第110話 良い知らせと悪い知らせ
お茶を淹れてしばらくすると、周囲を偵察しに行ってくれたフランクさんとヴィルナさんが戻ってきた。
「良い知らせと悪い知らせがあるが、どっちを先に聞きたい?」
戻って来るなりドカッと椅子に座ったフランクさんは、用意してあったカップを取って、一気に中身を飲み干した。
「では良い知らせからお願いするよ」
そう答えたアルにーさまを横目で見て、フランクさんは持っていたカップをテーブルに置く。
「今の所、この広場に魔物の姿はねぇぞ」
「それならいざとなれば、ここに戻ってきて救援を待つという選択もできるということだね」
「そうだな」
もう一杯お茶を淹れてあげると、今度も冷まさずに一気飲みした。
フランクさん、火傷しちゃわないかな。
あ、分かった。フランクさんは神官で、火傷してもすぐに治せるから、そういうことには無頓着なのかもしれない。
「それで、悪い知らせは?」
「出口が見つかった。でも一つだけで、傾斜は下向きだ」
「つまり、迷宮の入り口に向かう道はないということだね」
「ああ」
「それならそんなに悪い知らせでもないだろう。迷宮の主を倒せば、地上に戻る出口が現れるはずだ」
ふむふむ。アルにーさまとフランクさんの会話からすると、迷宮の主がダンジョンのラスボスってことだから、それを倒すと地上に戻るためのワープポイントが現れるのかな。
なるほど~。そこもゲームと一緒なんだね。
でも、どうして倒すと出口ができるんだろう。不思議。
ゲームをやっていた時は疑問に思わなかったけど、よく考えたら冒険者に都合の良い現象だよね。
「どうしたの、ユーリちゃん」
考えこんでいると、アマンダさんが私の顔を覗きこんできた。
「あ……。その、どうして迷宮の主を倒すと、地上に戻る出口ができるのか、不思議だなと思って」
「そうなのよね。どうしてそうなるか、迷宮の謎としてまだちゃんと解明されていないの。きっといつか解明される時がくるわ。でもそれは、カリンのお兄さんたち研究者の仕事ね。私たちはそういう現象があるっていう知識だけ知っていればいいんじゃないかしら」
明るく言うアマンダさんに、それもそうかと思い直す。
迷宮の最下層に行ってボスを倒して、それからまた地上に戻るのは大変だもんね。
私はテーブルの上のカップを手に取って、少しぬるくなったお茶を飲んだ。
「しばらく休んだら、探索を始めようか。出口を進んで、もし強い魔物が多いようなら一度ここへ戻ってこよう」
さすがアルにーさまはイゼル砦の副砦主だっただけのことはある。
テキパキと指示をする姿は、とても頼もしい。
「ノアールは大きい姿の方がいいかもしれない。弱い魔物なら、近づいてこないだろうからね」
「にゃう」
そうアルにーさまに言われたノアールが「大きくなってもいい?」とでも言うように首を傾げる。
「大きいノアールも可愛いと思うよ」
にこっと笑って言うと、安心したかのようにノアールがしっぽを揺らした。
大きくなってもノアールはノアールだもんね。可愛さに変わりはないよ。
「さて、それじゃあもう少ししたら出発だよ」
「はい!」
「……ヴィルナ、どうしたんだい?」
アルにーさまが、せわしなく耳を動かしているヴィルナさんに目を留めた。
ヴィルナさんの紫の髪の上についている豹の丸い耳が、あっちへこっちへと目まぐるしく動いている。
「今まで聞いた事のない音が聞こえる」
「音?」
「大地が唸るような……。低く、とどろく音だ」
「そうか。……僕には聞こえないけれど、ヴィルナがそう言うのなら、注意するに越したことはないね」
フランクさんも腕を組んで難しい顔をしている。
「大崩落がまだ終わってないってことかもしれねぇなぁ」
「それってまた落ちるってこと?」
ぎょっとしたように足元を見るアマンダさんに、フランクさんは頬を指でかいた。
「可能性はゼロじゃねぇよな」
「またあんな高さから落ちたら、私たちはともかく、ユーリちゃんが危険よ」
天井を見上げるアマンダさんにつられて、私もぽっかりとあいた穴を見上げる。
確かにあの高さから落ちて無事だったのは、マクシミリアン二世のスライムクッションがあったからだもんね。でも、それでマクシミリアン二世は魔素を使い切って小さくなっちゃってるから、またスライムクッションで助けてもらうっていうのは期待できない。
「さすがに魔素が貯まらぬから、二度目は無理だろうな」
カリンさんも手の平に乗せた青いスライムを撫でながら、私の予想を肯定した。
「大崩壊が起こるのを事前に察知できればいいんだけど……」
アマンダさんが頬に手を当てると、フランクさんの頭の上のルアンが急に鳴いた。
「きゅーっ、きゅっ、きゅっ」
「あぁ? お前に何ができるって?」
「きゅうきゅうきゅう」
「まだ小せぇんだから、今はそこで大人しくしてろ」
「きゅっっきゅーっ」
フランクさんに何やら訴えかけていたルアンは、とうもろこし色の髪の毛の上からぴょんと飛び降りた。
そして、どんどんと大きな後ろ足で地面を叩く。
「何してんだ?」
「きゅきゅー」
ルアンはさらに地面を叩きながら前に進む。
それを見たノアールは、ルアンの後ろについてゆく。
「にゃーう」
さらにその後ろにはプルンが続く。
まるで行進しているかのような様子に、もしかして、と思いつく。
「もしかしてこれで地面が崩壊するかどうか確かめるってこと?」
私がそう言うと、ノアールはその通りとでも言うように、「にゃ~ん」と鳴いてしっぽを立てて揺らした。
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