闇の中の真実
俺が最初に目を覚ました時、視界は真っ赤な景色に支配されていた。
血だまりに沈んでいるのか。まさかここは地獄か。軽いパニックに陥っていると、その紅い地獄で、真っ青な瞳が俺を覗き込んできた。
宝石のように美しく、微かに芳醇な香りもする。俺と目が合うと、その瞳はニッコリと笑顔の形を成した。
「あ、起きた」
「!?」
その正体は、現実離れしたほどの美人さんだった。
こんなに綺麗なお姉さんと、至近距離で顔を合わせた経験などあるはずがない。それに巫女服のような、巫女さんをモチーフにしたような踊り子服。大きな胸を主張するようにぱっくりと開いた胸元に、免疫のない俺はある意味でパニックが加速した。
「みんなー。起きたよ~」
間延びした声で、お姉さんは別方向に語り掛ける。
俺はようやく冷静になって、視界を赤く埋め尽くしていた正体が浅草の『雷門』であったことに気付く。
どうやら俺は巨大な提灯、それが吊るされた雷門の下で寝ていたようだ。
そして美人のお姉さんが呼びかけた先には、元気なヒカリの姿があった。
「あ! マサ兄ちゃーん! 見て見て、ウサギちゃん! ふわふわのウサちゃん!」
「……気安く触るでない
「もっふもふー!」
「………………」
地面に腰を下ろすウサギ頭の武者は、ヒカリに毛皮を撫でられ凄く迷惑そうだ。だが力尽くで振り払わないあたり、優しいウサギさんなのかもしれない。目つきは牧師や悪魔達より鋭いが。
「そうだ、牧師……!」
牧師と言えば、マガール牧師はどこにいったのか。その答えはすぐ近くにあった。
牧師も雷門の下の地べたに座り、門から剥がしたと思われる木材で、小さな焚火を起こしていた。
その隣には、これまた見知らぬ青年もいる。いかにも不良っぽい見た目で、俺の苦手そうな人種だ。
「……起きたかマサヤ。気分はどうだ」
「い、今は何とも……。あの、マガール牧師……。この人達は……?」
「俺様はスサノオ様さまだ。全力で敬って良いぜ少年」
「
「拙者は士郎・左尋坊・因幡と申す。拙者達は『出雲大社』より派遣されてきた者。この東京に残っていると思われる、生存者達の救助に来たのでござる」
「……え、と……。桐谷、聖也です……」
挨拶をされたから、反射的に名乗り返してしまう。骨身に染みついた日本人としての習慣だ。
だがそれよりも、俺は『救助』という言葉を聞き漏らさなかった。スサノオ、ウズメ、シロウと名乗ったこの人達は、出雲から助けに来てくれた人達なのか……!
「……まぁ、そういうことらしい。お前が倒れてから悪魔達に襲われたが、彼らによって助けられた。九死に一生、ってやつだな」
「イギリス人なのに日本語詳しいじゃねーかオッサン。今度俺に外国の言葉教えろよ」
スサノオは牧師の小脇をつつくが、あまり牧師の表情は良くならない。微妙に怒っているようにも見える。
それにしても、『スサノオ』か……。ゲームや漫画でよく目にしたことのある名だ。詳しくは知らないが、日本の神でも特に有名で強力な部類なのだろう。これは心強い。
「じゃ、じゃあ、すぐにここから……」
「まぁ待てよ少年。俺達の目的は、何も救助だけじゃない」
俺の逸る気持ちに応えはせず、ヤンキーのような姿のスサノオは、開いた掌を俺へと見せる。
そして、にわかには信じられない言葉を口にした。
「逃げるよりも、もっと確実な方法がある。安全で、全員が平和に生き延びることができる方法だ」
それは冗談でも何でもなく、出雲大社や日本政府という、最高機関の決定でもあった。
そして同時に、スサノオ自身がそれを為すために顕れた。
「――俺達は、東京を取り戻しに来たんだぜ」
『東京を奪還する』。突拍子もなく思えるが、安全を確保するという意味で言えば、確かにそれが一番手っ取り早い方法だろう。
悪魔共を追い払えば、人々の脅威は去る。これだけ崩壊した街の復興に、どれだけの時間やお金がかかるかは分からないが。
