050_1110 炭火に語りてⅩ~赤ちゃんと子どもの応急処置マニュアル[原書第5版]~
学院に戻ると、部室前の広場はすっかり片付いていた。明かりがついている部室内には、
「他の連中は?」
「泊り込みというか、一晩部室にいる準備で、マンションに帰ったであります。夜中に《
「フォーは?」
「自分の住居は
「ちなみに作戦案はどうなった?」
「結局ノープランであります。その気分転換も兼ねて、席を外すことになったのでありますから」
オートバイを駐車して
ただし左脇腹をさすりながらの、不自然な態度で。
「腹どうした?」
「大したことでないであります……」
意識していない動作だったのか、彼女は指摘されて左手をキーボードに添えた。
これまでを思い返し、今日一日の野依崎を見て、わかったことがある。
彼女は嘘をつかない。秘密主義でもある意味
そして夕食の食べ過ぎで腹をさすっていただけなら、そんな言い方をする要はない。だとすれば。
「《
「…………」
無反応だからこそ、真実に違いない。
「
「ミス・キスキが診察しても、治療はしない程度でありますよ……」
観念したように、野依崎が椅子ごと振り返る。そこまで程度は大きくないが、隠していた悪事を見つけられて、ふて腐れる子供を連想させる態度だった。
《魔法》を使えば一瞬で治療できるために、頼りにし過ぎてしまうきらいがある。だから樹里は《
野依崎は自分を語らないし、態度が普段と変わらなかったから、気付いてやることもできなかった。
「仕方ないな……」
少女の診察など、同性に任せてしまった方がいいに決まってる。だが部室に常駐する準備で不在にしているなら、入浴などもありそうだから、女性陣がいつ戻ってくるかわからない。
十路は諦めて、スチール棚から救急箱を取り出す。その手の依頼で呼び出されることも多いため、樹里が管理している部室の救急箱は充実しているので、施錠されている保健室に行くまでも無い。
「
指示に野依崎は少し考える素振りと、平常運転ぶりを見せた。
「つまり幼児同士ならば看過されても、ミスタ・トージの年齢では犯罪となる
それに十路は先ほどを思い出す。きっと愛知へ発ったであろうから東を見て、実体験を
「悪かった、木次……当て推量でセクハラ押しつけられると、本気で殴りたくなるくらいムカつくな?」
△▼△▼△▼△▼
気づくもなにもないのだが、どうやら野依崎は、人に触られるのが嫌いらしい。
渋りながらもジャージを脱ぎ、変則的にソファへ座らせた野依崎の背後に回り、十路は膝を突いて
昨夜、部室で入浴した野依崎が、服を着るシーンは見ていない。樹里の目潰しを食らって、のた打ち回っていたので。だから電子機器である服をどうやって一人で着脱したのか、軽く疑問を抱きつつジョイントを外して、上半身を脱がせて。
手が止まった。
「下着つけてないのかよ……」
「期待していたのではないのでありますか?」
「期待してたら、俺、終わってるだろ……というか、少しは恥らえ」
「手ブラで
「そういう問題か?」
背後からは見えないし、前面を見ようとも思わないが、まさか開けっぴろげ過ぎて頭痛を感じる南十星以外にも、こんな苦言を
女性陣に見られたら、コゼットに殴られ、ナージャにからかわれ、南十星に変な感心をされそうな気がする光景だ。単純に批難されると思わない辺りに、支援部員たちの個性と十路の偏見が表れているが、ありえないと思えない。しかも普通に批難されるより、人間性を
【完全に犯罪行為ですね】
「やかましい。あと、映像記録残すなら、イクセスのシステム電源落とすからな」
【チッ……】
「をい。言わなきゃ残してなにに使う気だった」
スピーカーから舌打ちを漏らすオートバイにも危機感を抱き、十路はとっとと用事を終わらせることにする。
「結構派手にやられたな」
野依崎が触れていた脇腹は、紫に変色している。
「最初の一撃は、熱力学爆発で軽減できなかったでありますから」
石
「触るぞ」
「んっ……」
触れる前に断ったが、彼女は小さく背筋を震わせた。
患部はやや熱を持っているような気がするが、腫れは小さい。あまり刺激を与えないよう、変色した周囲を押さえながら問診していく。
「吐き気あるか?」
「あったら夕食を食べていないであります」
「呼吸が苦しいか?」
「問題ないであります」
「しびれは?」
「それもないであります。《魔法》で自己診断してみたでありますが、問題ないであります」
「甘く考えるな」
腹部の打撲傷は軽いと思っても、内出血で後々重症化することがある。
とはいえ、交戦からかなり時間が経過しても、野依崎は平然としている。彼女が言うとおり、慌てて病院に運ぶ必要はないと十路も判断する。
「一応女なんだから、体に傷残すようなことするなよ」
「ミスタ・トージでも、そういうの気にするでありますか」
「俺がっていうか、一般論だろ。傷跡残って嬉しいか?」
「戦場でそんなこと、言っていられるでありますか?」
「そうだけどな……」
話しながら十路は、
