085_1010【短編】支援部秋のまんがまつりⅡ ~ナジェージダ・プラトーノヴィナ・クニッペルの場合~


「えーと……?」


 瞼を開いたナージャ・クニッペルが見たのは、戦場だった。

 なにかの比喩ではなく、武器が振るわれ命のやり取りが行われる、正真正銘の戦場だ。


 とはいえ、現代のものではない。陣笠、鉄の胴鎧、籠手を装着し、槍を構えた足軽たちが集団でぶつかり合っている。日本の、戦国時代の合戦場だ。


 そして、ナージャにも小集団が走り寄っている。


(これはつまり、無双アクションでもやれと……?)


 己の体を確かめる。ブラウスの上にピンクのカーディガンを羽織り、チェック柄の膝丈プリーツスカートにローファー。最近は寒くなったので更にその上にブレザージャケットを来ているが、いつもの学生服姿だ。

 スカートのポケットに手を突っ込めば、左太ももにはホルスターを装着し、中に《魔法使いの杖アビスツール》である携帯通信機器が入っている。これまたいつも通り。


(まぁ、やれっていうなら、やりますけど)


 それを手にし、電源を入れて脳機能接続し、画面をタップして術式プログラムを実行する。

 選んだ《魔法》はいつも通りの《黒い剣チョーヌルィ・メーチェ》だ。それも切れ味を持たせず厚みも持たせた刃引きタイプ。

 けれどもナージャが振るえば、真剣と大差ない殺傷能力を発揮させられる。突き出される刺突を避けて《魔法》の刃を落とせば、槍は螻蛄けら首で切断される。

 踏み込んで胴鎧に叩きつければ、さすがに斬断させることはないが、鎧がへこみ足軽を吹き飛ばす。


(この時代背景だと、わたし、妖怪とか言われるんじゃ? そういうのは省略ですか?)


 足軽たちの身丈はナージャよりも低い。彼女も長身ではあるが、それ以上に男たちが小さい。一説には、戦国時代の男性平均身長が一五八センチと言われるので、一六八センチのナージャはなかなかの大女だろう。

 それに日本人とは違う彫りの深い顔に白い肌、そして白金プラチナの長い髪。

 時代劇では雪女などと言われてしまいそうな風貌だが、足軽たちは気にした様子なく槍を突き出してくる。


 それをナージャはわずかな動きだけでいなし、刃引きの剣で槍と骨を叩き折る。この程度なら一体多数でも問題ない。


「はいはーい。ロシア人のお通りですよー。道を開けてくださーい」


 合戦は組織だった衝突から乱戦へと移行している。その中をナージャは、普段と変わらぬ足取りで歩く。時折襲い来る足軽も、足を止めずに右へ左へと剣で打ち払う。何気ない様子でやっていて、当人のゆるさが完全に打ち消しているが、披露しているのはがいしゅういっしょく、鬼神のごとき強さだ。


(さーて……どうすればクリアなんでしょうね? わたしひとりに全員が襲いかかってくるわけじゃないので、敵の全滅は勝利条件じゃないみたいですし)


 とりあえず、高台に足を向ける。はたじるしと陣幕が見えるので、そこに武将ボスでもいるだろうと。


 だが、すぐに足を止めることになる。

 ときの声、剣戟。そういった合戦の音とは明らかに違って異質な、ターボファンエンジンの駆動音が鳴り響いたから。


 見上げると、頭上をF-2戦闘機が随分と低い高度で通過していった。


(えぇ~……? どういう世界観設定? 戦国●衛隊でも混じってます?)


 F-2戦闘機は無誘導のMk.82爆弾一二本を合戦場に投下し、近接航空支援CASを行った。

 野に火柱が立つ。爆風に足軽たちが吹っ飛ぶ。


(ステージ切り替えか、中ボス登場って感じですかねぇ?)


