京都防衛戦
京都に降り注ぐ、一千の悪魔の軍勢。
それを真っ先に迎え撃ったのは、日本の神々でもキリスト教の者達でもなく――極東より遥か遠くの地、極寒の北欧より訪れた『神』達であった。
「行くぞぅ、ジークフリートォ! 一番槍じゃあ! サタンを討ち取る!!」
「っしゃぁ! 承知したぜ、トールのオッサン!!」
上空から舞い降りてくる、黒翼の大群。
その先頭を飛来する悪魔王サタンは、白鬚白髪のトールと、魔剣を携えて青地のマントをたなびかせるジークフリートをその視界に捉えた。
サタンは興味深げに笑うと翼を広げ、頭を地面に向けて落下しながら、その手に黒く小さな十字架を召喚した。
そしてその十字架を地へ落とす――と言うより、サタンは上下反転しているため、大地に向かって『投げ上げる』と言った方が正しい。
ともかく、悪魔王が京都の街へと落とした逆十字架は、一瞬にしてビルのような大きさにまで巨大化した。
「『ブラック・ロザリオ』」
トール達からしてみれば、黒い巨大十字架が突如として眼前に出現したようなもの。
咄嗟にジークフリートを下がらせ、トールはその手にハンマーを握る。
丸太のような太い腕に隆起する
「ニョルニルゥ……! ハンマーッ!!」
轟音を響かせ衝突する、ニョルニルハンマーと
それにより、暗雲が吹き飛ぶほどの衝撃波が発生する。
だが、破壊には至らない。
汗を浮かべてハンマーに力を込めるトールの頭上では、サタンが星々と月光を背負いながら、静かに微笑んでいた。
(何じゃあ、この質量……!?
伝説のハンマーと、無双の怪力で数々の巨人を屠ってきたトール。
その北欧最強の戦士が、驚愕するほどの重量、威力。ケタ外れな悪魔の魔力に驚きながらも――トールとしては、サタンのこの実力はむしろ喜ばしいことであった。
「ぬうぅぅぅぅぅんッッ!!!」
太い腕に青筋が浮かぶ程、トールは鬼のような形相で力む。するとサタンが放った黒十字架は、ガラスのように粉々に砕けて消えていった。
相手が強大であればあるほどトールは悦び、真価を発揮する。戦いを求める武神としての本能。それが、悪魔王の一撃を粉砕する程の力を自身に与える。
「『
だがこんなものでは終わらない。サタンは五本の指で空中を掻き毟り、その長い爪から真空波を飛ばす。それはたった一本の指から放たれたものでも、英雄神スサノオを苦しめた威力を誇る。そしてスピードも恐ろしく速い。
怪力の代わりに素早さを持たないトールでは、回避する術を持たない。
しかしトールは何も焦ることはしない。
こんな時のための『援軍』なのだから。
「ウェイクアップ、『魔剣グラム』!!」
北欧の英雄ジークフリート。シグルズとも呼ばれる彼は、真っ黒な剣を振りかざし、剣に神力を込める。
そしてその剣から放たれるのは、彼がかつて討伐した『竜』の魂の欠片。
「喰い破れ! 『ファフニール』ッ!!」
剣撃は神力と魔力を吸い、魔竜の姿を形作り、サタンの真空波へ向かう。
半透明の紫色をした竜撃波はサタンの攻撃とぶつかり、人間が作り出した兵器などよりも更に大きな閃光と爆音、黒煙を生じさせる。
そうしてサタンの攻撃を相殺し、無効化できた。
しかしジークフリートの目論みでは、そのままサタンの喉元まで噛みつかせるつもりだった。だが、そうそう上手くはいかせてくれないらしい。
後続の悪魔達も次々と落下してくるだろう。さぁ、次の一手は――。
「――『ブラックロザリオ・特式』」
歴戦の勇士であるトールとジークフリートはこの日、何百年ぶりかに冷汗を浮かべた。『恐怖』という感情を思い出した。
