090_0210 考えなければならないことが多すぎるⅦ ~それはマズイだろ~
イクセスは《
《
そして常人の目で見れば、『管理者』は当然、『準管理者』も驚異的な存在であろう。
部分的なれど《ヘミテオス》としての超人的能力と、オーバーテクノロジーを自由に使える権限なのだから。
△▼△▼△▼△▼
結局十路も閉店時間まで働かされた。趣味でやっているような店だから、深夜営業していないのが幸いか。
ひとつだけ片付けていないテーブル席を囲み、多国籍な
「なンで『準管理者』を知りたい?」
黒ビールのグラスを持ったまま行儀悪く肘杖を突き、その手首に顎を乗せるリヒトは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。しかし十路を
「世間的に支援部の扱いがキナ臭いから、用心でな。もしも敵対した時、純粋な戦力としては、生物兵器に変身できる『
「本気に、なァ? じャあその連中はいままで本気出してなかッたてことかァ?」
「本気じゃなかった……って言い方は違うだろうが、俺が思ってる連中が『準管理者』なら、できる・できないだけで言えば、俺たちを殺すことは確実にできたはずだ」
「誰だと思ってやがる? 見当くれェはつけてるだろ?」
「ワールブルグ公国第一公女……いや、そのお付きのメイドのほうか? あとは元
十路がフォークを持ち替え、指折り数えると、樹里が
「それって、今までの……」
「あぁ。これまで支援部が戦った、それも部員個人に
ポトフのウインナーを
コゼットの姉であるクロエ・エレアノール・ブリアン=シャロンジェと、外国人部隊出身の付き人であるロジェ・カリエール。
ナージャの師匠にして、『
野依崎が製造された《ムーンチャイルド》計画で共に生み出され、研究チームの都合でライバル関係にあった《
南十星の時には敵として、それ以外の時には味方としても、何度も支援部に関わってきた詳細不明の《
「どうしてそう思うの?」
「質問に質問で返して申し訳ないですが……
世界的企業にして、世界に二社しか存在しない《
つばめの、ひいては支援部の敵。
総合生活支援部とは、彼の勢力に対抗するために用意された組織なのだから。
知らないのか。回答権を譲ったのか。十路の問いに悠亜は自分で語らず、視線で夫に促す。
かじった肉片を飲み込む間を置いて、ラムチョップを持ったまま、リヒトは端的に断言する。
「ねェな」
十路も同じ意見だ。
かつては――未来の時空に生きたオリジナルは、どうだったか知らない。だが二一世紀の現代で生み出された、『
でなければ、
「理事長が俺たちみたいな『出来損ない』を集めて支援部を作ったみたいに、敵方もそういう手駒を集めてるだろう」
予想外に二一世紀に来てしまったオリジナル《ヘミテオス》の立場は、右も左もわからない場所に
そんな状況で目的のために動くには、どうするか。
現地に暮らす人々と結びつくしかない。積極的に話して情報を集め、協力できる部分は協力し、信頼を勝ち取り、あるいは弱みを握り、自分がやりたいことに協力させる。
「だけどエーカゲンな理事長とは、どう考えても管理方法が違う。
「その方法が、『準管理者』にすること?」
「えぇ。《ヘミテオス》化させていれば、強制的な制御が可能でしょう?」
淡路島で姿を見せない
『準管理者』の十路とイクセスはともかく、『管理者』であるはずの樹里まで。ただしこれは『
ゲームやマンガで、特別で強大な力を持つラスボスが、直近の配下に自分の力を分け与えるなど、よくある展開だ。
秘密を共有し、褒美として与えると同時に首輪を
「ここで悠亜さんの質問の答えになりますけど、部員個人に関わりある連中と
「不自然だと思ってるんだ?」
「まぁ、ありえないことが起こってますよね」
たとえば六月、コゼットの退部騒動の時。
欧州陸軍連合戦闘団と交戦したが、そんな戦力どうやって日本に運び込んだか。いくらクロエが王女でも、一存で国際部隊を動かせるわけはなく、秘密裏に
たとえば七月、南十星と市ヶ谷が交戦した際。
自衛隊の最新潜水艦まで出てきて、防衛省の認可を受けている支援部に攻撃してきた。組織も一枚岩ではなかろうが、実際行動に移すとなると、目標が違えばクーデターを起こすだけの力が働いたということ。
たとえば八月、ナージャの件。
たとえば九月、野依崎の件で神戸防衛戦を行った時。
実験施設に閉じ込められていたプロトタイプNo.735が脱走したまでは、彼個人の意思と能力で為しえたとしても、その後戦闘艦型の《
そこで政界・財界に多大な影響力を持つであろう、
そして協力の度合いは、『準管理者』という権限を与えるレベルのものと推測される。いくら気に入っている相手でも、親切心程度で力を貸すレベルは超えている。
ただし全面協力ではないと予想する。コゼットの件で戦った際、相手側が握っている十路や樹里の情報が、不完全と思える節があったからだ。敵方サイド内で騙し合いが行われているとは思えないが、情報を全共有していないなど、関係性に首を傾げる部分がある。
ちょうど支援部内の
「部員個人に関わりある連中と
