065_1010 【短編】日常のちょっとだけ非日常Ⅱ ~AM07:55~


「カルテを書くなら、病名はライノウィルス感染症。あるいは普通感冒、急性上気道炎――」


 診察を終えた木次きすき樹里じゅりは、《魔法使いの杖アビスツール》を空間圧縮コンテナアイテムボックスに収納させながら、端的に説明した。


「要するに、風邪ですね」

「げほっ! ……ぐすっ」


 ベッドに寝かされた十路は、咳と鼻で返事した。

 医者でないにせよ、《魔法》を医療技術に転用する《治癒術士ヒーラー》が断言するなら、間違いはあるまい。


「なんとなーくヤな予感がして、兄貴の部屋を覗いてみたら、ぶっ倒れてんだもん。さすがにアセったよ」


 改造ジャンパースカート姿で診察を見守っていた、従妹にして義妹の南十星なとせが、心配などしていなかったような態度で安堵の息を吐く。

 登校する前、向かいの部屋に住む南十星が発見してくれたから、部屋の人口密度が高いこの図がある。

 彼女は十路の部屋の合い鍵を持っている。電子ロックも指紋が登録されている。とはいえ、私生活は基本お互いに干渉しないため、用もないのに来ることはない。

 なのに『なんとなく』で、動けなくなったところを発見するとは。日頃は短慮を危ぶんでいるが、今日ばかりは獣じみた野性の勘に感謝したい。


「じゅりちゃん、《魔法》でカゼ治せないん?」

「やー……できなくはないけど、やめたほうがいいと思う。大したことないウィルスで発症したってことは、体が弱って休みを欲しがってるってことでもあるし」

「そーゆーモン?」

「そーゆーもの。免疫力低下の原因は色々あるけど、だいたい疲労・ストレス・睡眠不足。だからアスリートって結構病気になりやすいから、なっちゃんも気をつけてね?」

「それよか、兄貴はこのまんまっつーこと?」

「あんまり症状が酷いなら改めて考えるけど、このくらいなら大人しく寝て、免疫力に任せるのが一番だね」

「見た感じ、ショージョーけっこー重めだけど?」

「や。いくら症状キツくても、意識があって即入院にならなければ、定義上は『軽症』だからね? それに普通の病院にかかる場合でも、風邪じゃお医者さんができることってほとんどないよ? 風邪の特効薬が作られたノーベル賞ものって聞いたことない?」

「うへぇ……ちなみに《魔法》で処置するって、どうするわけ?」

「《マナ》で直接ウィルスを壊す。どんな病原体でも無効化できるけど、大変なんだよね……」


 女子高生と女子中学生が、十路の今後について話し合ってるが、付き合っていられない。


「俺のことはいいから、早く学校に行け……」


 病状が辛いとはいえ、ただの風邪なら休んでいれば治る。そして時計を見れば八時を過ぎている。いくら近場に住んでいるとはいえ、SHRまでの余裕はない。

 かすれた声で後輩たちに忠告し、十路は虚脱感とベッドに身を任せると、意識が途切れた。

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