010_1420 それが彼らの宿命Ⅵ~それぞれの考え、それぞれの行動・???~

 同じ頃、修交館学院の理事長室で、つばめは内線電話で話していた。


「あのさー」

『面倒であります』

「まだなにも言ってないよ!?」

『厄介事を押し付けようとしてるのは、聞かなくてもわかるであります』


 受話器から聞こえてくるのは、奇妙な言葉遣いの素っ気ない、音質は低いがまだ幼い少女の声だった。なんだか十路が普段出すような、やる気ない声と雰囲気が似ている。


『既にひとつ仕事を押し付けられてるのに、まだなにか押し付ける気でありますか?』

「わたしのほうじゃ限界だから、ちょっちキミの裏技を使って調べて欲しいんだよ」

『自分は情報屋ではないでありますし、ハッキングを甘く考えるなであります』

「前にやったんだからさ、エシュロンに裏道バックドアくらい確保してるでしょう?」

『そんな物、とっくに潰されてるであります』


 つばめはほがらかに話しているが、通常ならば普通に話せる内容ではない。


 話に出て来たエシュロンとは、軍事無線、固定電話、携帯電話、ファックス、電子メール、あらゆる通信を読みとる、全世界規模の通信傍受システムのこと。おおやけには存在は否定されているが、実在する。

 つまりつばめは電話の相手に、諜報ちょうほう機関から情報を盗み出せと言ってる。そんな事を頼むのも普通ではないが、電話の相手はそんな行為を以前にやった事があるような口ぶりだ。本当にやっていたら尚更なおさら普通ではない。


「LLPって会社の社長が、いきなり『《魔法使いソーサラー》の力を貸せ』って言ってきたけどね。ちょっちからかってみたけど、怒って帰っちゃったから、目的がよくわかんないんだよ」

『今度はなにをしたでありますか?』

「いやがらせに生魚食わせてやった。もちろん箸を使わせて」

『SUSHI・SASIMIは世界標準になりつつあるでありますが、魚介類を生食せいしょくするのは、世界的には嫌がる者も多いでありますよ』

「だからやるんじゃない。ちなみに相手、イヤな顔してたよ」

『……性格が歪んでるであります』

「策だよ策! 相手を感情的にさせて本音を引き出す! 話術の基本じゃない!」


 それなりにはある胸を張るつばめに、受話器の向こうで相手は呆れている様子だった。どうやら支援部の部員たちと同じで、つばめに対して日頃からいい感情を持っていないらしい。

 それでも彼女は、つばめの話に付き合う。『面倒』と言っていても、最初から関わる気がないという意味ではないらしい。


「それで気を悪くしたのに、また招待しようとするんだからねー。なに考えてるんだか」

『だから、総合生活支援部の面々が、危険であると予想されるでありますか?』

「《魔法使いソーサラー》は国家に管理される貴重な人材。だから手駒にしようなんて、バカ考えるやからがいるわけだけど……食事会の誘いも多分その口だと、わたしは見てる。最悪強引な手段を使うだろうと思ってるけど、確証がないんだよね」

『その確証を得るために、自分がハッキングして探れと?』

「うん。そゆこと」

『……嫌であります』


 あまりの無茶ぶりに、平坦な声に明らかな嫌悪が混じった。


 エシュロンは基本、無作為に情報を集め、高度な解析力と分別能力をもつ諜報プログラムDictionaryによって重要情報だけが抽出され、データベースに保存される。分類がされているとはいえ、時間ごとに増えていく情報量は相当量だろう。

 つまり砂漠のどこかに落とした、しかもコインかメダルか懐中時計か不明な探し物を、砂嵐の中で探すようなもの。嫌がって当然だろう。


理事長プレジデントはヴィゴ・ラクルスに面会してるでありますよね? どういう感触を持ったでありますか?』

「なにかをたくらんで接触したとしたら、あまりにも率直過ぎるから、底の浅い人間って感じはするけど、だからこそって感じもする」

『確証には弱く、結局は絞る要素がないでありますか……』

「あ、探って欲しいのは、そっちの方面からじゃないよ?」

『?』

「レオって子がわたしの部屋に来た時、ケース持って一緒に来た、付き添いらしい。そいつが何者なのかを知りたいんだよ」

『ケース……?』

「わたしの背くらいあったから、スキー板入れるケースじゃないかと思うんだけど」


 それは十路が抱いている不審感と一緒だった。


「学校の監視カメラで顔を撮ってるから、それから調べて欲しいんだよ」

『……なるほど。そういうことでありますか』


 嫌がっていた雰囲気だったが、電話の向こうの彼女は、つばめに手を貸すつもりらしい。


『それならば自分も、無視できないでありますね』

「頼んだよ、フォーちゃん」

『了解であります』

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