010_0610 現代を生きる《魔法使い》Ⅶ~樹里の意見、それぞれの反応~
パステルカラーのパジャマに着替えた樹里が、リビングのソファで
「見られたぁ……堤先輩にハダカ見られたぁ……」
無防備とはよく言われるので、気をつけようとしているが、普段は女ふたりの家だ。まさか脱衣所から顔を出す程度で、身だしなみを整える必要があるとは考えもしなかった。
今はそれを半泣きで後悔している。
「どうしてウチに先輩がいるんですよぉ……?」
「ジュリちゃんがお風呂入っちゃったから、酒の相手させるために呼んでた」
「ってことは、つばめ先生の
「いくらわたしでも、あんなラッキースケベ仕組めないって」
「う~……偶然にしても、タイミング悪すぎですよ……」
しょんぼり顔で、樹里はマグカップのホットミルクを口に含む。そろそろ夜も蒸し暑くなる時期だが、温めた牛乳に砂糖一杯を加えて飲むのが彼女のいつも。
「それにしても、ジュリちゃんの
つばめがスマートフォンを操作しながら、意地の悪い悪魔の笑みを浮かべる。
「やっぱり貧乳だから?」
「言われるよりはあるつもりですよ!?」
決して小さくないと思いたいが、断じて大きくはない膨らみを、樹里は己の手で確かめる。
(あぅ~……せめてあと一センチあれば……)
バスト七九。その数字が彼女のコンプレックスだ。
寄せて上げて頑張ればCカップ。『並』の
「さっきのはキミの不注意もあるし、トージくんが話を蒸し返さないなら、ジュリちゃんも気にしないのが一番だよ」
「や、気にしないって……」
「蒸し返されたら、キミも気まずいと思うよ?」
「や、それはそうですけど……」
思考が停止していたこともあり、無表情の十路の動揺は、樹里には伝わらなかった。
だから彼女は考えてしまう。
(無反応なのもなんだかなぁ……私の体って、こう、なんていうか……ダメなの?)
裸を見られたかったわけではないが、なんのリアクションもないと、それはそれで不安らしい。乙女心は複雑だった。
(……やっぱり貧乳だから!?)
そして行き着く結論は結局そこらしい。乙女の悩みは深刻だ。
しばし悩みに顔を埋めていたかったが、チャイムの音で顔を上げることになる。
「あいよー」
インターフォンのカメラで相手も確かめず、つばめが玄関のロックを解除する。
「来ましたわよ……」
そしてリビングに入ってきたのは、不機嫌そうなコゼットだった。
「部長? どうしたんですか?」
「わたしが呼んだ」
コゼットではなくつばめが、スマートフォンを見せる。
「その格好でウチまで来たんですか……」
ねずみ色のスウェットを着たコゼットに、樹里は引く。そこに王女の端麗さなど欠片もない。『夜のコンビニでそんな格好した人がヤンキー座りでタバコ吸ってるよね』という威圧感ならある。
「マンションの中なら、部屋着で出ても誰も見てませんわよ」
関係者以外住んでいないマンション内を、三階二号室からエレベーターで移動するなら、コゼットの弁も間違いではないかもしれない。
しかし階は違えど、一週間前から男が生活するようになった。
「そうやって油断してると、思わぬところで恥かきますよ……」
「ハ?」
『現に油断してて堤先輩にハダカ見られたし……』と遠い目をする樹里を、コゼットは怪訝そうに見たものの、気にしないことにしたらしい。つばめに振り返る。
「んで? 理事長。何の用ですの?」
「ちょっと部会の続き」
つばめはキッチンの冷蔵庫から缶ビールを二本取り出して、うち一本をコゼットの前に置く。彼女の国は一六歳で成人年齢の上、二〇歳なので、飲酒は問題ない。
「トージくんの様子を一週間見て、どう思ったか、キミたちの意見を聞きたいんだ」
コゼットは缶のプルタブを開けてから口を動かす。
ただし総合生活支援部の《
「あの方の『前の学校』は、富士育成校でしたわよね? なにがあったか知らねーですけど、そこで堤さんは『出来損ない』になった。だから
「うん、ま、そんなトコ」
「わたくしが気になるのは、その点ですわね」
「出来損ないの理由?」
「彼の前歴に決まってるでしょう?」
ビールを口に含み、コゼットは一度言葉を区切り、吐いた。
「――正直申し上げて、わたくしは、堤さんが怖いですわ」
苦手意識などではない。明確な戦慄を。
百獣の王である獅子が、野良犬に恐怖していると。
「あ、もしかしてトージくんの正体、わかっちゃってる?」
「以前、当人から多少聞きましたし、堤さんの転入と同時に《
「けっこー勘違いしてる人多いけど、それだけじゃ不十分なんだよ?」
「決定的なことがあったじゃないですの……なにが『出来損ない』ですのよ」
コゼットはスウェットの上から二の腕をさする。肌が粟立つほどの思い出なのか。
「わたくしは堤さんと戦って、殺される寸前まで追い詰められましたのよ……? あんな『化け物』が実在するなんて思ってませんでしたわよ……」
「あー。そんなこともあったっけ」
