第75話 農地タワーディフェンスと戦艦ドミニオン

「〈ディバインアロー〉!」


 広大な農地の中心部に木材で組み立てられた矢倉の上に自分とエファは待機していた。


 視界に映るのはただ広々とした農地だが、遥か向こうにはこの農地へ侵入してきたモンスターのアイコンが表示されている。


(侵入感知用のお札買っておいてよかった)


 農地から近い都市のエルニアで準備をしていたら親切な妖精がこの侵入探知用のお札を購入すべきだと言われて試しに買ってみたところ、程なくして大量のモンスターが農地へと侵入してきたのを教えてくれたのでとても助かった。


 視界に映らないような遠い場所でも感知すれば敵対アイコンが表示される。そのアイコン目掛けて雷の槍〈ディバインアロー〉を投擲する。


 巨大な雷光の槍は天高く飛翔し、上空で四方にはじけ飛ぶ


 槍は数十に分かれ矢となり雨のように降り注いだ。それらの雷の雨は予め設定しておいた場所に一直線へと飛んでいく。


 矢が指定された場所へと飛んでいき、次第に見えなくなる。そこでここ近辺のマップを開き現在侵入してきている敵の位置を確認する。ピコンとマップに映る数十もの敵性モンスターを意味する赤い四角のアイコンが次々と消えていく


「よし、せん滅で来たな」


 一キロ圏内に侵入してきた数十のモンスターを全部処理出来たようだった。


(こういうのをタワーディフェンスって言うんだっけ?)


 大学の食堂で堀先輩が外敵から自分の拠点を守るゲームをスマホでやっていたのを思い出した。堀先輩がやっていたゲームでは外壁を建てたり固定砲台を設置したりしてネットを介したプレイヤーと対戦するというものだったのだが、防衛の隙間を縫って侵入してくる敵に四苦八苦していたのを思い出した。


『この時期だとスノウバードがここら辺に渡ってくるからねー、夕方頃になるともっと来ると思うよ』


 自分が放った魔法を見てオーッといった感じ出歓声を上げたエファがそう言う、スノウバードとは見た目は豆大福の様なまん丸の小鳥の集団だ。


 スノウバードは大陸北部の雪の国から渡ってきては現実世界で言うところの蝗害のように集団で農作物を荒らすモンスターだ。


 ただ憎めないのが蝗害はバッタという大量にいたら思わず嫌悪感を抱いてしまう昆虫だが、スノウバードはどこかにありそうなマスコットらしいモフモフとした白い羽毛につぶらな黒い瞳が特徴の愛らしい姿をしている。


 ただそれが集まれば雪崩のように畑へ侵入し農作物を食い荒らすことからファンタジーワールドの蝗害と言える。


「そんな時期なのか、話は聞いていたけどこの季節はエルニア付近にも来るのか」


 自分が幻想世界をプレイしていた頃であればこのスノウバードの鳥害は大陸の反対側の西部だったはずだ。なので大陸南東部のエルニア付近に農地を買ったのだが当てが外れたようだ。


『でも西部程の規模は余りないね、罠を設置していたら全部駆除できると思うよ』


 エファがそういうのであればその通りなのだろう、せっかく少なくないお金を叩いて買ったのだ。鳥たちにくれてやる道理はないので早速迎撃用の罠の設置をすることにした。







『スノウバードだったら雷撃柵と火球が込められた杖を立てるのがおススメかなぁ』


 雷撃柵は現実世界でも使われているような電気柵と同じものだ。有刺鉄線ではなく魔力線を繋げて感知したら雷が撃たれたかのように電気を発生させる装置で、現実世界であれば危険極まりない代物だ。


 そして取りこぼしたモンスターを自動追尾型の火球が込められた罠杖を畑に刺して立てておくことで迎撃する。ただこの罠杖に関しては使い捨てなので結構コスパが悪く管理も大変なのが問題だ。


『罠杖って言ってもそこまで使わないと思うよ、大体は電撃柵で死んじゃうだろうし』


 保険というやつなのだろう、実際に電撃柵を抜けて畑へと侵入するスノウバードやその他モンスター達は全体の1割も満たない、ただ入り込んだらそこは農作物が食べ放題の楽園なので確実に駆除する為にも等間隔に罠杖の設置が必要だそうだ。







 モォリオの栽培は現実世界で丸々二日間で収穫できる。現実世界で言えば農作物は数か月単位で育てる物だが、ゲームと言う特性上このようにすぐ収穫できるのは嬉しい


 ただ電撃柵や罠杖を設置していても自分が監視できる時間は限られてくるので幾つかはスノウバードの食害の被害にあってしまった。


 それでも収穫すれば大型トラック何台分と言う大量のモォリオが出来た。モォリオは日光に当てると毒性の芽を発芽するので遮光シートをかけて発芽を防ぐ、数日後には最初の輸送便がエルニアに到着するのでそれまでは冷暗所で安置する。


(毒性の芽といい、まんまジャガイモだな)


