第67話 神獣レヴィアタン

 モヤのかかった宝箱に近づいていくと、どんどん空気が重くなっていくような気がした。


 先頭に立つフランクさんも、眉間に皺を寄せている。

 そして黒いモヤのかかった赤い宝箱の前に立った。


「嫌な気配がするな」


 フランクさんの言葉に、全員が頷く。


「そんじゃアルゴ。開けるのは任せたぜ。なぁに、たとえ呪われたとしても、ちゃんと解呪してやるから安心しろよ」

「きゅっ」


 フランクさんが、アルにーさまの肩をポンと叩いてニカッと笑う。ルアンも「がんばれ」って言ってるみたい。


「……いつもこういう役回りなのは気のせいかな」


 苦笑したアルにーさまだけど、宝箱を開ける前に、剣に属性を付与した。


 そうだよね。宝箱を開けたら、絶対ボスが出てくるもんね。

 それを見たアマンダさんも後に続く。


「我、身に宿りし水の力の具現を願う。我が剣に、まとえよ水!」

「我、身に宿りし炎の力の具現を願う。我が剣に、まとえよ炎!」


 一振りした剣には、それぞれ水と炎が渦巻いている。

 相変わらず、魔法剣はかっこいいなぁ。


「さあ。……みんな用意はいいかな」


 全員が頷くのを確認したアルにーさまは、右手に剣を持ったまま、左手で宝箱に触れる。


 ぐおん、と、空気が震えた。

 そしてゆっくり開いた宝箱の中身は空で――


「何か来る!」


 カリンさんの叫び声と共に、宝箱にまとわりついていた黒いモヤが、渦巻きながら大きくな球体になっていく。

 それはどんどん大きくなりながら、色を濃くしていった。


 ――と、その中央に白い亀裂が入る。


 そこに球体の内側からかかる、獣の爪。

 マッドドッグって、あんな爪を持っていたっけ? 犬というより、まるで爬虫類みたいな……。


 ぐわん、と、再び空気が震える。


 亀裂にかかる爪の数が増えた。

 そして――


「マジか……。ドラゴンじゃねぇか」


 フランクさんがうめくと、目を見張ったカリンさんが呆然として言った。


「いや、違う。あれは……神獣レヴィアタンだ」


 ぬう、と顔を出したのは、ドラゴンの頭を持つ生き物だ。けれどその胴体はドラゴンというより龍に近い。


 レヴィアタンは開いた亀裂から、ゆっくりとその姿を現す。


 それはドラゴンにも龍にも見えて、そのどちらでもなかった。

 ドラゴンの頭に鋭い爪を持つ手を持ち、足はなく蛇のような胴体が続き、その先は鯨のような尾を持つ。


 けれど魔物というには禍々しさがない。

 どちらかというと、神に近い存在のような……。


「神獣……?」


 知らない、こんなの知らない。

 神獣って、神の獣……?

 そんなの……倒せるの?


「この地に降り立つのは久しぶりであるな」

「喋った!」


 驚いて声を出すと、知性を感じる金の瞳が私を見た。


「ほう。これはおもしろい。見事に混ざっておる」


 混ざってる?

 どういうこと?


 聞き直そうと思ったけど、カリンさんの声にさえぎられた。


「神獣レヴィアタン……。伝説ではなかったのか」

「伝説か……。確かにわれは悠久の時が流れる間、この地に降り立つことはなかったかもしれぬな」

「エルフの里に伝わる、創世記より以前の神話の時代……。神獣レヴィアタンが実在するという伝説は真実だったのか」

「おいおい、ちょっと待ってくれ。創世記より前の時代なんて聞いたことがねえぞ」


 カリンさんの呟きに、フランクさんが真剣な顔で振り向く。


 そうだよね。この世界は一人の神様が作ったっていうのが創世記だもんね。その前から生き物が存在していたとするなら、フランクさんの信じている教義は嘘ってことになっちゃう。


「神話の時代、この世界には多くの神々が住まわれていた。だがある時、神々の戦いが起こり、この世界は荒れ果て、多くの生きとし生けるものが全て死に絶えたのだ。そして神々はこの地を捨て、常世へと去った。だがそこで一柱の神が、かろうじて生き延びたものたちを哀れみこの地に残った。その生き延びた者たちの末裔が妖精だと言われておるな」

「一日目、神は大地に溢れる光から妖精族をお創りになった……」


 フランクさんが創世記の一節を諳んじると、カリンさんは頷いた。


「その光こそが、神話の時代にこの地で暮らしていた『精霊』であろうな。我が一族の舞は、その『精霊』の力を借りていると言われておるが……。神獣レヴィアタンが存在するとなれば、この伝説もまことであったか」

「さよう。されどこの身は仮初かりそめの姿にすぎぬ。我の名は忘れられ、この地での力を失って久しいゆえな。今ではこうして顕現するだけではあるが……。こうして呼ばれたからには、いずれかのえにしがあろう。そなたら、我の力を望むか?」


 力を望む? どういうこと?

 レヴィアタンは、その身を宙に浮かせて咆哮した。


「我の祝福が欲しくば、力を示せ!」

「来るぞっ!」


 アルにーさまの声に、みんな身構えた。

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