070_1640 4th duelⅩⅣ ~一進一退~


 学生服も肉体も、あちこちが切り裂かれた。その隙間から覗く肌は赤黒く染まっている。


「パンツが血で気持ちわりぃなぁ……!」


 激しく肩を上下させる十路とおじは、そんな下らないことでも口に出して気合を入れないと、崩れ落ちてしまいそうだった。


「ほらほら」


 『羽須美ヂェン』が長柄を振るうと、物理的には不可能としか思えない挙動で、《軟剣》の切っ先が伸びてきた。

 リボンのような仮想の刃、その平たい部分を、銃身で押さえこむように防ぐ。


「――!?」


 物質ではないのに確かな反動を覚えた瞬間、十路の体は強制的に浮かされた。


 《軟剣》が恐ろしいのは、動きの変幻自在さだけではない。どういう制御をしているのか、力学系がムチャクチャなところも挙がる。

 剣の腹で打つ打撃が、羽のような軽さにも、ボクサーの重いパンチにもなる。見た目を裏切るこの奇妙さは、何度味わっても慣れることができない。


 十路は《魔法回路EC-Circuit》を靴裏と空中に形成させ、浮いた体を磁力で空中制御する。

 更には宙で『魔弾』を、フルオート射撃でばら撒く。まるきりデタラメな方向へ銃口を向けた後に、眼下の『羽須美ヂェン』へと直撃弾を放つ。同時並列で周辺に《魔法回路EC-Circuit》を形成し、固体窒素の弾丸と、弾切れの銃からレーザービームを放つ。

 《発射後軌道修正弾EXACTO》はほぼUターンする勢いで向きを変えた。《氷撃》は扇状に展開して射撃した。


 ほぼ全周からの攻撃だが、『羽須美ヂェン』が一回転しながら長柄を振り回すと、なびくように追従した《軟剣》が全てはばんだ。


 それどころか宙の十路へと先端を伸ばして来た。

 もう一度磁力で空を蹴って切られるのは避けたが、仮想の帯は足首に絡んできた。


「がは――っ!?」


 まずいと思った時には遅く、十路は引かれて落下し、背中から河原に叩きつけられた。


 《軟剣》を攻略できない。

 攻防一体、《女帝エンプレス》のフラグシップスキルに相応しい性能を見せ付ける。


 河原を切断する勢いで振り下ろされた追撃は、起きあがることなく磁力で体を引っ張って回避する。

 そのまま転がり体勢を整えた十路は、血が混じった唾を吐き捨てる。幸いにして『羽須美ヂェン』はそれ以上の追撃をかけてこない。油断はできないが、時間をかけて呼吸を整えられる。


(どうすりゃいい……? 《緑の上衣を着た兵士ベーレンホイター》が起動したとしても、これじゃ……)


 肉体を腐らせる『英雄ヘミテオス殺し』が使えたとしても、『羽須美ヂェン』を倒せるイメージが全く湧かない。


(全部吹き飛ばすくらいか考えつかねぇぞ……)


 装備BDUベルトのポーチには、三重水素トリチウム封入弾のケースも入っている。

 《騎乗槍ランス》――レーザー爆縮核融合式熱放射砲は、現状では十路が使える《魔法》の中で、最大の攻撃力を発揮できる。直撃させることができれば、《ヘミテオス》といえど消滅させられるだろう。

 とはいえ、宝塚市から少しだけ奥まったこの場で使うには、被害が大きすぎる。


(《使い魔》がないと、やっぱり手数が足りない)


 《使い魔ファミリア》があれば、もっと違った戦い方ができる。

 とはいえイクセスも悠亜も、彼女たちは彼女たちで戦闘中であるし、悠亜が入った《コシュタバワー》では連携が怪しい。


(他の連中の援護は期待できない)


 部員たちがそれぞれ『麻美』と会敵かいてきした報告を最後に、通信は途切れている。様々な反応があちこちからあることから、援護する暇もない戦闘を繰り広げていることは、容易に想像つく。


(せめて――)


 『彼女』がいてくれたなら。


 なにも伝えていないのだし、そもそも十路に望む資格などない。

 でも、考えてしまった。


「!?」


 すれば、彼の願いに応えたかのようなタイミングで、雷光が闇を切り裂いた。

 雷は『羽須美ヂェン』に落ちた。進路上に《軟剣》が割り込み、電流を地面に受け流しているので、直撃はしていない。

 だが山から撃ち下ろされた雷は、守りを打ち破ろうとするかのように、《魔法回路EC-Circuit》と衝突を続ける。白紫色の高圧電流放電が一秒以上も維持されるなど、自然落雷であるはずがない。


