FF0_0210 在りし日Ⅳ ~南ヌビア共和国 バハル・アル・ガザール~


「サージ、アラビア語に翻訳して」

【了解】

 

 この地域の公用語は英語だが、伝わるかは怪しい。潅木かんぼくがそこかしこに生える荒野を見下ろす小高い丘から、サングラスをかけた羽須美は、オートバイを通じた《魔法》のスピーカーで大声を届けた。


『こちらは国連南ヌビア派遣団UNIMISN。この場所を不法占拠している武装勢力に告ぐ。安全保障理事会により定められている緩衝地帯へ侵入し、非戦闘員を戦闘に巻き込んでいる。ただちにこの場での活動を中止し、自勢力圏まで撤退せよ』


 この地域の公用語である英語でも同じ内容を繰り返したが、眼下の武装勢力の行動に変化はない。

 ピックアップトラックに武装や鉄板をつけた簡易装甲車が出てきて、旧式の小銃AK-47を構えた男たちが飛び出し、土のうを積んだ陣地に据えつけられた機関銃に人が取り付き、建物の陰や窓からは対戦車兵器RPG-7を構える。勧告には全く従わず、警戒態勢を取ったという意味では、大きな変化があった。


「クラシックカーまで出てくるとは……」


 居住区の反対側にでも配置されていたのか、真打登場といった風情で遅れて出てきた車輌に、十路はぼやいた。

 T-55戦車。旧ロシアで開発された、登場は一九五八年という老兵だ。しかし冷戦時代には西側諸国へ輸出されたベストセラー兵器で、現在でもアフリカ・中東アジアでは現役を担っていることも珍しくない。


 動きだけを見れば、錬度は悪くない。即応性だけだが。十路にしてみれば『俺たちここまで特になにもせずに近づけたけど? ちゃんと警戒してるのか?』と思った程度でしかない。

 国連軍を名乗る戦闘要員はたったふたりの上、一応丘陵に伏せているので、すぐには発見されていない。バイクや車による偵察隊が出てくるのを見守る余裕まである。


「相手はざっと一〇〇人、中隊規模ってところかしら?」


 双眼鏡を外した羽須美は、柄を分解した銃剣を着剣している十路に目を向けて、言葉少なく命令した。


「任せたわ」

「俺ひとりですか?」

「手伝ってはくれないでしょ?」


 羽須美は指を上に向けたので、十路も仰ぐ。

 蒼穹の中に黒い飛影があった。日本の《魔法使いソーサラー》たちを観察しようと、どこかの国が無人航空機UAVを飛ばしていた。ミサイルと機銃を抱えた戦闘用ではなく、純粋な偵察機だ。


「いや。そっちじゃなくて、羽須美さんです」

「手伝いる?」

「程度によるんですけど?」

「殲滅でいいわ」


 撃破ではなかった。それならば敗走もしくは組織的継戦能力を奪う程度まででしかない。


「司令部からなにもオーダーされてないし、あそこ占拠してるのは、その程度の小者ってことでしょ。下手に手加減して逃げられるほうが厄介よ。非戦闘員を巻き込まない範囲なら、《魔法》の使用に制限はなし」


 羽須美が面白くなさそうに命じた言葉は、残虐な皆殺し。

 だが十路は特に思うことはなかった。ただ自分の、しかも身の安全以外の心配だけをした。


「だから俺、目立ちたくないって話をしませんでしたっけ?」

「そんな十路にプレゼント第三弾」


 羽須美のベストのポケットから、銀行強盗が被るような目出し帽が出てきて、差し出された。腕時計・銃剣に続くそれは『いらねー』と思ったものの、敵性勢力に素顔を見せる必要もないので、ナイフの確認を終えた十路は素直に受け取った。


『撤退の意思なしと判断し、これより攻撃を行う。戦う意思のない者は武装解除し、屋内に退避せよ』


 羽須美が最後通牒を告げている間に、目出し帽で不審者化した十路は、《八九式小銃》を手にして丘を下る。すぐ崩れる荒い砂の傾斜なので、自然と足は早くなるが、さして急いだものではなかった。

