FF0_0620 悪魔と悪魔と悪魔の愛弟子Ⅲ ~ジャザイール民主人民共和国 アハガル山地②~
二台の《
左手でハンドルを掴むだけで、挙動をAIに任せた《真神》に乗る『羽須美』は、カービン銃を片手撃ちした。
手放しで機体を膝で挟み、両手に構えた
戦闘ヘリのすり鉢飛行のように、機体の向きとは直角にスライドさせながら円を描き、互いの《
カービン銃も
かと思えば、地面から
たったふたりの戦いなのに、数千発の弾丸が飛び交う。ライフル弾の硝煙と、岩を圧縮・成形した球弾の着弾が、ただでさえ視界の悪い黄昏時の岩山を余計に霞ませる。
△▼△▼△▼△▼
狙撃を行う十路に、羽須美が下した命令は、三つだ。
――頭を一撃で吹き飛ばしなさい。文字通り、首から上を消し飛ばす。半端に脳ミソ削ったくらいじゃ、アレは死なないわ。
まず、《ヘミテオス》という存在を説明しないまま、
しかし
その時の、まだ《ヘミテオス》を知らなかった十路は、『確実に
――誤射は勘弁してよね? 私と
ふたつ目は当然の話だが、これが困難だった。夕闇の中で、同じ肉体を持つふたりが、土煙を撒き散らしながら、目まぐるしく立ち位置を変えていたのだから。
しかも
そして最後。
――狙撃に成功しても、失敗しても、その時点で十路はお役御免。全力で撤退しなさい。
指示した羽須美は、十路が完遂できると思っていなかったのか。それとも選択肢を増やすためなのか。別の準備も行っていた。
(俺を信用してない……って意味じゃないんだろう)
失敗する確率のほうが高かった。距離は一キロ近く、通常狙撃どころか制止すら考えない不安定な体勢で、しかも使うのが
89式小銃の有効射程は、カタログスペックでは五〇〇メートル。銃身延長もしている《八九式》の場合、もう少し上回る。
だが、破壊力は確実に羽須美の要求には届かない。
なので撃つ直前、接続と同時に《魔法》を付与した『魔弾』を放つ以外に方法はなかった。
十路もただの狙撃手としての訓練はしているが、あまりにも確実性に欠けている。
そういう意味では、十路は期待されていないとも取れる。だが彼女が、飛び超えられる気がしないが実際なんとか飛び越えられる、ギリギリのハードルを用意するのは、常のことだった。
本来ありえない情報の与え方からして、彼には手伝いだけをさせて、羽須美は全てを明かす気はない。そう考えたほうが自然だった。
ならば疑問は尽きずとも、任務は任務として、目の前のことだけを考えて
ありったけのロープをひとつに繋ぎ、
眼下の動きを懸命に目で追う。すぐに視界から外れるが、決して慌てない。再び狭い視界に入るのを待ち、待っても入らなければじれったいほど時間をかけて動き、再び収める。
ロープに体を預け、中途半端な高さで両手を空けて壁に立つ十路は、巨大な円柱の陰から、辛うじて射線を確保した
△▼△▼△▼△▼
煙幕を作り上げ、視界を一部潰したと判断すると、双方とも動きを変えた。
オートバイに乗る羽須美は、
(なーに
ベルトを肩にかけて支えているとはいえ、本来設置固定して使うブローニングM2重機関銃を指切りして弾をばら撒きながら、破片榴弾を放ったRPG-7の発射器を放り捨て、羽須美は新たに散弾銃を手に取る。
対する
この程度の火力ならば、そもそも避けるのが《ヘミテオス》らしくない。肉体を形作る万能細胞の再生能力が、常人が戦闘不能になる程度の傷では死なせない。実際、双方とも弾雨が何発か命中しているが、致命的ではなかったら気にも留めない。
もっとも、死なないと頭では理解していても、人間として当たり前の意識があれば、体を穴だらけしながら特攻などできはしないだろうが。
(まさか、そこまで戦い慣れてないわけ?)
羽須美はその『人間としての当たり前』からは外れている。
肩にかけたベルトを外し、重機関銃を捨てた。同時に散弾銃を両手に構え、羽須美は車上から宙に飛び出した。《
そして空中で散弾銃を連射した。
AA-12は散弾銃なのにフルオート射撃、なのにライフル弾のようなベルト給弾など不可能のため、毎分三五〇発の連射性能はほとんど出番ない。しかも逆に抑制するセミオート機構もない。よってアメリカ軍から散々いらない子された挙句に魔改造化された、ネタのような銃だ。
しかし信頼性は非常に高い。加えて凶悪性がネタでは済まない。専用の特殊弾薬は
羽須美は空中でドラムマガジンの榴弾を連射した。爆発物投射ならば、ロケット弾発射機を大量に並べるしかないだろう、比類なき連射速度で三〇発が飛ぶと、即座に奇岩の森の方々で爆発が起きた。物質操作で作られた
一気に射程外に出ようとしたか、被弾面積を考えたか、オートバイでは絶対に乗り越えられない、ほぼ垂直と呼んでいい岸壁を、
しかし自律行動を行う《真神》が放ったライフル弾が、空中の
だがほぼ同時に、
△▼△▼△▼△▼
待ち望んでいたチャンスがやって来た。
薄闇や遮蔽物や砂塵に
『羽須美』同士が白兵戦を始めたが、見間違うことはない。彼女は散弾銃も捨て、腰から抜いたナイフ二丁を両手に構え、一歩踏み込んで。
同時に
やはりそちらが本命か。思考で操作するものではないはずに、どうやったらそんな真似が可能なのか。あの《軟剣》は、肉体が触れるほどの至近距離でも、殺傷能力を発揮する。
サソリの尾のように、伸びた仮想の刃は上から羽須美へと突き込まれるのが、訓練で相対した経験からそれがわかった。
その前に十路が動いた。
ずっと保留していた《八九式小銃》と脳機能接続すると同時に、
同時に
十路の存在に気づかれた。確証はないが確信した。
ライフル弾の飛翔速度なら、着弾するまで一秒強。日常生活では意識もしないが、ミリ秒単位で動く《
だから十路は
羽須美のオーダーに応えるためには、爆散させる《
だから一ミリ秒でも早く命中させて、超高速弾の運動エネルギーで脳組織を吹き飛ばす。一般的に貫通力に秀でた弾丸は殺傷能力が低いと言われるが、頭部に撃ち込めば話は変わる。
なによりも、他に選択肢がなかった。
薬莢に収まる
だが届くより前に、
必殺が込められた初弾と次弾は、半回転した《無銘》の刃に阻まれた。あまりの圧力で
幾つか外れた次の命中弾は、二の腕付近に突き刺さった。超高速弾がもたらす運動エネルギーが、銃創とは呼べないとてつもない瞬間空洞を作り出し、命中部分を内側から体組織と共に左腕を吹き飛ばした。
しかし、それまで。
《
だが同レベルの『化け物』が眼前にいる状況では、決定的な敗北の瞬間だった。
「Bye」
猟犬の笑みを浮かべた羽須美が、両手に構えた刃物と共に突っ込み、もつれ合うように岩場の高台から飛び降りた。
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