第95話 【アーティファクター・クルム 深慮遠謀】

「無駄足かと思ったが、望外な収穫があったな。……それで、視えたのか?」


 私は馬車の後ろにある小窓の向こうに見える、白い山肌を振り返った。


「視えませんでした」

「ふむ。やはり今回もあの娘の能力は視えなかったか。……増々ますますおもしろい」


 ドワーフ族のアーティファクト研究者である私が仕えるレーニエ伯爵は、一見、どこにでもいる凡庸な貴族だという印象を与える。


 たれ目で小太りの外見はどこか愚鈍そうに見え、伯爵と対面する者は、みな一様に彼を取るに足らぬ者だと決めつける。


 だが、それこそが伯爵の深慮しんりょ遠謀えんぼうの表れだ。

 わざと侮られるような態度を取って、相手を油断させてから喰らいつくすのだ。


「宝珠は反応したか?」

「はい。……あのチョーカーがアーティファクトではないかと思われます」

「ではチョーカーのおかげであれほどの魔法を行使できるという訳か」

「おそらくは」


 魔の氾濫でゴブリンキングを倒したのはアレス王国の英雄レオンハルトだが、押し寄せる魔物の群れを一掃したのはあの少女の魔法の力だったとクルムは聞いている。


 だが普通に考えてもそれはあり得ない。


 それほどの力を持っているのならば、どれほど隠したとしても必ずその噂が流れるはずだ。けれどもユーリなどという名前を聞いたことは一度もない。


 ならば魔物の群れを一掃できたのは、あの少女が何らかの『神々の遺産アーティファクト』を持っているからだと考えるのが妥当であろう。


 しかも一度装備すると他の者には扱えなくなるタイプのアーティファクトの可能性が高い。


 イゼル砦で我々が出会った時には、アーティファクトの存在を感知するこの宝珠を持っていなかったから確定することはできなかったが、今回の再会で、はっきりとあの子供がアーティファクトを所有していることが分かった。


 それだけでもわざわざこの町にやってきた甲斐があるというものだろう。


 しかしあんなに幼い少女が、アーティファクトを一体どこで手に入れたというのだろうか。


「能力を視ることができないのも、おそらくあのチョーカーのせいかと思われます」


 このモノクルは、ドワーフ共和国のはずれにある迷宮で見つけたアーティファクトを利用して作った物で、鑑定眼と同じ性能を持つ。


 神の目とも呼ばれる鑑定眼はほぼ全ての相手の能力を視ることができる。例外は英雄などの特殊な称号を持つ相手だけだ。彼らにはなぜか鑑定眼が効かない。


 だがあの少女がそのような称号を持っているとも思えぬから、おそらくチョーカーが認識阻害の効果も持っているのだろう。


「惜しいな。取りこみたかったが、オーウェンの小僧に先手を打たれた」


 レーニエ伯爵は、少女の噂を聞いてすぐにイゼル砦に向かった。


 魔物の群れを一掃したというのは、おそらくこれ以上功績を上げて王都との軋轢あつれきを増したくないという、英雄レオンハルトのカムフラージュだろうと思っていた。


 だがカムフラージュに使える程度には魔法を使えるのだろうと思っていたら――。


 イゼル砦に行って驚いた。まさか本当にあんな子供が多くの魔物を倒したばかりか、魔物の王にもダメージを与えていたとは。


 魔物の王の防御力は、普通の魔物よりもはるかに高い。普通に攻撃してもかすり傷一つつけられないだろう。


 見る限り、そこまでの力がある子供には見えない。

 であるならば、導き出される答えは一つ。


 あの少女がアーティファクトを持っているから、魔物の王への攻撃が可能だったのだ。


 かつて我々が風の迷宮の隠し部屋で巨大な魔物を倒して得た宝珠は、近くにア-ティファクトがあると、ほのかに発光する。


 アーティファクトを発見する以外は何の役にも立たないが、それでも私のようにアーティファクトの研究をしている者にとっては、命の次に大事な物だ。


 だから魔の氾濫の後で荒くれ者の冒険者たちがまだ大勢いる中に、貴重な宝珠を持っていこうとは思わなかったのだ。


 しかし、まさかあんな子供がアーティファクトを持っているとは思わず、イゼル砦に持って行かなかったのをひどく後悔した。


 それからは必ず持ち歩くようにしていたのだが、予想外に早く、役に立つ機会が訪れた。

 アボットの町長から、魔鉱石が採れたのでぜひ取引をしたいと連絡があり、訪れた先であの少女に再会したのだ。


「伯爵。知らせが参りました」


 御者席に通じる窓が開いて、伯爵が御者席の隣に座る従者からパフボールを渡される。

 白い塊から一枚の紙に戻った手紙を読みながら、伯爵は面白そうに口をゆがめた。


「見るがいい、クルム」

「……よろしいのですか?」


 確認すると、伯爵は無言で頷いた。

 私は手渡された手紙を読む。


「なんと、あの町にゴーレムが眠っていたのですか。しかもそれはアーティファクトの可能性が高い?」


 伝説として残るゴーレムが実在したとあるが、伝説というのはしばしば過去にあった事実を伝えていることも多い。であればそのゴーレムは、伝説の通り、百万の軍勢をたった一体で退けることができたのであろう。


 私は知らずと体が震えるのを感じた。


 そのゴーレムを研究することができれば、それを作った神のことも分かるのではないだろうか。

 そして、神の持つ『天命の石板タブレット』のことも……!


 『天命の石板』――それは、全ての願いをかなえると言われる石板のことだ。神はその石板に命じて、この世界を創ったと言われる。


 そこに記された神の言葉こそが、神殿の伝える『創世記』なのだ。


 そして私とレーニエ伯爵は、その『天命の石板』をずっと追い求めている、同志である。

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