085_1020【短編】支援部秋のまんがまつりⅢ ~堤南十星の場合~


 つつみ南十星なとせは、プロレスリングに上がっていた。

 素人目には似たようなものなので区別がつかず、規定も結構アバウトだが、ボクシングをはじめとする打撃系格闘技の闘技場キャンパスよりも、寝技がある格闘技の闘技場マットが狭い場合が多いので、一応は違いがある。あとキャンパスは赤・青コーナーがあるのが決定的に違うか。


「四角いジャングル真っ赤に染めろってーの?」


 いつもの改造ジャンパースカート、《魔法使いの杖アビスツール》であるトンファーを挿したベルトを腰に巻いた南十星は、バンテージを巻いた拳同士を打ちつけて、返事を期待せずに相手へ確かめる。


「それもまさか、世界的名探偵相手にさぁ?」


 インバネスコートに鹿撃ち帽ディアストーカー。くわえパイプがあれば完璧だが、さすがにリングに上がる今はない。

 原作小説にそのような格好をしている直接的な描写はないが、その格好を見れば、ひと目でシャーロック・ホームズとわかる。


 ホームズの武器は推理力だけではない。銃の名手で、格闘技も修めている。まぁここらは作者であるコナン・ドイルの、執筆時のリアル事情が大きく絡むのだが、それはともかく。

 ホームズが修めるのはバリツ。設定上は、日本の柔術レスリングに近いものとされる架空の武術だ。


「しっかもベネディクトドクターカンバーバッチストレンジのBBC版? 映画版のロバート・ダウニーJrアイアンマンじゃなくてイギリスオンリーとは、こだわってんねー」


 どちらもアメコミヒーロー映画で主演を努めた俳優だ。アクションもしたワイルドなホームズではなく、偏屈さを感じる正統派のホームズが相手なことに、南十星は薄く笑って構える。


 ゴングもレフェリーの合図もなく、両者共に構えて動き出す。


 現代で柔術と柔道の違いを語れば、関節技の有無や寝技の重要視などが挙げられるだろう。

 だが古流柔術ともなれば全く違い、短い武器や当て身技を当然のように使う。

 それにイギリスには、バーティツという似た名前の武術が実在する。英国紳士の嗜みたるボクシングとレスリング、ステッキを使った棒術まで兼ね備えた格闘術だ。

 ホームズもボクシングを思わせるパンチを繰り出しくる。


 両拳を顎につけるピーカブースタイルの南十星は、体を右に左にと振ってかわす。

 小さな彼女にとって、大の男を相手としたリーチ差はいかんともしがたい。


 幾度かの攻防で相手の動きと間合いを見切ると、南十星は相手の懐へ飛び込んで、リバーブローを叩きつける。

 たまらずホームズが体を折って顔が下がったところに、上体の動きウィービングで勢いをつけ、体重の乗ったフックを叩きつける。


「まっく●うちっ! まっ●のうちっ!」


 自分で声援を上げつつ∞の形に上体を振ってデンプシー・ロールの連打。現実には回避で上体を振れば攻撃に移行するのは難しいため、遅い連打になってしまう上、しゃべれる余裕なんてあるはずないが、そこは《魔法使いソーサラー》の特権を行使する。本格的な《魔法》は使っていないし、階級大違いなのだから、そのくらいのオマケはあってもいいだろう。


 幾度のフックを叩きつけたか。やがてホームズは膝を突き、崩れ落ちた。

 そしてノイズが走り、消えてしまう。


 身体能力だけで戦っていたら、勝利に安堵し天を仰ぐ死闘だったろう。だが《魔法》の身体能力を使っている南十星は、なんの感慨もなくリングコーナーに戻る。


 次があるとわかっているから。そして照明の届かないリング外から現れ、ロープの隙間から上がった。


「次は? ネオ?」


 黒いロングコート姿はどこか機械的というか、非生物的な雰囲気がある。だがり弾丸回避シーンが印象的な映画の主人公とは違う。

 二丁拳銃なのも共通しているが、あちらは素のべレッタ92FSだ。対し表れた敵が持っているのは、打撃武器としても使えるよう改造されたマシンピストルクラリック・ガンで、素人目にも違いがわかる。


