050_1220 必要は無知なる人々をも走らせるⅢ~日本の“ものづくり”に求められる“ひとづくり”~


 作業着姿のコゼットは、学院から動かなかった。


「それで、お姫様? 今度はなにが起こってて、なにやる気なんスか?」

「まーたどっかの《魔法使いソーサラー》にケンカ吹っかけられたんですわよ……仕方ねーから、対抗手段を準備してんだっつーの」


 休日にも関わらず登校してきた高遠たかとお和真かずまに、ぞんざいな小声で応じる。彼相手にプリンセス・モードは今更であるし、昨日の戦闘に巻き込まれたという話なので、隠すのも今更という態度で。


「人集めてなんて、珍しいっスね」

「いつもと性質タチ違いますもの」


 彼女は一三号館――主には理工学科の大学生が、他は中等部の技術教科で使っている実習工場で、作業しながら十数名の学生たちに監督していた。

 学生たちの種類は、大きく二分している。


「あの……お話の途中に申し訳ないのですけど」

「はい。どうされました、明日間さん? 作業でわからないところがございました? 別に遠慮なさらなくても構いませんよ?」

「いえ、その……これ、どうすればいいんでしょう……?」

「あら、説明不足で申し訳ありませんでした。それはですね――」


 一方はコゼットがスイッチを切り替え、憂鬱ゆううつ顔をプリンセス・スマイルにしなければならない一団だった。南十星の交渉により応援にやって来た、演劇部の面々だ。

 もう一方は、支援部員たちの知り合いだった。


「んで。俺、ナージャに手伝えって言われて来たんスけど」

「あーハイんじゃこれ代わってくださいな。分量はこれ一杯。火気厳禁。以上、とっととしやがれ」

「なにも知らない女子学生と態度違いすぎでしょ……!?」

「高遠様。ご多忙な貴方様にこのようなお願いを申し上げるのは、誠に恐縮ではありますが、こちらの作業を手伝って頂ければ幸甚こうじんに存じます」

「すいません、やっぱ俺にまでプリンセス・モードはやめてください……なんかコワい」

「貴方も堤さん同様、失礼ですわね……」


 コゼットの地を知る和真ほど部に近い者はいないが、連絡すれば相談に乗ってくれる程度には親しい、部員個人の友人知人たちだ。


「どうして私がこんなことを……」

「あら、小暮さん? 情報ネットワーク通論のレポート、もうお忘れになられました?」

「うく……聞こえました?」

「はい。ハッキリと。物事はギブアンドテイクですよ? レポートのほとんどわたくしに書かせておいて、学食の昼食代およそ五〇〇円で済ませようとは、虫がよすぎるとは思いませんか?」

「王女様に頼るんじゃなかった……笑顔がなにげに怖い……」


 中には『友人知人』ではくくれない者もいる様子だが。


 そして作業は、大まかに四グループで行われていた。

 まずは当然ながら、劇で使う小道具の準備だった。演劇部員が中心となり、ゴミ捨て場から持ち寄った廃材、購入した資材、後日新品との交換を条件に徴収した違う部活の備品を、実習工場の設備を活用して必要なものを作り上げていく。


 そしてもうひとつ、やはり演劇部の、女子部員たちが中心に進めている作業がある。その姿は実習工場になく、家庭科室で衣装作りを行っている。なぜかやたらと気合が入っていて、コゼットが時間がないことを理由に、ブレーキかけなければならないほどだった。


 三番目の作業グループは、コゼットが直接行っている内容だった。


「お姫様? 手伝うのはいいんスけど、なに作ってんです? この粉とかヤバげな気が……」


 ただし、彼女だけ作業が違う。他の者はロボット研究部や教官の部屋からかき集めた部品を、プリント基板にはんだゴテでつけて、電子回路を作っている。中学生の技術・家庭で誰でもやることであるし、回路自体も複雑なものではないので、難しいことではない。

 そうして出来上がった電子回路を、コゼットは作業場隅の仕切りで隠れたスペースで、小さな筒に取りつけている。


「静かに……!」


 黒色火薬を筒に詰めながら、ささやき声で和真に怒鳴る。


「曲がりなりにも爆弾作ってんですから、実際ヤバいんだっつーの……」

「ちょ……!? そんなの手伝わせないでください……!」

「もう無理ですわよ? 着火装置作ってる他の方には説明してませんから、悪いのは全部わたくしになりますけど、高遠さんは」

「なんで俺に教えるんですかぁぁ……!?」


 嫌がる和真に無理矢理に作業と場所をゆずり、コゼットは嘆息つく。


(仕方ないのはわかってますけど、手作業なんて面倒くせーことこの上ねーですわね……そうならないよう気をつけてたつもりですけど、やっぱり《魔法》に頼り切ってますわね……)



 △▼△▼△▼△▼



 すべて昨夜の十路が行った指示を、コゼットが彼女なりに実行したことだった。


「それで、部長に頼みたい仕事についてですけど」

「なーんかヤな予感するんですけど……」


 青い瞳を半眼にするコゼットに、十路は『大したことではない』と手を振った。


「小道具係です」

「要はまた遠慮なくコキ使うと。んで? どんな無茶な改造消火器を用意しろっつーんですの?」


 三次元物質操作クレイトロニクスけたコゼットの《魔法》は、工作や土木工事に便利なので、部活では戦時よりも準備と後始末に出番が多い。だから彼女は諦めた態度になったのだろうが、十路はまたしても手を振った。


