050_1100 炭火に語りてⅨ~別れ際に「ありがとう」て言えれば最高よ~
『――っていうのを効果的に再現できる拡張装備、お願いしたんですけど』
「……
『宇宙用も予想外なのにそこまで!?』
「確証なしに言ってるけど、これまでの拡張装備使った《魔法》考えたら、シャレにならない気がするんだが……」
『愛知に行くのが怖くなってきました……』
急ぎとはいえ、一分一秒を争うほどでもない。相手が準備万端であるならば急ぐ要はあるが、つばめが言う『
だから樹里が愛知へ発つのは、夕食を食べ終え、後片付けを任せた後だった。
『先輩。結局今回の
「敵が二勢力って思ったほうがいい。アメリカ軍の攻撃を阻止するなら、俺たちが責任持って《
着替えを取りにマンションに戻るだけでなく、実家にも立ち寄る必要があると言うので、
『すみません……大事な時に抜けてしまって』
「木次が謝ることじゃないだろ。それに、そっちの役目こそ大事だから、頼んだぞ。宇宙兵器の迎撃なんて、俺たちじゃ対応できないみたいだし」
『や、そうですけど……でも、こっち側も切羽詰ってますよね?』
「宇宙の問題が出てきたら、言い方悪いけど、
『やっぱり、状況は詰んでますか……』
「あぁ」
このままではどう
だから十路はオートバイを運転していた。他の部員たちからも《
【そう言う割に、トージは危機感持ってるように思えませんけど……】
「俺の性分だ。慌ててどうにかなるなら、いくらでもパニくるけど、無駄なエネルギー使っても仕方ないだろ」
【諦めてはいないと解釈していいんですか?】
「逃げたいけど、敵前逃亡は銃殺刑ってのが相場だしな」
【自衛隊法では七年以下の懲役または禁錮。さすがに銃殺はないと思いますが、犯罪者扱いは確実ですね】
「だったら諦め悪く、ない知恵絞るしかないだろ」
軽口を叩けるほど落ち着いているものの、今夜はとても寝られないだろう。イクセスと話しながら、十路はそんな予感を覚える。
それきり会話が途切れる。後部からは無線越しの声も届かず、オートバイも黙って操作に従っているので、何も言わずに夜の街を駆ける。
『そういえば……初めてですね』
再び声があったのは、樹里の姉夫婦が経営する店に近づいてからだった。
「なにが?」
『や、今回の部活、完全に先輩と別行動じゃないですか』
樹里に言われて、少し考えてみたが。
「こういう緊急事態の場合は、木次と一緒のほうが少ないだろ?」
『や~、確かにそうですけど……』
人数が少ないため、分担作業が多ければ
加えて、十路は状況によって制限が加わるが、共に距離に捕らわれない戦術を持ち、《
普段の部活時はよく行動を共にするが、戦闘を行う緊急時では、樹里と一緒に行動することは多くない。
『そうじゃなくて、今までのはなんて言うか、結果的に別行動してるじゃないですか?』
「あぁ、そういう意味か」
共通する目的を達成するために、それぞれの役割をこなすために、別行動を行ってきたが。
「今回は、確かに違うな」
最初から別の目的で別行動することになる。距離を
『先輩。無茶しないでください』
「そうだよな……木次いないんだよな」
死にさえしなければ、《
傷つきながら、血を流しながらも、勝利することができた。
だが今回は通用しない。樹里に甘えようとしたら死ぬ。その事実を十路は、改めて噛み締める。
「わかった。作戦が未定だけど、無茶は死なない程度にする」
『無茶するなって言う方が無茶ですか……』
とはいえ、無茶せず事を片付けられないだろう。見込みだけでもジレンマが存在しているのだが。
そんなことを話していたら、やがて着いた。
「あれ? お店閉まってる……?」
リアシートから降りながら、建物の暗さに樹里は怪訝な声を上げる。
ビル地下一階への入り口、階段の壁に小さく掲げられた『allegory』の看板を照らす明かりがない。
スタンドを立て、十路もオートバイから降りる。
「定休日ってわけじゃなさそうだな?」
「はい、違います……
樹里はヘルメットを脱ぎながら操作した、携帯電話を耳につける。
そしてコール音の間に建物を仰ぐ。一、二階は別のテナントが入っているが、どうやら店舗の上に、樹里の実家兼姉夫婦の住居らしい。
(そういや、そんなことも知らないんだよな……)
十路もヘルメットを脱いで見上げていたが。
「…………あれ?」
樹里の怪訝な声に振り向く。
「お姉ちゃん。私、樹里。今どこにいるの? これ聞いたら連絡ちょうだい」
留守番電話サービスに切り替わったか、それだけ言って樹里は電話を切る。いない以上は仕方ないと区切りをつけて、樹里は携帯電話をスカートのポケットに収める。
