045_0160 【短編】ヘッポコ諜報員剣風録Ⅶ ~ある時は、フラグ建築士~


 土蔵の中でもわかるほど、雨はどんどんと強くなっていった。


「ふぅん……随分と片付いてるんですね」


 恭一郎が関心し、ついでのように階段下から覗き見た二階は本当に物置だが、土蔵の一階はちょっとした展示室のようなおもむきがあった。


 やはり目立つのは、飾り台に備えけられた鎧だった。とはいえきらびやかな大鎧ではない。骨牌かるたさねという金属板を繋ぎ合わせ、折り畳んで保管・輸送ができる、たたみ具足ぐそくと呼ばれるタイプだった。いざという時の備えとしては、武士としても忍としても、利にかなった装備だろう。

 壁際には手裏剣、苦撫くない、手甲鉤、鉤縄といったお馴染みのものから、しころ坪錐つぼきり捕火方とりびほうなどといった、少々珍しい忍具もある。

 他にも保存処理がなされた書もあった。日本人顔負けの日本知識を持つナージャでも、内容はさすがに理解できなかった。


「ナージャちゃんが言ってように、こちらのご先祖様はやっぱり、お武家様になった忍者みたいに見えるね」

ですれふねー」


 多少なりとも整備されていたとしても、倉なので普段人の出入りがなく、埃っぽいことに違いはなかった。なのでナージャは、借りた割烹着と三角巾をつけていた。


「刀の目利きなんてできるの?」

きまふぇんよ」


 そんな昭和の奥様スタイルのロシア人が正座し、鎧と共に置かれていた刀を眺めていれば、違和感はハンパない。

 あらためた太刀の刃を鞘に収め、息を吹きかけないよう咥えていたハンカチを外してから、やはりロシア人らしくない鑑定眼を披露した。


「古いのは間違いないですけど、めいは入っていませんし、末古刀の大量生産品かずうちって感じですね。美術品としての価値はそこまでではない気しますね」

「目利きしてるじゃない……」

「どこで作られたとか、誰の作とかわかりませんし。『感じ』とか『気がする』は目利きじゃないでしょう?」


 実際、ナージャに目利きはできない。興味はないので、国宝級の有名どころもわかりはしない。

 当てずっぽうに近い、実用品としての視線で見ていた。


「だからこれも目利きじゃないですけど、この刀、本物のいくさで使われてませんかね?」


 太刀にさびや欠けは見て取れない。ショーケースの美術品にはない、武器の本質や実用品の凄みを感じた。


 それらしい物があるから即そうだとは断定できないが、上級ではないが下級でも士族であり、忍者の家系というのもあながち嘘ではない、くらいまでは結論づけた。


「そういや爺さん。今日はひとりなのか?」


 太刀を刀掛台に戻し、一緒に掛かっていた脇差に手を伸ばしたタイミングで、和真が口を開いた。彼はここが初めてではないのだろう、濡れた服から浴衣に着替えて戻ってきたが、倉の物に興味を示すことなく、黙ってナージャたちを見守っていた。


「婆さんなら遊びに行っとってや。宝塚までだと。晩飯も食うて帰ると言うとったし、もしかしたら泊まるかもしれんのぉ」

「元気だなぁ。あと結構いい加減」

問題べっちょない。ワシひとりなら飯くらい、なんとでもなるや」


 そういえば服を借りるために母屋に入っても、誰もいなかった。柳葉翁だけが相手をしていた。明らかな女性の持ち物、それも使われている様子のものがあるので、ひとり暮らしではないのは察していたが、人の気配がないのはナージャも妙には思っていた。


「多分、ここにある物は、目的のものとは違うと思います」


 倉に入る前から薄々思っていたことを、ひと通り見て伝えた。


「少なくとも他の選択肢を潰さないと、ここに紛れ込んでるか判断つかないでしょう」

「他の選択肢っていうと?」

「いやー。多すぎて見当つかないです。単純に家のどこかにまぎれ込んでるなら、まだ簡単です。例えば、妖怪が退治された場所にほこらとかあれば、そこでまつられているかもしれません。霊験あらたかだと伝わっていれば、魔除けとして使われた可能性もあります」

