000_0251 始まりは有無を言わさずⅥ ~カスタムバイクパーツ専門店UFO~


 だから当然、彼らは知らない。これは大人たちだけが知っている、少しだけ秘密の話。


「なーにしてるのかな?」


 北側は木々が茂るひな壇の最上段部、修交館学院敷地の隅と呼んで差し支えない場所にある、小さな平屋の建物の前で。

 やや丸みを帯びた体をポロシャツとスラックスに身を包んで、デジタルカメラを持った中年男性を、つばめは呼び止めた。


「ははっ、すみません。どこかのトイレをお借りしようと思ったのですが、広いもので迷ってしまいました」


 中年男性は人の良い笑顔で、バツの悪そうに振り返るが。


「そういう誤魔化しはいらないから。わざわざ現場まで出てきた、警察庁公安部公安総務課の大道おおみちさん?」


 無邪気な笑顔でつばめがバッサリ切り捨てた。

 正体を見抜かれた中年男性は、口元は笑顔そのままに目を細める。『休日のパパ』といった風情が欠片も見受けなくなり、真実を暴こうとする怜悧な猟犬の色を帯びた。


 公安警察とはあくまでも俗称で、警察の一部門でしかない。東京の警視庁ならば独立した公安部、各都道府県警ならば本部警備部公安課に所属する職員をそう通称する。

 つばめが口にしたのが、全国の公安警察に指示を出す指令部の、表向きの名称であり。

 そして現場責任者――県警公安課長を上回る権限を有する、現状神戸市内での最高責任者の名前だった。


「……あなたがグラウンドにいるのを確認してから、ここに来たつもりなんですがね。『巫女様』」

「さっすが。色々と調べているね」


 つばめの心にもない感心で、二人の間に会話が途切れ、薄い緊張感が張る。

 グラウンドから拡声された、体育祭開催の言葉が届き、続いて世界三大と数えられるドイツの軍隊行進曲『旧友』が鳴り響く。

 そんな体育祭の華々しい様子の介入に、つばめは軽く肩をすくめて、策略家の笑みをただの苦笑に変えた。


「ウチの部活のことなら、警察庁にも話は通ってるはずだけど?」

「それでも調べないわけにはいかんのですよ」

「東京に爆破予告が届いて、いま忙しいんじゃないの?」

「おや、それもご存知でしたか」

支援部ウチの子が応援に行ってるんだから、当然知ってるよ」


 警戒を幾分か解いた中年男性も、苦笑を深めて弁解した。


「立場はわからないでもないけどさ、首突っ込まないほうがいいと思うんだけどなぁ……」

「自衛隊の特殊作戦要員までいましたから、まぁ、ヤバいんでしょうな」

「あー、それもバレちゃってる?」

「そりゃそうですよ」

「だったら余計にノータッチでいて欲しいんだけど?」

「刑事局捜査二課か、生活安全局銃器対策課絡みですかな?」

「いや、そっち関係でやましいことはないんだけど……ただでさえキナ臭いんだし、巻き込む可能性が高いから。キミたちが周囲嗅ぎまわって死んでさぁ、支援部ウチの子たちがトラウマ抱えたらどうするんだよ?」


 二人が間に挟む空気は軟化したが、本質的には変化してない。


「ないがしろにするつもりはない。キミたちでなければできないことはたくさんあるって、わかってる。でも《魔法使いソーサラー》のことは《魔法使いソーサラー》でないと、対処できないんだよ。ただの人間じゃ、犬死するだけだよ」

「おかしなことを言う人だ。そんな危険要素を、普通の学生たちと一緒にしておいて」


 最高決定権を持つ最高責任者ではないのだから、政治的駆け引きではなく、愚痴の言い合いと言えるかもしれない。しかし世間話とするには、二人の社会的身分は剣呑としたものがあった。

 少なくとも、ある程度の権力と権限を有しているのだから。


「じゃ、支援部のことなんて調べていられない、手土産になる情報でもあげようか? ただちょっと、情報料もらうことになるけど」

「怖いですなぁ……一体なにを要求する気ですか?」

「ヘリが欲しいんだ。ちょっと借りるだけで充分だけど」

「時間があるなら無理ではないですが、用意するのもタダではないですし。それに見合う情報なんでしょうなぁ?」

「そちらでどう判断するかまでは、知ったことじゃないけど……XEANEジーントータルシステムが、ヤバいこと始めようとしてる」

「ほぉ……? 詳しく聞かせていただきたいですな」


 そんな力を持つ大人たちの間で、こんな取引があった。



 △▼△▼△▼△▼



 結論だけ先に述べれば、十路とおじとナージャは交戦することはなかった。

 だが色々と詮索された。


「堤くーん! 一〇〇メートル一一秒台の足、期待してますよー!」


 ソプラノボイスで詮索されたのは、十路の身体能力について。他校の体育祭に飛び入り参加した経緯を考えれば、不思議ないかもしれないが。

 ダルそうな雰囲気を出しているが、十路は現役の自衛隊員だ。当然のこととして、同年代平均を上回る身体能力を持っている。最近では『校外実習』での実戦が多く、駐屯地での実戦以上に過酷な訓練はあまりしておらず、『ポリッシャーと草刈りMOS所持』などと、一般人には理解できない自衛隊あるあるを自嘲しているが。


(名目上、体験入学してるとはいえ……なんで部外者おれを出場させるんだ?)


