090_1310 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様ⅩⅡ ~ALL DOWN THE LINE―25時の追跡~
『入り口、開けるよ』
地上一万メートル。冬場ではないとはいえジェット気流が吹き荒れ、マイナス五〇度という極環境の、《
以前
あまり大きくはないが、オートバイに乗ったまま人間が通るには充分な穴だ。パイプ配管が複数、壁に沿って這っており、ライフラインの共同溝を思わせる空間だった。底は見えない。
「この通路は?」
『《マナ》の放出孔』
ナノマシンなので肉眼では見えないが、脳内センサーの表示を切り替えるとわかる。煙突が高温の空気を放出しているのサーモグラフィーで見ているような、異常な《マナ》濃度が見て取れる。
《
とはいえそれだと一方的にナノマシンが降り積もるだけのような。循環はどうなっているのか。いわゆるグレイ・グーは起こらないのだろうか。
「生身の人間が入って大丈夫なんですか?」
日本ではあまり馴染みないが、暖炉が当たり前の地域では、煙突のメンテナンスで窒息や焼死などの事故が起きていたという話が、十路の脳裏をかすめた。
《マナ》の過剰摂取なんて聞いたこともないが、果たしてそれは起こりうるのか、という心配も湧く。
『わからないけど、まー、トージくんなら大丈夫でしょ』
「不安になるんですけどその答え」
確実性がない。あと十路以外が入ればどうなるのか。
『《ヘミテオス》以外が入ることを想定していないし、ただの人間が入ったらどうなるのか、《
そういえば《魔法》のシステムは、専門家であるオリジナル《ヘミテオス》たちも把握しきれていない代物だった。
ともあれ、入るしかない。《ヘミテオス》であるならば大丈夫と信じて。
【《魔法》が暴発しそうな雰囲気ですね……】
イクセスが顔をしかめるような声で、十路とは別の心配をこぼす。これから重力制御を維持したまま入るのだから、その懸念は放置できない。
「するのか?」
【《マナ》が高濃度かつ高速で動いてますから、《
「結構危ないな?」
【やらないに越したことはないですけど、前もって想定していれば、扱えないわけでもありません。外部から維持したまま該当空間に入るわけですから、内部で新たに発生させるよりは、幾分かは計算は楽で安定してるでしょうし】
「とはいえ時速一〇〇キロオーバーでとっとと降りる、ってのは避けたほうが無難か」
そのまま機体ごと孔に乗り入れ、慎重に垂直の壁を降りようとしたが、十路はふと思いついて足でサイドスタンドを下ろす。
そして《バーゲスト》を降りると、積載した
【あれだけ色々作ってたのに、まだ変な消火器を用意する気ですか?】
「策は数作っとくに越したことない。使えるかどうかは別問題でも、選択肢は作っとかないと選べもしない」
△▼△▼△▼△▼
「……?」
目が覚めたと同時に、スリープ状態だった生体コンピュータが本格稼動。数々のパラメータを取得し、樹里は気絶していたことを把握する。
(ここは……?)
樹里はSF作品で出てくる医療用カプセルのようなもので寝かされていた。ただし気密を確保するような作りにはなっていない。
ジェル状のマットレスから身を起こし、己の体を確かめる。
誰が着替えさせたのかに引っかかるが、病院で切る検査着のようなブカブカで簡素な服を着ているのは、状況的にはまぁいい。
(なにこれ?)
手首の内側に
なんの気になしに、金属質なそれに触れてみる。
「い!?」
微弱な電流を脳で感知したと同時に、検査着が縮んだ。競泳用水着のような形状に変わり、細い体を軽く締めつけるほどに肌に貼りつく。
(これ、インターフェース?)
生体コンピュータともリンクできたため、それを軽く調べる。
服を構成しているのは繊維ではなく
初めての
ブレザージャケットに紺色のリボンタイ、チェック
服と分離したオーバーニーソックスや靴までは再現できていないため、素足で床を歩く。
ここは六畳ほどの、個人の個室と思える部屋だった。ベッドから
断言できないのは、やはり樹里が知るものとは異なるかために。
どこと知れぬ高原を映している窓や、見慣れた顔を映す姿見は単なる壁で、ディスプレイと呼べる物体や継ぎ目もない。どこかから投影しているのだろうが、その発生源がわからない。
可能な限り凹凸を排し、スイッチだけでなく機器類も省略化した、宇宙船内部を思わせるのは、きっと未来の住宅なのだろう。
なので不釣合いなほどアナログに思える物体が、デスクに置かれている。
表紙に『Grimms Marchen noch einmal(グリム童話名作集)』と装飾された本だ。
実物は見たことはないが、記憶にない記憶で垣間見たことがある。
(麻美さんの部屋……?)
樹里だけでなく、管理者No.003たちの元型たる未来人の私室ではなかろうか。
管理者No.003に限っては、現代で肉体が構築される際、分割圧縮したデータの復元ができず、バラバラのまま複数再現された。
《
「……セフィロトNo.9iサーバー。管理者No.003権限によりアクセス」
だから、ここに麻美の私室があるのはおかしい。
テレポートでもしない限り、神戸市から大きく離れる時間は経っていない。
そんな推測で樹里が命じると、ヘミテオス管理システムが機動し、擬似先進波通信で脳とリンクが繋がる。
No.9i――淡路島に建つ《
「この部屋をデフォルトに」
更に命じると、機能的だった部屋が、解けるように消えうせる。部屋もまた
しかも部屋の内部だけでなく、部屋そのものも消滅する。小屋のようなブースが建てられたような状態だったらしい。
そこは巨大な空間だった。照明らしい明かりはなく、壁が見えず広さの判別は目では不可能だが、足元の床がほのかに発光し、暗視せずとも困らない程度には明るい。
《
顔を伏して両手を膝の上で組んでいる、男が深く座している。素足のまま樹里が近づいても、彼は顔を上げない。
「……
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