050_1300 命短し両手に爆弾Ⅰ~海峡物語~


 他の部員たちがそれぞれ準備している中、つつみ十路とおじ野依崎のいざきしずくは、レンタルした小型クルーザーに乗っていた。


【今夜の情報、中途半端に開示したので、ネット上ではそこそこ祭になってますよ】

「そこそこでも祭なのか。あと祭と炎上ってなにが違うのか、理解不能なんだが」

【炎上は掲示板やブログ、一ヶ所で発生します。あと祭は、批難ひなん批判ひはん誹謗ひぼう中傷ちゅうしょう罵詈雑言ばりぞうごんとは限りません】


 ラッシングベルトで固定させたオートバイごと。


「それで、イクセス。仮に目論見もくろみどおりに上手くいったとしたら、その後どうなると思う?」

【《男爵バロン》の撤退はありえないとして、どこで水中翼付きハイドロフォイル五胴ペンタラマン沿海域リィタラル可潜戦艦コンバットサブマリンなとどいう化け物と交戦するか、ですね】


 船舶免許は持っていないため、船と一緒にやとった操縦士には、変な目で見られている。渡航手段ではない船にオートバイを乗せる不可解さにプラスして、無線機ヘッドセットを通じてでも会話していれば当然だろう。だから十路は、気持ち声をひそめた。


「俺も詳しくないんだが、沿海域戦闘艦LCSの特徴ってなんだ?」

バイクわたしが詳しいはずもないですが……多任務対応を目指し、改修なしに兵装を交換できるミッション・パッケージ・システム。それとネットワークN中心CWコンセプトに基づく運用設計でしょう。他はその名の通り、主戦場を沿岸海域……奇襲を受けやすい地理的条件での戦闘を主眼としていますので、高速性・高機動性・ステルス性も特徴と呼べるでしょうか】


 二人と一台は、紀淡海峡――淡路島と和歌山県が最も接近する海域で、穏やかな波に揺れていた。作戦細部の確認のため、コゼットから経費をもらって船を出したのだ。


【相手の《魔法》が遠隔発動可能……どこから攻撃してくるかで、その後も変化すると思いますが、神戸港内で交戦する事態にはならないと思います】

「さすがに目の前過ぎるか。だったら明石海峡を抜ける可能性は?」

【ですから、海戦に詳しいはずがないバイクわたしに訊かないでほしいですけど……それはまずないと思いますけどね? 太平洋から最短距離で紀伊水道を抜けて大阪湾に入ることでも、いくら《使い魔ファミリア》とはいえ危険な領海侵犯です。通商路シーレーン破壊が目的でもなければ、逃げ場のない瀬戸内海通過なんてします? それに明石海峡には、戦闘艦も撃沈可能な質量が頭上に存在しますから、やはり通過は避けるのでは?】

「タイミングを見計らって、明石大橋を落とすってか? さすがに後が怖いから壊す気ないんだが……」


 十路は首をめぐらせ、友ヶ島ともがしまと一括される無人島群と、東側に位置する陸地を見る。


「この辺りの海岸に、戦車か自走砲でも展開できたらな……」

【つばめの話では、自衛隊の援護は期待できないということでしたが】

「さすがに戦闘艦相手に、即席武器でどうにかなるとは思えないしな……罠も無理だな」

【巨大 《使い魔ファミリア》同士の一騎打ちになりますね。もっとも、市街での防衛戦に成功したらの話ですが】


 イクセスの言うとおり、なにはともあれ、切り札が到着するまで民間人を死守しないとならない。その後のことなど考えていられる余裕はない。有効策を思いつかない以上、そちらに傾注することにする。


【それにしても『ハシバミの実ヘーゼルナッツ』とは、奇妙な名前ですね】


 野依崎が使用権を持つ巨大 《使い魔ファミリア》について、魔犬バーゲストと名づけられた戦車オートバイが感想をもらす。

 日本ではアーモンドナッツや落花生ピーナッツクルミウォールナッツが一般的だが、同様の食べ方をするナッツ類だ。《巨兵ギガース》などと呼ばれる兵器につけるには、不釣合いに思える。


「それ言ったら、兵器の通称なんて変なのばっかりだろ?」

【まぁ、そうとも言えますが】

「それより海の中で、なにか感じるか?」

【特段気になる反応はありません。部活動でときおり海を荒らしていますが、この辺りの海底が変形しているようなこともありませんし】


 《バーゲスト》のコネクタからは、ケーブルが海中に伸びている。その先には自作の水中ソナーがあり、データ処理をイクセスに任せている。自作とはいえ《使い魔ファミリア》のコンピューターを通せば、市販品にも負けない精度の情報が得られたのだが、収穫はあったとは言えない。


