090_1600 《魔法使い》に憧れる?


 一五か月後、春――


 卒業証書というと、賞状のような厚紙を丸めて筒型ケースに入れてスッポンするのを想像するかもしれないが、昨今は厚手表紙の本型が増えつつある。


「卒業式、あっけないもんですねぇ……」


 それを抱えた木次きすき樹里じゅりは、歩きながら嘆息く。

 

 チェック柄のミニスカート姿は、なにも変わっていない。進級してもリボンタイの色は据え置きなので、やはり変わらない。

 今日だけスクールジャケットの胸に、花飾りコサージュをつけているのが、唯一の違いか。


「初等部から大学部までの合同ですもの。ひとりひとりに証書渡すんじゃなしに、代表に渡してハイ終わりじゃ、ンなもんじゃねーです?」


 卒業証書の角で肩を叩きながら、コゼット・ドゥ=シャロンジェが返す。

 本日の彼女は二尺袖の振袖と袴姿で、長い黄金髪ゴールドブロンドはアップにして豪華な髪飾りでいろどっている。


「なんつったらいいんです? なんかこう、日本の学校、特に小学校じゃ、セレモニー的なことするって聞きますけど」

「あー。答辞って言ってのか知りませんけど、『楽しかった修学旅行』とか『頑張った運動会』とかのアレですか?」

「そう、それ。ンなのやらなきゃアッサリしたモンになるでしょう?」

「あんまりアッサリしてると、巣立つってゆーか、追い出されるって感じがしなくもないですけど……」

「式典はとっとと終わらせて、別れを惜しむのはその後でご自由にっつーことでしょう」

「なら部長。こっち来てていいんですか?」

「謝恩会は夜ですわ。それに、久しぶりにツラ合わせる連中が来ることですし、スルーするわけにもいかねーでしょう?」


 ふたりは人のいない構内の道を歩く。今日はいつもよりも人が多いはずだが、学生たちは式典から解散、保護者たちと合流しても体育館近隣と校門周辺が賑わっているはず。

 その中を、更に敷地隅の人のいない方向へ行くのだから、誰ともすれ違わない。


「結局、わたくしたちが最後になりましたわね」

「やー……二年前に覚悟してましたけど、思ってた以上に普通の学生生活が続きましたね」


 樹里は高等部を、コゼットは大学部を、今日卒業した。


「二年前の事件で、部活は廃部ってことになりましたけど……わたくしたちも卒業して、とうとう誰もいなくなりますわね」

「ですね……」


 しかし他の支援部メンバーは、二年の間に卒業し、修交館学院から巣立った。


「それにしても、最初はわたくしと木次さんだけだった部活が、よくもまぁ増えたモンですわね」

「やー。増えたと言っても結局六人ですけど」

「ワケあり《魔法使いソーサラー》なんぞ、そうそう居ちゃいけねーでしょうが」


 そんなことを話しながら歩いていたら、すぐに着く。

 学院隅の元ガレージ。倉庫として使われていたプレハブ小屋。

 一年にも満たない期間だけ、ガレージハウスのような部室として使われていたが、それからまた倉庫に戻った建物。


 鍵は持っていないはずだが、一般的な常識は当てはめてはならない。

 勝手に開けて中の家具を外に引っ張り出し、くつろいでいた彼女たちがふたりに気づいて立ち上がる。


「おーい。こっちですよー」


 ナージャ・クニッペル、つつみ南十星なとせ野依のいざきしずく

 彼女たち三人は、既に修交館学院の学生ではない。ゆえにストラップで入場許可を得た部外者を示すカードを首から提げている。


「よく来れましたわね」

「やっぱ太平洋渡るの大変だったさ」

「つい先ほど神戸に到着したので、式開始には間に合わなかったであります」

「これが最後ですからね」


 きっと今後の人生において、あれほどまでに濃密な時間を過ごすことはなかろう。

 その時間を過ごした場所に、共に過ごした戦友たちに会いに、最後だからと支援部員たちは支援部部室に集まった。


 連絡を取っていないわけではないが、気まぐれなネコ型女子たちだ。頻繁にメッセンジャーアプリで言葉を交わしているわけではない。直に顔を合わせるともなれば、二年ぶりの者もいる。

