060_0330 異変は既にⅣ ~頂上~


 《塔》とは、元は俗称だ。しかし出現から三〇年も経った現在では正式名称となり、公的な書類にも記されている。

 他にどう呼べばいいのか、わからなかったからだ。出現当初、機能も目的も建造方法も、一様にして正体不明だったのだから。

 現在でも《塔》については、判明していることは乏しい。《マナ》を放出していることから、内部は製造工場なのではないかと推論されているが、誰も確認したことはない。

 入り口と思しきものはどこにもなく、黒い外壁は工具はもちろん爆薬を使っても傷ひとつつけられない。硬度は測定不能という破壊不可能の構成物質でできているから、物理的に確認が不可能となっている。


 十路と樹里、そしてイクセスは、その《塔》に登っていた。

 航空障害灯はライトだけでなく、制御盤なども含めると大きな設備になる。今回取り付けるものは、ソーラーパネルで得る電力で動く、比較的小規模のものなのだが、それでも結構な重量になる。

 《塔》壁面に穴を空けることができないため、アンカーボルトでの固定は不可能。接着剤や吸盤では、やはり不安がある。

 だからまず、分割された巨大なリングを組み立て、締め上げるように取り付ける。それを枠にして、設備を取り付けることになるのだが。


【これ、私たちだけでやるには、キツい作業ですよ……せめてもうひとりいないと】

『支えたままじゃ無理……! イクセス……! 一回離す……!』

【のぉぉぉぉっ!? 私だけで支えるのは無理がぁぁぁぁっ!?】

『ちょっとだけ! ちょっとだけそのままキープ!』


 高さニ〇〇メートルの場所で、四苦八苦していた。

 なにせ『塔』と呼べるだけの物体と同じ直径がある、金属製の輪だ。設備の固定具なのだから、相応の頑丈さと重さがある。廃棄された自動車を材料にした、《Mechanism Manipulator(機構学マニピュレータ)》のロボットアームと接続している《バーゲスト》と、《魔法》で飛行する樹里が、正反対の位置から支えているわけだが、色々と無理が出ていた。

 なにせ設備がなにもない。《魔法》があるにせよ、普通ならばクレーンがなければ不可能な作業を、人の手で行っているのだから。


(なに律儀にやってんだよ……)


 九〇度直立した機体の、片側のステップに立つ十路は、嘆息つく。安全帯でハンドルバーに固定しているが、傍目にはかなり危険な体勢だ。しかし十路にとっていつものことだから、気にしていない。


 《使い魔ソーサラー》と脳機能接続しているため、彼はオートバイから離れることができない。そして樹里とは人間関係が微妙になっているため、直接声をかけない。

 手を貸すことができないから、口を挟まないことにしていたのだが、このままでは作業が終わりそうにない。十路は空間制御コンテナアイテムボックスあさる。


 頭が固いと考えてしまう。世のスタンダードからすると、その場にあるもので武器を用意し戦闘するような彼が異常なのだが、この場だけでの話であれば、彼女たちが固定観念に囚われている。作業時間とバッテリー残量のこともあるので、仕方なく口を挟んだ。


「……イクセス。右にゆっくり移動。木次も合わせて移動しながら支えろ」


 ダクトテープを引き出して、リングを壁に貼りつけていく。一番最初だけテープを切らずにそのまま残して、次の取り付け作業で樹里が使う分を無言で渡しておく。


【あぁ……そういうことですか】

「ちゃんと固定するまでの間、落ちなきゃいいだけの話だろうが」


 たったそれだけのことなのに、なぜ律儀に手で支え続けようとするのか。たかがテープとはいえ、粘着力と強度、あとついでに防水性は馬鹿にできない。即席の修理や補強に使える万能さを持つので、各地で特殊作戦要員として活動していた十路にとっては、なくてはならない品だった。

 何十箇所も貼り付ければ、トンクラスの重量でも支えることは可能だと、経験的に知っている。


 一時的な保持ができれば、あとは力技でなんとかなる。一度要領がわかれば早い。設置しては先山山頂に取って返し、リングを組み立て、上に運んで固定する。大型旅客機から小型飛行機まで、飛行高度に合わせて何ヶ所かの高さに、基礎となるリングをそうやって設置した。円柱の頭頂部でも、床には固定できないので、結局は同じように外周部にリングをはめて、機材を設置することになる。