「……じゃなかった。ジョン・プレストンか」


 映画を趣味とし俳優経験もある南十星なら、キアヌ・リーブス演じる救世主ではないのもすぐわかる。


「まさか『Equilibriumリべリオン』が来るとはねぇ~? わかってんねぇ」


 販売ソフトのキャッチコピーに『マトリックスを越えた』なんて書かれているが、制作費が一ケタ違うB級映画だ。興行収益もお察し。

 しかし記録よりも記憶に残る作品と言える。主演のクリスチャン・ベールは以降、『バットマン・ビギンズ』『ターミネーター4』で主役を演じるなど、世界的アクション俳優としての出世作となった。

 なによりも単調なシーンになりがちだった銃の撃ち合いに近接格闘を持ち込んだことで、一体多数の派手で魅せるガンアクションへと昇華させたことは、数々の作品に影響を与えて賞賛されている。


「本物のガン=カタ、見せてもらおーじゃん」


 特殊捜査官『グラマトン・クラリック』たちが用いる、銃を用いた戦闘術のこと。

 統計学的に有利な位置に自らの身体を移動させながら戦闘する事で、最小の被害と最大の効率に高めるよう、合理化された戦闘術である。

 敵の集団を単身で、瞬く間にかすり傷一つ負うこと無く全滅させる事すら可能となる。


 それを現実に味わうとなれば、さすがに無手では勝てない。南十星は腰からトンファーを抜いて構え、体に《魔法》をまとう。


 始まりはプレストンの銃撃からだった。銃口から弾道を読んでいる南十星は慌てずトンファーを射線に置いて弾き飛ばしながら、前に出る。

 手が触れ合う距離まで飛び込むと、南十星は向けられた銃をトンファーでいなす。その隙に逆の手の銃を向けられるが、それも逆の手で払いのける。

 それが何度も繰り返される。鈍器と鈍器がぶつかり合い、異音だけでなく火花まで散る。


 業を煮やしたか。ロングコートを割って、長い足が蹴りだされる。

 それを待っていたと、南十星はその蹴り足に乗るように、上へ飛ぶ。そして胴へ回し蹴りを決めると同時に、熱力学推進による衝撃波を叩き込む。黒コートの男は人形じみた動きで吹っ飛ばされて、そのままリング外の闇に消えて、戻ってこなかった。


「そっちが『銃型ガン』なら、あたしのは《躯砲カノン》。威力も口径も段違いダンチだっての」


 トンファーを腰に戻しながら、また南十星がコーナーに戻ると、次の対戦者が現れた。いや降ってきた。

 ほとんど全裸な褐色のあんこ体型を披露する、ターバンとまわしを巻いた男が、どこからか跳んできて地響きを立てた。


「…………誰?」


 いわゆる『動けるデブ』キャラは、どの格闘ゲームでもひとりふたり登場する。大抵はプロレス系の投げキャラで。

 だがスモウレスラーとなれば、ストリートファイトしているE・HONDAさんくらいしか心当たりない。

 ゲームに限らず映画やマンガに広げても、西アジア圏とおぼしき特徴の力士しかもターバン付きなど、南十星の知識には存在しない。


 不明を察してか、謎力士は垂直飛びを披露する。せいぜい上体で勢いつけるくらいなのに、その場で身長以上に飛びあがって回転してみせる、脅威の身体能力だった。


「両足を閉じたまま三メートル以上のジャンプ……背中に黒い羽根……」


 唇に指を当てて記憶をさらっていたら、引っかかるものを見つけたためにハッとして顔を上げる。


「まさか……伝説の、アフガン航空相撲すもう!?」


 肯定するように、ターバンを巻いた謎力士が笑った。



 アフガン航空相撲とは?


