070_1110 compare notesⅡ ~緊箍児呪~
後回しにされていた部員たちの負傷を《魔法》で治療して、区民センターからそっと抜け出たところで声をかけられたと思いきや、一体なんの用事なのか。
「見てみて~? 私もまだまだイケてるでしょ~?」
「……………………」
チェック柄の膝丈プリーツスカートをつまんで満面の笑みを浮かべる、学生服姿のゲイブルズ
イタい。
無理があるわけではない。バーテンダースタイルでシェイカーを振る立派な大人だが、普段着なら女子大生でも誤魔化しが効く容姿だ。《ヘミテオス》の肉体を形作る医療用ナノマシン含全能性無幹細胞によってお肌はまだまだピッチピチ。酔いと共に世辞も入っているだろうが、左手薬指に指輪があるのを意外に思う客もいる。ブレザータイプの学生服に着替えて、『大人びた女子高生』くらいに言い張ることもまだ許される。客観的には。
しかし姉を二七歳既婚者と認識する現役女子高生の妹が見ると、恥ずかしいコスプレ以外に捉えることができない。
「お姉ちゃん……いつどこでどうやって入手したかわからない制服を、私にわざわざ見せるために来たの?」
「ややややや。そんなわけないでしょ。用事があるのはこっち。はいチェンジ」
見た目になにか変化があったわけではないが、言った悠亜自身がビクリと震え、動きを止めた。常に生体コンピュータが稼動している樹里には、彼女の体から無線での猛烈なやり取りがあったのを確認できた。
「いきなり制御を交換しないでくださいよ……」
『悠亜』が自身へ文句をこぼして、戸惑うように頭ひとつ低い位置にある樹里の顔を見下ろしてくる。
「えーと……どうも、ジュリ。こんな形で言葉を交わすのも妙な感じですけど……」
「あー、やー、んー、まー……私もすごく変な感じ……」
目の前に立つ存在が、姉ではなくなった。肉体は姉のものだが、中身が違う。
「まさかイクセスが人間になるなんて……」
オートバイに搭載されていた人工知能が、姉の体で女子高生していれば、当然困惑する。
△▼△▼△▼△▼
「それが悠亜さん……というか、《ガラス瓶の中の化け物》が持ってる権能ってわけですか」
その頃、区民センターの駐車場で、
端から見ればヤバい人だが、支援部員にとっては今更のこと。暗がりなので、なにも知らない一般人に見られても、頭の心配をされることもない。せいぜい携帯電話で話してると思われる程度だ。説明会終了後、後片付けも済ませた時間なので、保護者たちは既に帰宅し、気兼ねする必要もない。
「こういう言い方もアレですけど、《使い魔》に対する権限って、なにか役に立つんです?」
【正直あんまり。《
スーパースポーツタイプの大型オートバイが返す女性の声は、先ほど十数秒ほど不自然に途切れた。その間、建物裏手にあたる離れた場所で、妹に年甲斐もない制服アピールをしていたなど、十路は知るはずもない。
【その制限がないなら、そこそこ便利に使えるかしら。機能接続の距離制限がないから、体がもうひとつあるようなものだし。コミュニケーションソフトにその気があるなら、フィードバックを逆転させて、こんな真似も、ね?】
イクセスの精神と入れ替っているのではないらしい。機能接続を行い、双方向に通信している内容を一部だけ逆転させている。いうなれば自分の体が入れ替わっていると錯覚させているだけ。
そうでなければ二輪車だった人格が人体で自在に動き、しかも戦闘行為を行うなど不可能か。
「イクセスのヤツ、変な戦い方してましたけど、あれは?」
【あれも《ガラス瓶の中の化け物》の権能。体の中に圧縮空間を作れるの】
「ふたつ持ってるんですか?」
【ま、ね。どっちもビミョーな内容だからなのか……でも、まさか取り出さずに収納したまま銃を撃つなんてね? イクセスにとっては
本来入らない大きさの、危険な悪魔を中に封じたガラス瓶。
甘言の末に堕落させ、交代するように木こりの息子を瓶に封じた悪魔。
悠亜が持つ《
「仕組みはともかくとして、なんで体を交換なんて真似を?」
【ずっと接続状態を維持していれば、『麻美』でも
「イクセスを『衣川羽須美』として俺たちの近くに配置することで、
