090_0320 いつも通りの変わった彼女Ⅲ ~ひざまくら -うれしい こりゃいい やわらかい-~
園内のレストランで昼食を取り、さぁどうしようかと迷っていたら、樹里に誘われて多目的広場にやってきた。
そこで樹里は
なぜレジャーシートがあるのかはツッコまない。持ち物が多い女の子がバツグンの収納力を持つ容器を持ち歩いていたら、なんでもかんでも入っているものとしてスルーしておく。
「先輩先輩」
靴を脱いでペタンと割座で座る樹里は、自身の膝をテシテシ叩く。どうやら膝枕を催促しているらしい。しかもされる側じゃなくする側を。
「なぜ?」
「ここまで来たなら、デートっぽいことしましょう」
「膝枕がデートっぽいことか……?」
「や。やってる人いるじゃないですか」
周囲を指し示す。確かに十路たちと同様にレジャーシートを広げている人々がいる。そして膝枕している人も。
「あれはどう見ても違うだろ……」
しかし弁当でも食べてお
「ままままま」
笑顔は変わらぬまま、膝を叩くリズムが十六ビートを刻む。
無言の圧力を感じた十路は、仕方なく靴を脱いで寝そべり、頭を樹里に預ける。
自然と体に力が入り固くなる。普段使ってる枕とは違う高さやら、頼りなさを覚える細い脚の感触やら、ミニスカートがずれる感触に
なにより、これまで木次に見下ろされたシーンを思い返すと、本気で十路が死に掛けた時だから。体に大穴
だが、今日は何事かあるわけもない。
いままでさほど意識していなかったが、ここ最近は樹里がくっ付いてくるのでよく嗅ぐ、ミルクのような体臭が感じられる。加えて彼女の体温と柔らかさに
「俺、木次に甘えっぱなしだな……」
「そうですか?」
「そうだよ……」
彼女ではそうは思えないだろう。十路を《ヘミテオス》にしてしまった負い目があるから。
だが十路はそう思っている。
告白されても、返事は返していない。なのに彼女は身の回りの細々したことをやっていて、それに甘えてしまっている。
《
「悪いな……あと、ありがと」
「…………」
返事はなかった。代わりに頭に廻された手が、硬い質感の髪を撫でてくる。
その手に身を委ねようかと思ったが、携帯電話が邪魔をしてくる。スラックスからガラケーを取り出し、目を閉じたまま相手を確かめもせずに電話に出る。
「はい」
『やっほー。学校サボッてジュリちゃんの膝マクラ、気持ちいいかーい?』
能天気な女性の声に、電源ボタンを押して電話を強制的に切った。
そして樹里の膝に身を委ね、人類永遠のテーマに思いを馳せる。女の子の体はどうしてこんなに柔らかいのか。どうしてこんなにいい匂いがするのだろう。
「…………ややややや!? 葛藤とかなにもなくすごい自然に無視しましたけど、今の声つばめ先生ですよね!?」
「理事長なら謎の
相手にしたくないが、仕方なく十路は身を起こし、リダイアルで電話をかける。樹里の聴覚ならばそのままでも聞こえるだろうが、スピーカーモードに切り替える。
呼び出し音がいくらも鳴らないうちに、長久手つばめのスマホと繋がった。
「もしもし?」
でも、なぜか会話にならなかった。届くのは別の電話内容っぽい、少し遠い声だった。
『――あ。神戸ホテルフルーツフラワーさん? 今夜空き部屋ありますか? 泊まるのは高校生の男女ふたり。ベッドシーツが血やら粘液やらで汚れたり、ズッコンバッコンうるさいかもしれないですけど、大丈夫な部屋を希望します』
名前から察せられるやもしれないが、神戸ホテルフルーツフラワーとは、十路たちがいる道の駅フルーツ・フラワーパーク内にある宿泊施設だ。レストランや温泉施設は日帰り利用も可能。
当然宿泊も可能だが、旅館業法ではなく風営法管轄の『ご休憩施設』ではない。いや外泊で盛り上がっちゃうカップルや夫婦もいるだろうが、最初からソレ目的で利用するところではない。
「下らんウソ電話はいいんで、とっとと用件言ってもらえません? てか今どこにいるんです? 神戸帰って来てるなら、サボりの説教なら帰ってから聞きます」
『つまんないなぁ~』
高校生だけでホテルに泊まるには親権者の同意書が必要となるため、電話一本で簡単には予約できない。更に不純異性交遊を堂々と宣言して尚部屋を貸すホテルなどまず存在しないであろう。
下らない嘘とからかいに、樹里は生ゴミ見る虚無の目を携帯電話の向こう側に向けていて、会話に参加してくれそうにないので、仕方なく十路が話を促す。
『東京からさっき帰ってきたトコ。んでまぁキミたちのサボりについては、キミたちの自業自得で責任取ってもらうけど、午後からは公休になる』
つまりは授業を休まざるをえない
『そのまま日本海方面へ北上して、舞鶴まで行ってほしい』
「部活の内容は?」
『ちょっとややこしい立場の人が倒れて緊急オペが必要になった。行き先とか病状とかは、あとでメール送るからそれを見て』
「あぁ……俺はともかく、木次でないとダメなパターンですか」
樹里は執刀医、十路は運び屋兼護衛として組まされる、
しかも十路と樹里がいるのは
『他のコたちも別の部活だから』
少し違う理由をつばめが明かした。
十路には、なにかの暗示か忠告に聞こえた。
「全員が?」
『だからわたしも慌てて神戸に帰ってきたんだけどね。神戸市外で別件が三つ同時に重なった。それぞれナージャちゃんとナトセちゃん、コゼットちゃんとフォーちゃんで対応することになったよ』
支援部の活動は対外的には部活動――つまりボランティアとなっているが、実際は違う。警察・消防・自衛隊からの要請は義務であるし、その他の企業団体個人の場合は多額の費用が発生するため、安易な部活は発生しない。
支援部全員で対応に当たるなど、よほどの緊急事態でないとやらない。
想定外のことが起きても、応援は求められない。
全員が出払う
つばめもなにか危惧しているのか、声音からおちゃらけた雰囲気が消えている。
「……なにか気をつけることあります?」
『いや、今のところは。せいぜいいつもの注意くらい?』
想定内と想定外への警戒。想定範囲内は、患者の人間関係や社会関係による治療の妨害。あとは交通安全など一般的な注意事項くらい。
「とにかく現場に向かいますから、緊急走行の許可をお願いします。二〇歳未満の運転手で、バイク二人乗りで舞鶴若狭自動車道を使います」
『トージくんひとり乗りでお願い。ジュリちゃんが飛ぶのを追いかけるほうが法律上の面倒少ないし』
「面倒くさいですね……」
緊急自動車ならば、非常事態に道路交通法を無視できる特例があるが、無制限ではない。その範囲はちゃんと条文に載っている。
そして高速道路のオートバイ二人乗りでの緊急走行は、二〇歳未満のドライバーを想定していないので、その特例に入っていない。
二一世紀の《魔法使い》は、なにかと
電話を切ると、樹里がため息をついた。
「デートは終わりですね……」
「ま、仕方ない」
部活動は、支援部員が普通の生活を送る以上、避けられないものだから、これまではサボれない。
「気分、変わりました?」
「まぁな。さんきゅ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます