000_0110 未だ残る傷跡Ⅱ ~ノッキング~


「お疲れ、様です……」


 最後の部員がやって来た。黒髪のミディアムボブやミニ丈のプリーツスカートがやや乱れ、そう言った当人こそがお疲れな様子だったが。

 木次きすき樹里じゅり。いま十路とおじができるだけ顔を合わせたくない後輩女子高生だ。


「う゛……」


 彼女の側も同じなのか、十路の真正面に座ってから、対面を見て固まった。女体に紛れて見えなかったとでもいうのか、存在に気づいていなかったらしい。


 彼女には、命を助けてもらっている。まだ修交館学院に転入する直前、体に大穴が開く致命傷を受けたが、樹里の心臓を移植されて、十路は命を永らえていた。

 そのことには感謝はすれど、特段の感情は抱いていないかった。

 しかし先日、事態が変わった。先の戦闘中、十路は左腕を失った。

 その時に、数々の経験をした彼でも未経験の事態に遭遇し、左腕が新たに生えた。

 樹里の心臓が原因で、《ヘミテオス》という謎多き存在に、十路もなってしまった。あれ以来起動することはなく、時間がないため検証はほとんど行われていないが、一度だけでも絶対にありえない体験をしたことで覆せない。

 今度は間接的で、彼女も意図していなかった。それでもまたも命を助けてもらっているのだから、苛立ちをぶつけるのは間違っているのかもしれない。

 しかし、自分の体が知らぬ間に『化け物』にされて、許容しろというのは、何度考えても無理がある。謝れば済むという問題でもない。

 だから十路と樹里が顔を会わせると、樹里は気まずい空気を発し、十路は無言を貫き、居心地悪さを作る。


【そういえば、ジュリはどうやってマンションを出て、学院まで来たのですか?】


 そうした仲違いの事情を知っているからか、先にイクセスが声をかけることで、気まずい雰囲気にならなかった。樹里もどこか安心したように、けれどももっと疲れたように答える。


「大変だった……マンション出た直後に、マスコミに取り囲まれて……学校の通用口でもカメラがいっぱいで……」


 彼女が来た早々に疲れていたのは、これだろう。

 先の作戦ぶかつどうにおいて、樹里の名前は公表されておらず、直接市民の目には触れていない。しかし情報を集めていけば、総合生活支援部員は六人であることなど、すぐ判明するだろう。

 時間も経っていないこともあり、あの作戦ぶかつどう以来、支援部はおおやけに情報を公開していない。

 だから公表されていない理由込みで、辛うじて秘密が守られている少女を知ろうと、マスコミは取材を熱望している。


「野依崎さんは学校に住んでるから、関係ないでしょうけど……他の皆さんはどうやって振り切ったんですか……?」


 それは他の部員たちも大差ない。明かされた情報など、ほんの一部に過ぎないのだから。支援部員たちが暮らすマンションと学院には、テレビ・新聞・雑誌を問わず、ひっきりなしに人が詰め掛けている。だから出入りするのも大変で、ありがたくもない話題の人セレブリティ気分を味わっている。

 十路の予想でしかないが、だから今日、部会のために部室に集合するのも、時間が指定されていないのではないかとも思う。


「マンション出る時はとにかくダッシュ。建物の上を走って、坂でちょうどギョーシャのトラックが上ってきたから、屋根に飛び乗ってガッコー入った」


 南十星は転入するまでアクション俳優養成所に所属し、今でも毎朝パルクールを訓練している。身ひとつで壁を登り、屋根や塀を走り、動物園から脱走したサル顔負けの障害物走を平気で行っている。

 彼女らしい方法だろう。足蹴にされる建物や車の持ち主は迷惑であろうが。


「変装しました。マンション出る時は掃除のおばちゃんに。学校に入る時はごく普通の日本人大学生に」


 非合法諜報員イリーガル現役時代は『役立たずビスパニレズニィ』と呼ばれ、数々の不名誉伝説を残しているナージャだが、修得している技術そのものは高い。目立つ容姿なのに、道具さえあれば、どこかにいそうな誰かになって隠れてしまえる。