 新品のため、しっくり来ないスニーカーの紐を締めて、十路はその日何度目かわからないため息を吐きながら、スタート位置についた。

 しっかり練習した成果を父兄に発表する催しではなく、どこかゆるい雰囲気の体育祭なので、事前に競技の出場者を決めただけだろう。

 だから急遽、十路が参加しても、大して問題にならなかった。白組たる高等部三年生B組の面々は、いぶかしむことなく、参加を勧めたナージャの言に反論しなかった。もしかすれば、体験入学など珍しくないのかもしれない。


「頑張れー! インターハイ出場ー!」

「元オリンピック強化選手ー! ここが見せ場だぞー!」


 というか彼女の盛った説明に、なんだか投げ遣りな盛り上がりを見せていた。ウソを交えたあおりにイラッとしていたが。

 任務なのだから、待機テントに――ひいては樹里の側から離れたくはない。

 しかし場を乱してその場に居つづけるなど、得策ではない。見える範囲で異変はなにもないのもある。十路自身は気まずくなろうとも構わないが、我を通すために風立てるのを構わぬほど、はた迷惑な思考は持っていない。


 とはいえ、借り物競争で盛り上がられても。足の速さが決め手になる競技ではないのに。


 やる気がないというか出せないまま、十路はピストルの音と共にスタートを切った。

 七割くらいの力で駆け、他のレーンに入ることなく真正面の、④と書かれた封筒を拾い上げ、中身を確認した。

 そこに書かれていたお題は。


 ――UFO。


「ふざけんなぁぁぁぁっ!?」


 そんなもの、どこで借りられるというのだ。十路は一気に沸点を越えた苛立ちを、紙と一緒に地面に叩きつけた。


 他の走者も、すぐには動かなかった。それぞれの封筒を手にし、困惑したように動きを止めていた。


『借り物競争最終組! これまでとは違い、運と創意工夫が試される内容です! 順番にお題をご紹介しますと、一番・マンガ肉! 二番・百万円! 三番・宇治金時! 四番・UFO! 五番・畳! 六番・ちょんまげ!』


 その理由を、実況が説明してくれた。


「誰だぁ!? こんな無茶振り考えやがったヤツ!」

『当学院の理事長発案です』

「アレかっ!」


 十路が関係者席の実況担当とそんなやり取りをしている間に、他の走者たちは動く。主に保護者席へと向かい『百万貸してくださーい!』『マンガ肉ありませんか!?』『ちょんまげの人!』などと声をかけていく。

 当たり前だが、失笑されていた。それを狙って作られたお題だろうが。

 ちなみに五番を引いた走者だけは、畳の心当たりがあるのか、助けを求めることなく校舎へ走り去ってしまった。


 不平を垂れ流しても仕方ないので、十路も動く。そのものは期待できなくても、学校内にある物で条件クリアが工夫できないか。そんな思いで校内に一番詳しい学生たちの待機テントに叫んだ。


「誰かUFO持ってないかー!?」

「「持ってねーよ」」


 当然の返答ツッコミが大多数だったが。


「や、ありますけど……?」


 しかし期待外予想外に、おずおずと手を挙げる女子学生がいた。

 樹里だった。

 彼女はお尻の下敷きにしていた空間圧縮コンテナアイテムボックスを操作する。

 こんなところで《魔法》に関わるものを見せるな、と十路は反射的に思ったが、和真やナージャも知っていた事実を思い出し、口を挟まず見守った。


 すると、カップ焼きそばが出てきた。未確認飛行物体ではなく『うまい、太い、大きい』の略であり、アルファベットの間にピリオドが入っているが、UFOには違いない。


「なんで焼きそば持ち歩いてる……?」

「や。部室の備蓄食料が切れてたので、昨日買い物して、今日持ってくつもりで入れてたんです」

「…………うん、まぁ、いいか。ありがたく借りる」


 意味がわからん。いや理解はできるんだが、なんか納得できん。

 そんな言葉は口にせず、十路はカップ焼きそばを持ってゴールへ向かった。

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