【大阪湾内に《トントンマクート》がいたら、既に海上保安庁が発見してると思います】

「そりゃ期待してない……なにもないなら、帰るか」


 海上から見渡す限り、異変はない。小型ならば漁船、大型船なら貨物船の船影しか見えない。マイクロバブルで海が濁っているような現象も見受けられない。

 ソナーを海に入れれば《トントンマクート》が発見できるとは、十路も考えていない。改めて戦闘の厳しさを確認できたのが、唯一の収穫らしい収穫かと、自分をなぐさめる。

 ケーブルを引っ張り、なぜかラバーダックアヒルちゃんボディの超音波スピーカーとマイクを引き上げて、操縦士に告げて船首を神戸に向けてもらう。


「ここまで来た意味はなかったか……これなら作業を手伝うべきだったな」

【あまり意味がある内容ではありませんが、収穫ゼロでもありませんよ。いくら専用デバイスをもちいているとはいえ、本体からキロ単位で離れた場所から、大量の《死霊》や《ゴーレム》を操作する手段が不明でしたが、おおよそ見当がつきました】


 船のエンジン音で途切れるため、ボリュームを上げて無線越しのイクセスの声を拾う。


【《トントンマクート》は、『手』を持っていると予想します。】

「《魔法》でアンテナ作ってるとか、そんなのじゃないか?」

【要点は同じですが、少し違うと思います。ファイバーケーブルを繋いで、外部出力デバイス化された無人飛行機UAV……滞空能力を考慮すると、マルチコプターでも飛ばしているのではないかと】

「ドローンからレーザーで、超指向性の通信をしてると? 物質的な発信装置があるなら、破壊も簡単だと」

【簡単とは思いませんが、そういうことです。アダシノ・ナミゴと名乗った《ゴーレム》は、神戸市北部山中の学院に出現しました。トージたちが遭遇したノベ・ナナミコと名乗った《ゴーレム》は、海沿いのハーバーランドです。海上の少し上空からなら、直接確認が可能な場所ですから、ピンポイントで操作していたと推測します】

「《死霊》の術式プログラムは専用デバイス内に格納してるとして、通信速度と処理能力はクリアできたとしても、建物内でも動いていたぞ?」

【通信が一系統ではないでしょうし、最近じゃオモチャでも可能ですから、対話ロボット程度の自律行動はできるでしょう。約二四時間前、フォーが《死霊》騒動の発生場所を捜索していたのは、レーザー通信の射線を考慮していたのでは?】

「そういえば、妙に海を気にしてたな……《男爵バロン》が下船して騒動起こしたって考えは、最初からなかったのか」


 話の流れで、十路は振り返る。イクセスも視線カメラを動かしたような雰囲気を発し、呆れたような合成音声も発した。


【……よくフォーは爆睡できますね】


 デッキの上ではジャージ姿の野依崎が、仰向けになっていた。船が波を蹴立てる際には軽く跳ね、ネコミミ帽子をかぶった後頭部をぶつけているが、目覚める様子がない。


 昨夜は遅くまで、打ち合わせと作業を行っていたため、彼女が居眠りしてしまうのも無理もない。脳内物質が出た高校・大学の年長組は短い仮眠で充分だった。お子様生活スタイルの南十星なとせは早々に寝落ちしたので、今日もテンション高かった。野依崎は目をこすりながらパソコンを操作していたのに、短い睡眠時間で朝から活動している。

 夜なべのお陰で、彼女が必要な作業は片付いている。だから自室で寝てればいいと言ったのだが、なぜか十路について来た。

 なぜか、という言葉を使うのは、あまり相応しくないかもしれない。彼女には呼び寄せて電池交換をした《ピクシィ》を、街中に再配置する目的があった。だから港に来るまでに、彼女の指示で市内のあちこちに立ち寄ることになった。バッテリーを消費させないため、自ら足を運んだのは理解はできる。

 ただその後も一緒のため、疑問は残る。訊いても彼女はどうせ答えないだろうし、別段問題はないため、十路はなにも言う気ないが。


「なんか、頭が悪くなりそうだな……」


 海風で涼しいとはいえ、地球温暖化と異常気象が叫ばれるこのご時勢。直射日光で汗をかきながら寝ているから、脱水症状を心配する。だが、ぶつける頭に手を差しこんで確かめても、グッタリよりはグッスリな寝顔だった。

 応急処置は不要でも、頭を打つのを放置するのはどうかと思ったため、十路は小さな体を横倒しにして、太ももに頭を乗せた。

 熱のこもった帽子を脱がせた際、赤髪から日向ひなたの匂いが潮に混じって鼻に届いた。科学知識を応用する《魔法使いソーサラー》ならば、汗が分解した揮発物質と知っているが、落ち着く匂いであることに変わりない。


【トージ。昨夜に続き、フォーに触れたがるのは、やはりロ――】

「それ以上言ったら、イクセスの電源を夜まで落とす」


 汗でひたいに貼りついた野依崎の前髪を、手持ち無沙汰ぶさたにいじりつつ、十路は港に帰るまでそのままの姿勢でいた。

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