 『彼女』が主戦力とする、レーザーL誘起IプラズマPチャネルCだ。


 視界を焼く凄まじい閃光を、十路は腕で防ぐ。脳内センサーはまき散らされる強烈な電磁波FMPで役に立たない。そして不用意に近づけばとばっちりを受ける。

 標的を直接確認しないまま、片手撃ちの腰だめで、直前の位置目がけてありったけの銃弾を叩き込む。


 十路の主観ではかなりの長時間だったが、実経過時間は脳内時計で三秒と計測している。

 不意に閃光と電磁波EMPが収まった。

 くらんだ目はつむったまま、弾倉マガジンを交換しながら、十路は脳内センサーで確かめる。


 『羽須美ヂェン』の《軟剣》が消滅している。

 彼女が手にした《無銘》の反応も消滅している。高圧電流か銃弾か、どちらが原因か不明だが、《魔法使いの杖アビスツール》の機能不全を起こさせることに成功した。


 更なる追撃が、無防備となった『羽須美ヂェン』の頭上から襲い来る。先ほどレーザーL誘起IプラズマPチャネルCが発射された地点から、カタパルトで射出されたような勢いで。


 体がまだ宙にあるうちから悠亜イクセスは、乱射を『羽須美ヂェン』に浴びせる。鹿撃ち用の00ダブルオーBバックだろう、百を超える散弾が肉体に叩き込まれる。


 そのまま悠亜イクセスは、かかと落としを敢行した。足に沿って回転する刃が出現したチェーンソーのオマケつきで。

 さすがに羽須美ヂェンも黙って切削されることなく、長柄を頭上に掲げて防御する。

 一瞬だけ騒音と火花を散らしたが、チェンソーはすぐに格納されて、別の工具に交換される。

 《無銘》の柄を、油圧カッターの刃で挟み込んだ。手動式とは比較にならない速度で刃は狭まり、ガッチリ噛むと抵抗で動きが止まり、一瞬拮抗する。

 だが、わずかな時間で鉄筋も切断するレスキュー用工具の前には、外装の頑丈さも無駄だった。


 《無銘》の柄を、真っ二つにへし折った。


 その間に悠亜イクセスは獣の身のこなしで着地すると、次々と足技を繰り出す。悠亜の動きを流用しているのだろうが、とても元がオートバイとは思えない、流麗な格闘術だった。


 しかも合間合間に、体のあちこちから圧縮空間の出口を作り、銃口を覗かせてそのまま発砲する。蹴りの最中に足の膝から散弾銃を撃ち、突き出される掌底から身を引いても更にライフル弾が飛び出す。

 人体の構造を完全無視した、接近戦インファイトでの銃撃戦ガンファイトという異質な戦いに、『羽須美ヂェン』はたまらず間合いを開く。


 そこを狙って、視力が回復した十路は、『羽須美ヂェン』を銃撃する。

 更に別方向から小銃とは比較にならない、大口径の銃弾が連射される。


 偶然にも成立した十字砲火から羽須美ヂェンは下がり続け、逃れるが、悠亜イクセスが発射したRPG-7のロケット弾からは逃れられなかった。

 

 対戦車兵器としては至近距離だが、安全装置が解除される距離はオーバーしているため、正確に命中した榴弾は爆発した。


 《無銘》が――羽須美の装備が破壊された。

 機能不全が一時的なものか不明であり、奪われて敵に使わ続けるくらいならいっそ望ましいことだと、理性では理解している。


 だが真っ二つになり、爆発で吹き飛び闇に消えた柄を見て、十路は一瞬だけ息を呑んだ。


「戦闘機を追い回してたんじゃないのか?」


 その動揺をおもてに出すことなく、側にやって来て空薬莢をあちこちから排出する悠亜イクセスと、木々とかき分けて姿を現した悠亜コシュタバワーに声をかける。


「機動戦が面倒くさくなりました」

【作戦変更。マスター叩いておびき寄せたほうが早いと思って】


 先ほどのレーザーL誘起IプラズマPチャネルCは、『彼女』のものではなく、対戦車ライフルを持つ悠亜コシュタバワーの援護だったらしい。青白い《魔法》の光を放つ銃口を爆煙に向けている。イクセスと人格を交換している常時接続状態だから、《使い魔ファミリア》単体でも《魔法》が使えるのだろう。


