090_0810 招かざる来訪者は二日目来たるⅨ ~小規模な敗北~
「そういえば、変態戦艦に乗ってまで夜の海に繰り出して、わたくしたちにちょっかいかけてきたの、なんだったんですの?」
そう遠くない距離に無関係な一般人がいるので、丁寧ヤンキー語を封印して、コゼットは語りかける。駒を動かし、
「これを言えば、六月に交戦したことも含まれるでしょうけど……もっと上手くわたくしを
クロエは来日し、滞在するホテルに呼び出したり、パーティーで顔を合わせたり、学院に来たりと、堂々と姿をさらしていた。
コゼットを殺すことが目的であったなら、そんな真似する必要は全くない。むしろ障害として働く。
「言ってもあなたは信じないでしょうけど……」
クロエも駒を動かし、
「わたくしにとって、コゼットと戦うのは、不本意なんですよ」
「ハ……」
コゼットは慌てて取り
日本に留学する前、何度も殺されかけ、敵として認識している人物からそんな言葉を聞かされても、
「別にわたくしと仲良くしたいわけでもないでしょう?」
「できないですね」
同じ両親から生まれ、同じ血を引いていたとしても、姉と妹は決定的に違う。
《
コゼット・ドゥ=シャロンジェは、異端審問が盛んだった中世から時を経て、欧州に出現した本物の『魔女』だ。
「SNSでもわたくしのことが広まってますけど……あれ、クロエの差し金ですの?」
英語やフランス語・ドイツ語で、その情報が書き込まれ、全世界的に広がっている。
コゼットが《
支援部や部員の情報が断片的に広まっても、あまりコゼット=ワールブルグ公国第二公女とは見なされていなかった。イコール部分を知る修交館学院の学生でも、おいそれと広めるのは
「わたくしやロジェが直接やってるわけではありませんけど……まぁ、結果的にそうなりますね」
しかし昨日から怒涛の情報戦が仕掛けられ、そのものズバリの情報が意図的に広められている。
ワールブルグ王室も、なんらかの形で表明が求められるのではなかろうか。
どこでも大なり小なりあるだろうが、ヨーロッパ圏はそれほどまでに《
「ま、ぶっちゃけ知ったこっちゃねーですけど……」
コゼットにとってはその程度の事態だが。さすがに小声にしたが、丁寧ヤンキー語で語れるくらいの。
妹の投げ
「……追い詰められてる自覚あります?」
「どちらの意味で?」
「どちらも」
情報戦と、盤上の双方で、コゼットの退路はなくなっている。
それ相応の地位を持って生まれると、面倒ごとが付きまとうが、同時に庇護も受けられる。
だが事ここにおいて、母国や家族は守ってはくれない。むしろ敵になると考えたほうがよかろう。
そして盤上は、一目瞭然。
「ま。クロエ相手にハンデ抜きでは、さすがに勝てませんね。今の一手で、粘ってもあと七手で完全に詰みますし」
コゼットは特に感慨なく、キングの駒を倒して、
「あと、わたくしの生活基盤は既に
六月、王女という身分を捨てると、この姉に求めたのだから。コゼットの悪評が立つことは、むしろ国や家族に捨てられる大義名分が立つとも言える。
「……今日は
そのままソファから立ち上がったら、クロエが意外そうな視線を向ける。
彼女と対戦した時には、コゼットは負けを認める腹立ちまぎれにチェス盤をひっくり返すのが常だった。クロエとの対戦成績は〇勝〇敗引き分けニ一八ということになっているが、盤をひっくり返して
「負けは負けですもの」
そして今日、初めて黒星がつくのを、コゼットがなんでもないように認めた。
「Tarte a la creme……(面白くないわね)」
「クリームタルトが食べたければ、校内営業の喫茶店で買ってくださいな。模擬店でも売ってないでしょうし」
フランス語独特の言い回しを茶化す余裕すら伴って。
『――年度学院祭は、これにて終了します』
そこで、終わりを告げる校内放送が鳴り響く。
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