000_1030 少女の価値Ⅷ ~AIRHAWK 距離バイクツーリング用シートクッション「AIRHAWK2 DS」~
爬虫類のようだった金瞳が、黒目がちのドングリ
「はぁ……」
樹里が正気を取り戻した。確信した途端、緊張の糸が切れ、
「堤さん!? そのケガ――ぶへ!?」
「ごふっ!?」
同時に彼の現状を正しく認識し、驚いた樹里が、突如脱力して前のめりに倒れこみ、仰向けになった無防備な腹にヘッドバットをかましてくれた。年頃の男女が折り重なって倒れれば、もっと色気があるように思うが、そんなものは皆無だった。
「すみません……」
「朝のヒップアタックに続き……俺に恨みでもあるのか……?」
「や、そんなのないですけど……あ、あれ……? これってもしかして……?」
「どいてくれないか?」
「や、その……」
樹里が動かないまま言いよどんだ直後、盛大な
「栄養失調……というか、お腹が空きました……」
この頃の十路はまだ、《塔》からマイクロ波による非接触電力伝送など、思いつきもしなかった。《
「国内都市部の任務だから、食い物なんて用意してないぞ……」
「や、私の
負傷のせいもあったが、とにかく疲労感で動くのが億劫だった。だから樹里を腹に乗せたまま、十路は長杖を操った。転がっていたアタッシェケースに凹凸を引っ掛けて、
「ありがとうございます……」
礼を忘れず、樹里は
その間も十路は、樹里の敷マットになっていた。
久しく触れた気がしない、異性の感触をボンヤリと意識する。義妹と直接顔を合わせた時によく貼りつかれるが、投げ技・関節技への移行を警戒するが常なので、そういう意識など持てなかった。
見た目どおり、肉づきは薄く弾力に乏しい、骨格の細さまで感じ取れてしまう、華奢な体だった。それでも男にはない柔らかさを持つ、少女の肉体だった。
防弾装備・武装・食料の入った背嚢を背負った、完全装備と比べればずっと軽い。踏み潰され、叩きつけられた体には、少々酷ではあったが、安心感を覚える温もりを持つ、生き物の重みだった。
「…………すみませんでした」
しばらくずっと動かずにいると、樹里が身を起こした。低血糖の発作を考えると、ありえない回復速度だったが、人外能力を持つ彼女ならば、なんでもありだろう。
彼女は仰向けの十路の脇に座り、新たに点滴パックの高カロリー輸液まで取り出して、チューブを口にくわえて直飲みする。そのまま十路の手から長杖を受け取り、《
《
「その……ごめんなさい。このケガ、私のせいですよね」
「まぁ、な……」
痛みのものとは異なる、体の奥から感じる温かな熱に、身をゆだねる。奇跡のようなものではなく、細胞単位の移植手術を行っている《マナ》の稼動だ。
治療しながらの問いには、それだけしか答えなかった。自己診断で呼吸器には異常はなさそうだが、治療途中に体を動かさないほうがいいと思ったから。
「……なにも、訊かないんですね」
しかし、迷いの時を置いてから、樹里は再び声をかけてきた。不安そうな声色からすると、聞かずにはいられなかったのだろう。
「聞いたら後戻りできない、面倒ごとしか予想できない……俺の任務が終わったら、今後一切関わらずに済むよう、大人しくしててくれ……」
仕方なく、十路は本音で口にした。
彼女が誘拐された理由を、嫌でも理解してしまった。彼女がなんなのかはわからずとも、《
十路の非日常生活よりも数段闇に沈んだ、命に直結する事案だと直感した。存在を知ってしまっただけでも危険を覚えるのに、これ以上は絶対に関わりたくなかった。
支援部に入部した未来から考えると、全くもって無駄な抵抗だが。
「でも、どうしてこんなケガしてまで……」
治療は終わった。樹里との
「仕方ないだろ……お前の身柄確保が、俺の任務なんだし……文句つけるなら、ワケらからん状態になるなよ……」
「や、あれ、私の意思でどうこうなるものじゃないんですけど……」
「あーあーあー。詳しい話を聞かせようとするな」
やがて、顔の血も拭い終えた。
十路は身を起こして調子を確かめて、なにも問題ないことを確認して。
「でだ、木次」
自覚がない様子だったため、樹里に問うた。
「俺は別に構わないんだが、いつまでセクシーファッションでいる気だ?」
「ふぇ……? はうぁ!?」
やはり気づいていなかった。樹里は自分の体を見下ろして、慌てて手で隠した。