 ただ中身は紫色なので紅芋に近いか?なんて思いつつも、手際よく収穫をしていき気が付けば収穫だけで今日ゲームできる時間が終わってしまった。





 農地は育てた日数分のクールタイムが必要なので、その間は少数のスノウバードに突破された電撃柵や罠杖の設置場所を見直した。


 また収穫ごとにゲームをする時間が削られるのは困るので人員を増やし、収穫の際にはエルニアの冒険者ギルドに収穫の手伝いのクエストを発注するようにした。


 結構な量が収穫できたが現在高値で取引されている食材であっても多分売り上げはそこまで無いと試算が出来ている。


 単純に大陸間の輸送費がバカ高い事が主な原因だ。勿論人件費などもかかるがそれは全体で見れば1割にも満たないだろう


 これらの大量の作物を輸送となるとその方法は限られてくるので自然と妖精王国の軍艦を借りさせてもらう手はずとなっていた。


 ただ向こうからしてもこれらの戦艦を動かすだけでも多額の費用が掛かるので別に吹っ掛けている訳じゃ無いとの事、そりゃ空を覆いつくすほどの戦艦を作物の輸送船として使うのがおかしいのだが


 ただ今回の件もあり、妖精王国の軍の中では大陸間の移動用の輸送船を作るなんて計画もあるそうなので、遠い将来は利益が出てくるかもしれない







「お久しぶりですなサーリナ爵殿、といってもこの世界では初めまして、になりますでしょうが」


 航空戦艦ドミニオンの三番艦『カシウス』の艦長のケォル艦長が懐かしそうな目でこちらを見ていた。


「えぇ、ここでは初めましてですね」


 がしり、と両者ともに固く握手をする。ケォル艦長も妖精族なので肌は人ならざる青白い肌をしている。


 白と黄緑を基調とした海軍風の軍服を身に纏ったケォル艦長にはこれまでの功績を顕す勲章が所狭しと右胸に付けられている。


 ケォル艦長は元は雪の国の生まれの妖精族だ。ただ本格的に戦争が始まるまでに移住してきた経緯があるので少し立場が複雑なところがある。


 ただ国の主力となる艦を任されているだけあってとても有能な人物だ。ただ一介の冒険者である自分に対しても礼儀を崩さないし、何かと癖の多い特殊NPCの中では実直で真面目な人だ。


 人形の様な儚げな美しさを持つことが多い妖精族には珍しく、巌の様な男らしい人物で戦闘をする際も巨大な戦闘斧を揮う。


 幻想世界では終ぞ戦うことは無かったが、狭い館内においても十全に巨大な斧を振り回す姿は艦長ではなく突撃隊長の方があっているのでは?なんて内心思ったりもする。


(いや、でっかいな……2メートルは超えてるぞ)


 幻想世界のディスプレイ越しで見るケォル艦長もデカい部類のNPCだったが実際に間近で見てみるとまさに大男と言った形だ。基本的背が低い妖精族では人間よりも二回り以上大きい、軍人らしく筋肉も付いているので余計に威圧感がある。


 現在ケォル艦長と居る場所は航空戦艦ドミニオンの三番艦『カシウス』の航空甲板部分、小型戦闘機が発進する甲板の上で現在バルバトに向けて飛行中だ。


 ただファンタジー世界のお陰で外にいても突風が吹くことは無い、ドーム状に黄緑色の薄い膜が展開され突風を防いでくれていた。


「最初はいきなりリア王国の方へ出向せよなんて言われた時は女王陛下がご乱心なされたと思いましたがまさかこのカシウスを輸送艦として使うと言われた時はさすがの私でも驚きましたな」

「いや……今回は本当にありがとうございます」


 わっはっはとその巌の様な姿からは想像できない様な笑い声で今回の件について話してくれるが、流石にこれ程の軍艦を態々出して貰えたのは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「いえ、費用も出して貰えていますしサーリナ爵が気に病む必要はありません、新兵訓練としては丁度良かったのでしょう訓練では上手くいっても実際にやるとなると綻びは必ず生まれる物なので」


 ケォル艦長曰く、今回の輸送任務は深刻な食糧不足に悩まされているバルバトへの人道的支援と言う名目と共に、新兵訓練も兼ねた長距離移動訓練も同時に行われているらしい


 その為、今回の任務に従事する兵士は通常よりも訓練から卒業したての新兵の割合が多いらしくその為予定されていたスケジュールに遅延が発生していた。


「元々雪の国とは膠着状態なので正規兵を出せないという問題もありますが、サーリナ爵から聞くに緊迫した状況でもないとの事でしたので今回新兵たちを連れてきましたが……やはり上手くいかない物です」


 はぁと小さくため息を吐くケォル艦長だがその姿でさえもどこか様になっているように感じた。


 ちらりと横目に映るのはカシウスの巨大な翼が雲を切り裂き、雲海から浮上した光景だった。


「良いでしょう?空を飛ぶ魔法使いは国内にも結構な人数が居ますが雲海を越えて飛べる者は居ない、この景色はこの艦に従事する兵士の特権ともいえるのです」


 自信たっぷりにケォル艦長はそう言うがまさにその通りだと思った。似たような景色が飛行機の中から見たことはあっても解放感が全く違う、薄い黄緑色の膜に覆われた空間は全方位を展望できる絶景スポットで、現実世界ではありえない様な巨大な翼は雲を切り裂く姿だけでどこか絵になっている。









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