 11世紀ゴール朝の頃、時の国王の命により、アフガニスタン各地より集められた武術・格闘技に精通した者を中心に、編成された近衛兵の間での力比べが起源と言われる。

 最初は地面の上だけでの競技であったが、時を経て高いところからの攻撃や、空中に飛び上がっての闘い等時を経る毎に技が高度化し、現在のアフガン航空相撲の形が完成した。

 後のげんによる侵攻の際も、アフガン航空相撲力士は圧倒的多数を誇る元軍の攻撃を、得意の航空技により簡単に粉砕したと伝えられる。

 その際元軍が航空相撲を研究し、アフガンに対抗するためにモンゴル式相撲を完成させたが、空中戦ができなかったため実戦に使用されなかったということは、あまりよく知られていない。

  

 民明書房『フビライ怒りのモンゴル相撲』(当時の2chスレ)より


 ちなみに実際は、アフガニスタンの民間航空観光大臣(日本の国土交通大臣に相当)が外遊先で、聖地メッカ行きの便の遅延に激怒する巡礼者たちに取り囲まれ、殴殺おうさつされた事件が元だ。なので少々不謹慎なジョークなのだが。

 この事件は『アフガン航空しょう撲殺ぼくさつされる』の見出しで報道されたのだが、『航空相』に馴染みなく、『相模さがみ』も『相撲すもう』と読んでしまう日本人は誤読したため、ネット・ミームとして広まった。


 だからアフガン航空相撲なんて格闘技は存在しない。アニメやマンガで架空の武術が出てくるのとは全く違うので、フィクションの中にすら存在しているとは言いがたい。


 なのになんか登場してきた。


「おっもしれぇ」


 不敵な子虎の笑みを浮かべた南十星は四股を踏み、蹲踞そんきょの姿勢になる。

 始まりは日本式でいいのかはなはだ怪しいが、航空力士も不敵に笑い、立会いに応じる。


「はっきょーい……」


 片拳をマットに軽くつけ、仕切りの構えになり、呼吸を合わせ。


「のこった!」


 両拳を突いた立会いの瞬間、同時に真上に飛びあがる。


 《魔法》の熱力学推進で跳躍する南十星はともかく、なんかアフガン人航空力士が●空術っぽいエフェクトと共に跳ぶというか飛んだとしても、ここではツッコんではならない。ただの秘奥義『アフターバーナ』だ。


「ぶっ!?」


 そして上昇中、張り手の形をした気弾っぽいものが飛んだとしても気にしてはならない。ただのテッポウだ。その破壊力は一〇〇キロ先の猛牛の群れを全滅させたとも伝えられ、相撲の伝統稽古である突っ張りてっぽうはこれに由来しているらしい。(アンサイクロペディアより)


 この戦場には、天井も壁もないらしい。上昇し、吹き飛ばされても、衝突することがない。

 上昇しながら体勢を崩した南十星に、また秘奥義アフターバーナーを吹かした航空力士は、追いすがる。


「航空落とし決めて、コンボ・アフガン人間ミサイル完成ってわけ……?」


 アフガン人間ミサイルとは?


 ミサイルの如く相手に突進し、そこから一気に空中へ突き上げ空中でアフガン張り手、アフガン航空落とし等の技を絡める。


    民明書房刊 『中世中近東格闘技大観』(アンサイクロペディア)より



 アフガン航空落としとは?


 敵の肉体を天高く放り投げ、秘奥義『アフターバーナー』によって秒速三〇〇〇メートルまで加速せしめた上で 空中から地面に叩きつける、アフガン航空相撲の基本技の1つ。

 本来は敵を抱えたまま空中に舞い上がり地面に叩きつけるパワーボムのような技であったと言われるが、 この古流には技を外されてしまうと自らが墜落してしまうという危険性が存在していた為、 近代航空相撲の父と言われるゴッツ・アンジェルブラ親方の手によって改良が加えられ現在の形となった。


   民明書房刊 『徹底検証・アフガン航空相撲対モンゴル相撲 ~究極の飛翔神技~』(アンサイクロペディア)より



 そんな、南十星の前にだけ存在してる、実在しない格闘技の詳細はさておいて。


「アンタの舞●術は小回り利く!?」


 秘奥義『アフターバーナー』という名前についてもさておいて。

 南十星は体の各部で小爆発を起こし、突進してきた航空力士をいなす。

 否、最小限度の回避行動だけで、逆に背後を取った。


「キン●アタル兄貴! 技お借りしやっす!」


 相手の両足を両脇に挟み、両手首を引っ張って掴む。無重力状態の上体格差があるため、足まで使って相手を海老反らせ、める。

 釣鐘固めカンパーナは比較的単純な関節技であり、空中で極めても、力任せに暴れられたら外されるだろう。

 だからそれより前に、南十星は推進力を発揮して急降下する。胸にAやらXやらの傷はできないが、空気抵抗が実感できるほどの勢いで、そのままリングに落下する。


「ナパーム・ストレッチ!」


 凄まじい激突音が響き、見て分かるほどに波打ったが、それでもリングは破壊されることなく耐えた。


 ちなみにアフガン航空相撲の勝敗は、背につけた羽根が先に地面に触れたほうが負けというルールらしい。胸から落下したらそのルールに抵触していないのだが、それ以前に力士の体が限界以上と判定されたか。ノイズが走り消えてしまう。


「次は誰かなー? 格闘縛りなら、『オレより強いヤツに合いに行く』人とか、何歳になっても学ランな草薙流古武術の人?」


 そんなことを呟きながら、元型を留めているのが不思議なくらいのコーナーに戻ろうとして、背後で地響きが鳴った。

 振り返ると、白青赤で彩られてた、人間の一〇倍ほどもある金属製巨人が、南十星を見下ろしていた。修学旅行で東京・お台場に行った時、同じような体験をした。


「……モ●ルスーツじゃなしにモビ●ファイターなら、格闘縛りに入るだろうけどさ? ガン●ムは予想外すぎるんスけど」


 あのアニメだと登場する大半がガンダ●だが、ちゃんと主人公機たるネオ・ジャパンコロニー代表機だった。神じゃなくて輝いてるの。


 怯む南十星に構わず●ンダムは、単純なサッカーボールキックを繰り出す。さすがにリングは破壊されて吹っ飛ぶが、先じて南十星は推進力を発揮して宙に飛び出した。


「マスター・ア●アの真似しろちゅーんかい!」


 胸の高さまで跳ぶと、巨大な左拳を繰り出された。

 新幹線が突っ込んでくるような突きを最小の動きで避け、南十星は伸びた腕に降りる。そのまま駆け上がり角つきの頭部へ向けて飛び出す。


 ガンマ・ユニフィケイショナル・ディマリウム合金がどんな特性か知らないが、分子間開裂を行う物質分解プロトコルの前には意味はない。《魔法》をまとう南十星の拳が頭部に穴を穿うがつ。

 肩まで突っ込んだ状態で、内部で電撃を発生させ、更に衝撃波を発生させると、頭部が吹き飛んだ。外からの圧力は考慮されて設計されているだろうが、内側からの圧力には意外ともろい。それにガン●ム標準搭載頭部バルカンの暴発まである。


「ガ●ダムファイト国際条約第一条! 頭部を破壊された者は失格となる!」


 爆発の勢いを利用して下がり、落下しながら南十星は戦闘終了を叫ぶ。


 しかし●ンダムは首なしのまま機敏に動く。肘を引いた右手マニピュレーターの各関節が展開し、淡い緑色に光る液体金属に覆われる。その手が光って唸り、『お前を倒せ』と輝き叫んでいる。


「だから『メインカメラをやられただけだ』はやっちゃアカンだろー!?」


 この戦いに国際条約は適用されていないらしい。

 無防備な南十星は、突き出された輝く指に触れられ、一瞬で消滅した。

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