第十五話:Right palm

     ◆◆◆◆◆◆


 はぁ…はぁ…はぁ…


 私達は逃げるしかない


 屍魔(しいま)に抗う術(すべ)なんてない


 とにかく城まで戻るんだ


 城壁の中に入れば助かる


 あと少しだ


 親友のマルニィがもう走れなくなって地に膝をついた


 放っておけない


 一緒に助かるんだ


 私の手を掴んだマルニィは


 「生きて」と優しく笑って


 私を城の内側へ転送した


 それは彼女の魔法


 自分自身は転送出来ない彼女の魔法


 自分自身は救えなかった彼女の魔法


     ◆◆◆◆◆◆



「つーかまえたぁあ!」


 ニーナの背後から覆いかぶさるように押しつぶして倒したヤマゲン。

 二人は絡まりながらごろごろと数メール転がった後、静かに止まった。


 「はぁはぁ・・・おまえ無茶するんだなぁ ふぅ ヤマゲンよぅ」


 少し遅れて二人の元へ到着した。

 ニーナはヤマゲンの姿を見て、ちょっと警戒しているようだった。

 そりゃそうだろうなあ。勝手に記憶いじったんだからヤマゲンが何するか怖がっても当然だろうなあ。

 まあ、ヤマゲンは怒っているような様子じゃないがな。

 でも、何がどうなっているのか自分にはまだ、まったくわからなかった。


 ヤマゲンはニーナを背後から抱きしめる格好で横わたっていた。ニーナは身動ぎせず困惑しているようだった。

 ヤマゲンはぎゅぅぅぅっとひとしきり抱きしめた後、


 「オレはニーナの親友だよ。それが今の正直な気持ち。」


 そういって、ゆっくりと起き上がった。

 ニーナが起き上がるのを助けながら、スカートやブラウスに付いた埃をパンパンと払ってやった。

 ニーナの碧い瞳にはまだ、困惑の色が浮かんでいた。


 「ニーナの手のひらからさ、いろんな想いが伝わったの。親友に対する想い。生き抜かないといけないと思う気持ち。謝罪の気持ち。独りで寂しい気持ち。そして今の気持ち。」


 あれ? ヤマゲンの様子が変だ。いや、前に戻ったのか? ん? 今までが変だったのか?

 そういえば、すごく久しぶりに見る気がする。ヤマゲンの感情? の様なもの。感情の様なものっていうのは、すごく妙な言い方だけど。


 「あの時のこと、ニーナと初めて出会ったときのこと、全部思い出したの。

  オレの方こそ、ごめんなさいだよ。まったく。

  ごめんね、ニーナ。あんたをその・・・

  まあ、言わなくてもわかってるよね。」


 ふふっとヤマゲンは、こっちをチラッと見て笑った。

 こっちには全然わからねえ。

 そして、わかってない顔に満足した様に話を続けた。


 「まあ、いろいろ言いたい事がいっぱいあるけど、一日やそこらでは全く足りない。

  一年や二年でも足りない。うんうん。

  オレがニーナに言いたい事言い終えるまで、オレ達のそばを離れることは許さないぞ!

  ってことでよろしく。」


 なにがよろしくなんだか。

 まあ、ヤマゲンなりに上手くまとめたつもりなんだろう。

 でもニーナは複雑な顔してるぞ。しゃあねえな。援護してやる


 「なあ、ニーナ。お前は今後変なことに力使わないって思っているし。ヤマゲンを元に戻してくれたんならもういいじゃないか。」


 「やまねこは知ってたんだ。」


 あ、あれ? そっか。そりゃ、ヤマゲンはこっちが知ってることは知らないよなあ。

 しまった。


 「ああ、うん。まあ、その。すまん。」


 素直に頭を下げた。


 「で、どこまで知ってるの?!」


 急にヤマゲンは、顔を真っ赤にして叫んだ。

 どこまでって、なんだ? 親友だと思い込まされた事以外なんかあるのか?


 「えっと、親友だと思い込まされてたってことしか知らないけど? 他に何かあったのか?」


 ヤマゲンは叫んだ口を大きく開けたまま固まり、瞳だけをニーナに向けた。

 ニーナは微かに首を横に振っていた。

 ぐたああっとその場に座りこむヤマゲン。


 「おい。どうしたんだよ?」


 ヤマゲンはこっちを見もせずに、なんでもないと言い放った。

 そして、ニーナに向かって、ありがとうとつぶやいた。

 ニーナは神妙な顔つきをしていた。そういえば、ニーナがほとんど喋ってないな。


 「ニーナ? 大丈夫か? ずっとだんまりだけど。」


 ニーナは、こくりと頷いた。


 「大丈夫。私もいろいろ言いたいんだけど、上手く言えない。まだ言葉が上手く使えない感じ。

  山依さん。ありがとう。

  許してくれるってことなの?

  ほんとに?

  私の解釈あってる?」


 「おう! あってるぜぃ!」


 ヤマゲンは、元気よく言うと、さっとその右手をニーナに差し出し握手を要求した。

 ニーナの驚きは如何程だろうか。

 もう、ヤマゲンはニーナが手を繋ぐことで心を読んだり記憶を変えたり出来るってことは知っている。

 その上で、自分から握手を求めるとは。

 それは全幅の信頼に他ならない。これほどの説得力を持つものはないだろう。


 ニーナは右手を出そうとして躊躇し、自分の右手のひらを見つめた。


 「私はまた、その右手に救われていいのかな?

  私は救われてばかりだ。」


 「なーに難しいこと言ってんのー」


 ヤマゲンは強引にニーナの右手を掴み、無理やり握手した。


 「これがオレの正直な気持ちだぜぃ。存分に拝みなー。」


 明るく冗談めかしたヤマゲンの態度とは対照的に、ニーナは右手を無理やり握手されたままうずくまって、オンオンと泣きだした。

 すげえな、ヤマゲン。普通出来ないよ。なんて捨て身なやつなんだ。

 でも、だからこそ。ニーナの心を動かせたんだ。

 自分は何をやっていたのだろうか・・・

 ただ状況に流されていただけだったんじゃなかろうか。

 ニーナのこと、なんとかしてやりたいって気持ちは本当だった。

 でも、こんなに捨て身なれるほど真剣に、考えていただろうか。


「随分遠くまで逃げられたんですね。」


 美霧のやつがトコトコ歩いてやって来た。


 「やっと追いつきました。

  どういう状況なんです? これ?」


 うーん。なんて言ったらいいんだろうか。


 「まあ、いいです。後でゆっくり確認させていただきます。」



 その後は、とりあえずニーナが落ち着くまで待って、それから、自分はニーナと一緒に家に帰ることにした。今の状態だとニーナを独りには出来なかった。

 ヤマゲンと美霧は、もう遅刻だけど学校に戻って行った。

 ヤマゲンには、ニーナのことくれぐれもよろしくと意味不明の念を押された。


 帰る道すがら、ニーナは右手のひらをずっと、本当にずっと、見つめていた。

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