 当然ながら見つかった。狙いを修正しながらなのだろう、散発的に機関砲が火を吹き、T-55戦車が砲塔を旋回させた。たったひとりに対して随分な火力だが、なにぶん距離があった。手元の火器で届かせるには、他に選択肢がなかったに違いない。

 しかもなんとかできるのは距離だけで、経験と運頼みの弾丸は虚しく地面に突き刺さるだけ。戦車砲の榴弾ならば面制圧できるだろうが、なにぶん古い車輌だからか、旋回に時間がかかる。


JAA術式プログラム解凍展開)


 だから十路は余裕を持って、観測用に続き、新たな《魔法》を解凍展開した。


 十路の脳内圧縮された術式プログラム拡張子は、今現在とは違っていた。まだドン・キホーテではなかったから、空想的理想主義者の十戒という拡張子を持っていなかった。


 ならばその拡張子は。JAAはなんの略か。

 T-55戦車の五六口径一〇〇mmライフル砲が向けられたタイミングで、証明された。


 最新の射撃管制装置FCSもない旧式戦車でも、静止状態で、しかも人の足で近づいてくる目標に対し、爆散して破片で攻撃する榴弾を放つのだから、外すわけはない。

 十路はその戦車砲に向けて、無造作に発砲し、弾道を真っ向から交錯させた。

 発射直後の榴弾の信管を撃ち抜き、戦車真正面の至近距離で誤作動を起こさせた。誰もなにが起こったかわからなかっただろう。考えたとしても暴発事故か。それが防御であり攻撃だとは、誰も考えなかったに違いない。


 至近距離での『事故』でひるむ隙に、十路は本格的な移動を開始した。テレポートしたわけではなく、地面とコンバットブーツの鉄板に《魔法》の電磁力を付与した超跳躍を繰り返しただけだが、キロ単位の距離を一〇秒たらずで詰めれば、相手兵士に与える衝撃度は大差ない。

 爆煙が薄れ始めた頃には、十路は陣地に肉薄していた。


 土嚢の内側に、一見青白い光を帯びた氷の塊を撃ち込む。固体化した空気のグレネードは、爆発と呼べる勢いで一気に昇華し、機関銃を操っていた者たちを上空に打ち上げた。

 その結果を見届けるより前に、十路は敵中を駆け抜けながら、『魔弾』を振舞った。


 装甲の陰に隠れた者には、《装弾筒付徹甲弾APDS》による超小型化・超高速化した銃弾で。

 建物の角で様子を伺う者には、《破片弾頭HEAB》を建材に撃ち込んで爆破した破片で。

 窓の下にしゃがむ完全に隠れた者には、《発射後軌道修正弾EXACTO》による曲射された弾丸で。

 荷台に機関砲を積んだピックアップトラックは、燃料タンクに《徹甲焼夷弾APEX》の遅延爆発で。

 武装勢力からすれば、想定外の距離と方向から、非常識な攻撃が加えられた。警戒していたにも関わらず奇襲を受けることになり、悲しいほど無様に倒れ伏す。


 十路が三〇発の『魔弾』を撃ち終え、弾倉マガジンを交換する頃には、状況を把握し反応しようとする者もいた。だがまともな反撃に成功した者はいなかった。遠距離の敵は空中に配置した《氷撃》の固体窒素銃弾で出鼻をくじかれた。近距離は地中に設置した《対人スマート地雷》の一斉起爆により、熱力学爆発と小石で傷つけられ、隙を突くことはあたわない。

 時速一〇〇キロ以上で移動する《魔法使いソーサラー》による、本来小銃一本では絶対に作れない惨劇を、誰も止めることができない。弾倉マガジンが交換されれば尚更に。

 きっと頼みの綱であっただろう戦車も、《魔法》の前には無力だった。《高周波カッター》を帯びた銃剣が、火花を上げて装甲を粘土のように切り裂き、ロックを破壊して空けたハッチに、手榴弾を放り込む。十路が戦車から飛び降りてから一拍置いて、狭い車内の乗員を破片と衝撃波でミンチにした。


 JAAは、陸上自衛隊Japan Army兵器廠Arsenalの略だ。

 『魔法使い』と呼ばれる者が、炎や氷や風や大地を武器として扱うならば、彼はそれに当てはまらない。効果は似ていても現物とは仕組みが違う、あるいは既存の科学では未だ生まれていない兵器を、《魔法》で作り出して敵を撃滅する。