あれだけ盛大に肉体が変形していたのだから、体操服はボロボロだった。ランニングシャツの背中の生地は垂れ下がり、腹に空いた大穴からは
樹里は
しかし、それを抱えて首を巡らせ、困ったように行動を止めた。
「悪いが、場所を選んでいられる余裕はない。着替えるなら、今すぐここでやれ」
彼女が着替え場所を探しているのはわかったが、十路は拾い上げた小銃と再接続しながら、冷たい声をかけた。
列車に乗り込んで長時間たった気もしたが、実際にはさほどでもない。最後尾車輌から制圧していったが、特に拘束したわけではないので、まだ懲りずに攻撃してくる危険も考えらた。しかも先頭の機関車にはまだ人員がいるだろう。別行動している可能性もなくはないが、あの『ニンジャ』と『蟲毒』も出てはいない。
貨物駅で盛大な通り魔事件を起こしてくれた、正体不明の《
なによりも、樹里のことを完全には信用できなかった。
「……あの。堤さんの前で着替えるってだけでなく、吹きさらしのここでですか?」
夜間どこまで誰かから鮮明に見られるかは不明だが、都市部を走る底部以外が盛大に破壊されたコンテナ貨物車輌で、移動お立ち台状態だったとしても。
「恥ずかしがるほどの胸でもないだろ」
「大きさの問題じゃありません!!」
配慮ゼロどころかマイナスなセリフに、尖った犬歯をむき出しにして、樹里は荒々しく十路に背中を向けた。せめてもの抵抗というか、列車の外からは見えない場所、コンテナ壁の残骸がまだ残っている隅に身を寄せた。乙女心への配慮はなくとも、十路の言い分は納得できるものであったか。
風に乗って『私、やっぱり貧乳なのかな……』などという呟きが聞こえた気がしなくもなかったが、空耳かもしれないと、十路は反応しなかった。
実はこれが、樹里の心に、胸に対するコンプレックスが芽吹いた瞬間だった。
バスト七九という微妙な数字には、ずっともどかしさを覚えていた。ブラのサイズはCカップ。『並』の領域には踏み込んでいるとはいえ、若干寄せて上げて重力に反逆しないと隙間が生まれ、大きくない自覚は当然ながらあった。胸の大きい女性には羨望の眼差しを送っていた。
樹里の胸を面と向かって
だが同年代の異性から、多感な年頃の少女の心に、グッサリ深々と
もうひとつの、部員が異国美女・美少女揃いになってしまった
「あれ?」
申し訳程度の気遣いでしかないが、十路は注目せずに視界の隅にだけ置いていたのだが、樹里の素っ頓狂な声に視界中央に捉えた。
彼女も服を手にして、振り返った。
「予備の服の中に、なぜか男物の服が混じってるんですけど……」
「俺が知るわけないだろ。
「ですよねぇ……」
「彼氏か親父の服でも混じったんじゃないのか?」
「や、そんな人、いませんよ……しかもこの服、新品ですよ? 混じるわけないですよ」
樹里が誘拐されて一時行方不明になっていたが、倉庫で取り戻して以降は、十路が持ち歩いていた。
「…………堤さん。服のサイズは?」
「基本Mサイズ」
「服もMなんですけど……」
「…………」
なんとなく、樹里が言いたいことが理解できた。理解したくない不気味さがあるが。彼女が頭の先から足元まで、十路の全身を視線で往復している理由も、察しがついた。
ライダースジャケットもジーンズも、コゼットと交戦したことで、穴が空いてずぶ濡れになった。それが暴走樹里との交戦で血みどろになっている。なにも知らない一般市民に見られたら、通報されても不思議はない風体だった。
誰かが意図して、男物の服を前もって、樹里の荷物に紛れさせたのではないか。十路がこのような有様になることを予想して。
樹里も似たような不気味さを感じ取っているのか、顔を軽く引きつらせていた。
「…………堤さんも、着替えません?」
しかしスルーした。
まだ十路は、樹里と『彼女』が同居していることを、知らなかった。だから樹里には誰が服を入れたか推測できたことが、理解できなかったから。
「……それもそうだな」
もっともな話ではあったから、十路も深くは考えずに受け入れることにした。
「なんで躊躇なくここで着替えられるんですかぁ!?」
「パンツまで脱ぐわけでもないのに、野郎が恥ずかしがってどうするんだ?」
「うぅ~……」
結果、なんだか樹里に恨めしい目を向けられたが、気にするほどでもなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます