090_0300 いつも通りの変わった彼女Ⅰ ~おさぼりの唄~
翌日、
体調不良ではない。純粋に精神的な問題で、なにかしようという気になれない。ここまで憂鬱な気分になるのも珍しい。
「いつもにも増して気ぃ抜けてんなー」
「どうしたんですか?」
三年B組
不調な理由は考えるまでもない。
「昨日ハギス食わされた……」
なのにハギスは、わざと
「ハギスって?」
「
「プリンが?」
「いえ。この場合のプディングは蒸し料理全般のことで、ハギスは肉料理です。スコットランドの郷土料理になっていますが、元々イングランド発祥と言われてまして、今の形は古いレシピに『スコットランド風ハギス』って紹介されてるそうです。ならイングランド風ハギスってどんなのだったんでしょう?」
和真とナージャのやり取りに、十路は戦慄する。
イギリスのメシマズ事情は産業革命が原因と言われている。当時比較的容易に新鮮な食材が手に入ったであろう農業地帯のスコットランド作でアレなら、工業地帯のイングラント側はどんなヒドさなのか。
「しかもミントソースだった……」
ペパーミントを使ったソースと聞くと歯磨き粉を想像するかもしれないが、ビネガーの風味が強い、世界各地で伝統的に使われているポピュラーなものだ。イギリスではやはり伝統的に
材料が羊とはいえ、ハギスとの相性は最悪だった。ミントソース自体、日本人の舌に合わないと言われているから、当然と言えなくもない。
「お味のほどは?」
「想像に任せる。というか、想像を絶する」
ハギスにはスコッチが必須とされる。飲みながら食べるか、ウイスキーベースのソースで食べるものなのだ。『イギリス料理に必要なのは調味料ではない。麻酔薬だ』という
ただし気分が乗らないのは、昨夜の夕食のせいではない。精神はガリガリ削られ、二度と御免と思うが、そこまで尾を引いていない。
原因は支援部と、
樹里は今朝も部屋に来て家事をし、登校する際も一緒だった。もちろん彼女が邪魔などとは思いもしないが、やはり顔を見ていると色々と考えてしまう。
(やっぱ今日は、なにするにもダメだな……)
だから昨夜の夕食を持ち出して誤魔化した。深刻ではない体調不良という言い訳のために。
十路は学生鞄を持ち、立ち上がる。
「今日、サボるわ……」
△▼△▼△▼△▼
アニメやマンガで描かれる学校の屋上は、なぜか出入り自由になっている場合が多い。しかし現実には安全管理のために、施錠されて立ち入り禁止になっている場合が圧倒的だ。
なので十路は階段室の窓から外に出て、雨どいをよじ登り、屋上へ不法侵出した。屋内から屋外へ出るため『浸出』と言えなくもないが、本来侵入の対義語は『撤退』なので使い方は間違っている。
ともあれ、マンションに帰る気にもならない。十路は学生鞄と両手を枕に、小春日和の秋空をボンヤリ眺めた。
(これでも品行方正で通しているんだがなぁ……)
彼を知る者から『どこが?』と言われそうなボヤキだが、授業を自主的にサボったことは一度もない。平日の部活でもそうだが、授業以上に優先すべきことがあってのことで、目的なしでは一度もない。
あと自衛官時代でも座学をサボったことは一度もない。まぁ学校教育の授業と同一できるものではないし、なにより上官の追加教育 (物理)が恐ろしすぎた点でも単純比較はできない。
校舎から伝わるざわめきがなくなった。修交館学院はチャイムがなく、腕時計を確かめるのも面倒くさいが、授業が開始され静まったのだろう。
魂が抜ける気分の息を空に吐く。罪悪感はないが、なんだか落胆のようなものはある。
これからどうするか。いっそのこと寝てしまうか。なら部室のほうがマシなのだが、誰が来るかわからないから気分にならない。
そんなことを考えていたら、十路の遙か頭上で硬質の靴音が鳴った。ちょっとした段差を飛び降りたような感覚で。
忍び足しているわけではなかろうが、あまり音を立てないまま近づいてくる。硬めの
「先輩。こんなところでなにやってるんですか?」
十路の視界に、上下反対の向きで樹里の顔が入ってきた。
彼女は無造作に近づいて十路を覗き込み、彼は樹里を見上げる体勢にある。
そして樹里が履くスカートはミニ丈だ。神戸の女子高生はスカート丈が長め、修交館学院高等部推奨標準服も膝丈がスタンダードで、膝を見せるのは少数派だというのに。
ということは、十路が少し首を動かせば見えてしまう。
「……ピンクか」
「…………!?」
なんの色か理解するのに時間が必要だったらしい。間を置いて樹里はミニスカートを押さえて後ずさった。