 当時の堤十路が、生きた陸戦兵器であることが、術式プログラムの拡張子にまで表れていた。


 単身でもそう呼ぶのか不明だが、機動戦をしながら前線を駆け抜け終えると、息切らさず街の中へと突入した。建物の上を走って目指すは、《魔法》の目で捉える、人体の反応が多く、電波交信が盛んな場所――敵司令所だ。

 元は集会所かなにかだったのだろうか。住宅よりもひと回り大きな建物から、集積された火器を手に、改造車輌に乗り込む男たちがいた。

 応援要請くらいはあったかもしれないが、慌てながらもまだ余裕を感じられたところから、前線壊滅のしらせは届いていなかったに違いない。現代軍事というより人間の常識として、身ひとつで部隊を一分未満に壊滅させるワンマンアーミーの存在など、考慮するはずがない。


 だから十路はひと際高く跳び、無防備な戦闘員たちを上から強襲した。移動中の、不自然な姿勢にも関わらず、放たれた『魔弾』はヘルメットも被っていない頭に吸い込まれる。5.56mmの高速ライフル弾が持つ破壊力だけでなく、付与された《魔法》の効果で、首から上が綺麗に消し飛んだ。

 身になにが起きた自覚ないまま死んだことを示すように、血液で間欠泉を立ち上らせる棒立ちの死体が倒れるより早く、十路は地面を三回ほど転がって受身を取り、ダメージなく足を動かす。

 その際に小銃はスリングで背負う。ただでさえ長い突撃銃アサルトライフルなのに、銃身延長までしているのだから、屋内では取り回しは悪いため、右手に拳銃を抜いた。


 そして蹴り一発で粗末な扉を半壊させる。突然の闖入者に、大半は『音の方を見て大人しく撃たれる』以上のリアクションをできなかった。《魔法使いの杖アビスツール》と接続したままなのだから、索敵系は働いているのだから、突入前から把握している目標の脳天を正確に撃ち抜く。自動拳銃の連射速度では、短機関銃トンプソン振り回すギャングよろしく掃射はできないため、殺害の後半になれば動いた者もいる。しかし手放していたAK-47自動小銃を手に取るより早く十路が射殺し、いくら四五口径弾とはいえ、木の家具くらい簡単に貫通する。


 HK45T自動拳銃のスライドが下がった時には、生きているのは十路だけになった。号砲となった戦車砲撃から壊滅まで、一分もかからなかった。


 戦闘員は皆、普段着と変わらない格好をしていたが、指令所には迷彩柄の軍服を着た男も数名いた。街を不法占拠していた武装勢力の幹部に違いない。出撃前に《真神》のディスプレイで見た、国連軍司令部から与えられたデータとも、人相が一致していた。

 血まみれ脳漿まみれになった作戦指令書らしき書類や、電子機器に収められたデータは、後続する正規の軍が調査するだろうと放置する。なにも聞かされていないから、確保が必要なのかもわからない。


(終わり、だな。後は……面倒くさいなぁ……)


 残っている仕事は掃討だけ。偵察隊とは行き違っているので、武装勢力を全滅したわけではない。武装した者には容赦なく攻撃したが、たまたま銃を手にしていなかったから、見逃した戦闘員がいる可能性もあった。

 街の外で攻撃した戦闘員も、全員殺したとは限らない。手足が吹き飛ばされても、腹に穴が空いて内臓が飛び出ていても、人間簡単には死なない。そんな状態でも銃の引金ぐらい引けるのだから、危険排除のために必要だ。放置すれば死亡確実の重傷者をそのままにしておくなど、いくら戦争とはいえ人道的な問題もある。《治癒術士ヒーラー》ではない十路にできる救済といえば、とどめを刺すことだが。


 弾丸を再装填しながら司令所を出れば、表には首なし死体が多数転がり、血潮が地面を濡らしている、無残な風景が嫌でも目に入る。大音量で屋内退避を勧告し、爆発や銃声が響いたのだから、人気ひとけは当然ない。