先程トールが苦労して打ち砕いた黒十字架。
それが今度は、七本ある。
「『
膨大な質量、そして数。
トールとジークフリートは抵抗むなしく暗黒の魔力に押し潰され、ほとんどの黒十字架は破壊されることなく、京都を包む結界に突き立てられた。
京都全体を覆う強大な結界も、悪魔王の魔力に悲鳴を上げる。その閃光は夜の街を明るく照らし、そしてついに、僅かに『ヒビ』が入った。
「行け、ベルゼブブ」
「はっ……!」
暴食を司るハエの王ベルゼブブ。その悪魔は肉体を小さなハエに分散させ、サタンが生じさせた僅かな亀裂から侵入する。
そして結界の内部で再集結し、『暴食』の名に従い、京都に住まう多くの神々の力によって構成された結界の力を――食い破った。
人間の目には見えない、ドーム状の巨大な結界。それがベルゼブブによって破壊され、京都の街は無防備な状態になってしまった。悪魔達の眼下にある街は今まさに、城門が開かれた脆き要塞。風前の灯も同然。
そこへ一気に、雪崩れ込む。
「ハイハーイ! カワイイ素敵なアスモデウスちゃんからのご命令~☆ 京都にいる神も人間も動物も、目についた建物もぜーんぶ、好きなだけブッ壊せー!!」
色欲の悪魔アスモデウスの号令により、血に飢えた悪魔達は歓喜の声を上げながら飛来する。
結界を失った京の都など、ただのエサ場でしかない。誰よりも早く、そして誰よりもたらふく腹を膨らますために、悪魔達は一番乗りを目指して降下した。
――だがその認識は、あまりにも甘い見通しであった。
破された結界の残骸、ガラスの粒子のようなものが降り注ぐ中。出雲大社を預かる主神・天照大神は、悪魔の軍勢を見つめていた。
敵襲の報を受け、すぐに島根の出雲大社から京都に駆け付けた。間を繋ぐ京都御所の大鏡から出現し、その上空で待ち構えていたのだ。全ての準備を終えて。
そしてアマテラスの両手には、古めかしい丸い鏡が握られていた。両手で持って事足りる、小さな鏡。
ただの鏡ではない。スサノオの持つ草薙の剣と同じ、『三種の神器』に分類される神鏡なのだから。
「『
アマテラスの神力を吸収し、八咫鏡は光り輝く。そして鏡は凝縮した『太陽神』の力を吐き出し、レーザー光線のような一撃を放った。
太陽の光は悪魔達にとって天敵。太陽神アマテラスとの相性は極めて悪い。しかも日本国の至宝で強化された攻撃なら、尚更だ。
光線は悪魔達を焼き尽くす。アマテラスの光線攻撃によって軍勢の約三割、おおよそ三百匹の悪魔達が一瞬で消失した。
これには悪魔達もたじろぎ、勢いが削がれる。
「天照大神の名において、京都に住まう
その凛とした声に従い、京都に存在する全ての神社から神々が出現する。
出雲大社に所属する武官達も京都御所に集結し、弓に破魔矢をつがえて隊列を成す。
日本の神々の本拠地、そして新しい首都に侵攻してきたのだ。当然、総力戦となる。東京のような悲劇を繰り返さないためにも、神々と人間達は死力を尽くす。戦線に立つ者達は神と人の区別なく、皆そう決意していた。
しかし陣頭指揮するアマテラスは、一撃で多くの悪魔を焼却したにも関わらず、彼女の足は――先程から、ずっとガクガクと震えていた。ゆったりとした袴の中に足をしまっているため、傍目から見て気付かれることはないが。
そのアマテラスの背後で、ツクヨミはぴったりと寄り添っている。見た者はその様子を不自然に思うかもしれないが、今は日が没した夜の時間。ツクヨミの能力によって彼女は姿を隠し、アマテラス以外には見えない状態になっている。
(姉さん、次は敵を引きつけてからの……。『破魔矢隊、放て!』よ!)