だがなぜか、半端な距離を後ずさっただけで止まる。スカートの裾を握りしめたまま、どうするべきか迷った風情で。
「み、見たいですか?」
「そんな気の遣われ方されたら俺が困るわ」
なかなか可愛らしいが普通の域は出ない現役女子高生の生パンツ。色は一般的でありながらラブリーで女の子らしい淡いパステルカラー。形も最も一般的な脚ぐりスッキリ浅すぎず深すぎずでお腹もお尻も包み込む安定感ある
でも屋外でそう問われて『見たい』と即答できるヤツは、生物学的には男だとしても男ではなく、外道か変態と呼ばれる
「それで? なんで木次がここにいる?」
紳士とまで自称しないが変態は否定したい十路は、起きて膝を立てて座り、授業時間の屋上にやって来た後輩に改めて問う。
「や~……先輩が早退したとナージャ先輩から聞きまして……しかも昨日の料理が原因なら、私も責任ないこともないですし」
ハギスを言い訳に使ったのは、失敗だったろうか。
だが十路が反省する前に、スカートを挟みしゃがんで視線を合わせた樹里は、眉の角度を険しく、唇を尖らせる。
「だけど、サボりですか」
「まぁな……今日はなーんもやる気起きねぇ」
携帯のGPSでも
ともあれ様子見だけならばいいかと、十路は再び寝転がって空を見上げる。
すれば会話がなくなった。樹里はなにも言ってこない。視界の隅で確かめると、彼女も空を見上げていた。
そのまま時間が過ぎる。むしろ十路が不安になり、声をかけてしまう。
「……木次。授業は?」
「そうですね。私もサボりになっちゃいますね」
樹里はしゃがんだまま後ろに倒れ、三角座りに移行してしまう。完全に居座る体勢になった。
そしてまた会話が途切れる。
十路はなんだか居心地悪い。サボってるのは樹里にも一因なくもないことだから。彼女にそのつもりがあるのかないのか知らないが、『授業に出ろ』という無言の圧を感じてしまう。
「今日は一日、完全にサボって、どこか行きましょうか」
だが樹里の口から出てきたのは、真逆の提案だった。
「携帯も電源切って、GPSで追跡されないように《
「おいおいおいおいおい」
生真面目な樹里らしからぬ言葉に驚き、十路は飛び起きてしまう。さすがにそのレベルのサボりは考えていなかった。
「人間そんな時もありますよ……きっと私が言えたことじゃないでしょうけど」
だが樹里は、目を細めた微笑を返してくる。なにかの間違いではなく本気だと。
「というわけで、デートしましょう」
△▼△▼△▼△▼
【……で? 私まで付き合えと?】
支援部部室から《バーゲスト》を持ち出し
部の備品なので本来いけないが、私用でも結構乗り回しているので、本日も出番と相成った。
『いいじゃない。どうせ寝てるだけでしょう?』
いつも通り樹里はリアシートに乗っている。ミニスカートは洗濯バサミでキュロットパンツ状にして膝で十路の腰を挟み、肩に右手を乗せて左手でグラブバーを掴んでいる。積極性を出しても危ないからベッタリ抱きつく真似はしない、いつもの距離だ。
「木次……どういうつもりだ?」
今更とはわかっていても、走りながら十路はヘルメットの無線で問う。屋上から強引に連れ出されたため、あまり話をする暇がなかった。
『さっき言ったとおりですよ。そういう気分の時もありますよ』
「木次もか?」
『はい』
(ウソだ)
直感したが、十路には指摘できない。
彼女は付き添いと切っ掛け。彼が樹里をサボらせてるようなものだから。それを『十路のせいではない』という方便で言い繕っている。
彼女の親切心を
「なんか、はしゃいでないか?」
『ワルいことって、ちょっとドキドキしません?』
「いや。全然」
入っちゃいけない
盗んだバイクどころか、戦車や装甲車、果てはヘリや戦闘機まで奪って走り出した経験もある。もちろん無免許で。
戦時でなければ許されないような行為も、適応外の状況で超法規的に行使している。一般的な認識では建造物損壊・器物破損・殺人・傷害などなど数知れず。
大抵の、しかも一般人が考えるのとは段違いの『ワルいこと』を経験している十路には、開放感や高揚感によるドキドキなど感じようがない。
「で? どこに行くんだ?」
『や。そこまで考えてないですけど』
「連れ出しといて丸投げするなよ……」
丁度信号待ちで停車した。十路は《バーゲスト》のディスプレイの表示をナビに切り替えて地図をいじる。
(北区……いや、
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