 だから近況を改めて知るために、コゼットは南十星に青色の視界を向ける。


「ナトセさんは中等部卒業と同時に渡米して、あんま音沙汰なくなってますけど、今なにしてますの?」

「ん~……まだ部外秘だけど、もちっとしたら制作発表するらしいから、みんななら話してもいっか」


 平均的な成長期から遅れて背が伸び、小学生と見まがう幼さは抜け出したが、やはり小柄であることには変わらない。その抵抗のように髪を伸ばし、ワンサイドアップではなくサイドテールにした南十星は、ひとり納得して暴露する。


「みんなのトコにも連絡あったっしょ? 二年前のあたしらが関わった事件、映画化のオファー来たって」

「ありましたわね。興味ねーですし、利権とか主張する気もなかったですから、おざなりに返事して以降知らねーですけど」

「原作……つっていいのか知らんけど、その使用許可だけじゃなくて、あたしには出演オファーまで来てたのさ」

「つまり俳優業に復帰してますの?」

「そゆこと。あたしの起用は映画の宣伝目的とはいえ、大根役者ハム扱いされたくねーから大変でっせ? マンハッタンでバイトしながら、レッスン受けてオーディション受けて端役やって」

「なら、よく今日来れましたわね?」

「スケジュール的にもサイフ的にもちょっち無理したけど、今日はさすがに、ね」

「クニッペルさんも、いまどこでなにしてますの?」


 腰まで伸びていた長い白金髪プラチナブロンドは、肩口でバッサリ切られている。高校生の時点で既に完成された女性だった彼女に、それ以上の変化はない。


「二年前に高等部卒業して、調理師専門学校にフラ~と消えて以降、ハッキリしねーですけど」

「東京の某料亭で下働きやってますよー。面白いですよー? 著名な方々がコソコソ来て、表沙汰に出来ない話をしていくの」

「ヲイ。元スパイ。真面目に料理人の修行しやがれ」


 髪型以外はなにも変わっていない。トリックスター的な言動も。

 それを確認したコゼットは、野依崎に視線を移す。樹里はよく知らないが、彼女たちは在学中も近しかったので、コゼットはある程度知っているらしい。


「フォーさんは? ICLの居心地はどうですの?」

「面倒でありますよ……財団の仕事もやってるでありますし」


 大胆に髪型を変えた南十星とナージャとは異なり、ピクシィーカットの髪はそのまま。順調に成長し、年齢相応の少女らしくなったが、印象はあまり変わらない野依崎は、以前と変わらぬエセ軍人調の日本語を返す。


 ぶっきらぼうな返答だけは理解できないと、南十星が口を挟む。


「ICLって?」

「インペリアル・カレッジ・ロンドン」

「飛び級してイギリスの大学にいるのはわかったけど、聞いたことねー」

「世界的名門大学ですわよ。ランキングでいやぁ、欧州ではオックスフォード・ケンブリッジに続く三位。理工系オンリーならマサチューセッツM工科I大学Tスイス連邦E工科T大学Hチューリッヒ校Zに続く世界三位」