 そうして基礎工事が完了すると、辺りを見回す余裕ができた。


(ここが《塔》の頂上か……)


 標高一万メートル。エベレストよりも高い、世界で一番の高地。気圧は地表の四分の一、マイナス五〇度以下、強い風が吹き荒れるという、人間を寄せつけない、《魔法》の生命維持がなければ生存不可能な極環境。

 ロッククライミングなど論外。ヘリコプターでは到達不可能。航空機は飛べても人を降ろすことができない。個人で三次元機動が可能な《魔法使いソーサラー》以外、足を踏み入れることができない。


 雲よりも高い場所だから、周囲三六〇度、視界をさえぎるものはなにもない。山脈の一部たる高山の頂上から見える光景とも、明らかに違うだろう。

 高度一万メートルといえば、大型旅客機から見える光景と大差ない。本州と四国は当然のように、分厚い雲の隙間から遥か眼下に見える。遠くには太平洋と日本海も見える。柵もなにもない場所だから危険を感じるが、高高度降下低高度開傘HALOのような風圧や加速感はないため、落ち着いて光景を眺めることができる。


 大きく息を吸うと、生命維持のための《魔法》を通して、体内が凍らない程度に温められ圧縮された、冷たい空気が肺を満たす。

 脳内センサーに意識を向けると、当然のように《マナ》が濃い。《塔》のほぼ根元である神戸の濃度でも、ジェット気流に乗って全世界に散布されるため、ここまで濃くはない。

 どうやって《マナ》が噴き出しているのか。見た目には屋上に穴などないというのに。《バーゲスト》から離れると《魔法》が維持できないため、ちゃんとした精査ができない故に、十路はそんな疑問を抱いた。


 ふと、樹里はどうしているのかと思い立ち、脳内センサーで姿を探す。彼女は屋上に上がることなく、長杖に座って一段低い陰に浮いていた。別に十路から隠れているわけではなく、同じように風景を眺めているだけのようだ。


【……私も初めてですし、珍しい光景なのはわかりますが、降りましょう。こうしている間にも、バッテリーを消費してます】

「そうだな」


 イクセスの言葉に意識を戻す。樹里もハッとしたような動きを見せた。


「マニュピュレーター一時投棄。設置作業の前に、戻って補給。バッテリー交換する」


 イクセスだけではなく、遠まわしに樹里にも指示を出しながら、屋上に立った時点でキャンセルしていた《Kinetic stviraiser(動力学安定装置)》を再度実行し、頭を下にして壁面を降りる。高度一万メートルといえばすごい数字に思えるが、軸方向を変えて道路と考えれば、たかだか一〇キロの移動でしかない。

 十路でも経験のない、《魔法》使い放題の長時間作業は、予想よりも生体コンピュータが疲労し、バッテリーを消費した。続けての設置作業は諦める。


 地面に向けて降下し、雲を突き抜けると、衛星写真や航空写真そのままの光景が目に入る。無人と化して長いため、繁茂した緑は深く、色付きはじめた広葉樹と、変わらない針葉樹で、デタラメに色を並べたモザイク画のようになっている。

 そこで気になる空き地を見つけた。山の中なのに、不自然に開けている。視界を拡大すると、木がなぎ倒されていた。それも一方向ではなく、四方八方に倒れている。


「なぁ? イクセス。登ってくる時、あの空き地に気づいたか?」

【気づきはしましたけど、異常を感知しなかったので、なにも言いませんでしたけど】


 機能を接続しているので、視覚も共有しているはずのイクセスに訊いたが、彼女は不審には思わなかったらしい。


「土砂崩れではなさそうだが……」

【隕石でも落ちたんじゃないですか? 戦闘ぶかつどうの余波という線もあります】


 そういう原因も考えられるかと、言われれば十路も納得できた。支援部はかなり派手な戦闘をやっているので、流れ弾の弾痕や、破壊した兵器の破片が飛んできたとも考えられる。


【あるいはミステリーサークル?】

「樹をなぎ倒して作るミステリーサークルなんてあるのか?」

【さぁ? あれは基本、人の手によるイタズラですからね。『本物』なら可能かもしれません】

「AIがオカルトを肯定するのかよ……」


 ともあれ、十路はそれ以上は気にしなかったため、山を分け入って現地調査などは考えもしなかった。

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