FF0_0800 強き《赤ずきん》と弱き《千匹皮》


 改めて、やはり樹里と羽須美を同一視などできるはずないと思った。


 家出した樹里の行き先など、思い当たるはずもない。あてどなく神戸市内を巡る心積もりでいた十路は、最初の訪問地であっけなく見つけることができ、拍子抜けした。


 新神戸駅。半年前の五月、まだ陸自に籍を置いていた十路が任務として訪れ、樹里に初めて会った場所。

 市内中心部の神戸駅とは完全独立している、山中にある駅舎なので、夜ともなれば闇が深い。まだ駅そのものは閉鎖されていないが、新幹線の利用客もほぼいない時間、人通りもほとんどない。


 そんな駅ロータリーの隅で、樹里は学生服姿のまま、所在なさげにポツンと座り込んでいた。完全なる家出少女の図だ。

 擬装のエンジン音をしぼませ、その近くに停車しても、彼女は膝に顔をうごめて動かない。《ヘミテオス》の異能、《魔法使いの杖アビスツール》なしで脳内センサーが起動しているはずだが、十路と《バーゲスト》だと理解していないのか、それとも考え事でもして気づいていないのか。

 大型オートバイに目をやるが、『トージに任せます』とでも言っているかのように、イクセスからの反応はない。仕方なく彼は小さく嘆息ついて、脱いだヘルメットをハンドルに引っ掛け降りる。


 三角座りする樹里の前に立ちはだかり、小さく思える体を影に入れると、ようやくといった具合に樹里は顔を上げた。だが、どんより濁った瞳が十路の顔を認めると、すぐまたタイルへと視線が落とされる。ここ最近のいつもと大差ない態度だ。


「…………私って、なんなんですか」


 だが、いつもと違ってオドオドするだけでなく、低く沈んだ声で、愚痴とも質問ともつかぬものをこぼし始めた。



 △▼△▼△▼△▼



「あ゛~、寝酒でも飲まねーと、寝れそうにねーですわ……」

「わたしも秘蔵のウォッカ出しますかね~……部長さん、一緒に飲みません?」

「ヲイ。未成年者のロシア人」

「国じゃ成人ですし、飲めますよ?」

「日本じゃ違法だっつーの」


 なんとなく終わりの雰囲気になってしまったものの、解散という雰囲気ではない。どうするかはさておいて、ひとまず部員たち四人はつばめの部屋を揃って出た。

 顧問から伝えられた、部活継続と、退部の意思について、まだ話し合われるだろう。どこかで不用意に口にはできない話だが、マンション内では盗聴の心配がないので、遠慮なく口にできる。


 そんな雰囲気でエレベーターを待つ間、不意に野依崎が口を開いた。


「ミス・ナトセ。理事長プレジデントの話を、どう思ったでありますか?」


 なんとなくエレベーターの階数表示を見上げていたコゼットもナージャも、一段低い位置にある南十星の顔を見下ろしてくる。


 部員たちの視線を受けて、南十星はこめかみをポリポリかいてから、口を開いた。


「兄貴とじゅりちゃんになにがあったのか、ようやくわかった」

「あの話を聞いて、結論がそれとは、相変わらず一点突破でありますね……」

「あたしにはそれだけでジューブン」


 ブラコンと呼ぶのは相応しくない。年齢差から考えて保護者と呼ぶのは違う。

 関係が兄妹でなければ、狂気のストーカーであるかのような思考回路に、野依崎もため息をく。


「どーするつもりなのかね、あのふたり……あれ以上なんかあるようなら、小姑コトメやんなきゃ」

「いびり倒すのでありますか?」

「イビるとゆーか……ケジメ」


 南十星らしい、意味のわからない言葉だけではない。ハッキリと浮かべた敵意に、他の部員たちが疑問で眉をひそめた時、エレベーターの扉が軽快な音と共に開いた。



 △▼△▼△▼△▼



「もう、ワケわかんないですよ……」


 彼女は両親から望まれるどころか、うとまれることすらなく、この時代に生まれた。


「子供の頃のことなんて、なにも覚えてなくて……それでもまだ、神戸に来るまではよかったんですよ……なにも考えずに済んだから……」


 人格・記憶データが分割されて、偶発的に生まれた『欠片』のひとつ。麻美なる者が時空を越えるはずだった、成れの果て。

 出来損ないの、出来損ないの神ヘミテオス


「思い出したと思えば、私のことじゃない、赤の他人の記憶ですよ……? しかもつばめ先生がお母さんとか……自分で覚えてても意味わかんないですよ」


 家族の複製たちならばいる。同じく時を渡って複製されている。

 ただし家族と思えるかは、スワンプマンの課題。麻美としての自覚がない、木次樹里という少女にとっては、思えるはずはない。


「それで、気づいたんですよ……私、ホント、なにもないんだなって……」


 普通の女子高生と称するには、両親も記憶も時間も足りない。

 異常を自覚するには、彼女の精神は普通すぎる。


「家出しても、行く場所なんて、ないんですよ……」


 《ヘミテオス》は《塔》から受け取るエネルギーで、その気になれば、《魔法》で世界中どこへだって行けるはず。だが人間としての常識が、発想を拒んでいる。

 彼女は携帯電話も財布も置いて飛び出している。

 悪い遊びをするほどの勇気も甲斐性もない。普段を見ていれば、今回が初めての家出に違いあるまい。

 仮に金や度胸があったとしても、服装を整えればまだしも学生服では、間違いようがないよう未成年者だ。外泊だって苦労する社会的信用度しかない。

 それをくつがえす友人関係も、彼女にはない。話から察するに神戸に来たのはこの春で、それ以前は海外で生活していたのではなかろうか。


 あらゆる意味で、彼女はなにも持っていない。


 うなれる樹里を前にして、どうすべきか、十路は迷った。

 彼女を守りたいとは思えない。

 けれども見捨たくないとも思ってしまう。


(俺じゃ、決められない……)


 悠亜たちから聞いた一連の真実を、樹里に伝えるべきか。

 しばし考え、イクセスに聞いていたデータをまとめさせて、後日渡すことに決めた。


(優柔不断な責任転嫁なのは、わかってるけど……これからどうするか、木次が決めなければ、俺もどうすればいいか決められない)


 彼女が抱く疑問の答えにはなる。だが、なにかのなぐさめになるとは思えない。

 ならば強要はせず、彼女のタイミングに任せるのが一番に思えた。それに赤の他人である十路の口からではなく、間接的であれど『家族』の口から聞くのが、ダメージが少ないのではないかとも。


 今後を決めるのは、彼女自身だ。


「木次。お前の望みは、なんだ?」


 優しさなど欠片もない、けれども不機嫌というわけでもない。意図的に感情を乗せていない、結局は普段のぶっきらぼうさで、うなれる少女の頭に問う。


「俺は……出来損ないでも『魔法使い』だ」


 物語の『赤ずきん』は、無力な少女だ。騙され、哀れにひどい目に遭って、消えるだけの登場人物。

 だが同じく童話の主人公でも、『千匹皮』の少女は違う。日本では有名とは言いがたい話だが、部室に絵本ではないグリム童話の本があり、なにかの折りに十路は読んだ。

 流されるままをしとせず、あらがった姫の物語だ。シンデレラ譚の一種ではあるが、祈るだけで不遇から救われた娘とは違う。


「でも、望みを言ってくれなきゃ、俺はどうしようもできない」


 それに《赤ずきん》は強かった。物語とは違い、《女帝》と呼ばれるほどに強かった。

 だから《千匹皮》にも、強さを求めてしまう。そこまでは言わずとも、弱くあることを否定してしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る