050_1320 命短し両手に爆弾Ⅲ~男は匂いで選びなさい~


 一列に並んだ車輪が空を切る音と、防弾繊維のスカートが跳ね飛ぶ音に混じる。伸びきった上段横蹴りをそのまま停止させ、スリットから覗かせた足をそのまま動かすと、カチカチとなにかスイッチが入る音が発せられる。


「重い」


 バランス感覚を見せつけて、ゆっくり一本足から復帰して、つつみ南十星なとせは簡潔に使い心地を述べた。


「電池入ってなくてこれって。ナージャ姉の打撃技って、軽くして数重ねるカンジだから、かなり変わると思う」

「そこら辺は慣れていただくしかねーですわね……これ以上の軽量化なんぞ無理ですわ」

「相手が《死霊アレ》なら、多分問題ないだろうけどさ」

「んじゃぁ蹴れるかはともかく、動きやすさは?」

「これで踊れるかってーと、あたしにはわかんね。サイズ違うし、スキーはともかくスケートはしたことねーし」

「まぁ、当人ができるって言うんですから、そこは信用するだけですわね」


 ならば一応は完成したと、コゼット・ドゥ=シャロンジェは工具を片付けていく。もう一種作った装備は既に譲渡済なので、南十星に試験を頼む必要もない。

 ならばと南十星も腰を下ろし、右足だけに装着した改造インラインスケートを外す。


 コゼットが指揮して進めていた学校での作業は終わっている。別件で動いていたナージャと南十星と合流し、イベント会社とも連携し、新港町の一角を借り受けて資材を運び、街中への設置作業に移行していた。

 急ピッチで進めているとはいえ、さすがに休みなしというわけにもいかない。今は昼休憩として、作業員や手伝いの学生たちは場を離れている。コゼットはその空き時間で、手早く防犯グッズを改造したものを南十星に試させていた。


「んでさぁ、ぶちょー。兄貴とフォーちん。思っきし敵と一緒なんだけど、そっちいーの?」

「いまカタをつけるつもりなら、全員で押しかけてブッ飛ばせば済むんですけど……そうも行きませんものね」


 バスケットシューズに履き替えながらの南十星の言葉に、コゼットは神戸市内の地図に視線を落とし、気難しい顔を作る。

 十路たちと一緒にいるのは、操作されている七海子ゴーレムだ。確保や破壊したところで、《男爵バロン》本体に影響ない。それどころか予定を早めて戦端を切るきっかけになりうる。

 加えて野依崎がいる。《男爵バロン》が日本に潜入し、昨日の事件を起こした発端と一緒など、当然危惧する。

 まだ余裕があるとはいえ、危機的状況に違いない新展開の連絡を受けて、彼女たちも頭を痛めていた。


「あんまのん気にしてるのも、自分でもどうかと思いますけど……わたくしたちは作業進めるしかねーですわ」

「む゛ー……」


 南十星が唇を引き結んだぶちゃいく顔で、部長判断に不満を訴える。


「演劇に関しては貴女が一番詳しいんですから、抜けられるのは困りますわ」


 だから彼女が暴走する前に、コゼットは釘を刺す。過ぎるくらいに兄想いの彼女なら、異変の一報があった途端、文字通り飛んで行くだろうが、それまでは大人しくしてもらわないと困る。十路たちに訪れた、予想外の展開に不安を抱きつつも、彼が無事に切り抜ける予定で作業を進めなければならない。


「演劇部のぶちょーとも相談して、もう調整したんだけどさぁ。トッカンコージで小道具もおーよそ用意できてるし、大道具はあたしじゃ口出せないし、『照明』もおっけーっぽいし、もーいいっしょ?」


 今すぐにでも十路に合流したいと、南十星は未練タラタラだった。その気持ちはわからなくはなくとも、コゼットは不満を封じるように遠くを指差す。


「当面やることねーなら、アレを堤さんだとでも思って相手してなさいな」


 指した先では、原付に乗った学生服の男が、近づいてくるところだった。その人物は目前で停車すると急いで降り、ヘルメットを脱ぐ間も惜しんで、兵隊ばりに直立姿勢を取る。


不肖ふしょう高遠たかとお和真かずま! 緊急案件を片付けて戻ってまいりました!」

「へぇ……」


 嫌味なとげはないが大差ないんじゃないかという零下の声と視線で、コゼットは仕事を放り出して消えた和真に返事した。


「いやお姫様! 仕方なかったんですって!」

「いーえ? 別に? 説明なんて求めてねーですわよ? 強要はできませんから、手伝ってくださる方が手伝ってくだされば、それでいいですわよ? ただこっちも切羽詰ってるっつーのに、途中で投げ出してどこか消えやがったお方には、どんな急用があったのかなーとは思いますけどねぇ?」

「なんというか……迷子探し?」

「ハ?」

「説明難しいんですけど……知り合いが旅行する間、預けられたペットが逃げたから、慌てて探しに行った、みたいな?」

「ペットって」

「…………カエル?」

「なんですのよ、その微妙な間と疑問形は」


 暑さか別の要因か。汗をかきながら、しどろもどろの説明をする和真に、立ち上がった南十星が近づく。普段の溌剌はつらつさが感じられない足取りだった。


「えーと? ナトセちゃん? どしたの?」


 ナージャに言い寄って迎撃された後は、南十星にも言い寄り笑い飛ばされているのが常だが、彼女の側から迫られたら戸惑うらしい。正面から抱きついて、胸元に頭をグリグリ押しつける少女に、和真は困ったように手をさ迷わせた。

 すぐに南十星は身を離して、恨めしそうな声を上げたので、反応する必要もなかったが。


「ぶちょー……兄貴と思うのムリ。和っちセンパイ、なんかクサい」

「いきなりひでぇ!? そんなこと言うなら『どうせ抱きつかれるならナージャがよかった』とか言っちゃうよ!?」

「ナージャ姉、ここにいないよ?」

「なにーーーー!? 急いで用事片付けてきたのに!?」

「いや。いたらまたハナで笑われるんと違う?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る