第66話 神楽鈴

「まずは身体強化をかけてから中に入ろう」


 いよいよ隠し部屋の中に入ろうという前に、アルにーさまの提案でそれぞれ身体強化の魔法をかけた。


 アルにーさまとフランクさんとアマンダさんはプロテクトの魔法を自分にかける。プロテクトは自分にしかかけられない、この世界の魔法だ。


 ヴィルナさんはプロテクトの魔法をかけないのかなと思ったら、獣人族特有の身体強化スキルをかけていた。なんだろう。イメージとしては、気合を入れて身体強化してるって感じかなぁ。


 私は一人ずつにプロテクト・シールドとマジック・シールドをかける。プロテクトとプロテクト・シールドは重ねがけができるから、三人ともかなり物理防御が上がっているはず。


 こういう時、パーティーメンバーだけに一気にかけられる魔法があればいいんだけどなぁ。一人ずつに強化魔法をかけていくのって、結構大変。


 かといって、エリア魔法じゃ効果がある範囲が広すぎるし、MPの消費だって大きすぎる。


 そのうちパーティー・プロテクト・シールドとか、そういうような魔法を覚えられたらいいんだけど、エリュシアオンラインにはなかったから、どうかなぁ。


 体の周りにクルクルと回る半透明の青と赤の盾を見ながら、そういえば、レベルアップして覚えられる賢者特有の魔法って何があるんだっけと考えた。


 回復魔力アップとか攻撃魔力アップとか、そんなのばっかりだった気がするなぁ。


「準備はいいかな?」


 アルにーさまの問いかけに全員が頷く。


 今回、ノアールは大きくなって参戦するけど、プルンとマクシミリアン二世は、カリンさんのウェストポーチの中で待機だ。

 本当は扉の外で待たせておきたいところだけど……。


 もし万が一野生に還っちゃったら、透明でうっすら七色のプルンはともかく、青色のマクシミリアン二世は湖のそばに生息している水スライムと紛れちゃって、見つけられなくなるかもしれないもんね。

 とりあえずカリンさんは真っ先に回復しようっと。戦いも得意そうじゃないしね。


 フランクさんが鍵を差したまま、ゆっくりと扉を押す。


 音もなく開いた扉の向こうには、こちら側にある地底湖とそっくりの湖が見える。


 えーっと、『試練の洞窟』の番人って、カールさんがその時によって姿が変わるって言ってたボスだよね? でもまあ、そんなに強くないっていう話だから、きっと楽勝だよね。


 よーし、レッツゴー!


 アルにーさまたちの後ろから扉をくぐると、ふわっとどこからか風が吹いた。

 洞窟なのに、風……?


 どこか外に通じる場所があるのかと思って辺りを見回すけど、特に何もない。

 今のは、なんだったんだろう?

 首を傾げながら視線を戻すと――


「あっ。バフが消えてる!」


 皆の周りにあった半透明の盾が、全部消えちゃってる! な、なんで?


 後ろを見ると、ちょうど最後にカリンさんが扉をくぐったところだった。

 そして音もなく扉が閉まる。


 ちょっと待って。まずは物理防御とか魔法防御をかけ直さないと……。


「あら? ユーリちゃんのかけてくれた物理防御が消えてる」


 くるくると周りに飛んでいた半透明の盾が消えているのに気がついたアマンダさんが、皆の盾も消えているのに気がついて立ち止まった。


「多分、アマンダさんたちが自分にかけたプロテクトも消えちゃってると思うんで、かけ直してください」

「分かったわ」


 私は急いでみんなに防御魔法をかけ直した。


 ほっ。

 部屋に入ったらすぐにボスが現れるダンジョンじゃなくて良かった。近づいたら動き出すタイプだったみたい。

 それか……あの宝箱を開けようとしたら出てくるとか。そっちの方が可能性が高そう。


 湖の向こう岸には、黒いモヤのかかった赤い宝箱がある。

 あの宝箱の中には何が入ってるんだろう。


「よし、行くか」


 フランクさんの号令に、一歩踏み出そうとするとカリンさんが「待て」と制止する。

 どうしたんだろうと振り返ると、いつの間にか瓶底メガネをはずして絶世の美少女になったカリンさんがいた。


「何やら良からぬ気配がする。念の為、水属性の防御を上げる、青龍の舞を奉納しよう」


 パシーン、と、カリンさんが両手を叩く。

 なんだかそれだけで、空気が変わった気がする。


「かしこみかしこみも、もうす」


 聞こえてくるのは神社で聞くような祝詞のりとだ。

 耳に聞こえるのは全然違う音なんだけど、それが古い、何かの力を持った言葉だってことが分かる。


 くるりと一回転したカリンさんは、伸ばした手に何かをつかんだ。


 リィィィン。


 鈴の音が響く。


 それは短い剣の先に小さな鈴がたくさんついたものだった。カリンさんが振るたびに、リィンリィィンと涼し気な音が鳴る。


 どこかで見たことがある……。どこだっけ。

 そうだ。神社で巫女さんが持っていた神楽かぐらすずだ。


「カリンはね、エルフの中でも特別な、カリンティア・シュレインの一族なのよ」


 視線をカリンさんに向けたまま、アマンダさんがそう教えてくれる。

 でも、カリンティア・シュレインって……。


 その言葉は、私には『神官』とか『巫女』っていう意味に聞こえた。すると不思議なことに、カリンティア・シュレインっていう音を聞いても、巫女って言っているようにしか聞こえなくなる。


「舞いながら言霊を操ることで、色んな属性の防御を高めることができるの。普段はあんな感じだけど……。でもこうやって舞っているところを見ると、神の御使みつかいっていう感じがするわね」


 確かに巫女のような衣装を着て鈴の音を出しながら舞っているカリンさんは、凄く神秘的で美しかった。


「天におわしまする、森羅万象を統べる神よ。青き龍の加護を我らに与えたまえ」


 リィン、と一際大きな鈴の音が聞こえると、一瞬、渦巻いた水が私たちを包んで消えた。

 だけど不思議なことに、どこも濡れてはいない。


「よし。準備は整った。……行くぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る