090_1270 常人以上超人未満たちの見事で無様な生き様Ⅷ ~姉妹ごころ~


「クッソ……!」


 空港島のコゼットは、真っ向勝負に苦戦をいられていた。


 軍事経験者とは、これまでの戦闘ぶかつで何度か戦ってきた。個人だけでなく、部隊としてでも。

 だが今回の戦術とは違った。


 上陸してきたカノン砲を備えた装甲車だけではない。随伴歩兵となる隊員たちは、滑走路に《魔法》でえん体や塹壕を作り、徐々に接近しながら攻撃してくる。


 これまでの戦いでは、敵は基本、攻撃のことしか考えていなかった。攻撃を避けようとしたり、遮蔽物に身を隠す程度は当たり前でも、それ以上はなかった。

 それがこのように身を守りながら進行している。


 しかも脳機能をリンクし、部隊行動が高度にネットワーク化されている。コゼットがある地点を攻撃すれば、それを妨害、更に反撃するように、部隊がタイミングを合わせて行動する。負傷した兵士は交代し、後方で《治癒術士ヒーラー》が回復させる。


 対抗するコゼットもやることは基本同じだ。三次元物質操作クレイトロニクスで地形を変え、スクラップを材料に作った《ゴーレム》兵を動かし、数々の《魔法》を直接打ち込む。

 だがコゼットひとりでは対応が後手に回る。指揮車から発せられる命令でひとつの群れとして動いているとはいえ、兵士たちはひとりひとり意思を持つ。その辺りの柔軟さが、完全にひとりの意思で動かしているコゼットよりも、ほんのわずか判断が早い。

 これならばきっと、指揮車のクロエを倒しても、部隊は止まらない。


(これがクロエの戦い方っつーことかい……!)


 《魔法》によって直接陣地を潰し合うという要素はあれど、駒を進め、兵を戦わせる様に、ゲームのような要素が見受けられる。

 用兵にチェスプレイヤーらしさが垣間見える。


 ただしチェスとは違い、駒は一ターン一手ではなく、同時並列的に動く。クロエは討っても全滅するまで継続され、コゼットが討たれたら終わってしまう不公平なルールもある。


「ち……!」


 超音速の矢撃が遮蔽物を粉砕した。指揮車の側に陣取るメイドロジェの電磁投射を迎撃し損ねた。


 すぐさま《ピグミーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Pygmy》を連続実行し、滑走路に小さな壁をいくつも並べて作りながら走る。その途端にロジェが次々と矢を放っているだろう。轟音と共に穴が空く。


「だぁぁぁぁぁっ! 狂うわ!?」


 回避で部隊の対応に遅れが生じた。このままでは均衡が崩されなだれ込まれる。

 それを避けるために走りながら、圧縮空気銃作成・操作術式プログラム《三銃士/Les Trois Mousquetaires》を連続実行する。大量の迫撃砲モドキを作成し、石の槍を戦場全体に降らせると、さすがに対処で攻撃の手が緩んだ。


 その間にコゼットは、荒い息を吐きながら立て直す。

 塹壕を掘り、障害物を作りながら身を隠し、腰の後ろに提げたヘルメスからページを抜き取ってばら撒きながら神戸空港の敷地を抜けて、道路をへだてた広大な駐車場に新たな陣地を構築する。


『貴女ドM?』

『ア゛ァ? ンだとクソ女?』


 口を開くのも億劫なので、飛んできたクロエからの無線に、コゼットは脳内でだけ返す。


『その気になれば一瞬で片つけられるでしょうに』

『その代わり、わたくしたちは正真正銘の『悪魔』になりますけど』


 一神教圏における《魔法使いソーサラー》への、非科学的で不要なまでの危険視。

 家族にうとまれ、姉からは幾度となく殺されかけたため、妹が母国を出て日本に暮らすようになった、その原因。


 またそれを持ち出すのかと、コゼットは顔をしかめる。いや美貌を歪める理由が、彼女にとっては下らない宗教観のせいか、術式プログラム多重実行の負担かはわからない。


『相変わらず甘っちょろいわね……貴女、覚悟がないのよ』

『ハ。人外にまでなって、妹を殺そうとしてる女に比べれば、甘っちょろいのは否定できませんわね』


 駐車場に取り残された自動車を工作する。エンジン始動に必要な分を残し、タンク内のガソリンのほとんどを気化させ、車内に充満させる。


『……クロエ。そこまでわたくしが憎い?』

『わたくしが今回戦ってるのは……まぁ、契約に過ぎませんわ。ロジェもそれに付き合ってるだけ』

『わたくしと戦う理由はない?』

『えぇ。わたくしが貴女と戦わなければならない理由は、六月に終わってますわ』


――言ってもあなたは信じないでしょうけど……

――わたくしにとって、コゼットと戦うのは、不本意なんですよ。


 学院の部室で、チェス盤を挟みながら交わした言葉が思い起こされる。


『……お優しいことですわね』

『わたくしは姉で、貴女は妹ですもの』


 コゼットの口元が自然とほころぶ。

 こんな言葉を交わせたことに小さな驚きと、きっとこんなやり取りはこれが最後であろう予感に小さく寂しさを覚える。


 母国では飼い殺しにするしかない妹を、別の地へ追いやり、身分を剥奪できるよう仕向けた、あの戦いのために。

 六月の戦いは、立場あるクロエとて、ひとりで計画し行動できるものではなかった。だからスー金烏ジンウーと契約して協力してもらい、その代償にいま戦うに至っている。


『……貴女には敬意を表します。クロエ。わたくしでは絶対に真似できませんわ』


 姉は妹を生かすために、人であることまで捨てた。

 その優しさと覚悟に、最大級の賛辞と感謝を送る。


 だが、仕方なく、もう遅い。

 姉妹とはいえ、あまりにも殺伐とした関係になってしまった。子供のように仲良く手を繋ぎ、笑い合えるような関係は、絶対に取り戻せない。


『でも、ここでクロエが手を抜くはずないでしょう? 中途半端なことはせずに、本気にわたくしを殺す気で指揮してる』

『えぇ。また投了サレンダーします? それなら対応を考えますわよ?』

『まさか』


 殺す気つもりで縄張りを侵した以上、敵なのだから。

 不本意であろうとも、壁として立ちはだかっているのだから。


 コゼット・ドゥ=シャロンジェが、彼女らしく生きるためには――


「テメェをぶっ倒すしかねぇーでしょうが!」


 その覚悟を改めて咆哮し、ビークル操作術式プログラム《アンチモンの凱旋戦車/Currum triumphalem Antimonii》を実行。簡易的な爆弾と化した自動車たちを、接近してくる上陸部隊へと差し向けた。

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