「どういう使われ方?」

「それもわかりません。これまた家の中にあればいいほうで、縁起の悪い場所やお墓に埋まってる可能性もあります。人手に渡ったことも考えられます」


 言外に『探偵の手に負える仕事じゃないんじゃ?』と恭一郎に伝えて、ナージャは柳葉翁に視線を移した。


「ご先祖さまの日記とか書付とかは? あるなら古書を読める専門家にお願いしないと、どうにもならないと思います……お願いしても、が確実にわかる保障はないですけど」

「ふぅむ……なぁるほど」


 依頼人にも仕事の困難さを伝えると、彼はヤギヒゲをしごきながら、一応は納得した様子だった。発見が簡単ではないと想定していたのか、落胆の様子も見られなかった。


 最終的にどう判断するか。ナージャは大人たちの判断を口を閉ざして待った。風雨の音が嫌でも耳に届く。


「うひゃぁ!?」


 間を埋めるように、いや埋めすぎなくらいド派手に雷光が瞬いて、時間差のない雷鳴が轟いた。暗所恐怖症のナージャは光と音よりも、一瞬電球の明かりが切れたことのほうが重大だった。


「あの……ナージャちゃん? 僕は役得なんだけどね……?」

「あ、失礼しました」


 気がつけば、反射的に恭一郎にすがり付いてしまっていた。


「あっれ~? 俺のほうが近くないかな~?」


 『カモン!』と言わんばかりに手を広げたままだった和真がシュールだった。無意識でも接触を避ける辺り、ナージャの好意はそこまで彼からかけ離れているのか。


「こりゃ近くに落ちたのぅ……」


 柳葉翁は、開けっ放しの入り口から外を眺めていた。

 まだ日中の時間だというのに外は暗い。倉に入った時よりも雨足は強くなり、地面に跳ね返るほどの土砂降りになっていた。


「そういえば、あの話は続きがあってのう」


 柳葉翁の言葉に被せるように、空がまた鳴り始めた。


「猫又は死んでおらんで、こういう嵐の晩に現れて、人を喰らうゆうてなぁ」


 また雷光が。逆光に当たる位置に立っていたので、倉の中に差し込む光が、柳葉翁の姿を薄暗がりの中に不気味に浮かび上がらせた。わずかな間を置いて、彼の言葉に重みを加えるような雷鳴が震えた。


「へー」


 今度のナージャはリアクション激薄だった。雷は比べて小さく、一瞬たりとも停電しなかったので。


「つまらん反応じゃのぉ?」

「いえだって、元は山賊退治の話で、妖怪うんぬんは後の創作じゃないかって話したじゃないですか。しかもまだ死んでない的な話は『悪い子は怪物にさらわれちゃうぞー』な付け加えだと思いますし」

「そういうのぢゃないわい! 『きゃー』とか言いながらわしに抱きつくとか!」

「HAHAHA。ついでにナニカを潰しちゃってもいいのなら」


 アメリカナイズな笑顔と共に、ロシア人が不気味な感じに開いた左手をコキャッと鳴らしてみせた。脅し忠告をちゃんと口にするのが、エロジジイに対して発揮できる最大限の敬老精神だった。


「それより神さん、これからどうします?」

「そうだねぇ……」


 恭一郎が予定と考えを口にしかけた時、遠くから音が聞こえた。くぐもった音がやがて大きくなり、明確にバキバキとなにかが潰れる音に変化した。


「これは……もしかしたら、土砂崩れでも起こりよったかもしれん」


 一変した真面目な風情で、柳葉翁が音の方角を見て呟いた。



 △▼△▼△▼△▼



「土砂崩れ自体は大したことなかったけど、倒れた木で道が通れなくなってる」


 車で様子を見てきた恭一郎が戻りしな、場を移して母屋の居間で待っていたナージャたちに、言葉だけでなく現場撮影したデジタルカメラでも事態を伝えた。柳葉邸を訪れる際に取ってきた山道が、ブナらしき太い倒木で塞がれていた。避けて歩くことはできるが、自動車で確実に通れない。