 あれでヂェンが死んだとは、誰も考えていない。十路も同様に銃口を向け、悠亜イクセスも油断ない目と掌を向けている。


――モード・グシオン、起動。


 健在を証明するように、声と共に爆煙が散った。


 その名は、ソロモン七二柱ゴエティックの悪霊たちデーモンズ序列十一番、四〇の軍団を率いる地獄の大公爵。

 神秘学的な悪魔の中でも最も謎めいており、『ゴエティア』『悪魔の偽王国』といった魔術書グリモワールに召喚時の姿が記載されているが、意味不明の言葉が使われていて、その姿は不明とされている。


 ヂェンが取った形態は、後の解釈によって作られたひとつ、紫のローブをまとった巨漢だ。その下の肉体は隠され、フードの奥で光る目以外、なにひとつ確かめることができない。

 粗末なローブ姿の見た目は、彼女が名を冠する『童話』の物乞いも連想する。剥ぎ取れば立派な騎士や、『つぐみの髭の王様』が現れるのではないかと思わせる、得体の知れなさも漂う。


 身長も非常識な大きさではない。見た目だけならば、これまで見てきた『悪魔』たちとは違い、随分と大人しい変化だ。

 ゆえにかえって不気味だった。


「悠亜さん……アイツの第二形態を知ってますか?」

【私も初めてだから知らない……だけど、想像できるでしょ?】

「まさか……」


 甲高い駆動音がこだましながら近づいてくる。いくらもしないうちに、山の狭間から姿を現す。

 十路が記憶する姿からは、随分と損傷して様変わりしているが、《窮奇チョンジー》だ。機体各所に《魔法》の輝きを貼りつけた敵戦闘機は、垂直離着陸VTOL機能をフル活用し、低空で空中制止する。

 墜落にあらがう突風にあおられたように、グシオンが身にまとうローブが飛んだ。


 その下から現れた姿は、縮尺が合っていない。

 狩人の身なりをした二足歩行の人狼だ。右手にたずさえるのは水平二連式散弾銃と剣鉈を合体させたような、奇妙で巨大な火器。左手には、剣と称しても構わない刃渡りの狩猟ナイフ。

 腹から胸までめり込むような形で、両手それぞれに異形の火器を携えた、女の体が生えている。


「《赤ずきんロートケップヒェン》……モード・バルバトス……」


 十路も一度だけ見た、ずっと忘れていた、羽須美の第二形態だ。


 他の《魔法使いソーサラー》や『麻美』のデータを利用できるヂェンは、他の『麻美』のLilith形式プログラムも使えることが証明された。



 △▼△▼△▼△▼



 同様に、他の戦場でも。


――モード・クロケル、起動。


 『麻美ホレ』を火葬する一瞬前に、石製の『ファラリスの雄牛』が小爆発した。


「チッ……!」


 広げられた翼の羽ばたきに吹き飛ばされたかのように、コゼットは重力を操り、人外の跳躍力でその場を離れる。


「やっぱ冷静に人間を殺すなんぞ、簡単にできるもんじゃねーですわね……!」



 △▼△▼△▼△▼



――モード・ブエル、起動。


 死体となったはずの『麻美スピンナ』も、変形しながら爆発的にその体積を増やした。


「ハートマン軍曹なら、『I didn't know they stacked shit that high!(まるでそびえ立つクソだ!)』とか言う場面だよね?」


 見上げる首をコキコキ鳴らし、南十星なとせは腰のベルトを確かめる。


「あれでも復活するなら、もうミンチにするっきゃないじゃん」



 △▼△▼△▼△▼



――モード・ビフロンス、起動。


 『麻美ブラウアー』の首もまた、稼働中の《マナ》が激しくまたたき、その姿を隠しながら巨大化する。


「あーらら……やっちゃいましたね」


 距離を取ったナージャは嘆息ついて、《魔法使いの杖アビスツール》のバッテリー残量を確かめる。


「正直、変身されたほうが楽なんですけど……対人戦の範囲で《ヘミテオス》に勝つ方法を悩んでたわけですし」



 △▼△▼△▼△▼



――モード・エリゴス、起動。


 下半身を失った『麻美ランツェン』も同様に、地面を巻き込んで巨大化する。


「Goddamn.(ちっくしょー)」


 上空に逃れた野依崎は、やる気の欠片もない罵声を上げた。


「面倒でありますね……」



 『童話』の名を冠した《出来損ないの神ヘミテオス》たちが『悪魔』と化し、第二ラウンドが強制的に開始された。

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