000_0510 それが罠であろうともⅡ ~サルフェーション現象~


 体育祭も終わったため、もう意味がなくなった体操着は、朝着ていたジーンズとライダースジャケットに着替えた。

 頼もしさを感じる重いブーツで足音を立て、タクティカルグローブをはめながら、十路とおじは廊下を歩く。


長久手ながくて理事長。俺をハメたのはどういう理由か、説明してもらえますか?」

「ハメたなんて人聞き悪いなぁ」


 彼の一歩先を歩くつばめが、歳不相応な無邪気な笑みで振り返る。

 信用してはならない表情だと十路は認識し、ただでさえ悪い目つきを余計に悪くした。


「誘拐された木次アイツは、無事を伝えることができるほどの余裕を持ってました。抵抗せずに連れ去れる前提で、さらわれることを予期してたとしか思えません。だったら俺の任務はまるきり無駄ですよね?」

「いんや。そんなことないよ」

「じゃあ、俺の任務はまだ継続中ってことですか」

「そういうこと。内容は護衛から奪還に内容が変わったけど」


 十路の内に猛獣の欲求が生まれた。目前のゆるんだタヌキ顔を、爪で引っかいてやりたいような。


「……最初から全部説明してもらえませんかね」


 本気で十路が実行するならスラッシュファングではなく鉄拳制裁になるが、どちらにせよ実行するわけにはいかない。苛立ちを理性で押さえ込むと、つばめは童顔を少しだけ真面目なものに改めた。


「確かめたいことがあったんだよ。だから全部は話さなかった」

「こっちは命がかかってんですけどね?」

「だからこそ必要だったんだよ。キミ、近いうちに死ぬよ?」

「…………は?」


 前置きのない死の宣告に、十路は理解不能と顔をゆがめた。いくら《魔法使い》と呼ばれる人種だからはいえ、占いや宿命論といったオカルトを無条件で信じるわけではない。


「数字の上では、キミは優秀だよ。どんな無茶な任務でも遂行し、帰還してる。さすがは陸上自衛隊の秘蔵っ子だよ」


 自衛隊の機密情報が既知であることには触れない。つばめは知りうる立場であると前提を改めて、口を挟まずにおく。『死相が見える』などという根拠のない話ではなさそうなこともあった。


「でもさ、今回みたいなこと、初めてじゃないよね?」


 どういう意味か理解ができず、十路は一瞬考え込んだ。

 そこでちょうど、屋外に出た。簡単な構内見取り図は見ても、保健室の位置がわからなかったため、現在位置は理解できずとも、どこへ向かっているからは検討つく。

 夕方の修交館学院は、静かだった。街の音がよく耳に、冷え始めた山の空気が鼻に届いた。普段ならばこの時間でも学生がいるだろうから、様子は違うのだろうが、体育祭だったために静けさが身に染みた。


「スマートに任務を達成できなくってるでしょ。悪い場合は、何度も何度も死に掛けながら、なんとか達成してる」


 秘密裏の暗殺や、長距離からの狙撃を行えるような、一瞬の勝負にかけるたぐいの任務は、十路の本領ではない。もっと過酷で、もっと泥臭くて、もっと血なまぐさい任務が振り分けられる。

 大抵は少数対多数、圧倒的不利な状況で投入される。上層部が切羽詰った末に決定したゆえかもしれないが、十路当人にしてみれば『もっと早い段階になんとかしろよ』と言いたくなる、絶体絶命一歩手前な状況ばかり。

 改造漁船に乗って集まり、銃火器で武装して準備万端な、現代の海賊団を壊滅した時には、ボートを破壊されて泳ぎながら。最終的には一〇キロほど遠泳して、半分溺れながら帰還した。

 難民たちが巻き込まれるのがわかりきっているタイミングで、難民キャンプの警護に就かされ、避難時間を稼ぐために、空爆されながら戦闘機や戦闘ヘリを撃墜した。

 戦場に立てば当然のことだが、負傷しながら、死にかけながら、食らいついて――それでなんとか、任務達成率・帰還率を一〇〇パーセントに保っていた。

 《魔法使い》と呼ばれる超人類でありながら。


衣川きぬがわ羽須美はすみが死んだ時期を境に、キミの負傷は激増してる。今も絶賛上昇中。それでも過酷な任務をずっと続けてたら、近いうちにキミ、死ぬって断言できるよ?」