「今回は消火器使いません」

「え……消火器大好きな貴方が、どうなさったんですの?」

「別に好みで選んでるわけじゃないです」


 今まで消火器を改造して武器として使ったが、手間や事情を考えた結果、一番便利だったからに過ぎない。というか消火器フェチってどんなヤツと、十路は表情を白けさせたが、気を取り直した。


「まず、劇で使う小道具と衣装は、絶対に必要です。なにが必要かは変えた脚本次第でしょうし、時間もないので既製品改造とか、臨機応変な判断が必要になるでしょうから、部長に指揮取ってもらいたいです」

「指揮って? 《魔法》使ってパパッと終わらせるつもりですけど」

「説明は後回しにしますけど、それができない理由があるんです。途中までは《魔法》で組み立てるとか、裁量は部長に任せますけど、できるだけ人を集めて作業してください。南十星の交渉が上手くいけば、演劇部員の手を借りれるでしょう。あとは個人的な知り合い、かき集めるしかないでしょうけど」


 準軍事組織とはいえ、支援部は上官絶対服従のトップダウン組織ではない。なので臨機応変な判断力は部員全員に備わっているが、コゼットが適任と十路は判断した。部長であるのは当然として、やはり王女の肩書きは伊達だてではないと。


「あ。あと、小道具の一環として、俺の《杖》を人前に出して問題ない形にお願いします」

外身ガワ作るくらい簡単ですけど、それで使えるかっつーと話変わりますわよ? 貴方の装備は完全に軍事用ですし」

「アタッチメントがあるから大丈夫です。ファイバーケーブル通じて、グローブから入出力できます。だからバッテリーを装填して、全体を隠せれば充分です」


 突撃銃アサルトライフルを持ち込めるよう、言葉を付け加えてから、十路は本題に入った。


「それで、作ってもらいたいものですけど……ヤバいのはわかってますけど、小型爆弾が欲しいです。それも大量に」

「法律違反をさて置いても待て。一般人を巻き込まないよう、どう《死霊》を攻略するか悩んでるっつーのに、爆弾ってなに考えてますのよ?」

「ポリバケツにでも起爆装置をつけて、町中に設置したいだけですから、威力はそこそこで充分なんですけど」

「ハ? バケツ?」

「わかりません? 《死霊》対策には、一番効果も効率もいいはずです。だって粒子の集合体ですよね?」


 十路があえて言葉をはぶくと、コゼットは柳眉を寄せてしばし停止して。


「だぁぁぁぁっ!! そうだぁぁぁぁっ!? どうしてこんな簡単なこと思いつかなかったんですわよ!?」


 金髪頭をかきむしって、夜空に絶叫した。


「『こちらから触れない』ってのを深刻に考えすぎて、俺も気づくの時間かかりましたよ。原理は同じでも、部長の《魔女に与える鉄槌ハンマー》だったら、使えない手段じゃないかと思いますし」

「いえ。変な工夫するより、術式プログラムを切り替えて、スラリー状態で操作しますわ。手っ取り早くて確実ですもの」

「じゃ、やっぱり思いつかなくて当然ですよ」


 彼女が言ったように、思いつけばわけのないこと。しかし発想に至らなくても無理はなかろうと、十路は態度を変えなかった。


「《男爵バロン》も同じはずです。対抗手段がないとは思えませんから、一時しのぎになりますけど、少なくとも《死霊》の危険性はいくらか減ります。しかもこれは、俺たちでなくても使える手段です」

「消防は当然として、警察機動隊……あと、清掃業者とか、ガソリンスタンドも? イベント会社がウォータースクリーンを持ってるなら、それも使えますかしら? あとは建物に設備があるなら……」

「でも、あからさまに待機させてたら、こっちの目論見もくろみを《男爵バロン》が気づくでしょう? できるだけ隠して、カモフラージュしたいんです」

「なるほど……了解しましたわ」

「それで、最後ですけど」


 乱れた髪を手櫛てぐしで直しながら、少ない言葉で意図を理解してくれたコゼットに、十路は指先を向けた。

 彼女ではなく、彼女が持つアタッシェケースを指差した。


「これが《魔法》を使わずに作業してもらいたい理由ですけど――」



 △▼△▼△▼△▼



「共犯にされた……共犯にされた……」


 ブツブツ言いながらも火薬詰めをする和真は無視し、コゼットは近づいてきた女子学生たちに向き直る。四番目の作業を行っていたグループが、量産前の見本を持ってきた様子だった。


「ひとまず作ってみましたけど……どうでしょう?」


 眼鏡をかけた女子高生から見本を受け取り、パラパラとめくり、思わず口元をひくつかせる。


(うっわ、こういう形で自分のツラ見るのビミョー……)


