090_0830 招かざる来訪者は二日目来たるⅩⅠ ~決別宣言~
模擬店で購入した食べ物を抱えたナージャと
「ほれ」
「ありがとうございます」
飲み物だけは自動販売機、それも和真のおごりだった。渡されたペットボトルのレモンティーを素直に受け取る。
同じベンチに並んで座り、同じように屋台の食べ物をパクつきながら、他愛ない話に花を咲かせる。
「こういうのも最後かぁ……」
「高三で受験生ですけど、学進学すればまだ機会あるでしょうけど。下手すればもっとはっちゃける説まで」
「かもなぁ」
「っていうか、和真くんの第一志望、大学部への繰り上がりだったでしょう? そうなる可能性のほうが大きいんじゃ?」
「エスカレーターってわけでもないから、無事受験に合格したらな」
そんなこと話している間も、接続しっぱなしの《
最も警戒すべき人物たちと、チェスで、組み手で、ゲームで勝負している『異常なし』な状況。最も警戒すべき『敵』と会談している、異常な状況。こうしていてもナージャは状況を知ることができる。
「そろそろ潮時ですかね」
「あん?」
「他のみなさんも、それぞれ関わりの人たちと一緒に色々してるみたいですし」
だからナージャは、なんでもないように切り出した。
「茶番は終わりにしません?」
隣に振り向きはしない。前を向いたまま笑いながらも紫色の目を細め、ユキヒョウの警戒心を
「市ヶ谷さん……それとも
「……よく調べられたな」
和真は――いや、『高遠和真』を名乗っていた青年は、肩をすくめる。ナージャの言葉は正解で、否定は無駄だと諦めている。
現実のスパイは、スパイ映画とは大違い、もっと地味だというのはよく言われている。しかし《
「わたしとフォーさんふたりがかりで、時間をかけて、ようやくです。スパイ天国なんて言われてますけど、日本の防諜もなかなかですね」
「単に俺の正体知ってるヤツが少ないってだけだ」
「わたしたちに会う時だけでなく、内閣府庁舎でも、ヘルメットにライダースーツなんですか?」
情報を漏らさないのに一番有用なのは、パソコンのセキュリティを高くすることでも、電子情報を残さず紙で管理することでもない。
情報を知る者を少なくすること。相手の秘密保持意識が万全ならば、子供でもやる『ふたりだけのひみつ』は、一番利に
それこそ世界最高クラスの諜報員とハッカーをもってして、なんとかというレベルの。
「まぁ、怪しむよな」
「えぇ。あなたもわたしと同じ理由で、支援部に近づくエージェントだと思ってました」
少し前までナージャは、
『高遠和真』も同じように、支援部員たちに近づき、呆れられながらも親交を深めていた。
「でも、どこかの組織と繋がっている様子が全然ありませんでしたから、本当に好奇心だけで支援部に近づいてきた、ただの男子学生って判断を下すしかなかったです。普通なら」
「俺がボロ出したのは?」
「決定的なボロは出してませんよ。小さな違和感の積み重ねです。たとえば八月……わたしが二重スパイやって、
「やっぱ無理があったか? あの時『高遠和真』は部活の合宿中だったのに、神戸で『市ヶ谷』が支援部と接触してたの」
「剣道部や薙刀部の人たちに話を聞いても、不審に思われない程度には誤魔化せてましたよ。時々姿が消えて、《
「なら?」
「あの時、どうしてわたしを助けようとしたんですか? 結構危ない橋を渡って、十路くんたちに情報渡そうとしてたらしいじゃないですか」
市ヶ谷はあの時、体内に爆弾が埋め込まれ、ナージャの行動が制限されていたことを、《
その情報は、十路たちが独自入手した後で役に立たなかったみたいだが、『結局無駄になったみたいですけど』といった言葉は、口の中で噛み殺す。
「あの時の『市ヶ谷さん』は
あの時はオルグも任務に就いていたから、まだ自由が利く市ヶ谷にナージャのことを頼んだ可能性もゼロではないが、やはり考えにくい。不肖の弟子を気にかけても不思議はないが、同時に組織や国家に忠実な軍人で、公私混同する人間ではない。
「なのに『市ヶ谷さん』が関わる理由は、『
「まぁ、『市ヶ谷』がナージャに目をかけるのは、不自然だよな」
「九月に防衛戦をやった際、十路くんの前に『市ヶ谷さん』と『和真くん』が同時に現れたのは、それを誤魔化すためですか?」
「そんなところだ。諜報員が現場でカチ会えば、利益に反しないならお互い知らんふりするもんだが、ナージャが支援部に入部すればそうも言ってられない」
「
「俺の偽者は効果あったか?」
「ん~……どちらかというと、逆効果でしたかね? 疑ってるところに、『和真くん』と『市ヶ谷さん』が同一人物でない証拠がババンと出てくるのは、タイミングがよすぎたと言いますか」
「そっかぁ……やっぱ上手くいかないな」
「なので『和真くん』の家に盗聴器仕掛けてみたりしてたんですけどねー」
「あれナージャの仕業かよ!?」
「あの時どうやってたんです? 『市ヶ谷さん』が出没した日も、普通に生活音が聞こえてましたから、『和真くん』イコール『市ヶ谷さん』説がかなり揺らぎましたよ」
「いやまぁ、そこは誤魔化すために、無駄になるかもしれない
「……ハニートラップとか仕掛けても、成果ありませんでしたし。わたし、やっぱりそちら方面はダメみたいですね」
「え? そんなことあったか?」
「一〇月の中旬に、サンキタ通りで」
「…………え゛? いや、確かに声かけられたけど……あれナージャ!? 酔っぱらった会社帰りのネーちゃんとしか思わなかったけど!?」
「全然バレてなかったんですね。わたしの変装も捨てたもんじゃありませんね」
社会の闇にまぎれて人知れず情報戦を繰り広げる諜報員の仕事ぶりなど、誰かから評価されることはない。半ば裏社会に属する支援部員相手でも、諜報に限った話はなかなかできない。
なので、おかしなものだと理解していても、自分の仕事ぶりを諜報する相手から確認できるこの会話が、なんだか楽しい。告白されても恋愛まで考えられないが、元々『和真』とはウマが合うのだし。
けれども、いつまでもそうはしていれられない。
「それで? 今回は? 敵ですか? 味方ですか?」
「そうだな……」
ナージャが問うと、ハッキリと名言する。
『高遠和真』としてはしゃいでいた時とは段違いの、低く真剣な声で、本心から仕方なさそうに。
「残念ながら、敵だ」
『――年度学院祭は、これにて終了します』
そこで、終わりを告げる校内放送が鳴り響く。
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