『羽須美』は警戒対象だったため、ある意味心配する必要がなかったが、今度はどこかで入れ替わり、敵か味方か警戒する必要がある。それを間違えると脅威は致命的なものになりうる。
とはいえ戦力となりうる、信頼の置ける『羽須美』がいるメリットも大きい。敵対関係なのに学生たちの手前、普通のクラスメイトを演じなければならなかったストレスがなくなるだけでも違う。
そこまでは理解したが、やはり疑問が残る。
「それなら別に悠亜さんとイクセスが、体を交換する必要はない気するんですけど?」
【客観的に判断すれば、その通りだと思うわ】
悠亜も強い。機密情報に触れる立場であった十路もあまり知らないが、《デュラハン》なる仇名で呼ばれた傭兵だったらしい。
そんな彼女が支援部を支援してくれるなら、学生服を着るだけで充分ではないかと思うが、大型オートバイは
【だけど私は、イクセス自身があなたたちを助けることが一番大事だと思うから、体を交換したの】
「なぜに?」
【だって、私は支援部になんの思い入れもないわ。樹里ちゃんが参加してるし、つばめとのこともあるから、協力するのはやぶさかじゃないけど……それ以上は、ね?】
冷淡ではあるが、正確な状況把握だ。
これが仕事やなにやらで義務があるならまだしも、無償の親切心だけで求められるものではない。
そんな『やる気のなさ』を表に出されると、眉をひそめる者もいるだろうが、十路にとってはむしろありがたい。できないことはハッキリ『できない』と言われたほうが、そのつもりで行動できる。
現状でも悠亜は最大限協力してくれているから、文句はない。
【戦術面で見てもね。あなたたちの戦い方って独特すぎて、私じゃついていけなくて、連携を壊す危険があるわ。でもイクセスなら大丈夫でしょ?】
「それに関してはなんとも……当たり前の話ですけど、これまでイクセスと連携してきたとはいえ、バイクとしてですからね?」
経験はともかく、生物と機械の枠組みを越えてしまったイクセスを、これまでと同じには扱えない。彼女は問題なくても、十路がものすごく戸惑う。
【しばらくは静かだと思うから、その間に調整することね。連中が領空・領海侵犯するにも、自衛隊の目が光ってるし。今日の戦闘で無視できないダメージを与えたと思うし】
「完全撤退はありえないんですか? また
【うーん。保証はないけど……来ると思うわ】
彼女たちは長年、
となると十路は、当面のことが気になり始めた。
「今の悠亜さんに乗るの、そこはかとなく抵抗感あるんですけど――」
殺気を感じて言葉が途切れる。十路は元特殊部隊員としての経験に従い、横っ飛びに場を離れた。
直後、立っていた空間を、風切り音と共に刃が唐竹割りした。
超人的な跳躍力で一気に間合いを詰めてきた、リヒト・ゲイブルズの仕業だった。
【はいそこまで】
「ヲ゛!?」
続く攻撃はなかった。スポーツバイクが半端な変形を行い、センターマフラーとして折りたたまれていた機械の左腕が伸びて、リヒトの頭を掴んだから。
【ごめんねー、《
「だったらこの発作、もうちょっと真剣に止めてくれません? 具体的には再起不能にするくらいに」
【無理無理。普通の人間なら半身不随とかにすれば止められるけど、《ヘミテオス》だし】
「おだやかに話しながらプレスすなァァァァァッ!?」
モーター音と共にグキョメキョと人体から聞こえてはいけない音が聞こえた気がしてから、解放された。
とりあえずリヒトの頭部は変形していない。見た目には。頭蓋骨の不全骨折程度ならわからない。
「だから俺、アンタの
この
「それだけじャねェだろォ……!」
リヒトが苦痛以外の要素で男泣きを始めた。
「嫁連れてく気かァ……!」
「あー……うん。それについては、マジで悪いと思ってる。他にどうしようもないけど」
イクセスを人間にするこの対抗策を取る間、人妻の身柄をずっと借り受けることになる。『言い出したの、アンタの嫁なんだが』とも思うが、罪悪感がないでもない。
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