「忘れてんじゃねーですわよ! 理事長の連絡ミスのせいでしょうが!? マジ死ぬと思いましたわよ!?」
意図的か否かは不明だが、激昂させることで重くなりそうだったコゼットの気分を吹き飛ばし、つばめは真面目な顔で問い直す。
「それで、コゼットちゃん的には、トージくんとどう接するつもり?」
「どうもなにも……普通に接しますわよ?」
「怖いんじゃないの?」
「戦ったのは誤解ってわかってますもの……それに、なんだかんだで頼りになるんじゃないかと思ってますわよ? たまに空気読まずにズケズケ言うから、気に食わないですけど」
それだけ言って『話は終わり』とばかりに、コゼットはビールを喉に流し込む。
十路が持つ牙は、樹里も知っている。ただしコゼットのように身をもって体験したわけではないため、理解が異なる。
樹里が抱く感覚は、危機感が近い。コゼットが体感したであろう、もし敵になった時の危険度や強さといった意味とは違う。
彼が強いのは間違いない。けれども周囲が思うほど強くはない。むしろ弱いと思ったほうがいいのではないか。
幾度も骨を断ち、刃を跳ね除けてきた名刀だが、見目にわからずとも
「…………」
「ずっと黙ってるけど、ジュリちゃんはどう?」
「ふぇ!? はい!?」
マグカップを両手で持って考え込んでいた樹里は、つばめの問いかけて姿勢を正す。
「堤先輩をどう思うか、ですか……」
感じた危うさを口にするべきか。樹里は迷った末、封をすることにした。強さに関しては客観性を伴った確実性があるが、弱さは樹里から見た根拠虚弱な印象論でしかない。しかも彼の内面にかなり踏み込まないと明らかにならない。他人でしかない樹里が、そこまで踏み込んでいいのかと迷う。
なので天井の隅の辺りを見て、十路の姿を思い浮かべた。
二つ年上の先輩で、男としては背の高さは普通。着
顔は二枚目半といったところだろうかと判定する。シャープな顔立ちで、特に
(キリッとしてれば、結構カッコイイと思うんだけどな……いつもやる気なさそうな顔してるから、『鋭い目つき』じゃなくて『悪い目つき』になってるのが……そういうところは高遠先輩と同じ……)
本人が聞いたら『和真と一緒にするな』と言いそうな評価を、樹里は頭の中で遠慮なく下す。
外見に続いて内面も。
(うーん……動じないっていうか、
無感情というわけではない。だが表に出すタイプではない。落ち着いていると言えるが、無愛想という表現が適切だろう。
(うわー……こうして考えてみても、言い表しにくい人だなぁ……)
短い付き合いで人となりがわかるかと言えば、怪しいものがある。
しかし、ここまで印象が薄い人物も珍しい。かといって普通と表現するのは絶対違う。ハッキリした印象は『やる気なさそう』の一点のみ。
(ただなんか、堤先輩って、自虐的なんだよなぁ……あれ気に入らない)
不意に思い出し、マグカップを握る手に力がこもる。
(そんなに
あまり踏み込めないことを思い出し、すぐに手から力が抜ける。
(あぁー……そういえば、見た目ほどお堅い人でもないし、無神経ではないけど、空気が読めるかっていうとビミョーのような……)
冷めてしまったホットミルクを一気飲み。
(さっきだってなに考えてたんだろ? なに? 貧乳だって鼻で笑ってたの? 子供のお風呂と同じレベルで捉えられてる? 普通は多少なりとも慌てるものじゃない? だけど顔色ひとつ変えないって――)
そして空になったマグカップを持ったまま、頭を抱える。
(うわぁぁぁぁ! そういえば堤先輩にハダカ見られたんだったぁぁぁぁ! どうしよ!? 明日顔を合わせた時にどんな顔すればいいんだろ!?)
木次樹里、一五歳。悩み多き乙女だった。
「「…………」」
「ふぇ? どうしました?」
ふと気づくと、つばめとコゼットが缶ビール片手に、樹里の顔を覗き込んでいた。
「百面相してるから、なに考えてんかなーと」
「小難しい顔したり、半笑いになったり、顔をしかめたり、怒った顔したり、頭かかえて唸ったり、忙しいですわね」
「え? なに? トージくんをどう思うかって訊いて、その反応って……」
「え? そういうことですの?」
「えと……?」
樹里が小首を傾げると、つばめが更に顔を寄せてきた。
「ぶっちゃけ、トージくんがジュリちゃんのこと、どう思ってるか、気になってるの?」
遅れて樹里も理解したらしい。
「え!? や!?」
「いやー。オクテなジュリちゃんにも、ようやく春が来たかー」
「異性に自分がどう思われてるか、気になるものですわよね」
「や! や! 違います! 確かに堤先輩の反応は気になりますけど!」
「あら。だったら違わないじゃないですの」
「顔を赤くして否定しても、説得力ないなー?」
「ややややや! そうじゃなくて!」
大人二人が酒の
こうして女性三人で集まった夜は、深まっていく。
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