 建物の陰から伺う目とも合った。それもひとつふたつではない。街の外だけでなく、中でも銃声が発せられて静かになれば、なにが起こったか、もう戦闘は終わったのか、確認しようとするだろう。

 司令所から出てきた、面体を隠して武装した不審者と目が合うと、一斉に再び隠れた。屋外の死体を目にし、銃声や悲鳴が連続したのを聞けば、出てきた十路の仕業と推測できるだろうから、関わりを恐れた当然の行動だ。


 だが、ひとりだけ。死体のひとつのかたわらに膝を突く、手足むき出しの少年がいた。年齢は上に見積もっても、小学校を卒業しているかどうか。

 殺した瞬間を目撃したのだろうか。司令所に突撃した際には、まだ非戦闘員と思われる者が屋外にいたので、不思議はない。とはいえ、頭部が破裂したのを目の当たりにし、腰を抜かした風情とは違っていた。


「Who is he?(そいつは誰だ?)」

「Dad...(パパ……)」


 気まぐれに十路が声をかけると、自覚の怪しい口調で返事があった。


「Is your hometown here?(お前はここの出身か?)」


 念のため確認した。少年が腰を抜かしたのではなく、死体に駆け寄ったと思ったのは、きっと引きずりながら運んでいたのだろう、機関銃の弾が周囲に散らばっていたから。

 占拠していた武装勢力によって、後方要員として町の住人が徴発されていたことも考えた。


「No.(うぅん)」


 違うならば構わない。小銃の銃把グリップを握ったまま、十路は真実を語った。


「I killed him.(そいつは俺が殺した)」


 途端、少年は死体が握っていた小銃を奪い、飛びのいた。未熟ながら、兵士として訓練された動きだった。子供の体格では扱えないからと、しゃがんで銃床ストックを地面につける、ライフルグレネードと同じ発射態勢を取った。

 それに十路は舌を打つ。


「Your farther is a bum.(お前の親父はロクなもんじゃないな)」


 預ける先がないなど、家庭の事情で親の『赴任先』に連れて来られたのであれば、まだ仕方ないと思うことができた。

 大人たちと同じ、殺すための技術を仕込まれた経緯が、当人の意思を無視して無理矢理仕込まれたものであれば、見逃すことができた。

 だが少年は違った。父親を敬愛し、仕込まれた技術を使うことに躊躇がなかった。十路が定めたボーダーラインを割っている。武装勢力の一員、殺すべき敵だ。スリングを肩にかけたままの小銃の先を、少年へと向けた。


 父親を殺した上に、侮辱したと捉えたに違いない。憎しみの炎を宿す少年の瞳と、しばし睨み合った。


「なんの真似ですか?」


 隣に立った羽須美が、M4カービンの銃口を、十路のこめかみに突きつけた。銃を構えたまま接近していたのは、脳内センサーで感知していたが、このアクションは想定外だった。

 離反などは考えなかった。十路を一時停止させれば充分だと、彼女はすぐに銃を下ろしたから。


「子供をいじめるんじゃないわよ」

「俺も国際条約ガン無視の少年兵ですけど? 銃を向けられても子供だから見逃すなんて、くだらん博愛精神、持ってませんからね」


 物理的に殺意を向けてくる以上、敵だ。女子供であろうと、関係ない。

 非合法・非公式に、一八歳未満なのに『兵士』であった十路にすれば、当たり前の考え方でしかない。


「そうじゃなくて、大人しく撃たれてあげたら?」

「は?」

「《魔法使いソーサラー》の化け物加減を、じっくり見せてあげればいいじゃない」


 聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。離れながら羽須美は、本気で十路に撃たれろと言っていた。

 無抵抗に、というオーダーではなかったが。


「Bang.(撃て)」


 条件反射のように、羽須美の命令で、少年は引金トリガーを引いた。

 仕方なく十路は、発砲と同時どころか刹那だけ早く上体を捻り、胸の前に銃弾を通過させた。

 すると不自然な間が空いた。いくら無茶な構えとはいえ、必中必殺の距離で避けられれば、唖然とするのが当然だろう。


 だが気を持ち直した再攻撃が。次はスリングを肩から外した小銃の、装着したままの銃剣で小突いた。ライフル弾が持つ運動エネルギーは凄まじいが、剣の腹を当てて払いベクトルを変える程度なので、新しい銃剣も改修された着剣装置も問題なく耐えた。


