050_1050 炭火に語りてⅥ~不可能の証明~


「それで今回の件。現状だと非公認だけど、支援部の部活になること確実なんだけど」


 聞かなければならない話はおおよそ聞き終え、つばめの音頭で、話題は今後の対策へと移り始める。


「フォーさんは空軍、戦術航空支援のために育てられたってことは……《男爵あのコ》は海軍か海兵隊、水陸両用作戦に特化して育てられたってところでしょうか」

「あの《死霊》がトッカした結果なん?」

「じゃないですか? いろいろ兵器が開発されても、結局戦争に必要なのは歩兵戦力ですし。地形の制限を受ける上陸作戦だと特に。しかも強襲揚陸だと、敵と真っ向勝負するしかありませんし、被害はまぬがれません。なのにあんな《死霊》軍団が使えるなら、味方の被害ゼロ、敵の生存者ゼロ、環境や施設の影響ゼロ。トリプルゼロで地球に優しくひとに優しくない一方的虐殺パーフェクトゲームができちゃいます」

「こっちは触れないのに、あっちからは斬られるし。ホラーなのがワンサカ出てきてヤツザキ。うわー、想像したら食欲なくす」


 などと言いつつ食欲旺盛おうせいに肉ばかり食らい続ける南十星の小皿に、ナージャはどんどん野菜を乗せていく。


「しかもあの子供の体、なんだっつーの……離れて観測した感じでは人間っぽかったですけど、腕が変形したり、粒子に分解したり。どうなってんですの?」

「や、私、変形はできますけど、分解はできません……」


 コゼットに青色の視線を向けられて、樹里は『そこまで人間離れしてません』と不本意そうだった。


「あの頭蓋ずがい骨みたいな、専用デバイスあっての技でしょうけど。あれでなにかの細胞を動かして、人間に見せかけてる《ゴーレム》ってだけで、時間が経てば腐敗すんじゃねーかと思いますけど」

「…………」


 『予想してるなら私を見ないでください』と樹里が無言で語っている。だがコゼットは、千切った串焼きハンバーグを生のピーマンに詰める、なんだかつうな食べ方をしていて、気づいていない。


「そういえば部長さん。自爆した《魔法使いの杖アビスツール》の残骸、どうなりました? あれ調べれば、なにかわかるんじゃ」

「あぁ、あれ……」


 もう焼きソバを作るつもりか。グリル網を下ろして鉄板と入れ替えながらナージャが問うと、コゼットはビールで飲み下して、なぜか顔を歪めて重々しく言葉を吐いた。


「《エクスデス》でしたっけ? 棺桶は証拠として警察が運ぶ前に、ちらっと調べてみましたけど……システム的にも壊れてて、なにもわかりませんでしたわ」

「もうひとつの、骨なのは?」

「残ってねーんですわよ……コア・ユニットも、バッテリーも」

「ほえ? 自爆前にわたしが《魔法》で完全に閉じ込めたので、どこかに吹き飛んだってことは――」

「そうじゃねーっつーの……こっちは物理的に完全破壊されてんですわよ。残ってたのは溶けて固まった金属の塊だけでしたわ」

「ちょっと待ってください? 《魔法使いの杖アビスツール》の中枢部品って、破壊不可能なはずじゃ?」

「えぇ……そのはずですけどね」


 二人の会話に、十路も顔を向けて振り返った。樹里と南十星も軽く驚いた顔を作っている。

 機密保持や、本来の使用者以外の利用を避けるため、《魔法使いの杖アビスツール》は自爆装置が組み込まれている。残存電力を強制的にゼロにするため放電し、電子情報は完全にデリートされ、再使用不可能になる。

 しかし物そのものは残る。ただ頑丈というだけでない。《魔法使いの杖アビスツール》のコア・ユニットとバッテリーは、に破壊不可能なはずなのだ。だから分解調査ができず、多くの企業が類似製品を作れない理由にもなっている。

 この技術の詳細は、公式な発表はない。しかし特異な《魔法》を持つナージャを知る今なら、支援部員たちは推測できる。

 時間を停滞させ、変化を拒んでいるのではないか。戦略級 《魔法》の直撃にすら耐える《ダスペーヒ》と同等の現象ではないか。

 分解して中身を確認できない以上、そんなことが可能なのか、証明できない。だが他に考えられない。

 そして証明してはならない。コア・ユニットはまだしも、バッテリーは絶対に。


「じゃあ、遠隔発動した《魔法》で、爆発を起こしたとかじゃなくて……」

「コア・ユニットと一緒にバッテリー――反物質電池の封印が破れた。それも故意に。信じられねーですけど、それしか考えられねーんですわよ」


 SF作品の兵器を実現しようと考えると、真っ先に問題になるのがエネルギーだ。なのに《魔法》は、SF兵器を仮想的に再現する。

 それを可能にできる理由が、普通の物質とは真逆の性質を持つ素粒子で構成された物質――反物質をもちいているからと言われている。こちらも公式発表は存在せず、誰も証明していないが、やはり他に考えられない。

 理論上、この宇宙で最も高効率に、莫大なエネルギーを得る手段であるために。たった一グラムの反物質で、核兵器とほぼ同等のエネルギーが放出されるくらいでないと、《魔法》という現象は起こせない。

 そんな危険物を平然と扱う辺り、《魔法使いソーサラー》もメーカーも正気ではない。だが水素も石油もウランも、扱いを間違えば犠牲者を出す危険物なのに、平然とエネルギー源として利用している。それに反物質エンジンは、本気で研究開発が行われている代物だ。思い出したように危険性が叫ばれるが、発表がない以上は推測に留まる。しかも事故は一度たりとも起きていない事実が、危機感を奪い去っている。

 だが今回、それが起こった。しかも修交館学院とハーバーランドでの二度も。その上バッテリーだけでなく、同様の防御がされているはずのコア・ユニットも、残骸が残っていない。

 こうなると偶発的な事故ではなく、故意に絶対防御が破られたと考える他ない。なぜ可能かは推測できないが、相手はその手段を持っていることは確実だろう。


「あっちゃいけない事なんだけどね……」


 これにはつばめも珍しく、炭酸が抜けかけたコーラを振りながら、童顔を引き締めて考え込んでいる。


「はい整理してみよー」


 小皿と箸を置いた南十星が、手を叩いて沈黙を破る。


「フォーちん狙ってる脱走 《魔法使いソーサラー》は、壊せなくてシンシュツキボツの《ゴーレム》を大量に操れて、しかも戦艦の《使い魔ファミリア》に乗ってる。今のところ、どこにセンプクしてるかふめー。最後の言葉からすっと、神戸市民全員が人質じょーたい。そんで、地形が変わる大爆発をいつでも起こせる。これでいいでしょーか?」


 樹里もナージャもコゼットも、異論なくうなずく。改めて列挙された悪条件に、若干じゃっかん顔を強張こわばらせている。

 つばめと野依崎のいざきは、ジュースを飲んで静観している。正確に理解しているからか、表情に変化はない。


「兄貴、こんなジョーキョーで勝てる? さっきからメシも食わずにパソコンいじってて、一言もしゃべってないけど、それ考えてんじゃないの?」


 話を振られ、全員の視線が十路に集中した。

 仕方なくOAチェアごと向き直り、首筋をなでる。


「考えはしたけど……結論、一言で済ませていいか? 詳しい説明が必要か?」

「一言だけじゃ意味不明イミフだろうから、どっちも」


 ならばまずはと、一言で端的に、意図して素っ気なく伝えた。


「詰んでる」

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