「…………」


 黙るしかなかった。

 強がることはできない。自覚は充分にあったから。


「《魔法使いソーサラー》で二重国籍の妹ちゃんを、自分と同じようにしないよう、国の管理下から遠ざけるために無茶してるのも、わからなくはないけどね」

「そこまで知ってるなら、余計なこと言わなくて結構……」


 開き直って死を受け入れることもできない。生きて帰って戦い続け、守らなければならない存在がいたのだから。


 どうにもならない。

 政治で、世界情勢で、大人たちの思惑で、己が使い捨てにされるのがわかっていても、戦い続けるしかない。

 二一世紀に生きる《魔法使い》の生き方は、狭く道が限られているのだから。

 理解しているつもりでも、他人の口から改めて聞かされると、暗澹あんたるたる気持ちになったとしても。


「俺が近々死ぬなんて、マトモな死に方できそうにない相手に言われたくねぇよ……」

「あはははっ。トージくん、面白いこと言うね~?」


 魂をしゃぶるために、誰かの運命をねじ曲げる。一時は誰かに夢を見させたとしても、結局は自分のために行動する。

 長久手つばめは悪魔だと、十二分に自覚して行動している。


「わたしがマトモな死に方できない? 当たり前じゃない」

「…………」


 せめてもの意趣返しのつもりが、笑顔でアッサリ肯定されてしまった。悔しさよりも不気味さを抱き、十路は口をつぐんだ。

 ちょうど部室ガレージハウスに着いたのもある。


「で? なんで俺の空間制御コンテナアイテムボックス、長久手理事長が持ってるんですか?」


 電動シャッターが開くのを待つ間、十路は無愛想に、不審の眼差しを向けた。

 黒くて傷だらけの追加収納パニアケースは、なぜかつばめが持ち運んでいた。


「保健室に持ってきたのは、まぁいいとして……なんで渡してもらえないんでしょうね?」 

「今のトージくんに渡すの、ちょっと怖いから?」


 問われても、つばめは渡さそうとしなかった。自分の言葉など全く本心ではないと否定する、策略家の笑みと共に。


「相当イラ立ってるから、銃取り出してズドンとかされたらヤだしぃ」

「撃つわけないでしょう」


 いくら十路でも感情のままに、しかも日本国内で、銃火器をブッ放しはしない。というか、そんな人間は、軍事組織には一番不要だ。武闘派犯罪組織でも捨て駒以外の使い道はない、お断りしたいたぐいだろう。


「だけど空間制御コンテナアイテムボックス悪さされてそうで、なんかヤなんですけど?」


 だからと言って、人に預けることは、十路は看過できない。命を預ける装備が入っているのだから、今日会ったばかりの人間に任せられるわけがない。


「悪さなんて、できるわけないじゃない」

「えぇ、そうなんですけどね……自分でもわかっちゃいるんですけどね……」


 なによりつばめが胡散臭い。空間制御コンテナアイテムボックスは、機能が特化された簡易型といえど《魔法使いの杖アビスツール》であり、権限を与えられた者以外に開けられるはずはない。

 なのになぜか、つばめは開けることが可能なのではないか。そんな根拠皆無の予想をしてしまっていた。


 やがてガレージハウスのシャッターが開くと、つばめは駐車された《バーゲスト》のアタッチメントに、空間制御コンテナアイテムボックスを載せた。

 自動で固定され、機能が接続される時間を置いてから、十路はディスプレイに触れて、中身の情報を確認した。


「見た感じ、なにも変わってないな……できれば荷物全部出して確認したいけど、時間ないしな……」

「わたし、信用ないなぁ……」

「信用されたきゃ、それらしい行動したらどうですか」


 気持ちの悪さは晴れないが、根拠も証拠もなければ流すしかない。十路は無愛想に話を打ち切り、樹里の空間制御コンテナアイテムボックスに搭載されているGPS追跡装置の周波数をインプットし、ディスプレイを偽装モードに戻す。

 そしてスタンドを蹴り上げて、《バーゲスト》をガレージから引き出す。


「ところでさ、トージくん。なんやかんや言いながらも、行くんだね」

「は? 任務の拒否権なんて、あるわけないでしょう」


 なにを今更。

 野天に出たところでそんな感情を込めて、気だるげに十路が視線を合わせると、つばめは真面目な顔で見つめていた。死の宣告を行った時よりも遙かに、なぜか学者を連想させる面持ちだった。


「総合生活支援部は、部活動なんだよ」

「だから?」

「普通の学校に通ったことないから、わからない? 部活動は学習指導要領とは関係ない課外活動だから、所属するのも活動するのも義務じゃないんだよ?」

「詭弁でしょ、それ……」


 そんな顔でなにを言うかと思えば。十路は冷たく鼻であしらった。

 総合生活支援部は、緊急時には自衛隊・警察・消防に協力することを引き換えに、ワケありの《魔法使いソーサラー》が普通の学園生活を送ると説明していたではないか。

 つまり、義務は存在する。正しい意味での部活動でも、人のしがらみで『辞めたければ辞めればいい』という勝手は通じないだろうに、もっと根本的な部分から異なる。


「どうであれ、陸自の俺には関係ないことです」


 十路は冷たく言い捨て、《使い魔ファミリア》にまたがった。

 正体不明の民間人でも、現場指揮官なのだから、腹立とうが理不尽だと思おうが、任務を大人しく遂行するしかないと。

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