 爆心地から離れていることもあり、ナージャはなんの感慨も浮かんでいない紫の目で、《魔法使いの杖アビスツール》を操作しながら、それをただ眺める。人が焼けるのを見て尚その瞳は彼女らしくないかもしれないが、単なる演出と理解しているから。


 やがて先ほどの航空機とは違う、ターボシャフトエンジン音が鳴り響く。

 炎で立つ陽炎を書き輪稀有ように、UH-60JA多用途ヘリコプターが登場した。接近して空中制止し、ドアガンでも撃とうというのか。


「はいはい。それでやられるナージャさんじゃないですよ」


 ナージャは準備していた《魔法》を付与して飴玉を弾き飛ばした。

 途端、金属に穴が空く異音が響き、ヘリコプターが姿勢を崩した。テールローターの効果が喪失したように、回転しながら黒煙を噴いて高度をあっという間に下げる。

 

「――って、あれぇ?」

 

 《魔法》を付与したナージャの指弾は、機関砲に匹敵する破壊力があるが、たかだか一発のみ。よほど当たり所が悪くなければヘリを撃墜できない。『よほど』のクリティカルになってしまったのか。


 ともあれヘリは墜落した。ローターは吹っ飛び、腹を見せて転がり炎の向こう側へ消える。


 だが終わりではないと証明するように、ドアが高々と舞った。強力を持つ何者かが蹴破ったか。


 そして炎の幕を飛び越して、ナージャの前に男が着地した。


 まだ若い男だった。三日月前立ての兜を被り、右目には眼帯をつけた男となれば、日本人なら誰もが知る有名人であろう。

 ただし甲冑は青く染め上げられ、史実のその男が着た黒漆五枚胴具足とはまるで違う。

 更に違うことを証明するように、青年は左右の腰それぞれ三本挿した刀を、指の間に挟んで全て抜き、龍の爪に見立てた六爪流に構える。常人というか現実には絶対できない芸当だ。


 あんまりな登場とあんまりな人物に、ナージャはどう反応していいのか迷う。


伊達だて政宗まさむねさん、奥州じゃなくてカ●コンからご出陣ですか……しかもヘリで」


 『Let's party』とか言っちゃう国際派だから、ヘリも平気で乗ってしまうのか。なんちゃってとはいえ戦国武将なのに。まぁロボットとしか思えない武将とか出るゲームだから、時代背景なんて無視するべきか。

 あと安心と信頼の●プコン製ヘリだったから、一発で撃墜できてしまえたのか。


 登場はアレだが、敵であることは変わるまい。

 だからナージャは新たに、《魔法》の篭手と脚絆を発現させる。

 飛び込んだ政宗は両腕を挟み込むように振ったため、剣と右腕でで受け止める。刀は六本でも結局二刀と変わらないため、強引に止めた。


(最近、《ダスペーヒ》全開しない戦い方が多くなってきましたけど――)


 《魔法》を使えば、ナージャはほぼ無敵だ。核ミサイルの直撃であっても無傷で立っていられる。

 ゆえに最近の訓練では、意図的に避ける戦いを率先して行うようにしている。以前の戦闘ぶかつどうで、時空間制御を剥ぎ取る敵を相対し、一度は敗北したために。

 それは戦術全般を見直すことだ。無敵の防御に任せた戦い方を捨て、常に死の匂いを感じるようにしている。


 幸いにして、今のところは臆していない。

 ただしこのスタイルでの実戦は経験していないので、その時どうだかは未知数だ。


「ふお!?」 

 

 刀を自ら外したナージャは横飛びし、体をひねる。今まで見せなかった全力の回避だ。

 直後に眼帯から光の龍が発射され ナージャの傍らを通過した。


「独眼竜ビームは●ーエー●クモの伊達さんでしょう!?」


 『知ったことか』と言わんばかりに、政宗はニタリと笑い、一本を除いて刀を鞘に収める。


「WAR DANCEは終わり……ってわけじゃなさそうですね」


 ナージャは《黒の剣チョーヌルィ・メーチェ》を一度解除し、地面に突き立てて再び形成させる。石の粒子を内包した単分子モノフィラメントソードを両手で握る。いつも片手無形に構える彼女には珍しい、正眼の構えだ。


 そして激突した。

 政宗は、まずは両手で一刀の袈裟を。確実に命を奪うつもりで振るわれたそれを、すり合わせて逸らす。

 慣性など関係ないと、政宗は即座に二刀を構えて、両の刀で切り分ける。ナージャは左の刀をかわしながら、剣の腹で右の斬劇を受け止める。

 三刀目。左手で刀を二本、互い違いに握っての斬り上げ、仰け反って空を切らせて、右手の一刀をすり合わせる。

 飛んで五刀目。三本の刀を指に挟んで構えて、左右自在に襲い来る斬撃の狭間へとナージャは逃れる。

 そして左も三本の刀を構え、六爪流にて乱舞する――が、それより前に、ナージャは上段から渾身の打ち下ろし。

 ガラスが破砕した音よりも幾分濁った音を立てて、六本の刀すべてを斬り折った。


「独眼竜の真骨頂……見せていただきました」


 そして胸に突きを放つ。理論上この世で最も鋭い剣は、易々と胸板を貫いた。

 人間ならば致命傷だ。ライフゲージ制は取られていないらしい。政宗は崩れ落ち、光となって消えた。


(……本物ではないとはいえ、人を斬るのも慣れ始めてますね)


 単分子モノフィラメントソードでもてのひらに感触が返ってくる。心が小波さざなみ立つが、それ以上はない。

 斬れることは選択の幅を広げ、強くなるあかしとも言える。同時にこれは慣れてはいけないものだともいましめる。


「ほえ?」


 感慨に浸ることも許されず、また戦場に異音が響く。今度も大きな金属の駆動音だが、エンジンの音とは違う。

 やがて、炎の壁を突き破って出てきた。純和風ハイテク兵器 (?)が。


「…………えーと? まさかの黒さぎ軍?」


 建物が動いていた。社に細長く逆関節の足をくっつけたような、鳥のような風貌の。

 『神社ウォーカー』とでも呼びたくなるその物体、ビームを放ってくるが、さすがにナージャも《魔法》を全力で使い、射線から逃れて超高速で走る。


 異形の兵器の足元を駆け抜けながら、単分子モノフィラメントソードを振り、次々と各坐させていく。

 最後の一機を切り捨てて、ナージャは《魔法》を解除する。


「今をときめく雨●慶太監督でも、初監督作品はどの程度の人が知ってます?」


 日本人よりも日本のサブカルチャーに詳しい彼女は網羅しているらしい。『未●忍者 慶雲●忍外伝』だけでなく、きっと『ゼ●ラム』も視聴している。


「機忍のしら怒火ぬいさんは出てこないんですか?」


 ニンジャバトルを身構えていたが、どうやらその様子はない。

 代わりに地面が鳴動する。炎の壁が生み出す陽炎が、近づくその姿をおぼろにする。


 やがて、ハッキリ見える。

 鎧に身を固めた武人の埴輪のような、巨人の石像だった。その顔は憤怒に染まり、体は溶岩のように灼熱している。


阿羅あらかつさまー!?」


 古い特撮ファンなら知っていても、大半は『大●神』の名しか知らないだろう。正式名称で呼ぶあたり、さすがだった。

 初期設定では身長四.五メートルしかないはずなのに、目算は倍近い。『妖怪●戦争 ●ーディアンズ』版の設定らしい。


 石像は地響きを立てて走り寄り、腰の剣を抜き、直上からナージャへ叩きつけてくる。大きい物体はそれだけゆっくり見えるので、彼女はさっさと《魔法》で加速し、その下から逃れる。


 轟音が響き、土砂が舞い上がる。視界を妨げられるのを嫌い、ナージャは更に離れる。


『え?』

 

 なのに、背後に巨神像がいた。動きを止めてしまったナージャに手を差し伸べていた。


『な!?』


 駆け出そうとしたが、ナージャの足が動かない。なすすべなく巨大な掌に掴まれてしまった。

 ●魔神サマは怪獣ではない。正真正銘の神様なのだ。神通力で物理法則に反するくらい、なんてことないサ。


『ちょちょちょちょちょっと!? これ卑怯にもほどがあるでしょう!?』


 《ダスペーヒ》で防げるため、即圧殺されることはない。

 だが《魔法使いの杖アビスツール》のバッテリー残量が見る間に減っていく。理不尽なドレインが働いている。


「はぎゃぁぁぁぁっ!?」


 やがてバッテリーがからになり、《魔法》が強制解除され、ナージャは大魔●サマの手の中でピチューンされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る