070_0010 a catastrophe cames Ⅰ ~用心堅固~


 この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。


 しかし秘術ではない。

 誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。

 そしていにしえよりのものではない。

 たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。

 なによりもオカルトではない。

 その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。


 《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。

 《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。

 《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。

 《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。


 それがこの世界に存在するもの。知識と経験から作られる異能力。

 その在り方は一般的でありながら、普通の人々が考える存在とは異なる。


 政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。

 企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。

 軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。


 国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。

 ゆえに二一世紀の《魔法使い》とされる彼らは、『邪術師ソーサラー』と呼ばれる。


 しかし、そんな国の管理を離れたワケありの人材が、神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活し、とある部活動に参加している。

 魔法使いソーサラー》の社会的影響実証実験チーム。学校内でのなんでも屋を行うことで、一般社会の中に特殊な人材である彼らを溶け込ませ、その影響を調査する。

 そして有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し事態の解決を図る、国家に管理されていない準軍事組織。

 《魔法使いソーサラー》は特殊な生まれゆえに、普通の生活など送ることは叶わない。そんな彼らが、普通の生活を送るための交換条件として用意された場。

 それがこの、総合生活支援部の正体だった。



 △▼△▼△▼△▼



 一〇月を迎え、二学期制を採る修交館学院は、後期課程に入った。


 日本の大学・短期大学・高等専門学校では、二学期制は当たり前になっている。中等教育では三学期制を採る学校が大半だが、少数ながら二学期制の学校も存在する。

 なにが違うかというと、学生の立場からすれば、あまり違いはない。せいぜい定期試験の回数が減ってバンザイし、一度の試験範囲の広さに慌てる程度だ。あと長期休暇前に通知表をもらうわけではないので、親からの小言をわずかばかり逃れられるか。


 留学生が多く在籍する修交館学院の場合、少し事情が異なる。

 日本では春が新学期の始まりだが、海外の場合は違う。これもまたさまざまだが、多くの国では秋に集中している。そして小中高大の教育実施期間も、日本と同じように六・三・三・四年であるとは限らない。

 ゆえに、日本人の学生から見れば、転入生・編入生が多い。親の都合や進学などで、秋に入学する学生がそこそこいる。日本語でも勉強しているのか、母国で卒業即日本で入学のパターンは少ないが、いることはいる。


 そのようにして高等部三年B組も、新たなクラスメイトを迎えることになった。ただし拾える情報からすると外国人要素は全くない。しかも後期開始に伴ってではなく、一週間ほどった中途半端な時期にだ。


 着ているのは、高等部推奨の標準学生服だ。衣替えを迎えたが、まだ本格的な寒さは向かえていないため、他の学生たちは長袖ブラウスに切り替えてベストやセーターを重ねているが、『彼女』はジャケットを羽織っている。チェック柄のプリーツスカートは、推奨どおりの膝丈。女子学生のほとんどはリボンタイを選んでいるが、『彼女』は臙脂えんじ色のネクタイを選択している。

 肩幅は普通と称するか、やや広いか。そこらは見る人によるだろうか。しかし長いストレートの黒髪が背中を隠しているためか、後姿はむしろ華奢な印象に映る。

 

 電子黒板に漢字だけでなくアルファベットでも名前を表すと、『彼女』は振り替える。


衣川きぬがわ羽須美はすみです。三年生のこの時期では、短い期間になりますが、今日からよろしくお願いします」


 目尻はどちらかというと垂れ気味、鼻はどちらかというと小ぶり、顔の造形は『まぁ……可愛い?』といった程度だ。間違いなく不細工ではないが、かといって騒がれるほどの美形でもない。アイドルグループに加入するだけならまだしも、センターで歌って踊るタイプではない。

 ただ、どことなく鋭さのようなものがある。上々階にいるだろう一年生の少女よりも大人び、違いを感じさせる。血縁の疑いをかけられても、他人の空似と言い張ることができる程度に違う。

 後輩の少女が幼い柴犬だとしたら、こちらは野性色濃い種の若犬か。それどころか、なんら根拠はないのだが、なんとはなしにイヌよりネコ系のように思える。


 クラスメイトたちは編入生の自己紹介にまばらな拍手をし、形ばかりでも歓迎している。列最後尾に座るつつみ十路とおじの視界には、そんな後頭部が規則正しく並んでいる。

 その中でひとつだけ飛びぬけて目立つ、白金髪プラチナブロンドの頭が動く。部活仲間でもあるナージャ・クニッペルが、紫色の気遣う視線を寄越してきた。

 なんでもない顔のまま顎でしゃくると、不安げな顔は変えないまま、ナージャは渋々ながらも前に向き直る。


 実際、ナージャが心配するような乱れはない。十路の心は平静そのものだ。

 かつての上官と同じ名前を持ち、かつての師と同じ笑顔を浮かべ、かつての憧れと同じ声で語る女性が、新たなクラスメイトとなるべく現れても。


「それじゃあ、席は後ろの空いているところに」

「はい」


 担任教師に促され、『彼女』が近づいてくれば、さすがに肉体が緊張した。

 十路も学期途中での編入生なので、出席番号と名前の頭文字が一致していない。本来中ほどにあるだろう名簿には一番最後に記されている。しかも高等部は教科エリア型、授業は基本的に教室に担当教諭が来るのではなく、教諭が担当している教室に学生が向かう。ホームルームの役割は薄く、節目節目で席替えをして心機一転を計るといったことをしない。年度始めから番号順のままだ。

 新たに増えたクラスメイトは自然、十路の後ろに座ることになる。


「よろしくお願いしますね」

「あぁ」


 笑顔で話しかけられたが、十路はそちらを見ることなく、無愛想な返事だけで済ませた。

 不審に思われただろうか。いや、別にいい。これが彼の常だ。誰かに訊けば十路はそういう人間だとすぐ知られる。

 いつもとは異なる反応をしなかったか。なにかを察知されなかったか。それが不安だった。


 事前情報があったのだから、心構えはしていたつもりだった。だがやはり実際に目にすると、心の内に去来するものが色々とあった。

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