触れれば男の体とは異なる弾力が手に跳ね返ってくる。少し丸まった背中は肩甲骨が浮き出て、肩は華奢で薄い。痩せて、そして性徴もまだだが、やはり少女の体をしている。
(ホント、まだ子供だよな……)
感慨深く思ってしまう。
十路とは異なる。社会からは子供扱いされるが、体もおおよそ出来上がった高校生ともなれば、半分は大人だ。
だが野依崎は、見た目からして幼い。なのに自分で道を選んで、これまで戦い続けて、並みの大人でも選べない生き様を続けてきた。
「……正体を明かしても、自分に対する態度、変わらないでありますね」
されるがままに、ポツリと野依崎がこぼす。
十路は軟膏のチューブを収め、温湿布を手に取りながら返す。
「人工 《
「そういう意味ではないでありますが……」
「体の一部が機械化されてるとか、特殊を通り越して変態的な特技があるとか、なんかあるのか?」
「自分の肉体は一〇〇パーセント人体と同等。
「やっぱり能力をコピーできるとか、なんでも打ち消せるとか? オールマイティなのか、無能と思われて実はスゲーのパターンか」
「《魔法》とは科学、つまり理論。そんな厨二病的ご都合主義は不可能であります」
「なら、別に大したことでもないだろ。フォーより変態的なのが、ウチの部にはいるし」
《
(こんな慣れ方もどうかと思うけどな……)
十路は内心ため息を吐くが、正直な事実だ。
大なり小なり、他の部員も似たようなものだろう。樹里以外は、正体を聞いても尚、野依崎を『フォー』と呼んでいた。名前ではなく番号と知れば、普通は気を遣いそうなものだが、誰も言い出さなかった。無神経とも、人工 《
単純に悪いと思っていないのだろう。過去を変えられるものではないから、事実は事実として受け止め、それ以上でもそれ以下でもなく感情論を挟まない。女性らしくなく《
「それが不安だったのか?」
「まぁ……」
「もういいぞ」
代わりに、ぶっきらぼうに湿布を貼り終えると、野依崎はいそいそと装備に袖を通す。
「いくつか質問していいか?」
「《
「それも含まれてはいるが、大元から訊かなきゃならん。さっきの説明だけじゃ不足してる」
「前に《アベンジャーズ》って計画のことを訊いたけど、フォーは当事者か?」
ジョイントを接合する音が止まり、今度こそ衣擦れが聞こえる。装備を身に付け終え、上からジャージを着ているのだろう。
「計画を
「だけど自分のことを《ムーンチャイルド》計画プロトタイプって言ってたな?」
「
「複数の別プロジェクトをまとめたのか? それとも複数のプロジェクトが同時進行したのか?」
「どちらとも言えるでありますが、後者の
十路が振り返っても、野依崎は背中を向けたまま問い返す。
「どういう意図での質問でありますか?」
「ひとつは、単純な疑問だ。人工の《魔法使い》開発なんて、どう考えても早すぎる。俺たちみたいに普通に生まれた《魔法使い》を第一世代とすれば、その研究と育成プランが目下の目標だ」
魚などでは生態を解明し、思いどおりの結果を出せる確証を得てからでないと、生命サイクルを掌握した完全養殖を
そして《魔法》が出現して三〇年、《
レシプロ戦闘機からジェット戦闘機への変革は、およそ三〇年。単純に数字のみで比較すれば、ありえるかもしれない。しかし様々な理論が実証された上で作られた技術と比べて、ある日突然出現したオーバーテクノロジーを扱う人間兵器では、その時間で充分かは首をひねる。
「なのに無視して、新世代型の《魔法使い》を作って投入って、飛躍しすぎてる。だから《アベンジャーズ》には、最低四つの計画が存在するはずだ」
狙いどおりの《魔法》を持たせる経験をさせる軍事心理学。《
そして野依崎の口から語られた、人工的に《
「さすが元
「ヤメロ……そう呼ばれるの、嫌いなんだから」
彼女が秘密にしていたことを暴かれた、嫌味のように返された言葉に、十路は顔をしかめる。平坦な返事にも感心の響きがあり、普通に話を続け、加えて厄介なことに彼女の毒舌に悪意はないので、考えすぎだろうが。
「元々は自然発生した《
通常兵器を
納得で十路が軽く
「その質問したのは、単純な疑問だけではないと言ったでありますが?」
「もうひとつは確認だ」
つばめは朝食の席で、野依崎が消息不明になった理由と、独自に金稼ぎする理由について語っていた。
――やっぱり『ナッツ』関係?
――フォーちゃんには金食い虫がいるんだよ。そのために自力でお金稼いでるわけ。
野依崎は《
そして以前の部活動で、未確認戦力の援護があった。どこからともなくミサイルが飛来し、航空爆弾が投下され、
《アベンジャーズ》がそのような計画で、しかも海軍仕様が建造されているならば、存在しなければならない。
「お前、空軍仕様の大型 《使い魔》を持ってるだろ」
「所有はしていないであります」
にべもない返答に、十路は小さく拳を握り締めた。
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