「順位びみょー」

「世界三位を微妙とか言うな」


 コゼットのツッコミを気にすることなく、南十星は更に話を深堀りする。


「あと財団って?」

修交館こっちに在学中、隠れ蓑にして口座を使っていたローネイン財団でありますよ……」

「あぁ。なんか金持ちのばーちゃんがやってるトコだったっけ。詳しくは知んねーけど」

「そもそも大学も、財団の運用部門を本格的に手伝うことになったため、はくつけでミセス・ローネインによって半ば強引に通うことになったのであります……」

「不本意なん?」

「全然ヒキコモれないであります……」

「ヒキコモんな」


 コゼットのツッコミはスルーされ、今度はそちら側だと、ナージャが問う。


「木次さんは卒業後の進路は?」

「ちゃんと医師免許取るために、医学部のある大学に行ってきます」

「えー。木次さんはヤミ医者のままでいてくださいよー」

「グレーなのは否定できないですけど、闇医者は一度もやってません……」

「というか、木次さんがバカだとは思ってませんけど、医学部に進学できるほど成績よかった印象もないですけど」

「二年間で頑張ったんです!」


 失礼な言いぐさに樹里は憮然とするが、問うたナージャの興味はすぐに移る。


「部長さんは? 論文博士じゃなくて、ちゃんと博士号ドクター取るために進学ですか?」

「あー、まぁ、東北大学の大学院いんに進学しますけどね?」

「なぜ東北?」

「いま日本の大学でランキングトップは東京大学とうだいでも京都大学きょうだいでもねーぞ。東北大学ですからね……って、それはどーでもいいんですわ」


 常人には結構大きな違いを『どうでもいい』と言ってのける、進学先も選びたい放題な秀才王女は、金髪を指に巻きながら顔をしかめる。


「ちょっと妙なことに巻き込まれそうなんですわ……会社押し付けられて、社長業やらなきゃならねーかもしれねーんですわよ……」

「確かに妙なことに巻き込まれてますね。ちなみになんの会社ですか?」

「常人も《魔法》を使えるシステムの開発と運用。大学院いんの研究もそれ関係ですわ」


 樹里は知っているので口を挟まない。他三名は情報をしゃくする時間が必要だったようで、ややあってから南十星が本気を確かめる。


「……マジで?」

「ガチで。通信規格で言やぁ、最低でも次々世代くらいのインフラ技術が必要になりますけど、可能ですわ」

「いや、可能っちゃー可能だろうけどさ……実際に《魔法使いあたしたち》が未来技術まほう使えるわけだし」


 表情に乏しい野依崎が、親しい者だけがわかる納得顔になる。


「あぁ……そういうことでありますか。自分のところにも大学経由で、技術協力の話が来てるのであります。どういう意味か意味わからなかったのでありますが」

「理事長先生、卒業しても、わたしたちをコキ使う気ですね」

「もう『理事長』ではないでありますがね。学院から完全に離れて、非政府組織NGOの代表やってるでありますし」


 趣味の話や、今日なにをやったかなんて他愛ない話ではなく、話題が仕事の内容になってしまう。

 樹里だけが完全な学生を続け、他の面子は半分、あるいは完全に社会人になってしまった。


「もう、全員で集まるなんて、無理ですかしら……」

「社会人になれば、自由が利かなくなるもんですね……」

「仕方ないとはわかっているでありますが……」


 全員それを感じてしまったか。

 なんとなくオンボロなプレハブ小屋を見上げて、目を細めて、少しだけ悲しむ。

 社会的には未成年こどもとはいえ、高校生ともなれば半分は大人と見なされる。しかも彼女たちは《魔法使いソーサラー》、子供の頃から大人の現実に否応なく巻き込まれる立場にあった。


 だがもう子供ではない。子供ではいられないし、見なされない。

 そう自覚すると、戻れない時間に郷愁のような想いを抱いてしまう。


「とーとー兄貴も来れなかったみたいだし」


 きっと樹里が学生期間オフタイムを過ごせる理由を、その義妹いもうとが言及する。話題に出すのを避けていたわけではなかろうが、なんとなく誰も言い出さなかった話だ。


 四人の視線が樹里に集中する。義妹が知らない彼の消息を、他人であるはずの樹里に問うている。


「……さぁ?」


 それに樹里は、子犬のように小首を傾げて、返答した。


「堤さんが今どこでなにやってるか、なにも聞いてませんの?」

「ややややや。だって任務ですから。今どころでなにしてるか知りませんし、聞きませんよ」


 コゼットへの返答からわかるように、近況すら交わす関係になさそう。


「十路くんと話したの、いつですか?」

「電話で話したきりですね。確か三か月くらい前でしたっけ」


 ナージャへの返答からわかるように、一緒に暮らしているというわけでもなさそう。


「そんなに音信不通な状況なのでありますか?」

「やー。潜伏してるのか、複数の現場回ってるのか知らないですけど、そもそもこちらから連絡しないとならない大事になってませんし」


 野依崎への回答からわかるように、一見すれば彼に対する感情は無関心であるかのよう。


「兄貴、死んでねーかとか、気にならないわけ?」

「大丈夫だよ」


 南十星に言われたからといって、不安になったわけでもない。

 むしろ確固たる信頼があるから、その態度。


 その証明である、学生服の内側から、首にかけたセラミックの鎖を引き出して外す。

 ペンダントトップはない。代わりにリングを通していた。


「今日もどこかで、誰かを助けてる」


 内側には『T to J』と刻まれている。

 それを確かめ、彼女は左手薬指に通す。


「私たちの《騎士》サマは」



 △▼△▼△▼△▼ 



――『魔法使い』に憧れる? なれるなら、なりたいと思う?

