070_1530 4th duelⅥ ~腹心之臣~


 《魔法使いソーサラー》としての野依崎を現代兵器に例えるなら、垂直離着陸可能な多用途マルチロール戦闘機ファイターに当たるだろう。それも現在最新鋭のジェット戦闘機を上回る、開発の緒に就いたばかりの第六世代型戦闘機の要項を全て満たす。


 なので白兵戦など、彼女らしくない。

 だが今回、今この状況下では、脳内でシミュレーションを繰り返して選んだ、想定される中で最も勝率の高い戦術だった。


「フッ――!」


 地上わずか一メートルを飛行し、四肢から光剣を伸ばして宙で回転すると、立ち木が大根のごとくあっけなく輪切りにされる。

 それだけでも充分に恐ろしい現象だが、更に脅威なのは、同じ術式プログラムを宿して続く子機ピクシィだった。


 『麻美ランツェン』が右腕を犠牲にしながら、素手で《妖精ピクシィ》を叩き落とそうとしたが、首を狙う軌跡を変えるのがやっと。木の幹を深々とえぐりながら背後へ通過した。

 ホッとする間もない。《妖精の女王クィーン・マブ》が操る《妖精ピクシィ》は、一六基も存在するのだから。こずえの間を縫って次々と来襲する。


 《B.mcpq》のBは、BLADEの頭文字。数千キロ先に破壊をもたらす《魔法》と比較すれば、針先ほどの射程しか持たないが、効果が単純で超短距離であるがゆえに、原子間開裂機能の殺傷能力は群を抜いている。


 見通しと足場の悪い夜の森で、そんな凶器たちが間断なく襲い来るのは、もはや悪夢だ。『麻美ランツェン』は反撃もままならず逃げるしかない。不死性を発揮する《ヘミテオス》といえど、食らえば対抗能力が削られて、やがて全身がバラバラにされる恐るべきコンボなのだから。


 やがて『麻美ランツェン』はひらけた場所に出た。地面はならされ芝生張りにされた、明らかに人の手で作られた空間だった。


 よみうりカントリークラブ、一四番ホール。

 それがこの場の――戦場の名だ。


 小規模ながら見通しが効く。足場は安定し、行動をはばむ障害物はない。

 森林戦から野戦に移行したことに安堵したように、『麻美ランツェン』は大きく息を吐く。


「昨今のサブカルチャーでは、不死となった魔導師は、総じて《リッチ》とカテゴライズされるのでありましたかね……面倒でありますよ」


 追って森から飛び出た野依崎は追撃を止め、距離をへだててフェアウェイに着地する。《ピクシィ》たちは光剣を収めたものの、護衛のように少女の周囲を浮遊する。


十路リーダーの矛盾した行動原理が、ようやく実感できたでありますよ……」


 怠惰な野良猫は、返事など期待していない。


 十路はトラブルご免を自称する割に、大きなトラブルの芽を潰すために、小さなトラブルに首を突っ込むことをいとわない。

 日頃は野良犬みたいにダラダラしているクセして、部活になれば元特部隊隊員らしく率先して動く。


「なので、とっとと終わらせるでありますよ」


 逃れられない面倒ごとなら、早々に片付けるに限る。

 それが今回、野依崎が部活動に参戦している理由だ。


 ナージャや南十星のような準備は必要なかった。

 負け惜しみだが、先日の交戦で敗北したのは、十全に彼女の性能を発揮できなかった部分が大きい。


「できると思ってるの?」

「逆に、なぜできないと思うでありますか?」


 野依崎にとっては、真面目な疑問だ。


 《ヘミテオス》の存在は、薄々で多少ながら、他の部員たちよりも早く、詳しく知っている。対抗策を考えていないなど、あまりにも楽観的ではないだろうか。

 まぁ、それは野依崎から見た認識であって、『麻美ランツェン』が知らない事実も含まれているから、考慮外でもまだ理解できる。


「まさか、自分のデータ収集は、全て完了しているとでも思ってるでありますか?」


 重要なのは、彼女はアメリカが本気になって作った、正真正銘の秘密兵器であること。


 しかも情報担当として、情報の戦略性や重要度は、他の誰よりも承知している。

 今までの部活動で垣間見せた性能が、野依崎の全力であるなど、あまりにも低く見積もりすぎではなかろうか。


 それが証拠に、『麻美ランツェン』をこのフェアウェイに追い込んだのは、逃走の末の結果ではなく狙ってのこと。障害物があっても不可能ではないが、確実を期すなら開けた場所のほうが都合がいい。


「お前のコードネームは、グリム童話の『背嚢ザ・ナップサック と帽子ザ・ハット 角笛ザ・ホーン』でありましたね」

「いや別に、コードネームってわけじゃないけど」

「その童話に出てくる登場人物で王族は、キング王女プリンセスのみのようでありますね」


 『麻美ランツェン』の反論は無視し、野依崎は金属繊維とセラミックスの装甲に包まれた右手を挙げ、人差し指を突きつける。


「童話で女王クィーンはどういう存在として描かれるか、知ってるでありますか?」


 応じるように《妖精ピクシィ》たちが、真下に向けていた機首を上げた。

 女王を守る衛兵たちが、槍を構えたかのように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る