 彼女らしい方法だろう。大荷物を持っている様子がないので、帰りはどうする気か不明だが。


「以前、光学迷彩を試作しましたから、それ使ってこっそり……」

「部長もそういうの、持ってたんですね……」

「ある企業に試作品製造を頼まれたものですわ。三次元非自然光屈折物質メタマテリアル作るのが面倒な割に、屈折率がまだまだですから、上手く使わないとすぐバレますけどね」


 論文博士はくしだが、既に理学の学位を持ち、現在工学の学士過程を進んでいる。しかも明確な資格があるわけではないが、《付与術士エンチャンター》と通称される特殊技術者でもある。作ったのは以前のことだろうが、現状の科学では作成不可能な装備を持っていても不思議はない。

 彼女らしい方法だろう。マントかなにか知らないが、被ってコソコソしているところを想像すると、情けなくなるが。


(それにしても……光学迷彩なぁ)


 十路の記憶を刺激してくるものがあり、内心で顔をしかめた。


 自然界でカメレオンやイカ・タコが行う擬態を、もっと高度かつ人為的に行う、光学的に透明化する技術。

 発想そのものは、ハデスの兜や天狗の隠れみの、透明人間など、民話・神話に出てくるほど古い。SF設定としては昨今、当然のように存在する。


 軍事に限らず、非常に価値がある技術であるため、様々な研究機関が活発に開発を進めている。

 十路も、相対する側としてその技術に触れたことがある。近いものではあわや死を覚悟したSUV型 《使い魔ファミリア》が使っていた。


「……ん?」


 気づくと、女性陣が振り向いていた。どうやら十路の登校手段を問うているらしい。もっとすごい方法で突破したのではないのか、という期待が見えなくもない。


「体当たりで人垣突っ切って、道のない斜面を登って来た」


 期待されても、十路には力技しかできないのだが。


「ほんと、外出するのもひと苦労ですわね……こうなるのは想定していたとはいえ、ウンザリしますわ」


 ただでさえ《魔法使いソーサラー》という存在が問題になるのに、派手に市街戦を行い、街の復興がままなっていない今、下手に動くと非難の対象になる。普通の学生生活を送るために結成された支援部としては、これ以上の混乱はコゼットならずとも避けたい。


「やっぱ、フッキューさせないと、この状況は続くかね?」

「そうでしょうけど。でもそうするためには、《魔法使いの杖アビスツール》の整備をしなければならなくて。そうするためには部長さんの《魔法使いの杖アビスツール》の部品が届かなくてはならない、なんて迂遠な状況ですけど」


 復興に力を貸せない理由が、南十星とナージャが語る内容だった。

 総合生活支援部は、超法規的な存在であり、必要とあれば軍事的な行動が認可されているが、あくまで部活動という形で動く、民間の社会実験チームだ。

 彼女たちの使っている《魔法使いの杖アビスツール》の多くは、軍事目的で用いられるものとは異なる。最大の違いはバッテリーが内蔵されているため、容易に交換できない。

 その整備を行うのに必要なコゼットの専用 《魔法使いの杖アビスツール》は、防衛戦の際に部品を消費してしまった。だから部員の装備が整備できないでいる。

 《マナ》というものは実際に存在するが、一晩寝ただけで完全回復する魔力MPという概念はない。二一世紀に生きる《魔法使い》は、電力がなければなにもできない。


「自分だけで動いても、大した力にはならないでありますしね」


 現状活動できるのは、装備が軍用仕様として作られて電池交換が容易な、野依崎だけ。

 十路の装備も軍用だが、専用装備は主要部品以外は全損している。そもそも彼の装備は、人前で出せないが。


「私も《魔法》は使えますけど……」


 あとはおずおずと手を挙げる樹里くらいだろう。

 彼女も十路と同じく《ヘミテオス》と呼ばれる存在だ。能力の違いなのか、それとも上位的存在だからなのか、彼とは違って装備を持たずに《魔法》を使える。

 それは隠さなければならないが、他に手段はある。樹里の装備である《NEWS》――《Newly Extension Weapon System(新式拡張型武器システム)》は、本体である長杖に、拡張装備を接続することで、異なる機能を発揮する特殊仕様を持っている。本体だけでなく、拡張装備にもバッテリーが内蔵されているので、今でも《魔法》を使おうと思えば使える。


