090_1290 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様Ⅹ ~Samurai heart-侍魂-~


 殺し合いであるはずだが、その戦いは真剣をもちいた組太刀稽古のような様相だった。常人の戦いとは言い難いが、《魔法使いソーサラー》の戦闘らしくはない範囲だ。


 どちらが打太刀、仕太刀ということはない。ナージャとオルグ、どちらかが技を繰り出し、どちらもが受けるといった具合だ。

 しかしよく出来た立ち回りのような、勝敗や優劣を競う真剣さとは一線を画す立ち合いも見える。危なげなく互いの剣を摺り合わせ、切っ先を見切る。


 ふたりが師弟で、互いの手の内や技を知っているために。


 ゆえにか、合金製の太刀を正眼に構えたまま、オルグから間合いを引いて一旦停止した。


「戦い方が変わったな」


 ナージャも《黒の剣チョールヌィ・メェーチ》も正眼に構えて、初めて出会った時よりも若々しくなった師の目を見ながら返す。


「《ダスペーヒ》を部分的にしか使ってないことですか?」

「それもあるが、動かない」

「それなら今は変えざるをえないだけです。理事長先生が持ってきた、パワードスーツ着てますから」


 鎧のように人間が入り込むタイプっではない。既存科学で作られたものだとアシストスーツと呼ばれることが多い、肉体労働を補助するタイプの薄型だ。

 しかもつばめが用意したのは、野依崎が着る強化服ハベトロットと同程度のものだ。オーバーテクノロジーと呼ぶほどではないが、現存するものの数段先を行く。


 力の入れ方を間違えると、一歩の踏み込みが数メートルの跳躍になってしまうので、体の使い方も慎重にならざるをえない。だからあまり動かず戦っている。


「それに、えらく基本に忠実に戦う」

「超音速にも対応する師匠ペタゴーグ相手に、奇策が通じると思えませんから」


 足さばきだけではない。ナージャは普段、構えらしい構えを作らない。左手だけで携帯通信機器を持ち、そこから伸びた切っ先を地面に垂らす片手無形で戦っていた。そしてあくまで『刀を使った戦闘技術』であるため、古式剣術でも見られない乱暴な当て身技も使う。

 だが改修された《魔法使いの杖アビスツール》は、完全に刀の柄を念頭に作られた。ならば、ちゃんと刀として構え、剣術を扱うほうが利にかなっている。油断ならない相手と状況ならば尚のこと。


「それにしても、動きを止まても撃ってこないのはなぜでしょう?」


 オルグというより、周囲に展開している部隊へ向けて問う。

 彼と打ち合ってる最中には、合間合間で狙撃があった。だが完全に足を止めて口を動かしている今、なにもない。


「我が止めている」


 オルグは無線機を持っていないから、《ヘミテオス》としての能力でか。彼に上陸部隊の指揮権があるとは思えないが、忠告が利に叶っていればそういう事態もありえるか。


「なにかを狙ってるであろう? 《ダスペーヒ》を部分的にしか使っていない理由もそれであろう」


 確かにナージャは狙って、オルグと剣を合わせている。

 パワードスーツを身につけていない彼と至近距離で打ち合っている以上、化学兵器や爆発物など範囲攻撃型の手段は、巻き込むために使えない。精密狙撃可能な攻撃に限定させ、打ち合いながら避けている。だからある程度、安心して《ダスペーヒ》を使っていない。


 しかし、それだけでもない。《ダスペーヒ》を全力起動したら不都合で、戦う最中では不可能な、カウンター技を狙っていると言えなくもない。


「拳で語り合って理解するみたいな真似をリアルにしないでくださいよ……」


 真相にまでは辿り着いていないが、足を踏み込む程度には察している。人間離れした洞察力ではないだろうか。それとも半端に超人的な勘を発揮する南十星なとせと同類か。


「それにしても、まだ師をやってくださるのですか? 全盛期の頃に若返ってまで」


 言葉でさとし、導くわけではない。だが壁として立ちはだかることで、なにかを示そうとしているのではないか。


「ふ……」


 だがオルグは壮年の顔で、老人のような苦笑で否定する。


「ただ単に、我が負けず嫌いというだけよ」

「わたしが騙して腕を切ったの、根に持ってます?」

「というより、己の未熟が許せん」


 ナージャの眉が、疑問と不審で微動する。


「そのために、人を捨てましたか」

「それをお主が言うか? ナジャージダよ」

「いやぁ……人外領域に踏み込んでるのは認めますが、好きでこうなったわけではないですし」


 ナージャは脳の一部がコンピュータと化す先天的脳機能異常を発症した上、《魔法使いソーサラー》の中でも特殊な《魔法》を持つ。

 言うなれば、最強になれる素質を持つ。


 比較すればオルグは凡人と言える。研鑽けんさんの末に卓越した戦闘能力を身につけたとしても、《魔法使いソーサラー》ではない彼が辿り着けたのは、時間をかけて努力さえすれば誰でも到達可能な領域まででしかない。


 土台が違うのだ。まともに超人に並び立って勝ちたければ、まず超人になるしかない。


 その気持ちは、ナージャには理解できないし、するつもりもない。持たざる者の気持ちを理解していない、ある種の傲慢ごうまんさかもしれずとも、不可能だし曲げるつもりはない。


「わたしは修羅になるつもりはありません。自分の手が届く範囲を守れる程度で充分な、小さな人間です」


 ナージャは《黒の剣チョールヌィ・メェーチ》の切っ先をぶれさせぬまま、柄を握り直す。

 以前の携帯通信機器では不可能だったが、日本刀と同じ長さと皮巻柄となった今、本来の持ち方ができる。鍔元近くを握る手の、人差し指と親指を回す。残りの指はほとんど添えるだけ。

 剣は握り込むものではない。その時に応じて滑らせ、手の中で回す。


しょうの弟子で申し訳ありません。ですが師匠ペタゴーグとは、歩む道が違います」

「ならば最後に、我の勝手に付き合うがいい」

「できれば遠慮したいですけど……そうも言っていられないですよね」


 言うなり剣士たちがまた、寸毫すんごうの見切りと繽紛ひんぷんたる剣戟を繰り広げる。

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