「あー、簡単に言えば、つばめと
箸で
「つばめだけでなく私たちの考えは、やっぱりオリジナル《ヘミテオス》は、この世界の異物なわけ。世界征服しようって勢いの
顧問が発するのは命令ではなくあくまで『お願い』。《
だからこそ、支援部は部員たちの判断に
「そこでつばめにお眼鏡に適ったのは、既存の社会構造だと異物扱いされる、あなたたちみたいな『出来損ない』……だけどそれって、相当なハードルって想像できる?」
「でしょうね」
有能であれど有用に扱われていない者など、普通に考えればそれだけで候補者がゴッソリ減る条件だろう。
更に、高潔さまでは求めずとも、
そこまで絞り込んだら、ただ探して見つけるのはほぼ不可能に違いない。
「だからつばめは、ずっと前から色々やってたわけ」
種を
コゼットと南十星は、ずっと以前からつばめと交流がある。
野依崎とてつばめに
ナージャも
十路と樹里も、つばめに賛意した側の『麻美』によって戦闘能力を
完全な育成栽培で『出来損ない』となったわけではない。そして彼女が望む『出来損ない』にならなかったら、つばめはきっと手を引いていただろう。
だが結果として支援部員たちは、つばめの策略により、なるべくして今の立場にあるとも言える。
「で。そんなことやってれば、当然
それにようやくハッキリとした正解を答えてくれた。それもずっと戦い続けてきたであろう《ヘミテオス》に。
「俺たちは支援部に関わるずっと前から、理事長の策略に巻き込まれてたわけですか……」
十路は羊肉を使った
「不服か?」
だがリヒトは、違う解釈したらしい。皿を差し出しながら問うてくる。
「オレたちは自分たちの目的のため、小僧たちの人生を捻じ曲げた。いや、オレが《
以前にもリヒトから問われた。確か別の『麻美』と学校で交戦した際、夜の部室で時間つぶしていたところに現れた時だったか。
「別に」
十路は、差し出された皿をリヒトに押し返す。
「アンタが『初源の《魔法使い》』でなかったとしても、別の誰かがそうなってただけだ」
リヒトによって立てられた計画で、リヒトの手により生まれた存在だから、野依崎は現状を割と腹を立てていた。とはいえ同時に『
他の部員に至っては、確率によって自然発生した《
もしも、つばめの息が全くかかっていない人生を送ったと仮定したら。
羽須美以外の誰かに《
幸せな人生を送っていただろうか?
考えても詮無いifを考えても、《
「それならいいけどよ……で? テメェが知ってる連中が《ヘミテオス》で『準管理者』だって知ったら、どうすンだ?」
考えている間に再び丸い料理が乗った皿が押しつけられたので、十路もやはりリヒトへ皿を押しつける。
「別にどうもしない。というか、支援部は基本専守防衛でしか動けないから、どうしようもない。準備をして、警戒続けるだけだ」
皿が返ってくる。
「ケッ。難儀な連中だぜ」
皿をまた押し付ける。
「仕方ないだろ。完全アングラじゃない、世俗の
言葉のたびに十路とリヒトの間で皿が行き来する。
乗っているのは、拳ほどの大きさをした、なんだか毒々しい色合いの物体だった。ぶっちゃけ、巨大生物のキ●タマとか言われても納得できる。
皿の行き交いが幾度目か。先に十路の我慢が切れた。
「さっきからハギス押し付けんな!? つかアンタ設定上ドイツ系アメリカ人だろうが!? ゲテモノイギリス料理並べんなよ!?」
「テメェに食わせるためにわざわざ用意してやッたンだよォ!? 感謝して食いやがれ!?」
ハギスとは、羊の内臓をミンチにしてハーブやスパイスを混ぜ、胃袋に詰めて
改めて見れば、テーブルに並んでいるのは、なぜか羊肉が使われた料理ばかりだ。十路の来店を予期できたはずないが、仕入れの段階から
「オッサン、今度こそ消し飛ばしてやろうか?」
「小僧、アレでオレを本気にさせた気になるなよ?」
先日の、淡路島での決闘は、一応は十路が勝利した。しかし樹里や悠亜が乱入したり、十路が手加減して逃げ場を作ったりと、単純明快な決着ではない。
だからふたり揃って半ば腰を浮かせて、額をぶつけるほどの至近距離でメンチ切る。
「そーいやァテメェの部屋にジュリが入り
「今まで忘れてたなら大したことじゃないだろ」
「殺スぞ」
「まだ付き合ってないし、なにも起きてない」
「ア゛ァン? ジュリになンか不服あンのか? 殺スぞ」
「付き合うなって言ってんのか? 付き合えって言ってんのか? どっちだ?」
だが言い争いは強制的に止められた。リヒトは衝突実験用ダミー人形みたいに吹っ飛んで。十路は全身に
「食事中にうるさい」
拳をリヒトの顔面にめり込ませた悠亜は、手についた血を
「食べ物で遊んでケンカなんて……いい加減にしてください」
触れた手に《雷陣》を宿らせ十路を感電させた樹里は、ため息を吐きながらラムチョップに手を伸ばす。
野郎どもは揃って、この姉妹に頭が上がらない。彼女たちの遠慮がなくなれば、物理的かつ強制的に
だからかハギスの処理も、仲良く男ふたりで
泣いた。
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