「やめてくださいな……電池切れしてねー拡張部品は、《ブレード》と《声帯キャノン》と《毛皮アーマー》でしょう? それで人前に出るのは……」


 ただし使おうと思えば、別路線の問題が生まれる。

 十路の突撃銃アサルトライフルほどではない。だが、身長と大差ない巨大な刃をつけたり、そのままでも無反動砲として使える大砲をつけたり、小さくなれば当人も隠れられる小型障壁を持ち歩いていれば、社会実験チームとしては問題がある。


「《ゾモシス》のページが届かない限り、どうしようもねーですわね」


 コゼットの整備用本型 《魔法使いの杖アビスツール》――《パノポリスのゾモシス》》の極薄集積回路シートが補充されないと、支援部は活動できない。外部に協力を求めて用意してもらっているそうだが、いつになるかはわからない。


 それがなんとなく結論になった。野依崎は十路の膝から降りてOAデスクに移動する。ナージャは離れ、隅の台所に向かう。南十星も膝から降りて、なにするか少し迷ったようだが、タブレットを操作し始めた。


「あー、そだ。拡張部品で思い出しましたわ」


 コゼットは十路の頭をひと際強く押して立ち上がり、備品というかガラクタが詰め込まれた棚の一角の、包装されたままの物体を示す。


「木次さんの《ブレード》、交換部品が届いてましたわよ」

「あ。ありがとうございます」


 《ブレード》という通称で呼ばれているが、正式には《剣歯セイバートゥース》という名の拡張部品。

 鋳込んだそのままを持ってきたような、刃入れもされていない、巨大で無骨な金属の塊でしかない。重量で叩き切ることはできるが、切り裂くことはできないので、刃物と呼ぶのは少々無理がある。


「大した疑問じゃねーですけど……それを使った術式プログラム、確か《雷獣烈爪れっそう》って名前でしたわよね?」

「はい。そうですけど?」


 棚に置いたまま細長いダンボール箱を開けながら、樹里は『それがなにか?』と作業を見守るコゼットに視線で問う。


「どうして『牙』なのに、《魔法》は《爪》なんですの?」


 《剣歯セイバートゥース》を装着した、西洋長巻ロンパイア状態で使える《魔法》――高々出力不定形フレキシブル電磁流体カッター《雷獣烈爪》。常磁性超耐熱合金の刃を粒子にし、電磁力で周回させ超高速に加速し、触れるものを切り裂く『雷獣の爪』。

 一度使えば元には戻らない消耗品だから、樹里が出している部品は、刃の形状でも砲弾と見なしたほうが正解だ。だから予備が届いたのだろう。


「やー……術式プログラム名と部品の名前と、絶対合わせないといけないってつもりで、つけられたわけじゃないと思いますけど……《雷獣天崩てんほう》に使う《尻尾》なんて、関連ないですし……」