「どこか迂回路はありませんか?」

「歩くならばともかく、車が通れる道は一本しかないのぉ」


 柳葉翁は落ち着いた風情で、今ならもう骨董品と呼んでいいだろうダイヤル式黒電話の受話器を取り、そのままどこかに連絡し始めた。停電もしていなかったので薄々は予感していたが、断線も起こっていなかった。仮に断線したとしても、携帯電話のアンテナが立っていたので、あまり関係なかったかもしれないが。


「台所、拝見させてもらいますね」


 電話中に言うのもどうかとは思いはしたものの、一応家主に言い置いて、ナージャは余所のお宅の台所に入り込んだ。こういう事態で食料や飲料水の確認は、真っ先に行うことだ。


 物が多くてゴチャゴチャした『お婆ちゃん家』といった台所や、常温保存で問題ない野菜類が置かれた収納を探っていると、和真も追ってきた。


「落ち着いてるなぁ……」

「まぁ、この程度でしたら」


 《魔法使いソーサラー》としての身分は隠して日本に潜入しているのだから、安易に披露できないが、いざとなれば《魔法》の単分子モノフィラメントソードで倒木を処理できると踏んだため、ナージャは事態をあまり深刻に考えていなかった。


「これで慌ててるようじゃ、ウチの地元じゃ生きていけません」


 しかも日本の基準では、彼女の常識は結構ぶっ飛んでいる。


「気温は余裕でプラスふたケタ、しかも家の中ですよ。凍死の心配は無用です」

「冬場は鼻水が凍る地域と比べられてもな~?」

「一日も歩けば町まで行けるでしょうし、向こうから木をどかして車で来ることもできるでしょうし。スノーモービルもヘリコプターも犬ぞりもらないんですよ?」

「馴染みのない乗り物が出てくる比較もどうかと思うな~?」

「四人分で考えても、食料は一ヶ月くらい余裕でもちます。しかも畑も作ってらっしゃいますからね~。豆とか種もありますし、山の中で探せば食べ物あるでしょうし、食べるだけなら年単位で問題ないですよ」

「野菜の固定種とかF1種とか、調味料のこと考えてないよな? あと肉魚がないと思う」

「魚は無理ですけど、肉なんてその辺で調達できますって」

「勝手に狩るの、犯罪だって知ってる?」


 そんな感じで、『明日学校に行けますかねー?』とボンヤリ考えた程度だった。


「そういえば高遠くんも、あんまり慌ててませんね」

「子供の頃、ボーイスカウトやってたからな」


 『いざとなったら俺を頼れ!』と言わんばかりに和真は胸を張ったが。


「へー」


 ナージャはリアクション激薄だった。ボーイスカウト程度のサバイバル経験など、対外情報局SVRに入る前に経験した陸軍訓練と比べるまでもないので。


「クマを素手で倒したエピソードでも持ってるなら、まだ頼りにできるんですけどねー」

「俺になにさせようとしてんの……!?」

「期待していないので、なにかしてもらおうなんて考えてません」


 手をヒラヒラさせると、和真はガックリ肩を落とした。


 落胆した彼のことなど完全に無視し、ナージャは蛇口から問題なく水が出るのを確かめながら、シンク正面の窓から外を窺った。ただでさえ薄暗いであろう裏庭は、降り注ぐ雨と雲でより暗かった。


「それにしても、探偵さんと一緒に陸の孤島とは……」


 再び雷光が閃いた。


「なんだか殺人事件でも起こりそうですね」


 そして遅れて、不気味な雷鳴が古民家を震わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る