――もしもYesと答えるならば、《魔法使い》はこう答える。


 付け直したグローブの上から腕時計を通したが、その際に裏蓋に刻まれた『J to T』の文字をしばし見る。


【そろそろ目標地点上空です】


 スピーカーを通した怜悧な印象の女性の声に、彼は腕時計を通して手首に固定する。

 直後に機内放送が入り、貨物積降口ドロップゲートが開口する。機体ごしの振動だったエンジンの爆音が、直接鼓膜を叩く。


「それじゃ、今日も誰かの願いを叶えますかね」 

【なーんで学校も部活も関係なくなっても、私たちツバメの尻拭いしてるんでしょーねー……】


 なにかの拍子に離れないよう、車体につけられたラッシングベルトとハーネスとを固定する。


【受信しているレーダー情報では障害になるものもなし。地表付近の風速は微風で、絶好のスカイダイビング日和……私ごとの空挺は決定ですか】

「忘れものなし。同伴者なし。それでは、ここまで運んでくれたC-130輸送機ハーキュリーズ乗組員の方々に感謝を込めて」


 合図を送り敬礼すると、待機していた乗組員が、パラシュートが接続された台座パレットごとオートバイと乗員を押し出す。


「ありがとうございました」


 そして輸送機から空中投下された。



 △▼△▼△▼△▼ 



――やめておけ。そんなにいいものじゃない。

――せいぜい憧れるだけにしておけ。

――だけど……


 ハイレ・セラムは驚愕した。


 アフリカ大陸内陸部にて、三国に跨る地域で紛争が起きている。大規模な戦争犯罪が行われ、稀に見る大規模な人道危機として憂慮されている。


 この地域では名前に姓というものがない。その代わりに父親の名を、それでも区別がつかない場合は祖父の名を引き継ぐ。

 なので『セラム』は父親の名前だが、『平和セラム』を名乗るとはなんの皮肉かと、子供ながらに思ってしまう。


 日本ならば確実に小学校に通っている年齢だが、彼は兵士だ。義勇兵の民兵としてた戦わされている。

 しかも持たされているのは旧式の銃ではない。ガラクタのような、けれども最新の電子機器――《魔法使いの杖アビスツール》だ。


 《魔法使いソーサラー》である彼は、否応なく戦わされる立場だった。

 『ハイレ』と名づけられたことにも皮肉を感じてしまう。


 今日もそのような経緯で戦うことになった。

 《魔法》とは知識と経験から生まれるもの。なのでまともな教育を受けていないハイレには、さほど複雑な術式プログラムは使えない。

けれども不意に発生する熱の塊や、地面から生える壁や杭だけでも、常人に対しては充分な戦力となる。


 だが今日、それが否定された。敵と戦う最中の戦場に飛び込んできた、一台の大型オートバイによって。


 それに跨る軍用装備の男は、ガンケースに入れた小銃を背負っているが、手にせず片手離しの自動拳銃のみで戦っている。それが火を噴くと、勢力に関係なく手足に撃ち込まれ兵士が倒れる。


 オートバイも、ハイレが比較的見たことがある原付とも、何度か見たことあるオフロードバイクとも違う。荒地には不向きそうな大きな車体が機敏に動き、自由自在に跳ね、兵士を打ち倒す。


 慌ててハイレも脳内OSを動かし、術式プログラムを実行する。

 しかし即座に銃弾が撃ち込まれ、宝玉のような全方位レーザー発振器が破壊され、尻もちを突く。本来の《魔法使いの杖アビスツール》ならば耐えたかもしれないが、この地に流れてきたような品では本来の性能は期待できない。