 樹里は自分の空間制御コンテナアイテムボックスを引き寄せ、内蔵された機械の腕で掴ませて収納してから、少し迷ったように半壊した《バーゲスト》を見る。

 そして恐々と、十路にも振り返る。


「あの、堤先輩……あれ、お話しして大丈夫なんでしょうか……?」


 あまり樹里とは口を利きたい気分ではない。だから十路は、イクセスに確認を取る。


「……アレの扱い、どうなってるんだ?」

【公式記録には記載できませんが、ここで、起こった事実を話す分には、今更のように思いますね。信じる信じないはさておいて】


 コゼットだけでなく、他の者も手を止めて、十路に注目してくる。

 ここまで言って話を引っ込めて納得しないだろうと、イクセスの言葉を受けて、観念して重い口を動かした。


「《牙》って呼べる《魔法》は、《バーゲスト》に搭載されてる……」


 爪は切り裂くもの。ならば牙は、引き千切り、食らうもの。


「しかもなぜか、俺と木次、二人で機能接続しないと使えないっていう、謎仕様だ」

「そういえば、なんでイっちーのマスターって、兄貴とじゅりちゃん二人登録されてんの?」

「知らん。作ったヤツに訊いてくれ」


 南十星にはぞんざいに返事する。彼女にはそういう対応で問題ないし、実際に知らない。


「それ、使ったっつーことですわよね……? そんな報告、受けてませんけど」

「五月……まだ俺が入部する前でしたから、報告書の提出は必要とは思わなかったんで」


 責任者たるコゼットが青い瞳を細めているので、そちらは一瞥以上は見ないことにする。あまり突っ込まれたくない話だから。


「五月のことって、知らないことが多いんですよねー? 色々あったみたいですけど、わたしも掴んでないんですよねー?」

「……まぁ、色々とあった」


 まだあの時、ナージャは入部しておらず、非合法諜報員イリーガルとして働いていた。イタズラめいた言葉に、知られてはならないことを知っているのではないかという危機感を覚える。


 十路はパソコンの前に座る野依崎に目をやる。彼女は作業をせず、こちらを見ていた。

 知られてはならないことは、やはり十路の異変。全ては五月の、あの時から始まった。


「そうでありますね。十路リーダーとミス・キスキはその時、キスしたそうでありますし」


 野依崎はその情報に触れなかったが、『なぜそれを言う?』と言いたくなる余計な話を引き出してきた。


「いや、俺も記憶ないんだが……」


 コゼット・ナージャ・南十星からの視線に、十路は目を逸らす。実際に記憶はないのだから、やましいことなどないのだが、彼女たちの目力を受け止めたくなかったので。

 だから三色の視線は、樹里に集中する。


「や、あれはキスじゃないって、前に説明したと思うんですけど……」


 無言の圧力にたじろぎながら、樹里はか細い声で反論する。

 ネコ科猛獣ズVS子犬ワンコと呼ぶには一方的な図式がしばらく続いた後、コゼットが大きく息を吐いた。


「クニッペルさん、お茶の用意。ナトセさん、購買でいいですから、ひとっ走りしてテキトーに菓子」


 矢継ぎ早に指示を出して財布を投げ渡し、彼女はソファにどっかり座る。


「いい機会ですから、五月の……体育祭の時、なにがあったのか、説明していただきますわよ」

「一応、守秘義務があるんですけど……?」

「ンなモン今更でしょうが」


 自衛隊法第五九条を無視しろとは、この部長はどれほど横暴なのか。いやコゼットの言うとおり、複数国の元軍事関係者がいて、機密の塊のような《魔法使いソーサラー》が集まるここでは、法に触れようと今更だが。


 顧問が来ないから部会も開けないため、時間は充分ありそうなことに、十路は顔をしかめてため息をつく。

 そしてオドオドした樹里と視線を交わし、『余計なことは言うな』と無言で釘を刺しておく。


 この少女との付き合いも、半年近くになる。

 最初はなし崩しで、それまでにも幾度となくあった、任務の上での関わりだったはず。

 それが紆余曲折を経て、自衛隊を『特進』して、ここ修交館学院に転入することになった。

 この少女は、十路の人生に深く関わることになった。同じ学校に通う後輩として。同じマンションに住むご近所さんとして。同じ部活に所属する部活仲間として。

 心臓を与えられ、瀕死の命を助けられた、恩人として。

 結果的に異能までも与えられ、人外へと造りかえられた、目のかたきとして。


「…………?」


 十路の意が伝わっていないのか、それとも不機嫌面で黙って見続けているせいか、樹里の顔色が不安の色を濃くする。

 あどけなさを残した顔は、『彼女』とは全然違うのに、面影を見出してしまう。今や見ると理不尽な苛立ちを覚えてしまう。


(もしかしたら俺は――)


 いまだ未練があるのだろうか。

 自分が殺した『彼女』の代わりとして、少女を側に置くことをよしとしているのだろうか。

 まだ自身が《ヘミテオス》と呼ばれる存在とは知らなかった時分、彼女の異能を知って尚、拒絶しなかった理由は、そこらにあるのだろうか。

 かつて南十星に問われたが、やはり否定はできないことなのだろうか。


 それらを考え、まとめるためにも、

 十路ははじまりを思い出しながら、語ることにした。

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