「うぅ……こ、怖いよツクヨミちゃん……。涙以外に色々漏らしそう……。ボクの代わりに皆に指示出してよぉ……」
(そういうわけにはいかないのよ! スサノオ達はもう出発して、今更呼び戻す時間もないし。姉さんが全員の希望にならなきゃ! ホラ、きりっとした顔して!)
「ひえぇぇぇん……。じゃあ、ぜ、絶対離れないでよねツクヨミちゃん! どっかに行っちゃったら、お姉ちゃん気絶しちゃ――」
(来たわ! 今よ!)
「弓隊、放てーぇ!!」
アマテラスの的確な指揮の下、日本の神々と人間達は、悪魔の軍勢との交戦を開始した。
***
『出雲大社ならびに内閣府より、緊急避難命令が発令されました。屋外にいる方はただちに近くの建物内に避難し、決して外には出ないよう……』
日が没しても榊原神子を巡って取り合って戦っていた白峰神と本懐寺顕斗は、悪魔達の襲来を告げる警報で、ようやく戦いの手を止めた。
境内にはあちこち巨大な穴が空いており、激しい戦闘が行われていたことを想像させる。
「ミネ様!」
「分かっとる。しかしこの京都の結界を破壊するとは……。よほど強力な悪魔を連れてきおったな」
「どどど、どうするんですか白峰様!?」
「ともかくお主らは神社の中におれ。ワシが結界を張る。じゃがまぁ、まだ神力が完全に回復しとらんからその程度じゃ。前線には立てん。出雲大社の奴らに任せるしかないのぅ……」
悪魔の襲来によって、混迷を極める京都市内。
その中で、白峰神は己の巫女達に指示を出していた。だが戦闘には参加できない。実体化はできているものの、神力の残量は未だ戦闘可能なほどではないのだ。
そんな白峰神の後方で、顕斗は自分にかかってきた着信に悠々と応答する。相手は、古くからの幼馴染であるキクナからだ。
『ちょっとケント!? 今どこにいるの!?』
「白峰神宮だ」
『白峰って……あの転校生の所!? 何してんのよ!』
「そっちは?」
『……学校よ。帰ろうと思った矢先に、この状況だもの。今はレンゲちゃんと一緒にいるわ』
電話の向こうでは妹レンゲの心配そうな声や、クラスメイト、委員長の声も微かにする。どうやら皆、顕斗のことを気にかけているようだ。
「そうか。それは良かった。
『ケント、アンタ……!』
キクナは不安そうな声を上げる。どうやら幼馴染として、何かに感づいたようだ。
全く敵わないなと、顕斗は嬉しそうに苦笑いを浮かべる。
『ムチャだけはしないでよ……!?』
「無茶をするなだと……? それこそムチャを言うなキクナ……! こっちは恋に恋する男子高校生だぞ! ムチャや無謀こそ、バカな男子学生の本分だろうが!! 安心しろキクナ。この程度の状況は、
『待っ……!』
そう言い放つと顕斗は通話を切り、白峰神達に向き直る。自信たっぷりな、素敵で無敵な笑みを形作りながら。
何とも気に入らない顔つきじゃ、と白峰神は不愉快に思いながらも、神の一柱として人間を放り出すこともできない。
「……おい、クソ坊主。お主も神社の中に避難しとれ。『小さい』と馬鹿にしたことは許せんが、この状況では外を歩かせるわけにもいかん。だから――」
「――その必要はない」
ここまで来ると流石に、白峰神も呆れて何も言えなくなる。
しかし顕斗は生まれてこのかた、冗談というものを言った試しがない。いついかなる時も常に、大真面目で本気なのだ。
「神子さんもこの神社も、この俺が守ってやろう」
「凄いですねミネ様。この人、
「どっから出てくるんじゃ、その自信……」
「私にも分けてほしいくらいですね……」
「はっはっは」
全ては賞賛の言葉にしか聞こえない。浄土真宗・本懐寺の跡取りは、その素敵な眼鏡を押し上げ、真っ白な歯を見せて笑う。それが当然だとばかりに。
「この俺に不可能などない。何故なら俺が『本懐寺顕斗』という、俺という物語の主人公だからだ!!!」
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