 普通紙にプリントアウトされただけのパンフレットには、支援部員たちの写真が記載されている。昨夜自分たちで撮影したもの、誰が撮ったか不明なネット上の流出写真、過去の事件で取られた動画からの取り込みなど、様々なものが掲載されている。合わせて簡単なプロフィールも書かれている。


「ダメ、でしょうか……? 映画のパンフレットを参考にしてみましたけど……」

「あ、いえ」


 王族とはいえ、コゼットは国民の前に出て、愛された姫ではない。そういう意味での人慣れはしておらず、画面映えなどは考えたことがない。そんな考えが顔に出たかと、慌てながらコゼットは顔を上げる。

 木次きすき樹里じゅりの友人である、佐古川さこがわあいが、不安そうな面持ちだった。いつも一緒の伊澤いさわゆい月折つきおりあきらもその後ろにいる。


「時間がない中、充分な出来と思います」


 あらがないとはとても言えない。素人目にも、プロの仕事とは比較にならない。しかし時間がなく、学生の手作りとしてなら、許容できる範囲だろう。


「樹里の紹介はないんですか?」


 ポニーテールを揺らして、明が問う。それは制作を依頼した際、コゼットが頼んだことなので、一応の再確認だろう。


「今日の劇に、木次さんは出演されませんから」


 コゼットは返しながら、足元に置いていたアタッシェケースを操作する。割れて機械の腕が差し出す分厚い本を取り出し、脳機能と接続する。《魔法》の術式プログラムを解凍し、ページである極薄集積回路にデータをインプットし、一斉に接続を解除する。機能的にも物理的にも。

 電子機器に革装飾がほどこされた分厚い表紙から、A4サイズのページをごっそり抜き、彼女たちに差し出す。


「原稿データは総務に渡して、印刷してもらってください。話は通してあります。そして製本する際、これを一枚ずつ貼りつけてください」


 これが《魔法》を使わずに作業している理由だった。

 コゼットは《魔法使いの杖アビスツール》を二基持っている。メイン装備の装飾杖 《ヘルメス・トリスメギストス》と、整備に使う本型デバイス《パノポリスのゾシモス》と。

 装飾杖ヘルメスで《魔法》を使って作業すると、当然内蔵バッテリーの電力を消費する。その交換にはゾシモスを使った整備のついでで行う。

 激しい消耗戦を予想する今回の事態では、わずかであっても戦闘前に装飾杖ヘルメスの電力消費を避けたい。しかしゾシモスのページを別用途で使う予定で、使用不要になる。

 だから昨夜のうちに、途中までは《魔法》で作業し、あとは人海戦術による人手で作業を行っていた。装飾杖ヘルメスはバッテリーを交換して以降は使っていない。


「それにしても……」


 差し出された手に、プラスティックシートの山を乗せながら、コゼットは相手の顔を見やる。


「なにか?」


 結だ。コゼットの青い視線を、彼女は黒瞳で不思議そうに受け止める。その態度に特別な感情は感じられない。


「いえ。《魔法使いソーサラー》の戦闘に巻き込まれた伊澤さんが、昨日の今日で手伝いに来てくださるとは、予想しておりませんでしたもので」

「それは、まぁ……」


 眉を歪ませて迷いを見せる。《魔法使いソーサラー》の人外加減と恐ろしさは、昨日の一件だけでも身に染みただろう。明と愛も巻き込まれたが、そちらは間接的で済んだが、結は《死霊》に直接害されるところを十路に助けられた。


「樹里から『無理にとは言わないけど、できれば手伝って欲しい』とメールが送られましたが……正直、わたしは手伝う気がありませんでした」


 横から晶が口出す。盗聴を警戒して、中途半端な内容になってしまっているが、樹里にも昨夜のうちに作戦内容を知らせている。他の部員と交流のない後輩たちが手伝っているのは、その結果だった。

 そして晶が述べる心の内は、無理もないとコゼットも思う。散々報道されているのだから、事件が《魔法使いソーサラー》同士の戦いだと知らないはずはない。加えて樹里が不在で、あまり親しくない先輩たちが集まる場に入るのは、ハードルが高いだろう。

 風貌からして、こういったことはハッキリ言いそうな、晶らしい告白だった。


「ですが、結が言い出したので、わたしと愛も手伝うことにしました」


 コゼットは視線の先を戻すと、結はもにょもにょと口を動かす。


「……なんとなく、手伝ったほうがいいかなって……」


 どうやら結自身も、どう説明していいかわからない感情が起因している様子だ。そう判断すると、コゼットは呼吸と共に肩を軽くすくめる。


(ま、学校での準備だけで、まーた戦闘に巻き込むわけじゃねーですし、構やしねーですけど……)


 《魔法使いソーサラー》が普通の人間に混じって暮らすことも、そろそろ限界なのかもしれない。

 時折十路が危険性を口にすることが、コゼットの脳裏にもかすめた。


「お姫様……緊急の呼び出し食らったんで、俺はこれでドロンします」

「ア゛……?」

「いや仕方ないでしょ……!? 無視したら本当にヤバい呼び出しなんですって……!」


 和真がささやいて作業から離れようとしたので、そんな考えはライオンのごとき凶悪さですぐに消えたが。

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