 荷台の機関銃が乱射されていたピックアップトラックも、操る人員が沈黙させられると、静かになった。

 いや静かではない。銃声と爆発音がうめき声に変わっただけ。

 オートバイの男は、誰も殺すことなく戦闘を収めた。


【目標、発見ですね。私は後続部隊とやり取りしますから、コミュニケーションをお願いします】

「あ~……この辺だとスワヒリ語か?」

【いえ。複数の言語が使われていますが、事実上公用語として機能しているのはアムハラ語です】

「さすがにわからんぞ……」


 姿の見えない、オートバイから聞こえてくる女性の声にわからない言語で応じながら、停車させた車体から降りた男が軍用ヘルメットを脱ぐ。 

 ハイレの目から見ても若いとわかる、東洋人の青年だった。一方的とはいえ激戦を行ったにも関わらず、瞳を怠惰そうに細めて、ダルそうな空気を放っている。

 強兵にありがちな、剃刀みたいな鋭さや圧は微塵もない。まるで昼寝している野良犬みたいで、ハイレの周囲には存在しなかった人物像だ。


「kill me?(殺すの?)」

「お? Can you speak English?(英語話せんのか?)」

「A little.(少しだけ)」


 『姉』に習った言葉で話しかけると、どうやら通じるらしい。

 青年は《魔法使いの杖アビスツール》を顎でしゃくる。


「Throw that stuff out.(そんなモン捨てちまえ)」

「kill me?(殺すの?)」


 ここで退けば殺される。

 そう思ったハイレは、壊れてるのも構わず《魔法使いの杖アビスツール》を青年に突きつける。


 鈍器にしかならない《杖》に意味はなく、あっさり奪い取られ、放り棄てられた。


「Here. Let's go save your sister.(ほら。お前の姉ちゃん助けにいくぞ)」


 そして驚くべき声をかけて、手を引っ張りハイレを立ち上がらせる。


「You know...?(知ってるの……?)」

「Yeah. I know you're unwilling to fight because of the hostages.(あぁ。お前が人質のせいで、不本意な戦いを強いられてることも)」


 ハイレの目の奥が熱くなった。

 『姉』に言われたことを守り、敵であっても命を守るのは、無駄ではなかった。


 手足だけを焼き、命を奪わなくても、『仲間』とされる者たちが殺してしまう。そんなことを何度も見ていれば無駄なことだと沈んでいたが、その結果が表れた。


 だがこの青年に、ハイレの望みを叶えてくれる力があるのかどうか、遅れて気づいた。武力面では先ほどの戦闘だけで充分だが、


「Who are you?(誰?)」

「NGO.(非政府組織だ)」

「Lies...(ウソだ)」


 ハイレが直に接する者が属するとすれば、非営利団体NPOだろうか。発展途上国の開発支援や貧困問題解として入り、農業支援などを行う組織であろう。

 だから非政府組織NGOにピンと来なくても、どう考えてもバイクを乗り回し、銃を振り回すようなのは存在するはずない。政府と直接関係ないとすれば、民間軍事会社PMCの社員だ。


 そんな反応は初めてではないと、青年は軽く肩をすくめる。


「If you're not convinced, think of it as a Medicineman.(納得できないなら、呪い師とでも思えばいい)」

「What's Medicineman about you? (どこが……)」


 日本語が示す呪術まじない師というと呪いをかける悪いイメージが付きまとい、アフリカでもそういった黒い術も存在するが、どちらかというと治癒術師としての側面が強く、日常的な存在だ。平安時代の陰陽師・祈祷師や、少し古い時代の禰宜・僧侶のイメージが一番近いだろうか。


 ともあれ、呪い師は神秘性が付きまとう。完全無欠なミリタリースタイルなどありえない。


「The 21st century model is rough.(二一世紀型は荒っぽいんでな)」


 それも織り込み済みと、青年は野良犬の笑みを浮かべる。


「Help your family and then flee this country.(お前の家族を助けたら、この国を脱出する)」


 ハイレの体が抱えあげられた。オートバイのリアシートに座らされ、ヘルメットを被せられる。


「So I'll send you to school.(それで、お前を学校に行かせる)」

「School...?(学校ぉ……?)」


 まだ紛争が起きていなかった頃、そう呼ばれる施設がどこかの国からの寄付で、ハイレが暮らす村に建てられたこともあった。

 だがあっという間に解体された。大人たちは教育という十年二十年先に花が咲くかもしれない投資よりも、資材を売り払い明日のかてに使うことを選んだ。


 それ以前に、ハイレは教育や学校の重要性というものを理解していない。ただ退屈そうという漠然とした認識が、オウム返しに嫌気を混ぜた。


「It's boring as shit and a great time.(クソみたいにつまらなくて、最高の時間だぞ)」


 それを大人の言葉で否定して、オートバイに跨った青年はアクセルを開き、負傷者を取り残し戦場を後にした。



――『人間兵器』とか『史上最強の生体万能戦略兵器』と呼ばれてもいいなら。

――生死をかけた戦場に飛び込む覚悟があるなら。

――《魔法使い》がお前を『主人公』にしてやる。

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近ごろの魔法使い 風待月 @kazemachi

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