第96話 【アーティファクター・クルム 真の能力】
ドワーフ一族は、一般に手先が器用で武器防具の製作を仕事とする。より強い武器、より固い防具。いかにしてそれを作るか、また、いかに美味い酒を飲むか。――ドワーフが興味を持つのはそれだけだ。
言葉を喋るよりも先に、槌を持つ。
それが当たり前の一族の中にあって、私はどうしようもないくらい不器用だった。
父は伝説の名工と呼ばれる不世出の天才で、その長男である私も当然才能があると期待された。
だがどれほど努力をしても、たった一振りの短剣すら、私には作り上げることができなかった。
もちろん、実用には足る。
だがそれだけだ。この程度の短剣ならば、ドワーフでなくても作れるだろう。
期待がやがて失望に変わる。
父も、私ではなく弟に目をかけた。
そして弟は……。
弟もまた、父の血を引く天才だった。
なぜ私だけが才能に見放されているのだろう。
技術はあるはずだ。幼い頃から父の厳しい指導に耐えてきたのだから。
不器用なりに努力をして、そして私なりに瑕疵(かし)のない剣を作れるようになった。
けれど私の作った剣は、人の心を打たない。
技術的に未熟な弟の剣は、少しいびつではあっても、なぜか人の目を惹く。
才能という私自身にはどうしようもない壁に阻まれて、絶望を知った。
ドワーフはより良い材料を求めて迷宮を攻略することも多い。迷宮の壁や土はなぜか持ち帰ることができないが、ゴーレムなどの魔物の落とす素材であれば扱うことができる。
だからドワーフの中でも鍛冶の才能のない者は、冒険者になるより他はなかった。
私もまた、その一人だ。
一緒にパーティーを組んでいた大剣使いのガザドは、それなりに腕の立つ武器職人だというのに、なぜか自分の作った武器の使い勝手を知りたいからと迷宮を攻略している変わり者だった。
ガザドは職人としてだけではなく、剣士としても腕の立つ男だった。
ドワーフは総じて魔力が低いが、ガザドは例外だ。その豊富な魔力で剣技を繰り出し、敵を圧倒する。
武器職人としても冒険者としても私のはるか上に存在するガザドに、嫉妬しなかったといったら嘘になる。
だがそのガザドこそが、私を救ってくれたのだ。
ある日、慣れぬ剣を扱う私に、「お前は目がいい。短剣を投げて急所を狙え」と助言してくれた。
確かに私は魔物の弱点がなんとなく分かることが多かった。
それはガザドに言わせると、鑑定の能力なのだそうだ。私は常に無意識のうちに魔力を使って鑑定を行っていたらしい。
ガザドに教えられて初めて知ったが、私はドワーフとは思えぬほどに魔力が高いらしい。
その魔力の高さゆえに、金属が影響を受けてしまってうまく鍛冶ができないのではないかということだった。
ガザドもまた高い魔力を持つが、逆にそれをうまく鍛冶に生かしていた。
私はガザドに教えられて魔力を金属に流しながら鍛冶をしたのだが、どうやってもガザドのようには作れなかった。
つまりそれは、私が永遠に鍛冶の才能を得ることができないということを理解した瞬間だった。
しかし、魔力が高いということは、鍛冶の才能以上のものが、私にあるということではないだろうか。
それからの私は、なるべく魔物の弱点を知るべく、戦闘中に必死で目をこらした。
その甲斐あって、弱い魔物であればどこが急所で何が弱点なのかをおおよそ把握することができるようになった。
これこそが私の真の能力なのだと悟った。
鍛冶の才能はなくても、鑑定能力こそが私の真価なのだと。
だが……。私が鑑定できる程度の魔物の情報など、冒険者ギルドでお金を払えばいくらでも教えてもらえるとは。
それを知った私は、再び絶望した。
……ふらふらと一人で迷宮へ下りたのは、死ぬつもりだったからだ。
だがそこで私は新たな運命と出会う。
今まで見たこともない銀色のスライムを見てとっさに倒した時に、なんと見慣れぬ金属の塊を落としたのだ。
それは私の知るどんな金属とも違う――『
手の平に乗るほどの小さな金属の塊。
剣を作るほどの量はないが短剣ならば作れるだろう。私程度の腕でも、後世に名を残す短剣が作れるに違いない。
だが私が作ったのは――『鑑定眼』と同じ性能を持つ、モノクルだった。
もちろん完成までには試行錯誤をした。だがその金属は、私の魔力でいかようにも属性をつけることができたのだ。
私が欲した性能はただ一つ。鑑定の能力だ。
どんなに強い敵でも、どんなに倒しにくい敵でも、一目見ればその弱点が分かる。
神ではなく、私がそのアーティファクトを作るのだ。
神を超える。
それこそが、私の夢となった。
そんな折に、私はレーニエ伯爵と出会った。
レーニエ伯爵は、本来は三男ということで爵位を継ぐはずではなかったのだが、次兄と長兄が相次いで亡くなり、伯爵位を継いだ方だ。
ドワーフ族が鍛冶の能力で優劣をつけるのと同じように、人族の貴族は魔力の多さで優劣をつける。
レーニエ伯爵は由緒ある貴族の一員としては、あまりに魔力が少なく、幼い頃から冷遇されて育ってきたという。
だが魔力のある貴族の子弟は必ず騎士団に入るのが決まりだ。レーニエ伯爵の兄二人も当然騎士団に入り、二十八年前の魔の氾濫で次兄が、そしてあろうことか、八年前の魔の氾濫で跡取りである長兄までもが、魔物の王と戦って亡くなってしまったのだ。
普通は由緒ある貴族の跡取りであれば、魔の氾濫といえども直接魔物の王とは対峙しない。後方支援に配置されることが多いからだ。
だがレーニエ伯爵の兄たちは、稀にみる魔力の持ち主で、それゆえ、前線で戦うことを望まれた。
名門とはいえ目ぼしい産業のないレーニエ伯爵家には、それを覆させるだけの根回しをする財力はなかった。
その結果、レーニエ伯爵家は魔力の多い跡取りたる男子を失い、残されたのは皮肉にも魔力が少なく前線に出ることのなかった三男だったのだ。
アドルフォ・レーニエ伯爵は、持ってしかるべき能力を持たずに生まれ、そのことに深く絶望したもう一人の私だった。
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