「スサノオ様、それは……!」
ウサギ頭の『シロウサ』こと士郎が、首元にヒカリをぶら下げながら腰を上げる。
ヒカリはふわふわの首に掴まりながら、何かのアトラクションかと思って笑っている。
ヒカリが楽しそうなのは何よりだが、シロウサはそれどころでなく、何か焦っている様子だった。
「それは言っちゃマズいやつなんじゃないの、スッサー」
綺麗なお姉さんのウズメさんは、そう言いつつも特に困っている素振りではない。
しかし日本国民とは言え、俺達のような民間人にペラペラと喋って良い内容ではなかったのだろうか。
「イイんだよ。アマテラスの姉貴だって、いずれは日本中に発表するつもりだったんだし。それにこの東京も遅かれ早かれ、いつか必ず取り返さなきゃなんねーだろ」
それまでチャラチャラした雰囲気が鳴りを潜め、真剣な表情になるスサノオ。
その顔つきを見るだけで『ただ者』じゃないというか、やはり普通の人間とは違う超常的な神であるのだと感じる。
「……お前達は『斥候』というわけか? 大規模な軍隊を投入するための前準備として、潜入したと?」
「そんなカンジ。まぁ、俺様一柱でも取り戻せるけどな!」
凄い自信だ。マガール牧師は俺と同じように、スサノオの横で僅かに口を開いて呆れている。
牧師としても、できれば東京奪還より自分達の護送を優先してほしいのかもしれない。
「……日本の神々には、何か具体策はあるのか? そう、たとえば――『切り札』みたいな存在が」
丸眼鏡の奥の瞳が光る。
俺は、鋭い眼光の牧師と不意に目が合った。
「『とっておき』があるんだぜ、出雲大社と日本政府には。まあ『アレ』がなくても、日本神話最強である俺様そのものが切り札みてーなもんだけ――」
――それを聞いてからの牧師の動きは、速かった。
牧師は焚火を蹴り飛ばし、まだ目覚めたばかりである俺に――ライフル銃を突き付けてきた。
「動くなマサヤ」
「!?」
「マサ兄ちゃん!」
俺の首元には太い腕が回され、ライフルの硬い銃口がこめかみに当たる。
マガール牧師の突然の行動に、誰も即座に反応することができなかった。拘束された、俺自身すらも。
「悪いなマサヤ……。だが俺も、こうするしかない」
「牧師……何を……!?」
「オイっ! 何やってんだオッサン!」
「動くな日本の英雄神。この子供がどうなっても良いのか」
訳が分からない。どうして牧師はこんなことをするのか。この行動に、どんな意味があるというのか。
「……落ち着け異国の司祭よ。何が貴様の望みだ」
「落ち着いているさ士郎。この上なく冷静だ。俺はただ、『真実』を聞きたいだけだ」
シロウサの問いかけに、牧師はポツリポツリと語り始める。
その間も、ヒカリは俺へと心配そうな視線を向けてくる。
牧師の行動に理由が意味があるなら、俺も大人しく人質でいよう。だがそうでないなら、いくら命の恩人でも許せない。俺の事よりも、ヒカリを怯えさせた事実に。
「……半年前のニア・ハルマゲドンの際、いくつか不審な点があった。その調査のために、俺達『ゲルニカ』は東京に投入されたんだ。そして部隊が壊滅しても、俺一人になっても、任務は終わってない……。終わらせるわけにはいかねぇ……!」
イギリス国教会の特務部隊。マガール牧師を残して全滅したグルカ兵と呼ばれる精鋭の軍人達。彼らへの想いも、牧師を突き動かしているのかもしれない。
「そもそもあの災害の日、本当に日本の重役達は『偶然』東京を離れていたのか? 狙ったかのようなタイミングで、国を運営するのに必要最低限な者達だけが、難を逃れることなどできるか?」
牧師は言葉を続ける。
「そして東京に投下されたアメリカ空軍の新型爆弾も変だ。そもそも核兵器は、ミサイルの弾頭に付けて発射されるのが普通だ。爆弾を運ぶ飛行機が墜とされては無意味だからな。なのに何故、2019年という時代において、アメリカは古い方法で、先の大戦のように『航空機で爆弾を運んできた』?」