 もう一発。機関部を中心に小銃を回転させ、銃床ストックを叩き付け、強引に地面に逸らした。

 

 再びなんともいえない間が空いた。


 十路はだんだん面倒くさくなった。いくら《魔法使いの杖アビスツール》と接続して、超高精度センサー化しているとはいえ、肉体強度は人間のものでしかない。確実に銃弾を防御しなければ致命傷を受けるのだから、精神を研ぎ澄まさないとならない。そんな危険事態=面倒という図式は変だが、とにかく少年の殺意に付き合うのが面倒くさくなった。生体コンピュータのシミュレーションで、問題ないという結果が出たのもある。

 むきになった少年が、小銃のセレクターを切り替えた連射は、十路もセレクターを切り替え《魔法回路EC-Circuit》を展開して凌いだ。7.62mm口径弾なので弾頭重量が重いが、その分初速が遅いので、シミュレーションの結果同様、体に届くまでに粉塵になった。


「Satisfied?(気は済んだ?)」


 少年が頼りにした銃の空撃ちが、虚しく響いた。羽須美の声も、虚しく耳を素通りした様子だった。

 だから十路が、棹桿コッキングレバーを引く音で、無理矢理我に返らせた。弾丸は既に薬室チャンバーに装填されていたが、わざと強制排莢して殺意を知らしめた。


「もう殺していいです?」

「見逃してあげなさい」


 念のために確認すると、羽須美は言葉とは裏腹に、カービン銃を少年に向けた。

 自動小銃の機関部に穴を空け、遠くに弾き飛ばす。続いて裸足のつま先ギリギリの地面を穿つ。尻餅を突いたと同時に突いた手のギリギリにも銃弾を打ち込む。とてもかなわない相手と思い知り、もつれさせながらも駆け出す足のすぐ後に撃ち込み、少年の逃げ足を加速させる。


「《魔法使いわたしたち》は、もっと恐れられたほうがいい。抑止力になるなら、ね」


 ひとりごとのように呟くそれが、羽須美の正義だった。九の兵士を退かせて命を救うために一の兵士を無残に殺す。少数を切り捨て多数を救う功利主義だ。

 自分が切り捨てられる少数になることも、なんとも思っていなかったに違いあるまい。だから彼女は秘密裏の存在でありながら、表舞台の戦場で最前線に立っていた。表沙汰にならない裏社会の中では、《魔法使いソーサラー》という稀少人種の顔であり、信頼を寄せる者からは孤高で果断な賢帝のように、それ以外からは暴君のように評される立場にあった。

 故に《女帝エンプレス》と呼ばれた。


「俺は反対ですね。恐れられるだけならいいですけど、実際にはそうじゃないですから」


 対して十路の正義とは、ハンムラビ法典型だ。目には目を、歯には歯を、悪意には悪意を。

 積極的になにかしようとする気概はない。そして《魔法》の利便性、《魔法使いソーサラー》の有用性を利用しようとする輩を、一概には否定しない。利用しあう関係が築けるなら、お互いさまだと思える程度には、十路も子供ではない。

 だが完全に便利な道具扱いし、一方的な関係を築こうとするならば。あるいは無力な子供扱いし、舐めてかかってくる相手ならば、容赦しない。


 この辺りが、羽須美が『贅沢』と評した考え方なのだろう。

 《魔法使いソーサラー》は軍事兵器であると同時に人間だ。彼女は自身のあり方を兵器寄りに振り切らせていた。

 一方で十路は、天秤の針の位置を定めていない。流されるままになんとなくその立場になってしまっていた。それは修交館学院に転入し、総合生活支援部に所属している今も、たびたび悩んでいる。漠然とした未来像を描いて今を生きる学生の立場ならば、そんなものかもしれないが。

 だが羽須美が存命だった頃はもっと。自分が大人に保護されていることを理解せず、積極的に行動する気もないのに、不平不満は一丁前に抱き、その挙句に《魔法》で誰かを傷つける。なまったナイフみたいなガキだった。


「さ。ここでの仕事は終わり。後続に引き継いだら、次行くわよ」

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