「その様子だと、なにも聞いてない……みたいだな」
「はい……どこに行ったんだか」
「今回の
「やー、なんとも言えませんね。お姉ちゃんも国家所属の《魔法使い》じゃないですけど、
それもそうかと納得する。支援部に所属している、国家に所属していない《魔法使い》も本来いてはいけないのに、その上社会実験の大義名分もない立場では当然だろう。
ならばなぜ《
「実家の鍵もなくしたとか言わないよな?」
「や、そっちは大丈夫です」
替わりに昨夜のことを思い出して問うと、樹里がポケットから、なぜか北の風情
「じゃ、気をつけろよ」
学院に戻る前に、いま一度、十路は気遣いの言葉をかけて。
「…………」
「……?」
二人の間に沈黙が宿る。
どこか不服そうな面持ちで見上げる樹里の瞳に、なにやら期待めいたものがあるような気がしなくもない。そんな眼差しを向けられたものだから、十路も無視して帰ることができない。
この期に及んで樹里がなにを期待するのかと、十路なりに空気を読んで少し考えて、納得する。
やはり彼女は不安なのだろう。科学技術が進歩し、そこに常駐することも可能になったとはいえ、人を拒絶する空間に
だから彼は、いつもの平坦な口調で提案した。
「抱きしめて『必ず生きて帰ってこい』って耳元で
「いきなりなんですか!?」
「去り際にイベント起こさないといけない雰囲気だから。やれって言うならやるけど、死亡フラグの
「ややややや! 言うつもりないから結構です!!」
樹里が
彼女の反論理由が、十路のセクハラなのか、空気解読能力がいつも通りだったからか、それとも『死亡フラグ立てるな』という意味なのかは、わからない。
「じゃぁ、その目なんだ?」
「やー……宇宙に行くのに『気をつけろ』だけかと思いまして」
読みの方向性だけは正解していた。その程度は当然と思うべきか、十路の解読能力も多少進歩したと考えるべきか。
「それ以上のこと言えないぞ?」
「堤先輩って、本当そういうの、ドライですよね……」
「そう言われても、宇宙なんて行ったことないし、アドバイスなんてできないし」
「や、そうじゃなくて……」
十路と樹里の二人に限らず、それが男と女が違う生き物と言われる
とはいえ、それ以上を求められても、十路としては正直困る。転入前まで死が身近であったため、別れの挨拶をした人物と二度と会えない事態が、さほど珍しくなかった。必要以上の感傷を抱かないためには、素っ気なくなる以外にないので、こんな時にかける気の利いた言葉など持っていない。
「ひゃっ……」
だから代わりに、樹里の頭に手を乗せる。
「そのくらいは、木次を信頼してるって思っとけ」
困難に違いないが、彼女はミッションを果たし、帰還するだろう。
そう思えるから、改めて言葉や態度で伝える必要性を感じない。
「……はい」
街の明かりがあるとはいえ、夜ではわからないが、彼女の顔は少し赤くなったかもしれない。肩をすくめた樹里は、照れたように
「それにドクター・ゲイブルズがいるなら、大丈夫だろ。話を聞くと、木次に対しては心配性みたいだし、『初源の《魔法使い》』がなにも考えてないわけだろうし」
「や、だから愛知に行ったら、ひと悶着ありそうなんですけど……って、先輩に
「いや。木次の姉貴から予想してたし、さっき理事長が『リヒトくん』って呼んでたから、あのリヒト・ゲイブルズだって確信した」
髪型を崩さない程度に、ポンポンと頭に乗せた手を下ろす。
「……こういう時、普通の高校生なら、どうするんだろうな?」
そして漏らした吐息に、樹里は苦笑を返す。
「普通の高校生は、《死霊》の軍団と戦えませんし、宇宙なんて行けないですよ」
「だよな……」
わかりきってる。今までそうだったのだから。
だけどもう、否定はできない。どんなに普通を求めたとしても、自分たちが異端で超常であることを認めないとならない。
「先輩も、信じてますから。私が戻ってきたら、街がなくなってたなんて、困りますし」
「できる限りのことはやるけど、あまり期待するな」
「有限実行って言うか、先輩っていつもそうですね……」
「できないことを言うつもりないからな。ま、建物がメチャクチャになっても、人的被害がないなら、《魔法》で直せばいいと思ってるし、そういう意味なら」
「また『遠慮なく壊して』とか、部長に怒られますよ?」
「どうしようもないし、怒られるだけで済むなら充分だろ」
そしてはにかむ樹里に、下ろした手を上げて
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