アメリカ軍は災害の直後に部隊を派遣し、そして悪魔に滅ぼされた。
だから日本とアメリカのトップ達は、東京に爆弾を投下したのだ。効果は無かったみたいだが。
それが、牧師は疑問だと言うのだ。
「3つ目の疑問だ。『爆弾そのもの』についてだ。東京に落とした爆弾には何の意味があった? 悪魔には熱も放射線も効かない。それは周知の事実だ。だが、あの爆弾は……! 建物も破壊せず、人間に悪影響も与えず、一体何だったんだ! 莫大な光と音を放っただけで、本当に『何の意味もなかった』……!」
確かに。東京に核兵器を落としたなら、今頃俺もヒカリもマガール牧師も生きていないだろう。
『あの時』は確かに強烈な爆風と閃光、衝撃波が襲ってきた。だが東京の全土が焼け野原になるどころか、悪魔達が廃墟にした建物は、半年経った今も健在。不自然な点が多い。
「真実を答えろ日本最強の神。お前なら知っているだろう。『今この東京で、何が起きている』……ッ!」
災害の発生時に不在だった日本の
悪魔が出てきて、東京が崩壊して、さぁ大変。……なんて、単純な事態ではないのかもしれないと、牧師は考えている。
もしかしたら、俺のようなガキには想像の付かない、何かもっと恐ろしいことが起きているのでは。牧師の話を聞く限り、俺にはそう思えた。
ヒカリは相変わらず、状況が理解できず不安そうだ。このままでは泣き出してしまうかもしれない。
シロウサとウズメさんは、静かに牧師の話を最後まで聞いた。その上で、真剣な表情を浮かべている。
スサノオは牧師を睨みながら、口を開こうとする。
この国を代表とする神。俺の命を引き換えに、真実を牧師に語るのか。それとも、俺のようなガキの命は切り捨てられるだろうか。
そしてスサノオは――叫んだ。
「知らーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!」
……え?
「な、何だと……!?」
流石に牧師も驚いたようだ。俺だってビックリしている。
「知らねえんだよ。いやマジで。アマテラスの姉貴や親父は何か知ってるかもしれんが、俺はマジで爆弾とか
嘘を付いているようには見えない。そもそも、嘘とか付けるタイプなのか? この神様。
こめかみに当たる銃口がずり落ちる。牧師の手から力が抜ける気持ちもよく分かる。
「ならば……!」
「――関係ねぇんだよ。俺にとってみれば。国同士の駆け引きとか、陰謀とか、真実とか全部。人間のやる事だろ、そういうの」
ウズメさんは可笑しそうにに腹を抱えて笑い、シロウさも苦笑い気味に表情を緩めている。こうなることを、最初から分かっていたのだろうか。
これでは、人質まで取ったマガール牧師がまるでバカみたいではないか。真剣に人質となり、死の覚悟までした俺すらも。
「悪魔どもが勝手に日本に来た。だからブッ飛ばす。そして東京という土地を日本人達に返す。それが俺の真実だ。これが俺の、唯一絶対の答えだ! それを邪魔すんならサタンだろうがアメリカだろうが総理大臣だろうが全員ブチ転がす。それで良いだろ!」
牧師は拘束を解き、俺は自由の身となる。
すかさず、ヒカリが俺の胸に飛び込んできた。
「……なぁマサヤ」
「……なんすかマガール牧師」
「日本人であるお前から見て、どう思った?」
「いや、なんか、もう……スゲエっす」
「同感だ」
呆れたように、牧師も笑う。俺も、疲れたような苦笑いしか浮かばない。
神様っていうのはもっと、威厳に満ち溢れていて光り輝いていて、人智を超越した存在だと思っていた。
だが俺達が出会ったスサノオという神は、細かい事を気にせずヤンキーみたいに荒っぽく――そして単純に、ひたすらに真っすぐ『日本を取り戻すため』に頑張る神様だった。
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