第72話 祝福の虹

 みんなが驚いていることに、カリンさんも驚いた。


「もしや知らなかったのか!?」

「精霊界があるっつーのすら、初耳だぜ?」


 フランクさんが、器用にルアンの乗ったところをよけながら、とうもろこしの髭のような髪の毛をガシガシかきむしる。


「常世とはすなわち精霊界とも言う。かつてこの地におわした神々のいらっしゃるところだな。エルフの里では、芽吹いたばかりの若芽でも知っておるぞ?」

「マジかよ……」


 天を仰ぐフランクさんは神官だ。だから今まで自分が信じていた神話が、事実とは異なっていることにショックを受けているのかもしれない。


「人も獣人も、エルフみたいに長生きじゃないからね。長い年月の間に、そういう伝承は失われてしまったのかもしれない」

「それで、カリンの知る創世記ってどんな話なの?」


 身を乗り出して聞くアマンダさんに、カリンさんは「そうだな」と顎に手を当てる。


「かつてこの世界には力のある神がたくさんいたが、神々の戦いに巻き込まれた多くのものが死に絶え、信徒を失った神は力を弱め、より原始の力に満ちた精霊界へと旅立った」

「信徒を失うと神様って力を失くすってこと?」

「さて。そもそも神というのがどういう存在か分からぬからな。答えようがない。だがそう伝えられておるのは確かだ。信徒は神の姿を模していたというから、レヴィアタンの民は、その姿に似ていたのだろう」

「さっきのサハギンの変異種みたいな? でもあんまり似てなかったわよ」

「しもべと言っておったゆえ、力のある信徒ではないのかもしれぬな」

「力をつけると姿が変わるのかしら……」


 それって進化するってことかな。


 エリュシアオンラインでは同系統の魔物っていうのがいる。

 たとえば弱い敵しか出ないエリアでは、海岸に現れる魔物はサハギンなんだけど、もう少し強い敵の出るエリアではマレンティが現れる。


 さらにもうちょっと強い敵が出る海岸ではドラゴニュートが出てきて、強敵エリアだとシードラゴンが出てくる。


 もしこのマレンティの進化系がドラゴニュートだとすれば。

 サハギン→マレンティ→ドラゴニュート→シードラゴンっていう風に、信徒の姿が進化してるって考えたらどうだろう。


 つまり、魔物として現れるものって、元は古い神様の信徒ってこと?

 あれ、でもそうすると、どうして魔物が人を襲うの?


「ふむ。しかしレヴィアタンは仮初の姿だと言っておったな。するとあのサハギンの変異種も仮初か。……ううむ。ダンジョンのスライムには匂いがせぬことといい……。そうか。ここは精霊界を写した影絵のようなものかもしれぬな。だから死んだ魔物もダンジョンに吸収されるのであろう。幻影が、精霊界へ戻るのだ」

「うーん。なんだか分からないけど、つまりダンジョンの魔物は本物じゃないってこと?」

「おそらくはな」


 アマンダさんの問いに頷くカリンさんに、フランクさんはもう一度「マジかよ……」と呟いた。


「冒険者をやってた頃にダンジョンには潜りまくったが、今まで全然知らなかったぜ」

「フランクさんって、冒険者だったんですか!?」


 びっくりして聞くと、フランクさんは「まあな」と鼻の頭をかいた。


「『黎明の探求者』のリーダーだったぞ」

「えええええええっ」


 ヴィルナさんがあっさりと告げる真実に、私は思わず叫び声を上げる。


「じゃあ、フランクさんとヴィルナさんって同僚だったんですか?」

「ああ」


 フランクさんの返事に、ヴィルナさんもしっぽをユラユラさせながら頷く。

 本当に、フランクさんとヴィルナさんが同じパーティーだったの!?


 あれ、でもそしたら――


「シモンさんがいるってことは、フランクさんは神官じゃなくて、みんなと一緒に戦ってたってことですか?」

「あー。いや。俺が神官になる前に『黎明の探求者』にいたんだ」

「えーっ」


 詳しく話を聞くと、フランクさんは元々その見た目通り、大剣使いとして冒険者をやっていたんだそうだ。


 それがひょんなことからドワーフのガザドさんとエルフのナルルースさんとパーティーを組むことになり、そこで老神官が加わって『黎明の探求者』を結成した。


 その老神官に影響を受けたフランクさんは、冒険者ではなく神官になる道を選び、ちょうどヴィルナさんが『黎明の探求者』に加わってすぐの頃に、脱退したんだって。


「すぐ戻ってくると思った」


 ヴィルナさんの言葉に全員が頷く。


 だてフランクさんって本当に神官っぽくないもん。元は冒険者だったって聞いて、あぁ、なるほど、って思っちゃった。


「そんなことしたら大笑いされんのが分かってて、戻るわけがねぇ」


 ふてくされたように呟くフランクさんだけど。

 ……きっと、大人になってから神官の修業するのって、凄く大変だったんだろうなぁ。


「まあ、可愛いげはねぇが見どころのある弟子もできたしな。悪くはねぇよ」


 その、多分本音では凄く可愛いと思っているお弟子さんのシモンさんが社会勉強をしたいというので、恩師の神官が引退して新たな回復役を探していた『黎明の探求者』に紹介したみたい。


 へえ~。そんな経緯があったんだぁ。


「昔話はそろそろおしまいにして、帰るとするか」


 フランクさんの言葉に、みんな賛成をする。


 結局、宝箱から神獣リヴァイアサンが出てきて、アルにーさまが祝福をもらったし……。

 来て良かったよね。


 もしかしたら、他にも同じように神獣の現れるダンジョンがあるのかな……。




 隠し部屋から出ると、おなじみの半透明のウィンドウが出てきた。




▼クエストを完了しました。

 ▼『試練の洞窟』の奥にいるボスを倒そう

 ▼クエストクリア!

  報酬 神獣、青龍王・リヴァイアサンから祝福を受ける。

     リヴァイアサンの召喚可能。




 クエストクリア、やったー!

 リヴァイアサンの召喚ってどんなのだろう。


 ああ、わくわくするなぁ。


 試練の洞窟を出ると、外には青空が広がっている。そしてそこには――


「おお、見よ。祝福の虹が出ておる」


 綺麗な虹が、空にかかっていた。

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