんですけど……」

「んー。ジュリちゃんとコゼットちゃんなら知ってると思うし……」


 以前コゼットははっきりと『予想ついてる』と答えた。樹里も承知しているだろうと予想している。


「知りたければ教えてあげてもいいけど……どうする?」


 押しかけのような形ではあるが、ナージャも十路の日常の作る一人になっている。そして《バーゲスト》が普通のオートバイではない事も知る彼女が、今のような関わりを続けていたら、十路の経歴などいずれ知ることになるだろう。

 だから十路の前身を知ってどう反応するか。ナージャ・クニッペルという人物を見定めることも必要かと、つばめは策略家の頭を使って訊ねる。


「……教えてください」


 話の重さが伝わったか。少し迷ったようだが、それでもナージャは真面目に求める。


「トージくんが修交館ウチに転入する前にいた学校は、陸上自衛隊特殊作戦要員育成機関・富士育成校ってトコ」


 それは富士駐屯地内にある、防衛大臣直轄ちょっかつ機関のひとつ。《魔法使いの杖アビスツール》を製作する開発実験団本部。詳細な検査が行える設備を持つ自衛隊富士病院。そして《魔法》をもちいた訓練が行える広大な東富士演習場。それらが揃った場所に創設され、いまだそのあり方が模索される《魔法使いソーサラー》の力を軍事方面へと伸ばす、超法規的育成機関。


「つまり、高校生でありながら自衛官、それも独立強襲機甲隊員――たったひとりで戦争できるワンマンアーミーだったんだよ」

「映画の主人公みたいな経歴ですね……」

「そんな可愛いものじゃないよ?」


 装備を作れるコゼットが、《付与術師エンチャンター》と呼ばれるように。

 治療行為が可能な樹里が、《治癒術師ヒーラー》と呼ばれるように。

 十路も別名を持っている。

 封建社会時代のそれと同じで、軍事にたずさわる身分。ただし中世のそれとは異なり、またがるものは馬ではなくオートバイ。


「通称 《騎士ナイト》――ひとりで国をさせられる、史上最強のだよ」

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